会場となった Singapore EXPO
SIGGRAPHは世界最大のコンピュータグラフィックスとインタラクティブ技術に関する学会・展示会である。そのSIGGRAPHのアジア版、第五回目となるSIGGRAPH ASIA 2012が、2012年11月28日から12月1日の4日間、シンガポールで開催された。シンガポールは、国の援助の影響もあり、コンピュータグラフィックス産業が大変盛んな国である。アニメ版スターウォーズを手がけるILMシンガポールや、リメイク版の映画トータル・リコールの特殊効果を担当したダブルネガティブのシンガポール支社などが存在することでも知られている。SIGGRAPH ASIAのシンガポールでの開催は今回で2回目となり、前回とは違う、新しく巨大なSingapore EXPOが会場となった。公式発表によると、今回の参加者は56ヶ国から、4,250人の参加者、全体の2割程が学生の参加者で、全体の7割はシンガポール外からの参加者だったという。
コンピュータアニメーションフェスティバル
Computer Animation Festival 全体予告編
米国同様、世界各国からのCG作品を集めた CAF(コンピュータアニメーションフェスティバル)、夏の米国SIGGRAPHと同じ好評価の作品と、ヨーロッパやアジアからの新しい作品が見られた。ここで紹介された作品は映画作品以外の版権がクリアされたものについては、オンライン(有料)で見ることができる。また、多くの作品は予告編、メイキングなどを含め動画共有サイトYouTubeやVimeoで公開されていることが多く、作家公式の高画質動画が無料で観られるものも多い。YouTubeもフルハイビジョンサイズの動画を扱えるのだが、どうもアーティストの作品置き場としては、Vimeoの方が多くのCGアーティストが好んで使っているようだ。
日本をモチーフにしたフランスの作品や、ヨーロッパ独特のダークな雰囲気を持った作品、アジア圏ならではの作品などが上映された。
Pardesi | Mariana Ramirez Uzcategui
アジアの混沌とした様子や、雑多とした雰囲気をうまく表現したインドの作品。
Sugar Coat | Takuro Togo Arisa Kanemoto Trident College of Information Technology
専門学校で学ぶ日本人学生チームによる作品。言葉に頼らず、ヨーロッパ風の映像と、王道のストーリー展開で、ごくごく定番のアプローチながらも、広く楽しんでもらえる内容となっている。
Cathexis | QNQ/AUJIK (Stefan Larsson)
独特の映像感覚を持ち、スウェーデン育ち、日本で活躍中のQNQ/AUJIK(Stefan Larsson) の作品。人工知能や、ロボティックス、ナノテクノロジーなど、様々な要素が取り込まれた映像だ。
Drawn To Life | Mauro Affronti
インクのシミや、手書きのペンの動きがうまく実写とCGとが自然に融合した映像として世界観が作り上げられている。イタリアの作品。
The People Who Never Stop | Florian Piento
日本の人々の行動を風刺的に描き、個々のキュートなキャラクタは個性豊かで共感できるフランスの作品。フランス人からみた日本人像が的確に描かれている。コミカルな作品。
Kia ‘Share Some Soul’ | Method Studios
モーションキャプチャを活用し、リズムカルなハムスターのダンサーが登場するCM作品。ロボット達も踊りだしてしまうくらいの、ハムスターダンサーたちの踊りに注目。アメリカMethod Studiosの作品。
Luigi’s Pizzaride 3D | Florian Werzinski (Germany)
(3D版:視聴には赤青メガネが必要)
無骨な笑いを強く押し出した、コミカルな作品。YouTubeで赤青メガネで視聴できる3D版も公開されている。ドイツの作品。スピード感、爽快感が抜きん出た作品。
Una Furtiva Lagrima | Carlo Vogele
まな板の上に載った魚がとてもリアルに唄いだす作品。CGだとは分かっているのだが、哀愁を誘う。米国の作品。
プロダクションセッション
コンピュータアニメーションフェスティバルに付属して、プロダクションセッションと呼ばれる映画のメイキングセッションも大変充実していたのが今回のSIGGRAPH ASIA 2012 の特徴だ。残念ながら映像の版権の関係で、映像に関しては会場のみでの上映、プレス担当での撮影不可であったので、なかなか詳細を伝えるのが難しいが、概要だけでも。
The Visual Effects of The Avengers (ILM)
アベンジャーズの戦いの舞台となったニューヨーク。ロケーションハンティングに、Google MapとGoogle StreetViewがおおいに活用されたとのこと。NYの都市まるごと3DCGで再構成した映像を背景として映画の中で重要な位置を占めていた。
Visual Effects of Total Recall (Double Negative)
劇中に出てくる、宙に浮く未来の車は、実は実写であった。撮影用の実際の車の上に二段積みになった車でリアル感を求め、台座となった車は後で消す処理を施しているとのことです。メイキング映像が公開されており、これを観ると納得します。
The Visual Effects of ‘The Dark Knight Rises’ (Double Negative)
メイキング映像を観て驚いたのは、想像以上に、実写が多いことであった。監督はもともと現場の役者と映像を造り上げていくのを好み、はじめはPreViz(プリビズ:プリビジュアライゼーション)と呼ばれるCGによるテスト映像試作を好まなかった。しかし、製作が進むにつれて、PreVizの持つ効果に少しづつ理解を示してくれるようになったとのこと。全面CGと思えたシーンも、実は驚愕の実物大セットや、スタントで実現したものなど、実写映像がもたらす迫力と、CGの協調作業の役割分担が的確に示されたセッションであった。
論文発表
今年のSIGGRAPH ASIA 2012の論文プレビュービデオ
Gaze Correction for Home Video Conferencing
ビデオ会議で、画面の上に設置されているカメラの位置を向いてしまい、誰もがなんとなく上を向いてしまってはいないだろうか。本システムは、少しだけ上を向いてしまうのを、相手と視線がぴったり合うように自動修正するツールの提案。ノートパソコンの上ついているカメラでUstream配信するような場合にも役立ちそう。現在開発中のツールは、20fpsほどのスピードで動作し、Skypeのプラグインとして提供する予定。[論文]
Structural Optimization of 3D Masonry Buildings
CG空間の中で、積み重ねられた物体が、実際に積み重ねた時に安定するかどうか微調整する技術。建築構造に生かせる。また最近注目を浴びつつある三次元プリンターの出力物の検討にも活用できる技術。[論文]
Sculpting by Numbers
削るべき箇所にライトがあたって、システムが形状形成を指示してくれるシステム。彫刻のスキルがそれほどなくとも、目的の三次元形状を削りだすことのできる、人間三次元プリンタ技術。サイトはこちら。http://www.alecrivers.com/sculptingbynumbers/
総括
その他、エマージングテクノロジーズ展示、アートギャラリー会場では、日本勢の活躍が多くみてとれた。中でも特に高度にコントロールできる市販のラジコンヘリコプターに取り付けたビデオカメラと、ヘッドマウントディスプレイが連動して動作するFlying Headは、今までになかった驚愕の体験であり、遠隔コントロールできる未来の映像制作の未来を垣間見たような展示であった。
来年夏のSIGGRAPH 2013はディズニーランドの街、米国アナハイムが予定されている。さらに2013年冬に開催されるSIGGRAPH ASIA 2013は香港が予定されている。SIGGRAPHはCG(コンピュータグラフィックス)の学会であるが、近年では、CG技術のみならず、実写との効果的な合成や、インタラクティブ技術に関する研究も充実している。ますますオンライン化し、オンラインで情報が得られる世界になってきましたが、SIGGRAPHで出会う人々、多くの素晴らしい展示や、研究発表から得られるモチベーションや、ワクワク感は、参加した人にしか得られない、貴重なリアルな体験です。SIGGRAPH ASIAはビザ取得の関係で、米国での SIGGRAPHよりも、アジア圏の研究者、アーティストが参加しやすい環境が整っている。シンガポール現地で活躍されているCGアーティストの方々や、シンガポールの学校でCGを学んでいる学生の方々も数多くおられ、CG仕事のアジア圏の広がりを実感できた SIGGRAPH ASIA 2012であった。