txt:曽我浩太郎(未来予報) 構成:編集部

初めてのオンライン開催となったSXSWだが、日本からは1000人近くの方にご参加いただいた。日本の参加者の方々には、SXSWにとっても初の実験的な試みであったOnline XRを率先して盛り上げていただき、新たなイベント体験の地平が拓かれたと感じている。

カンファレンスセッション・ピッチ・スクリーニング・ショーケース・展示会など、SXSWの従来からのコンテンツの多くがオンラインで開催されたが、今年は行われなかった名物アワードがある。それは2007年にTwitterが受賞したことで知られる「SXSW Interactive Innovation Award」だ。

毎年発表される"ブレイクアウトトレンド"。2021年は?

Interactive Innovation Awardの中で発表される、その年に一番話題になった「ブレイクアウトトレンド」。過去数年を振り返るだけでも、非常に時代を象徴するラインアップということがわかる。

過去のSXSW Interactive Innovation Awardで発表されたブレイクアウトトレンド

  • 2012 : Pinterest
  • 2013 : Leapmotion
  • 2014 : Online Privacy and Security
  • 2015 : Diversity
  • 2016 : Civic Engagement
  • 2017 : Deep Machine Learning
  • 2018 : Globally Connected
  • 2019 : Confronting an era of Digital Distrust

2020年はイベント自体がキャンセル、そして2021年はInteractive Innovation Awardが開催されていないので、今のところブレイクアウトトレンドが発表される予定はない。そこで、もし開催されていたなら?ということで、筆者の方で予報してみたい。

今年のSXSWの傾向は、例年以上にキラキラした一面と、ダークな一面がより顕著に別れたと言える。宇宙やメタバースといった未来感の溢れる"陽"なテーマだけでなく、Black Lives Matterやアジアンヘイトなどの人種差別、パンデミックによる孤独病への対応といった、今まさに直面している課題の“陰”なテーマまでが混在していた。

しかし、陰と陽に関わらず、多くのセッションの根幹には共通のキーワードがあるのだ。

ReBuildしなくてはならない、私たちの「New Social Contract」

「Social Contract」という言葉をご存知だろうか?直訳すると「社会的契約」となるが、最近のアメリカではよく聞く言葉となっている。学術的な見解は置いておいて、一般的な使われ方としては、社会の中で暗黙の了解やルール、倫理やモラル、通念といった使い方をされるようだ。

ダイバーシティー・自由の国・アメリカンドリーム等といった、「努力をすれば誰でも成功できる!」といったポジティブな「社会のお約束事」が、実際には一部の特権ある人々がその社会的地位を守り、より富を増やしていける仕組みになっているという現実に気づいて声をあげ出したのだと、オースティン現地に住む当社スタッフは話している。

「Social Contract」は国家の問題だけでなく、特定のコミュニティ、個人間でも使われる単語として広がっているようだ。この「Social Contract」のあるべき姿を、同時多発的に随所で議論していたのがSXSW Online 2021であった。

私はこの「New Social Contract」こそ、今年のブレイクアウトトレンドとなる可能性があったと予報する。ほとんどのセッションにおいて、議論の土台はこの「Social Contract」にあったと言ってもいいだろう。

わたしとAIのNew Social Contract|AIの心の豊かさが、人と人とのつながりを深める未来

日本でも展開が進むMIT Media Labのスピンオフ企業「Affectiva」。CEOのRana el Kaliouby氏のセッション「The Future of Emotion AI & The Empathy Economy」では、技術と人のNew Social Contractと言えるビジョンが発表された。

Affectivaは、45もの顔の表情を人工知能で解析し、文字情報だけでは抜け落ちてしまう"人の感情をデータ化する"スタートアップだ。彼女は長年「機械にIQ(頭の良さ)だけでなく、EQ(心の知能指数)がある未来」を描いている。

ケンブリッジ大学へ留学した時に家族と離れて暮らし、デジタルやサイバースペースで抜け落ちてしまう親密な人たちとのコミュニケーションを実感したことが彼女の原点だと話す。コミュニケーションの90%は非言語分野で行われており、彼女の開発するAffectivaはその非言語分野にアプローチするという試みである。

Affectivaはスタートアップとしては歴史が長く、コールセンターや動画コンテンツ会社、広告のマーケティングリサーチ会社等との協業も開始している。例えば、ユーザーから事前承諾を得た上で、PCやスマートフォンの動画広告を見た際の表情を分析し、アンケート調査ではわからないユーザーの本当の気持ちを企業側に提供することができる。

また、Rana氏の研究はヘルスケア分野にも広がっている。感情表現が苦手な自閉症の子どものコミュニケーションスキル改善にも同様の技術を役立てており、今後メンタルヘルス領域においても重要な役割を果たすだろうと予測している。

彼女は更に先の未来の話として、映画「Her」を参照しながら、家電や車が自分の気持ちを察してモチベーションを高めてくれたり、感情のコントロールを助けてくれるようになるだろうと話した。これを彼女はEmotional AIと呼び、さらにそこから開かれる新たな経済圏をEmpathy Economyと名付けている。

自動化や効率化・生産性アップといった現在AIに求められている役割だけでなく、人との繋がりを深めてくれるEmotional AIという新たなカテゴリーを切り拓くことが、AIと人間の共生時代におけるNew Social Contractづくりには必要となってくるだろう。

ところで、Rana氏は数年前のSXSWでAI開発者の倫理についてのパネルセッションに参加している。Affectivaについてはプライバシー問題の懸念を感じる人も多いかもしれないが、今回のセッションでも法制度やルールの整備を待つのではなく、アメリカ自由人権協会等と連携しながら、事業者としての責務を持ってこのフロンティアな状況をリードしていくと姿勢を強く示していた。

わたしとデータのNew Social Contract | 自分でデジタル資産を運用できる未来

ここ数年のSXSWで人気スピーカーとなったデザイン倫理家Tristan Harris氏がモデレータを務めたのが「Forging a New Social Contract for Big Tech」というセッションだ。アメリカ上院議員とヨーロッパの行政官をパネリストに迎え、どのようにしてGAFAのようなビッグテックカンパニーへの規制を強めていくべきかが議論された。

ここではアメリカの法律について詳しくは説明しないが、プライバシー・市場独占・情報取得に関わる法律の改正が昨今強く求められている。しかし一方で、あまりにも大きく成長してしまったGAFAのような企業に規制をかけるならば、アメリカ国内で対応するだけでなく他国の協力も必要であり、今まで前例がない座組みを作る必要があるのだと感じた。

またパンデミックによって、SNSをはじめビッグテックカンパニーの提供するコミュニケーションツールの重要性が一般的に再認識されることとなった。しかし、ユーザー自身が自分たちのデータがどのように企業に使われているか?どのように使われるべきか?を考えるようにシフトはされていないため、状況は非常に悪く企業とユーザーとのSocial Contractは既に破綻していると危惧を露わにした。

2019年のブレイクアウトトレンドだった「デジタル不審時代」はまだ続きそうである。

もう一つ、データプライバシーに関して「Ethical Startups That Don’t Monetize Your Data」というセッションが非常に示唆的だったので紹介したい。タイトルからも分かる通り、これからのスタートアップに求められるビジネスモデルについて視座を与えてくれるセッションだ。

スピーカーは、FastCompany誌のMost Creative People in BusinessにもラインアップされたAngela Benton氏。Angela氏はアフリカ系アメリカ人の女性起業家であり、起業家支援やブラックコミュニティへの貢献でも長年評価されている人物である。

話の焦点は、彼女が始めたスタートアップStreamlytics社が提供する「CLTRE」という個人と企業を繋ぐデータサービスについてだ。CLTREは、各種ストリーミングサービスのユーザーアカウントと接続することで、ユーザーが自身の個人情報(視聴に関するデータ等含む)に対する所有権を主張でき、さらに自分のデータを提供すると収益を得ることができる仕組みとなっている。

音楽やファッションをはじめ、様々なカルチャーはブラックコミュニティから多く生まれてきた。しかし、実際にビジネス化を行い、収益を得ているのはブラックコミュニティではなく、白人等の特権がある人々だったという歴史がある。まさに崩壊しているSocial Contractである。

CLTREは、ストリーミングサービスが現在のGAFAのような存在になる前に、不平等を改善できる土台となるために建てられた「New Social Contract」を提案する一つのモデルであると言えよう。

また、彼女は自身のサービスに留まることなく、市民が自身のデータプライバシーに関して危機感を持つきっかけとして、パンデミックが良い機会になっていると話した。実例としてニュージャージー州のニューアークで作られた感染対策/確認アプリは、単なる感染対策だけではなく、データプライバシーについて学べる機会を市民に提供しているようだ。

日本の感染対策アプリでも同じようにプライバシーには配慮しながらシステムを開発しているとは思うが、これを機会に日本でもデータプライバシーに関する市民の意識向上ができれば良いと感じた。

これらのセッション以外にも、カンファレンス・ピッチ・展示などで、様々な「New Social Contract」を模索する動きが見られたのが今年のSXSWらしい風景だったと思う。

「New Normal」から「New Social Contract」ヘ

おそらく来年に向けて、アメリカでは「New Social Contract」の模索がより加速していくだろう。個人的には、アジア人への偏見についてここまで議論がされたSXSWは初めてだったので、自分の中にある偏見や特権について見直すきっかけを多く与えられた。

果たして日本国内ではどうだろうか?最近「New Normal」という言葉がよく使われるが、本当に必要なのは「新しい標準」なのだろうか。理想的に掲げられた未来像や、価値観のアップデートというトピックについつい目線を送ってしまうが、技術革新や社会変化の過渡期だからこそ、自分たちの足下をより深く見直した上で、社会の仕組みや構造自体を考えていく必要がある。

「New Social Contract」は非常に大きい概念で、自分だけで何かを解決することは難しいようにも思える。しかし、だからこそ一人一人の中にどのような小さな灯火を作り、育てていけるかが問われているのだろう。

そして、今まさに世界に求められているのはそのようなクリエイティブなのだと気付き、来年のSXSWで出会える多くの才能に早速期待を寄せてしまっている。

SXSW2022に向けて、もう既に私たちは動き出しているのだ。


■ウェビナー開催のお知らせ

SXSW Japan Officeとしても活動するVISIONGRAPH Inc./未来予報株式会社では、SXSW2021で話題となったトピックから、未来の兆しを読み取るウェビナーを4月21日(水)に開催します。

SXSW Online 2021に参加された方はもちろん、来年以降のご参加に興味のある方もぜひご視聴ください。ご参加希望の方はこちらからお申込みをお願いします。

「SXSW Online 2021から読み取る未来の兆し by VISIONGRAPH Inc.」
日時:4月21日(水)17:30~19:00
場所:オンライン開催
参加費:税込3,000円

txt:曽我浩太郎(未来予報) 構成:編集部


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WRITER PROFILE

曽我浩太郎

曽我浩太郎

未来予報株式会社代表取締役。著書『10年後の働き方「こんな仕事、聞いたことない! 」からイノベーションの予兆をつかむ』。