Stereoscopic 3Dよ、どこへ行く?

昨年末にボーンデジタルから3D映画の歴史や企画制作、映像技術を解説したクロニクル的な書籍「3D世紀/驚異!立体映画の100年と映像新世紀」が上梓された。PRONEWSでもStereoscopic 3D(S3D)については幾度に渡って特集で追いかけて来たが、先般ほどの盛り上がりはない。しかしこれはS3Dが一つのジャンルとして確立された事を意味する。現に多くの3Dコンテンツが供給されている事は言うまでもない。さて今回は、著者である谷島正之氏や灰原光晴氏に3D映像のことや書籍のアピールを聞くことができたので紹介しよう。

書籍執筆者のお二人とも3D映像に関してはスペシャリストと呼んで間違いないほど経験や技術を持っている。谷島氏はアスミック・エースの映画プロデューサーで、なんといっても2009年にアジア圏で初のフルデジタル3D実写長編映画として公開された『戦慄迷宮3D』を製作したのは有名だ。そのほかにも3D映画の製作に2011年に公開された『ラビット・ホラー3D』がある。灰原氏はIMAGICAの技術企画室の3Dスーパーバイザーで、1985年の国際科学技術博覧会(つくば万博)で公開されたフィルム仕上げの映像からかれこれ30年近くもさまざまな3D映像の制作に関わっている。二人には書籍のアピール以外にも、3D映像のトレンドや今後の展望なども聞いてみたので参考にしてほしい。

3D環境の整っていない中から生み出されたアジア圏初のフルデジタル3D実写長編映画

201303_3dseiki-01.jpg

IMAGICAの技術企画室 3Dスーパーバイザー 灰原光晴氏(左)とアスミック・エースのプロデューサー 谷島正之氏(右)

最初にIMAGICAの東京映像センター内にある「iQルーム」と呼ばれる3D試写環境の整った編集室に案内をしていただき、映画『ラビット・ホラー3D』の映像の一部を見せて頂きながら3D映画について解説をしていただいた。ここの編集室には、モニタとスクリーンの3D試写環境や3Dステレオスコーピックオプションを導入したクォンテルのiQが設置されている。『戦慄迷宮3D』や『ラビット・ホラー3D』も各作品ごとにのべ5日間ほどここの部屋で作業を行ったという。まずは3D映画のワークフローや当時の苦労話などを聞いてみた。

『戦慄迷宮3D』の撮影は2009年のことでその当時は3D映像の制作環境がまだ整っていなく、アジア圏初のフルデジタル3D実写長編映画の実現は困難の連続だったという。まず撮影するにも3D実写の撮影システムというのもがない。そこで、国内最高峰の3D撮影スーパーバイザーとしても有名な宇井忠幸氏がICONIXの24p対応のフルHDカメラ「HD-RH1」を2台輸入し、てオリジナルで製作した平行式リグに搭載して撮影を実現したという。収録はHDCAM-SRで、右目用と左目用のカメラ2台の出力をデュアルストリームモードと呼ばれる倍速記録機能を使って1本に収録している。オフライン編集は左目の片チャンネルのみを使って2Dの状態で行い、その編集データを今いる3D編集室に持ち込むと、右目と左目がそのまま3D映像として視聴することが可能になる。制作当時はこの3D映像の編集環境というのも課題だった。2009年の『戦慄迷宮3D』制作前は整っていなかったのだ。

灰原氏:IMAGICAは従来からiQは導入済みでしたが、『戦慄迷宮3D』の制作前はまだ3Dには対応していませんでした。その頃、ハリウッドではiQが3Dに対応し始めたという情報はあったのでIMAGICAでもiQに3Dステレオスコーピックオプションを導入しました。『戦慄迷宮3D』がiQで3D編集をした当社初の作品ということになりますね。

3D編集室では、立体的な奥行と空間の調整が行われる。現場で3Dモニターを持ち込んで3Dメガネを通してカットごとに確認をしながら収録が行われているものの、実際にオフライン編集を行ったものを3Dで観てみるとカットが変わると前にいた人が急に後に行ったり人の立ち位置が極端に変わったりする場合がある。そこで「もうちょっと奥に」とか「手前に」など指示を出しながら視差の編集をして、視聴者に不快感や混乱が生じたりしないような3D調整を行っていく。ここで行われる3D編集室の作業が通常の2D映像の工程と違うところだ。

視差の確認が終わったらカンパケを作るが、この後も試写室や劇場に行って3Dで観てから3D編集室に戻って視差の修正を行うことがあるという。3D映像の場合は、劇場で観るともの凄く飛び出し感も大きくなる。「大きいスクリーンで見るとぜんぜん違います。テレビのモニタはバックライトで、劇場は投影という違いもありますしね」と谷島氏。3D映像は、3D編集室や劇場の2箇所で何度も検証して編集していくとのことだ。

201303_3dseiki-02.jpg

3Dステレオスコピックオプションを導入したクォンテル社のiQ

201303_3dseiki-03.jpg

3D編集室には3D対応の液晶モニター(左)とプロジェクター(右)の2つの視聴環境が設置されている

ここで紹介したのはHDCAM-SRに収録を行う3D映画の場合の制作工程だが、灰原氏は「ファイルベースで収録というのも進んでいますね」とも補足をした。灰原氏は鳥取県立博物館付属の山陰海岸学習館で今年1月から公開されている山陰海岸ジオパークを紹介するの3D映像の映像制作に3Dスーパーバイザーとして参加した。その際は「テープを使わないデータ収録というのも増えてきていて、鳥取県立博物館のコンテンツはテープを使っていないです。正確には水中用の2Dのカメラはほかになくそれだけテープだったのですが、あとは全部ファイルで収録しました」とファイルベースの収録も進んでいることも紹介した。

3D静止画撮影システム「IMAGICA MINI」

このほかにもIMAGICAの他の3D制作機材についても説明をしていただいた。その中でもさすがと思ったのが、機材の独自開発も手がけているという話だ。コマ撮りアニメや静止物の3D撮影に最適な3D静止画撮影システム「IMAGICA MINI」のリグの部分を最近独自開発したという。3D撮影というと2台のカメラが必要と思われているが、IMAGICAで開発したオリジナルのリグには、1台の一眼レフスチルカメラしか搭載されていない。撮影を実行すると、自動制御でカメラが左側に直線移動して被写体の方向に回転して左目画像を撮影し、次にカメラが右側に移動して被写体の方向に回転して右目画像を撮影するというものだ。一眼レフカメラをリグの上に平行に2台並べて左右のレンズ幅を人間の目の間隔といわれる65mmにするにはボディサイズの関係で困難だが、IMAGICA MINIならばそのような問題に悩まされることはないし、カメラは1台で済むのでコストも安く抑えられる。このシステムは販売もできるし、IMAGICAと一緒に制作することも可能とのことだ。

制作環境の敷居の低下で可能性が広がりはじめた

谷島氏や灰原氏には3D映像の使いどころやトレンドや展望なども聞いてみた。その中でも谷島氏の話の中で最も印象的だったのが、「3Dはドキュメンタリーに向いている」という話だ。

谷島氏:3Dはドキュメンタリーには相当適していると思っています。最近凄いと思ったのは去年公開されたドイツ映画で、ヴェルナー・ヘルツォーク監督の3D映画でショーヴェ洞窟の映画『世界最古の洞窟壁画3D 忘れられた夢の記憶』(2010年)です。南フランスにある3万2千年前の世界最古の洞窟壁画を1日4時間、計6日間だけ撮影許可が下り、その短い時間で実際に入って撮影をした、緊縛感漲る映画です。ある一点から見ると動物に見えるのですが、ちょっと視点を変えると、その壁画が見えなくなるというトリックアートみたいなものなのです。それを観たときに、立体視をして初めて初めて映像的に解る凹凸、体感できる空間の凄さをより実感できました。2Dでは不可能な映像空間を。

一方、ヴェンダース監督は映画『Pina / ピナ・バウシュ踊り続けるいのち』(2011年)というパフォーマーのドキュメンタリーを撮っています。パフォーマンスを2Dで撮るのと3Dで撮るのとでは空間における空間情報が違ってきます。やっぱり3Dで撮ると、パフォーマンスの動きだけではなく、その空間がどういう空間になっているのか?その空間で彼女が身体をどのように動かし、どういうことを踊ったのか?というのがその空気も含め、映し撮り、正確に伝えられる。そういう意味で、ドキュメンタリーという分野に実に適しているなぁと去年実感しましたね。

作為的にドキュメンタリーを撮るという方法論もあって、それが今、国内で大ヒットしている松江哲明監督の映画『フラッシュバックメモリーズ3D』です。これもドキュメンタリーなのですが、彼のコンセプトは”三次元”を超えた”三時空”映像です。通常の3Dというのはスクリーンの絵を中心に飛び出したり奥行きがあるのですが、彼が作り出したドキュメンタリーというのは真ん中のスクリーンに”現在”の主人公がいて、主人公の後ろ、奥の面に”過去”の映像が映り、さらに彼の前に”未来”が映し出され、まさに未来、現在、過去という3つの時空を、3Dフォーマットを応用し、一つの映像の中に詰め込み、表現している。コンセプチャルだと思います。

ドキュメンタリーなのですが、作為的に3Dの空間を利用するというのは、圧巻でしたね。僕らは3Dのある種狭いスペックをすべて使いこなして作品を実現した自負がありますが、これからはこの作品の様に若い才能が僕らの想像できないような3Dの使い方をしていくんだなというのが実感できました。それが3D映像の未来に繋がるんだなと。またドイツの巨匠も日本の新鋭監督の3Dも共通することは、ドキュメンタリーだったということです

灰原氏の話で印象的だったのが「制作環境の敷居の低下」だ。もともと3Dは敷居が高くて手が出しにくい映像だった。それがここ最近下がってきているというのだ。

灰原氏:僕はいつも言っているのですが『3D映像はもう終わった』と言っている人は3D映像を作ったことがない人です。『戦慄迷宮3D』の撮影の際に宇井さんなんか撮影システムがなかったから手作りで作られたのですが、その後にメーカーが一体型のカメラなどを出してきました。こんなに制作環境のハードルが下がったという時代は今までにありませんでした。今は3D映像の作りやすくなった時代が訪れていて、可能性がもの凄く広がっていると思います。

実際、われわれも鳥取県立博物館のコンテンツを作るに当たって、民生機の3Dカメラを横並びにして直接スクリーンに出力してテストしました。すると民生機でもこんな画質になるんだというのがありました。そのテストで使い方をうまくやれば、いい画質が出るというのがわかったのです。松江哲明監督のドキュメンタリーもそういったカメラをうまく使って凄くハイクオリティなものを作ってらっしゃいます。そういう機材面ではもの凄くハードルが下がっているのです。その機材は世間にいっぱいあるので、それを使ってみんな撮り始めていろんな工夫、違う演出、違うコンセプトとか違う表現が出てくる可能性がもの凄く上がっているのですよ。だからブームが終わったから辞めてしまおうというのは全くの逆で、これだけ機材があるんだから、これからいろんな可能性が広がっているというのが現状だと私は思っています

世界初!3D映画を完全網羅した書籍「3D世紀/驚異!立体映画の100年と映像新世紀」

お二人も執筆されている「3D世紀」は、「歴史」「製作」「技術」3つのアングルから3D映画を徹底解剖した書籍だ。「人類史上初めての3D映画はいつ出来たのか?」や「日本の3D映画のパイオニアが明かす、3D映画製作過程の秘密とは?」「3D映像の最新テクノロジー過去、現在、未来に迫る」といったことがわかるのが特徴だ。書籍の概要についても紹介していただいた。

谷島氏:旧式から最新のデジタル3Dまで、3D映像のことはこの1冊読めば全部わかります。3D映画に関する世界初の書籍にして、追随を許さない決定版を創るぞ!と作りました(笑)。650ページもある大きな本でそのうちの6割が大口孝之さんという世界でも有数の3D映画評論家にして映像クリエイターが、3Dの歴史を完璧にまとめています。3Dというのはここ最近ではなくて、実は2Dよりも前に3Dがあったという驚きの歴史を書いている。大口さんが、映画100有余年の歴史を、立体映画というまったく別アングルから見た”裏映画史”であるとも言える壮大さを持って、今に至るまでの3D史を400ページ書かれていています。世界的に見ても、完全保存版です。

第2章の「3D企画・製作/デジタル3D映画製作記」では日本及びアジア圏初のデジタル3D長編映画を撮ったということをテーマに、私が3D映画には3Dなりのコリオグラフィー(振付け)がある、ということを、3D映画の製作を2本していく中での赤裸々な開発・企画・製作過程を全部書いています。また、それと並走し、映画界と時代がどのように新テクノロジーとしての3Dに呼応し、「第三の映像革命」に至ったかの重要な3年間を追っています。

第3章の3D映像の技術解説では灰原さんが3D映画の技術、テクノロジーに関してあまり専門的にならないように、面白おかしく書いています。バブル期のテーマパークや博覧会での大型3D製作などの自身の貴重な体験も含み、一章二章とは別の切り口を展開し、痛快です。歴史、製作、テクノロジーの三者三様で、3Dのすべてを完全網羅している本になったと思っています。3D製作に携わる方や3D映画ファンのみならず、普通の映画ファンや映画を志す若いクリエイターの皆さんに、楽しく読んで頂き、面白がって欲しいなと思っています。

「3D世紀」は、3Dの映画、映像に関わるすべてが詰まった一冊だ。興味のある人はぜひ読んでみてほしい。

3D世紀(ボーンデジタル社のWebサイト):http://www.borndigital.co.jp/book/2010.html

WRITER PROFILE

編集部

編集部

PRONEWS編集部による新製品レビューやイベントレポートを中心にお届けします。