各業界に投入されるC300

昨年登場した、キヤノンのデジタルシネマカメラ・ラインナップ『CINEMA EOS SYSTEM』。その船出を飾った先行機種”EOS C300″は発売後、すでに多くの映画、CM、PVの現場に投入されている。このEOS C300の大きな魅力は130万円というプロ機材としてはミドルレンジクラスのカメラとして、初めて本格的なLog形式による収録モードが搭載されたことだろう。

Canon Logは、ISO850で約12Stopというワイドダイナミックレンジを活かした表現力と、他のデジタルシネマカメラのLogとくらべ、軽くて扱いやすい8bit Logというメリットがある。その優位性は、いまや世界中に認知され、映画、ドキュメンタリー、CM、MV(ミュージックビデオ)など、その使用範囲を広げている。

一方でテレビドラマの世界では、多くのTV関係者がLog収録の優位性は認識しているものの、なかなかそのワークフローを現場投入できていない現状がある。実際にEOS C300で撮影しても、その使い方は、5D Mark IIの進化版=単なる大判センサービデオカメラという使用例が多いのも現実だ。ハリウッド等ではLog収録はすでにスタンダードなものになっているものの、日本のTV局のドラマ制作では、これまで通常のビデオモード(Rec.709)でしか制作されてこなかった。ある程度の規模の組織が時間制約のある中で行われる日本のTV制作スタイルでは、カラーグレーディング必須のLogを使ったワークフローへの変更はなかなか困難、というのが現実問題としてあるようだ。

『果たしてCanon Logの実力はTVドラマ制作に向いているのか?
Logのワークフロー実行可能か?』

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そこでキヤノンは今秋、興味深いテストを行っている。映画とTVドラマ、その双方の現場に精通し、ファイルベース・ワークフローの技術にも明るい、撮影監督の会田正裕 氏(J.S.C./アップサイド)の陣頭指揮のもと、Canon LogとRec.709の比較テスト撮影を実行。テレビドラマ制作を想定したこのテスト撮影から、Canon Logの新たな可能性が分かってきた。

完全イコールコンディションの2台のC300でテスト

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テストシュートのロケ地、福島県北塩原村の五色沼の周辺には、国立公園と隣接する大自然が広がり、美しい独特の色合いを見せる湖沼群が点在する。水面や様々な色合いの緑、そして空と雲など、日向と日陰のコントラスト比も強く、ライティングも意外と難しい。しかしTVドラマによく出てくるようなシチュエーションが選ばれた。

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このような条件での撮影は、通常のビデオではダイナミックレンジが狭いため、どうしても人物中心になることから、絞りを開けて雲や水の表情を犠牲にすることが多い。また逆光であれば木々の立体感も正確に表現するのは難しい。しかしこれまで、多くのビデオカメラマンたちは、Rec.709でも白飛びや黒つぶれといった、ビデオのダイナミックレンジの狭さという限界にチャレンジしながらも、絞り等を工夫して成立させてきた。

こうした条件下でこそCanon Logを使用することでその有効性が発揮されるという。この撮影で会田氏は、あえて完全にイコールコンディションの2台のEOS C300を準備。ポジションもほぼ同一に撮影できる特殊な並列リグを準備してEFシネマレンズ24mmを装着、絞りもそれぞれに合わせた適正値に設定し、Canon LogとRec.709のそれぞれベストな状態を引き出すことを目指した。

会田氏:TV番組を観ている視聴者がこれまでのビデオ撮影(Rec.709)作品でも十分に満足している状況下で、果たしてCanon Logでの収録はテレビドラマでも優位性があるのか?Rec.709との差がどのくらい出るものなのか?それを今回のテストでは検証しました。全く同じ条件でCanon Log/Rec.709、それぞれがベストを尽くすという状態を作り、これで果たしてどのような結果が出て、それが視聴者の目にはどう映るのかを検証したかったのです。またどちらもあえてテレビ用として1080/60iで収録しています。またLogの特性として、Canon Logの画面を一見すると、黒が立っていて見やすく使いやすいというのが第一印象ですが、他社のLog撮影も数多く経験して来たので、それと比べてどの程度Log特性を得られるか?といったポイントも今回の目的でした。

Canon Log撮影のコツ 〜Log撮影に慣れれば、グレーディングの威力が発揮される〜

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注目すべきは、この2台のEOS C300とも絞りの切り方はそれぞれに適正値に設定している点だ。Rec.709の方ではたとえラティチュードに納まらない画でも、どこを活かすのかを考慮した、Rec.709に最適にあわせた絞りを設定。面白いのは撮影前の絞りテストの段階で、Canon Logの特性として特にハイライトを押さえ込みやすいという特性が出たことから、会田氏はハイライトを飛ばさないという範囲でなるべく絞りを開けてく方が有効であろうと想定し、基準となる絞りを設定した。結果的にはCanon Logの方が露出計で測った値より、1〜2ストップ開け気味(ハイキー)にするという設定だ。

会田氏:撮影前の想定として、破綻させずに撮影することを目的とした場合、今回の撮影チームが導き出したEOS C300のRec.709側の絞りは、7ストップという少し辛めの設定にしました。これに対しCanon Logの方は、メーカー推奨がISO850で12ストップですが、暗部(黒)の使いにくい所は2ストップ捨て、1番上のハイライト部分も、Log=ネガ特性とはいえ、実際はビデオなのでポジのような特性はどうしても避けきれないということを考えて、あえて1ストップ削って9ストップ想定として設定しています。

Canon Logは、Logデータではあるが、一般的なLogカーブよりも暗部が立っているために、それほど眠くはない画で逆に波形モニターが使いやすいという点が大きな特徴でもある。露出を切る際に単体の露出計でなく、波形モニターでもある程度切って行くことができる。これまでRec.709での撮影では、VEが1絞り2絞り分の判断ポイントでどうやって飛ばさないかを苦労していた部分が、Canon Log収録であれば一気に解消することができる。

会田氏:現状におけるEOS C300での撮影方法として、VEがカメラの横からフィールドに出て行って露出計で露出を測るか、絞りを切るのは波形モニターで切って、バランスを取るのに露出計を使うというのがいまはベストな方法だと言えるでしょう。

これまでのビデオ撮影では、ハイは飛ばせないという判断がある以上、比較的アンダーで撮ることが鉄則だった。しかしCanon Logは比較的ハイライトに強い特性を持っているため、露出計で測った適正値よりも2ストップ(2絞り分)開けて、若干ハイキーで撮ることが有効であることがわかった。しかし、これは通常のビデオ撮影では少々勇気のいることだ。慣れは必要だが、Canon Logのハイライトに強い特性を考えると、波形モニターで確認しながらハイを飛ばさないという条件の元であれば、ある程度ハイキーで撮ることで、後のカラーグレーディング処理により表情豊かな画作りが可能になる。

会田氏:(2絞り分ハイキーで収録した)Canon Logのデータを、後にグレーディングを加えてガンマを絞っていくだけで、色も出て表情も一気にまとまってきます。コントラストを調整するだけでもある程度の追い込みが可能で、ビデオで出せなかったトーンがしっかりと出て、しっとりとした中に物体のディテールもくっきりと浮かび上がるとても上品な画に仕上がります。Canon Logで撮影するコツとしては、イメージとして飛んでいない限り絞りを開けて、あとでグレーディングで締めていくという方法が効果的でしょう。 絞りのコントロールを気にしなくても撮れる部分は、Rec.709のときと比較して撮りやすさが増したという感触でした。

TVドラマでもグレーディング前提の画作りを!

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Log撮影で重要なのは、撮影監督やカメラマン、もしくは監督が最終仕上がりの画を、ある程度想像できていることだ。そして、Log撮影=カラーグレーディング処理前提という条件はすでに周知のことだろう。Canon Log収録の優位性をTV制作ワークフローに実際に反映させるポイントとは?

会田氏:TV制作におけるLog撮影の優位性を考えたとき、まず単純にワークフローにおいてLog素材をグレーディングするという工程を作り上げさえすれば、照明バランスや外光との調整などの作業が減り、撮影自体が楽になると言えます。また演出面でもCanon Log収録であれば、役者の表情もさらに良く見えてくるので、Logを使わない手はないでしょう。ただしLog撮影はポスト作業としてカラーグレーディング処理をすることが前提になります。(テレビドラマ等を)Canon Logで収録した場合、そのグレーディングも時間をかけずに本編集に割り込ませるくらいの短時間で、LUT(Look Up Table)の1パターン、例えばコントラストだけを調整することだけでも仕上がりの映像は格段に良くなります。

特にCanon Logの場合、特性が完成品に近いことやコントラストの分離性が高いため、コントラストを高めていくだけで色濃度も出て、急に画が整ってきてハイライトが残るという結果が得られるので、とてもテレビ向きであるということが言えるかもしれません。また『黒を締める』などグレーディングによって色が載ってくるという感触は、一度Canon Log撮影とグレーディングを経験すれば、テレビマンならすぐにわかることです。Logは一見眠い画像になっていますが、結果的にはもっと絞りのコントロールがしやすい映像が得られることは、まずは一度テストして貰えば納得できると思います。

時間とコストも工夫次第

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会田氏:予算も時間もない中でカラーグレーディングのフローを確立するにはそれ相応の工夫も必要です。僕が実践してきた方法として、リニア(テープ)からファイルベースへ移行した当時、EDLデータを手打ちで打ち替えてテープに起す作業が無くなって、本編作業を限りなく圧縮して、1日もしくは半日をカラーグレーディングの時間に割く提案をしました。これなら時間もコストも変わらないで画質が良くなるので、この手法はプロデューサーにも受け入れられ、現在ではこの方法を他の番組制作にも提案しています。グレーディングにはあまり手間をかけられず、さらに現在のワークフローでは制作予算内にグレーディングの予算が計上できない場合でも、これと同じようなフローであれば、成立する作品も多いでしょう。実際に画質の印象も全く違いますから、カラーグレーディングの素晴らしさを一度経験してしまうとプロデューサーの印象も大きく変わるはずです。

肌の質感、衣装のディテールは予想以上の結果

CanonLog sample Rec709 sample
(クリックで拡大します)
Canon Log(左)…白の衣装のディテールもはっきりと確認でき、マフラーの赤色や顔色もナチュラルに表現されている
Rec.709(右)…白の衣装のディテールが飛んで、赤色は変色、モデルの顔にもテカリ部分の白飛びが目立つ

会田氏:白が飛ばない、黒が潰れないというワイドダイナミックレンジのLog特性以上に、今回Canon Logの特性が顕著に現れたのは、女性モデルの肌の質感と衣装のディテール表現の部分です。今回はモデルさんのメイクをいわゆる『艶メイク』にしてもらったのですが、ビデオ(Rec.709)の場合『艶メイク』はテカリが強く出るので、押さえる方向で調整していくとどうしてもマットな状態になり、表情としては人間っぽくない状態になります。

しかしCanon Logでこの『艶メイク』を撮影すると、まさに目で見たままの『艶メイク』として再現されていました。衣装に関してもビデオではディテールが出にくい白のワンピースや黒のマフラーなどをわざと選んでみましたが、これも見事にディテールが表現され、不自然なモワレも出ません。Rec.709では諦めてきた部分が、Canon Logであれば全て収録でき、さらに階調が豊かになっているという点で予想以上に驚く結果になりました。

とかくLog+グレーディングというプロセスは、従来からのビデオグラファーからすれば難しく考えがちで取っ付きにくいイメージもあるが、今回のテストからもわかるように、Log収録に慣れてしまえば逆に撮影が楽になり表現も豊かになるという結果が得られた。8bitであっても充分に表現豊かな映像制作が可能なCanon Logは、これからのTVドラマをワンランク上のものに変える、新たな映像スパイスと言えそうだ。

ちなみに、今回撮影されたテスト映像『Canon Log Scene Guide』のサンプルムービーは、Canon CINEMA EOS SYSTEMのWebサイトで公開が予定されているほか、11月14日から千葉・幕張メッセで開催される国際放送機器展「Inter BEE 2012」のキヤノンブース(ホール8/#8218)内でも上映予定なので、気になる方は会場まで足を運んで欲しい。

WRITER PROFILE

石川幸宏

石川幸宏

映画制作、映像技術系ジャーナリストとして活動、DV Japan、HOTSHOT編集長を歴任。2021年より日本映画撮影監督協会 賛助会員。