世界を股にかけて活躍するエンジニア/プロデューサー、GOH HOTODA。80年代初頭、シカゴの PS Studioでキャリアをスタートさせた氏は、その類希なセンスが高く評価され、すぐにラムゼイ・ルイスをはじめとする大物アーティストの仕事を手がけるようになった。

avidreview02_01.jpg間もなくしてシカゴ最大のレコーディング・スタジオである Universal Studio に移り、『Jack Your Body』や『Love Can’t Turn Arround』といったダンス・ミュージックの歴史的な名曲を手がけたHOTODA氏は、1986年、ニューヨークに拠点を移して活動を開始。彼の地では大物プロデューサー、シェップ・ペティボーンとタッグを組み、ジャネット・ジャクソンやペット・ショップ・ボーイズ、デュラン・デュランといったトップ・アーティストの作品を数多く世に送り出した。その中の1曲、マドンナの『Vogue』は、ハウス・ミュージックのエッセンスをいち早く取り入れたポップ・チューンとして、世界的な大ヒットを記録。この曲によってGOH HOTODAの名前は、世界中の業界関係者の間に広く知れ渡ることになった。その後も、デペッシュ・モードやチャカ・カーン、ビョーク、マーカス・ミラー、坂本龍一、宇多田ヒカルといったトップ・アーティストの作品を数多く手がけ、今もなお第一線で活躍し続けているのはご存じのとおりである。

そんなHOTODA氏にとって、欠くことのできない”必携のツール”となっているのがPro Toolsだ。90年代初頭、Sound Toolsの時代から愛用しているという氏にとって、Pro Toolsは”最初のノンリニア・エディター”。

HOTODA氏:それまではテープを切り貼りしていたわけですから、ノンリニアで音を編集できるというのは夢のような話でした。気に入らなかったらいつでも元の状態に戻れる、何度も繰り返し試せるというのは、当時としては画期的なことでしたね。

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Pro Toolsを最初のバージョンから使い始めた氏は、16トラックへの拡張、TDMの導入、Pro Tools III、Pro Tools|24、Pro Tools|24 Mixと、新製品がリリースされるたびにシステムをアップグレード。2002年のPro Tools|HDからはコンソールと併用するのではなく、内部でミックスを行うようになったと語る。

HOTODA氏:HD以前のシステムは正直、音質的にはまだまだという印象だったんです。何て言うか、アナログ・コンソール特有の”深みのある音”が得られなかったんですよね。しかしHDシステムでは音質的にようやく満足のいくものになり、そこからは徐々に内部でミックスするようになりました。

2005年、日本に帰国して熱海に住居を構えた氏は、自宅地下にプライベート・スタジオ”Studio GO and NOKKO”を開設。16フェーダーのICON D-Controlシステムを導入し、自らのスタジオでミックスからマスタリングまで完遂できる環境を整えた。

HOTODA氏:ICONがあれば、アナログ・コンソールのような感覚でミックスできるかなと思って導入してみたんですが、今では無くてはならない存在になっています。パッと思いついたときに、すぐにフェーダーやエンコーダーに手を伸ばすことができるというのは、何よりも代え難いことなんですよ。それに、たまに 200 ラック近い大規模なセッションを受け取ることがあるんですが、そんなときもICONなら任意のトラックに瞬時に辿り着くことができる。また、2本のトラックの周波数が干渉しているときは、両方に EQ をインサートして処理したりするんですが、2つのプラグインを同時に操作できるというのもICON ならではですよね。トラック・ボールでは、同時に1つのプラグインしか操作できませんから。ICONは、ぼくにとって本当に大事な道具。もう6年以上使っているので、手垢がすごいですけどね(笑)

ストレスの無さと自由度の高さに驚いたPro Tools|HDX

そして2011年秋、Pro Tools|HDはPro Tools|HDXへと約10年ぶりにモデル・チェンジを果たした。新しいHDXシステムでは、固定小数点処理から浮動小数点処理へとプロセッシング・アーキテクチャーが変更され、処理能力はカードあたり約5倍に強化。トラック数や入出力チャンネル数も大幅に増加するなど、これからの10年を見据えたパワフルなDAWへと生まれ変わった。HOTODA氏は「最も気になったのが浮動小数点処理のサウンドで、とにかく早く聴いてみたいと思いました」と、HDXシステム発表のニュースに接したときのことを振り返る。

HOTODA氏:そして今年の初めにHDXシステムを導入したわけですが、最初にやったのはHDシステムでミックスしたセッションのリスニング。驚いたのは、従来のセッションを単にプレイバックしただけでもまったく違うサウンドなんですよ。HDシステムよりも空間に広さがあって、余裕のあるサウンドなんです。だから細かいところまで聴き取れるというか、HDシステムでの試行錯誤がよく分かっておもしろかったですね(笑)。ああ、これまではこんなに大変なことをしていたんだという。

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それからすぐにHDXシステムでのミックスに取り組んだ氏は、そのストレスの無さと自由度の高さに、改めて驚いたと語る。

HOTODA氏:おそらく浮動小数点処理の恩恵なんでしょうが、とにかく音が歪まないんですよ。これまで Pro Tools 内部でミックスするには、歪みが発生しないように、セッション全体を監視しながら作業を進めなければならなかった。それがHDXシステムでは、そんな監視は必要ないんです。思うがままにどんどん作業を進めることができる。そのストレスの無さには、とても驚きましたね。従来のHDシステムでは、内部で生じた歪みをきれいに聴かせるために、アナログのアウトボードを使用したりしていたんです。そういうフィルターを通すことによって、自分が納得のいく音に仕上げていた。しかしHDXでは、そういった作業は必要ないんです。アクセルを踏めば踏んだだけスピードが出ますし、ブレーキをかければしっかり止まる。思うがままに音をコントロールできる快適さをすごく実感していますね。

アナログ回路の振る舞いに近いと言われる、浮動小数点処理のミキサーやプロセッサーの挙動。HOTODA氏も「HDXシステムでのEQ処理は、アナログの音に極めて近い」と語る。

HOTODA氏:アナログのEQって、ゲインを上げた状態で周波数を変化させたりすると、シュワーッとフェイズがかった音がするんですよ。そういう音の変化が得られるプラグインというと、HDシステムではMDW Hi-Res Parametric EQくらいしかなかったんですけど、HDXシステムでは普通のEQプラグインでもシュワーッとフェイズがかった音がするんです。これは凄いなと思いましたね。

HD Accelカード3枚のシステムから、HDXカード2枚のシステムに乗り換え、既に多くの仕事をこなしているHOTODA氏。サード・パーティ製プラグインのAAX対応は始まったばかりで、現時点ではそれほど種類が揃っているわけではないが、それでもHOTODA氏は「十分に仕事ができている」と語る。

HOTODA氏:知らない人も多いみたいなんですが、HDXシステムではRTASプラグインをそのまま使用することができるんです。だからミックスする上ではまったく不足はないですね。それでもAAX DSPプラグインの利き具合が気になるので、いち早く対応したメーカーをチェックしたりしているんです。たとえば、Plugin AllianceとかSoftubeとか、これまであまり使っていなかったメーカーのプラグインですよね。最近試した中では、Plugin AllianceがリリースしているMaag Audio EQ4というプラグインが素晴らしかったですよ。昔からあるEQプラグインとはまったく違うコンセプトでデザインされていて。だからSSLやGMLが普通だと思っている人にこのプラグインを見せたら、”この周波数の選び方はベース・アンプじゃないか”とか、”EQで40kHzなんて絶対に上がらないよ”とかバカにすると思いますよ(笑)。しかし実際に使用してみると、これが本当に良いんです。何て言えばいいんだろう……とにかく”新しい音”がするんですよね。新しい開発者が新しい解釈でデザインしているわけですから、当然”新しい音”がするわけですよ。EQ4のようなプラグインを知ってしまうと、新しい音楽にはこういう新しいプラグインが必要だなと思いますね。

またHOTODA氏は、HD Accelカードと比較して約5倍処理能力が向上したHDXカードのパワーも高く評価している。

HOTODA氏:これまでのHD Accelカード3枚のシステムだと、正直すぐにDSPを使い切ってしまっていたんですよ。だから一生懸命やりくりしながら作業していたんです。その点、HDXシステムのパワーはもの凄いですね。現在使っているのは2枚のシステムなんですけど、どんなに使っても使い切ってしまうことはない。言ってみれば、ウサギを捕まえに行くのに、バズーカを持って行くような感覚(笑)。とにかく強力ですね。

Pro Tools 10は、HDXシステムで使用してこそ本当の実力が分かる

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“Studio GO and NOKKO”のICONのフロント・エンドとなるのは、もちろんPro Tools 10ソフトウェアだ。HDXシステムを導入する前の段階で、既にPro Tools 10へのアップグレードを済ませていたHOTODA氏は、「もう以前のバージョンに戻ることはできない」と語る。

HOTODA氏:いろいろな新機能が追加されているんですが、最も重宝しているのはクリップ・ゲインですね。これまでもオートメーションを書く前に、AudioSuiteプラグインを使ってクリップごとの音量を調整する”下処理”をやっていたんですが、それはけっこう大変な作業だったんですよ。それがクリップ・ゲインによって、いとも簡単に処理できるようになった。最初はこんなに簡単にできてしまっていいのかと驚きましたよ(笑)。Pro Tools 10に関しては、HDシステムで既に使い始めていたんですが、その後HDXシステムを導入して初めて、このバージョンの全貌が見えた気がしています。HDXシステムで使用してこそ、Pro Tools 10というソフトウェアの本当の実力が分かると思いますよ。

Pro Tools 10ソフトウェアでは、ラージ・フォーマット・コンソール System 5のチャンネル・ストリップをベースにした、Avid Channel Stripというプラグインが新たに付属するようになった。HOTODA氏はこのプラグインに関しても高く評価している。

HOTODA氏:System 5の実機は、宇多田ヒカルのDVDのサラウンド・ミックスなどで使ったことがあるんですけど、とにかく音が良いコンソールなんですよ。EQやダイナミクスに関しては、音楽的というよりも狙った音がちゃんと出てくるポスト的な効きなんですが、Avid Channel Stripではその効き具合がしっかりと再現されていますね。EQの周波数も今時な設定になっていますし、これまでに無かったタイプのチャンネル・ストリップ・プラグインだと思います。

今回、HDXシステムの導入に合わせて、オーディオ・インターフェースも192 I/OからHD I/OへとリプレースしたHOTODA氏。DAコンバーターに関しては、お気に入りの高級機を数台使い分けているHOTODA氏だが、それでも192 I/OとHD I/Oの違いは明白だと語る。

HOTODA氏:ぼくは基本的には内蔵のDAコンバーターを使用しないので、HD I/Oに替える意味はあまり無いかなと思っていたんですが、実際にはまったく違いましたね。192 I/OとHD I/Oでは、デジタル・アウトの音がまるで違うんですよ。デジタル・アウトの音が違うなんて昔ではあり得なかったことで、この10年間でデジタル機器もこれだけ進化したんだととても驚きました。その後、アナログ入出力も試してみたんですが、これも想像どおりかなり良くなっていましたね。

世界的エンジニア/プロデューサーのメイン・ツールとして、既にフル稼働しているPro Tools|HDX。HOTODA氏は「HDシステムでの作業に戻ることは、今となっては考えられない」と語る。

HOTODA氏:ぼくはデジタル機器に関しては、古いものよりも新しいものの方が良くて当たり前だと思っているんです。だからHDXシステムに関しても、”良くて当たり前”という程度の気持ちで対峙したんですが、実際に使ってみると、その進化の幅はぼくの想像を遥かに超えていました。この劇的な進化は、素直に認めざるを得ないという感じですね(笑)。HDシステムが活躍した10年間というのは、Pro Toolsの歴史の中でも大きな10年間だったと思うんですよ。この間、Pro Toolsでミックスするのが当たり前になりましたし、ICONの登場も大きかったですしね。しかしHDXシステムの登場によって、これから先の10年間はもっと大きな10年間になるような気がしています。今後10年間で、どんなサウンドの作品を作り出すことができるか。ぼく自身、HDXシステムでミックスされた作品を聴くのがとても楽しみなんですよ。

Link:

120910_DCOMM_ES_24_Angle_wht.jpgICON

ICONは、世界中のプロフェッショナルな音楽スタジオ及びポストプロダクションで瞬く間にトップチョイスとなった最先端のデジタル・コンソール・ラインです。業界標準のPro Tools|HD(HDX)をエンジンとするICONコンソールは、個別に開発されたコンポーネントを組み合わせただけのソリューションとは異なり、Pro Toolsとの比類無き統合性により最高の効率を実現します。


120910_system_5_32fdr_film_ohead.jpgSystem 5

映像に命を吹き込むにあたって最高質なサウンドが非常に重要な役割を果たすというのは、映画業界ではもはや周知の事実です。テレビ局やポストプロダクションスタジオにおいてもまた、Blu-ray、3D映像の到来と共にサウンド・サランドに対する需要が高まり、より高品質で複雑な番組制作が必要とされています。

DSPチャンネル(通常のオーディオ入力)の空気感をも表現する音質、本格的なモニタリング環境を実現し、Pro Tools HDシステムのミキサー・ウインドウをも自在に操作出来るオーディオ・ミキシング・ソリューション。高品位制作時代のニーズに応えるべく開発され進化を続けるソリューション、それがAvid System 5 デジタル・オーディオ・ミキシングシステムです。


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