IBCのソニーブースでライブプロダクションのエリアへ足を進めた。そこで目に入ったのが、画面に表示されていた「MOXELA」という見慣れない名前だった。
正直に書けば、最初は読み方すら分からなかった。「このスペル、何て読むんですか?」と聞くところから取材が始まった。「モクセラです」と教えてもらい、その場で名前を覚えたのだが、説明を聞いていくと、このMOXELAこそ今回のライブプロダクション展示を理解するための重要な存在だった。
必要な制作機能を必要な場所へ「Dynamic Software Defined Broadcast」
このエリアには「Dynamic Software Defined Broadcast」というテーマが掲げられていた。カメラから入ってきた映像を使ってライブ制作を行うところまでは、従来の制作システムと大きく変わらない。違うのは、その処理機能が必ずしも目の前の専用ハードウェアの中にあるとは限らないことだ。
制作機能の一部はオンプレミスにあり、別の機能はクラウド上に置く。ソフトウェアとして必要な場所へ処理機能を配置し、それらを組み合わせて一つの制作システムとして動かす。ブースでは、その考え方を実際のシステムとして確認できた。
特に分かりやすかったのが、「制作機能を一時的に追加する」という考え方である。例えば通常はスタジオ制作を行っている設備に、急きょ中継先の制作を追加したい場合、必要になったタイミングでMEを追加し、その処理をクラウド上に立ち上げる構成が可能になる。
従来のように最大規模の設備を常時抱えるのではなく、制作内容に合わせて必要な機能や処理能力を増減させる。ソフトウェアベースの制作環境になることで、設備の使い方そのものを柔軟に変えられるわけだ。
SDIからIPへの移行という話は、IBCではすでに珍しいテーマではない。しかし、この展示を実際に見ていると、IP化の意味が「SDIケーブルをネットワークへ置き換えること」から先へ進んでいることが分かる。
カメラがどこにあるのかだけではなく、スイッチングやプロセッシングをどこで行うのか、どのサーバーを使うのか、クラウドに置くのか、オンプレミスに置くのかまでが選択肢になる。ライブ制作設備そのものが、固定された一つのシステムから、必要に応じて構成を変えられるシステムへ移行しつつある。
「MOXELA」とMXLでつながるソフトウェアベースのライブ制作
そこで登場するのが、Nevion(Sony Group Company)の「MOXELA」である。MOXELAは、ライブ制作やコントリビューション向けのソフトウェアベースのメディアプロセッシングプラットフォームだ。IBC 2026に合わせて一般提供が開始され、最初のアプリケーションも発表された。
MOXELAはSMPTE ST 2110、NDI、Media eXchange Layer(MXL)などに対応し、クラウドまたはオンプレミスのCOTSサーバー上へ展開できる。IBC 2026では、管理されていないネットワークを介したコントリビューションや、ground-to-cloud(GCCG)伝送など、最初のアプリケーションも紹介された。
つまりMOXELAそのものがスイッチャーや編集システムになるのではなく、分散して存在する制作機能の間で映像や音声、データをやり取りし、必要に応じて処理するための基盤となる。
その仕組みが分かりやすかったのが、MXLを使ったスイッチングのデモである。
目の前ではPPを使ったスイッチングが行われていたが、途中で別のサーバー上で動作しているME 2へ切り替えても、操作上は一つのスイッチャーを扱っているように見える。処理しているサーバーが異なっていても、MXLによってソフトウェア同士を低遅延に連携させることで、操作者から見れば一体化した制作環境として扱える。
これを目の前で見ると、Software Defined Broadcastという言葉が一気に具体的になる。単に「スイッチャーをソフトウェアに置き換える」という話ではない。複数のアプリケーションを別々のサーバーや同じサーバー上で動かし、それらを連携させて一つのライブ制作システムを構成する。
必要な機能を必要な場所へ配置し、制作ごとに組み合わせを変える。さらに、ソフトウェア化された制作機能同士をMXLで低遅延に連携させるところまで含めて、一つの制作環境として成立させようとしている。
今回展示されたMXLを利用した複数ソフトウェア間の連携は、ソニーがSoftware Defined Broadcastで目指す制作環境を具体化したデモの一つだった。IBCのブースでは、完成した単一製品を見せるというより、ライブ制作の各機能がどのようにつながっていくのかを実際の操作を通じて確認できる構成になっていた。
MOXELA、M2L-X、VideoIPathをつなぐソニーのライブ制作
では、こうしたSoftware Defined Broadcastの中でソニーは何を強みにするのか。ブースであえて他社との違いを聞いてみると、その答えは一つのソフトウェアではなく、制作の入口から出口までを組み合わせられる製品群にあった。
現地での説明では、ライブプロセッシングにソフトウェアベースのライブプロダクションスイッチャー「M2L-X」を組み合わせ、スイッチングやオーディオミキシングなどを担う構成が紹介されていた。MOXELAがメディア処理や外部環境との接続を担当し、さらにNevion VideoIPathがオンプレミスとクラウド、ハードウェアとソフトウェアを横断して制御、オーケストレーション、監視する。
それぞれの役割を整理すると、MOXELAがメディア処理や伝送、M2L-Xがライブ制作、VideoIPathが全体の制御やオーケストレーションを担う。単一の製品だけでSoftware Defined Broadcastを構成するのではなく、必要な機能を組み合わせながら一つの制作環境として運用する考え方だ。
そして、その入口にはソニーが長年手掛けてきたカメラがある。今回のブースを歩いていると、システムカメラ、PTZカメラ、プロセッシング、伝送、モニター、ソフトウェア、オーケストレーションが別々の展示ではなくなってくる。
カメラで映像を捉えるところから、処理、伝送、スイッチング、モニタリングまでを一連の流れとして組み合わせられる。専用ハードウェア、ソフトウェア、クラウドを用途に応じて選択し、その上流にはカメラがあるという構成が、ソニーのライブプロダクション展示の特徴として見えてきた。
もちろん、すべての制作設備がすぐにクラウドへ移り、専用ハードウェアが不要になるわけではない。ライブ制作では遅延、安定性、処理能力、障害時の対応など、現場ごとに求められる条件が異なる。
ブースで聞いた説明でも、ソニーはハードウェアを残しながらソフトウェアを組み合わせる方向を示していた。重要なのはハードウェアかソフトウェアかを二者択一で考えることではなく、必要な機能を必要な場所へ配置し、それらを一つの制作環境として扱えることだ。
今回、自分にとって一番大きかったのは、MOXELAという知らない名前から入ったことで、逆にライブ制作の変化を順番に追えたことだった。最初は「モクセラって何だ?」だったものが、説明を聞き、画面を見て、別サーバー上のMEが一つのスイッチャーのように動くデモを見るうちに、その役割が見えてくる。
SDIからIPへ、オンプレミスからリモートへ、そして固定された専用設備からSoftware Defined Broadcastへ。ライブ制作は「どの機材を使うか」だけで設計するものではなく、「どこにある機能を、いつ、どの制作で使うのか」まで含めて考える段階へ入りつつある。
ブースに入った時には読み方すら分からなかったMOXELAだったが、出る頃には、この名前がライブ制作の変化を理解する一つのキーワードになっていた。MXLを使ったデモも含め、ソフトウェアでライブ制作システムを組み替えていく考え方を、目の前で確認できる展示だった。