音は遠近感やその場の空気感を収めたい
映像収録時のマイクと言えば定番のガンマイク、インタビューならピンマイク、と決めてかかっている人を多く見かける。いや、映像だからこそなおさらシーンごとにどういう音で録るべきか、もっと敏感になるべきだ。カメラを向ける時には、当たり前のように気を遣い、画角や被写体の位置を決め、レンズを選び、寄ったり引いたり、ぼかしたりぼかさなかったり、光のわずかな強さ弱さを調整したりして、遠近感やその場の空気感を収めようと努力する。
そうしてこだわり抜いて出来た映像に、聴きやすさだけを優先させたパリパリの輪郭を付けた音を、絶えずメーター一杯に振り切るようなレベルでベタベタっと張り付けるなんて、おかしくないか?例えそれがセリフであったとしても、それは文字ではない。読みやすければいいというものではなく、その人の持つ唯一無二の音をその場所が持つ空気を振るわせて伝えるものだ。
“聴きにくい音=悪い音”という認識を変えたいと心から思っている。オーディエンスは聴き辛ければ耳を澄ます。そういうオーディエンスのクリエイティビティを無駄にしてはいけない。そうなってくるとスタジオでのアフレコより断然現場での同時録音の重要性が増してくる。だからTASCAMのようなしっかりした技術を持った音響器機メーカーが映像制作の為に本気で製品を送り込んでくれる事は嬉しくて仕方がない。中でも撮影現場での同時録音の為の安価でしっかりしたフィールドレコーダーというのは、正に時代にマッチした武器として、我々クリエイターの力になってくれるはずだ。
バランス入力を装備したTASCAM DR-100というレコーダーを長く愛用している。そのボディにマイクスタンド用ではなく、カメラの三脚用のネジ穴が付いていた事でもTASCAMが映像制作現場を意識していた事がうかがえるが、その後、カメラマンにとって、特にデジタル一眼で映像を撮る人にとって、かなり嬉しい機能がついたDR-60Dがリリースされ、私もここでレポートさせて頂いたのはそんなに昔の話ではなく、そのDR-60Dも今回更に進化してMKII(マーク2)となった。更に魅力的なステレオコンデンサーマイクを内蔵した上位機種、DR-70Dも新たにラインアップされ、色んなユーザーの撮影スタイルに叶う選択肢が出来たと思う。
正直なところ、DR-100等、従来のフィールドレコーダーにもステレオマイクは付いており、マイクアンプの性能も相まって、カメラに付いている物とは比べ物にならないほど高性能なのだが、私の仕事に限って言えば、ガンマイクやピンマイク等の外部マイクを使う事が多く、使用頻度はそれほど多くはなかった。
だが今回、DR-70Dは4チャンネルのマルチレコーディングが可能でそれぞれのチャンネルにXLRのバランス入力を備えているので、もちろん4本の外部マイクを使う手もあるが、内蔵のステレオマイクの利用価値がぐんと高くなったような気がする。このステレオマイクを使っても、まだ二本の外部マイクが同時に使えるという事だ。冒頭で書いた音場、音像を作り上げるには大変面白い。アンビエントに近い“場の音”をステレオマイクで広く録って、同時にガンマイクを出来るだけ近付けて芯のある明瞭な音を録っておく。後はスタジオで好きにミックスし、ナチュラルな音像を作り上げる事ができる。この作業がなんとも楽しい。
早速フィールドレコーディングに出かけてみる
特に今回試させてもらった中で素晴しかったのがDR-70Dに内蔵されたステレオコンデンサーマイクだ。前もってこのマイクが無指向性だと聞いて、一瞬「え?」と思った。普通、ワンポイントステレオマイクというのは二つの広めの指向性マイクを左右に向けステレオ音場を作る物なのだが、無指向性マイクが二つ、それも見た目は正面を向いて付けられている。
さて、これがどういう音像を作り出すものなのか?実際使ってみるまではサラウンドまではいかないにしても、かなり広がりのあるフワッとしたものになるのではないかと、不安半分、期待半分だった。だが実際はその不安も期待も見事に嬉しく裏切られてしまった。なんと言ったらいいのだろう、「在るがままに録れる」というのが実感だ。
定位もそれほどはっきりしていないようなのだが、決してぼやけるという感覚ではない。そもそも普段聴いて(意識して)る音というのは「そこにそれがあって、そっちからここに動いて…」っていうほどハッキリしたものではない、自然にそこにあるというものだ。エフェクターで作り出す、あの、真ん中が抜けたような気持ちの悪い広がりではなく、それでも個々の音像はしっかりある。
不思議だ。でも普通だ。きっと普段しっかりしたモニタースピーカーの前で、音の要素を一つずつ置いていくような仕事をしすぎているのだろう。このスーパー自然な音場を何か新しいもののように感じてしまう。絵を描く以前に、とても上質な画用紙を手にいれたような嬉しさを感じる。これがレコーダーにオマケのように付いているマイクなのか?いや、こんなマイクは単体でも見た事がない。きっと遠近感、つまり感度が自然な減衰感をしていて、かといって質の悪い物ではないのだろう。
結果、立体感はちゃんとある音場で録れる。そしてあと2つXLR入力が残っている。それにはガンマイクをつなぎ、はっきりした音像で個々を捉え、その上質な画用紙に絵を書く為に録っておこう。もちろん4トラックマルチで録っておき、後はスタジオでじっくりやる。実際、そのガンマイクの音は補足する程度に使った。これは普段とは真逆のミキシング作業だ。
いつものモニタースピーカーの前に座り、だがいつもの常識を捨て、ああだこうだとやっていく内に「あ!あの時、あの場の音だ!」というのができ、嬉しくてたまらない。例えば、後ろで派手に砕ける波の音もいつものSEの感覚よりは随分大きく入っているが、それでも近くにあるギターの音が存在を失う事はなく(いや、時にかき消されても良いではないか!それが本当の音なのだから)、ちゃんと後ろに在る。
人間の耳(脳?)には複数の音の塊の中から意識的にある音をクローズアップさせる能力があるが、その部分をガンマイクで録った音で付け足してやる感覚だ。あと、ギター好きの私としては、ギターの音をしっかりさせる為にもガンマイクで録った音を使った。しかしそれもやり過ぎると映像とかけ離れてしまうので、ずっと映像を見ながら許容範囲を探った。映像の為のMAはレコーディングミキシングとは違うんだ。そう自分に言い聞かせながら、結構な勇気を持って常識と闘った。それを行う人が(私の場合、自分だが)撮影現場にいた事はとても大きいメリットだ。
DR-70Dの実力は如何に?
さて、機能面だが、これはDR-60Dが出た時、すでに搭載されていた数々の機能がTASCAMの映像アドオン機材としての並々ならぬ意識を感じさせる。それを今回更にブラッシュアップさせたものになっている。コントロールモニターは相変わらず小さいが、カメラに付けた時、カメラマンの視線の移動を最小限に抑えられるように向いているし、オマケのように付いているハンドルもそこにベルトを通せば音声スタッフが首から下げてもそのまま見ることができる。
だが、やはりこれはワンマンオペレーションを強く意識した設計なのだろう。カメラインという端子が付けられているのも、全ての音をレコーダーに集め、一本のヘッドフォンを抜き差しすることなくモニターできるようにする為で、大変助かる。逆にカメラアウトはカメラにレコーダーの音を送りカメラでも録音しておく為の物で、これは受け手のカメラのインプットのインピーダンスが機種に依って様々であることから、それまでは間に可変抵抗をかませて調整していたものだが、これもDR-60DMKII、DR-70D共にレコーダー側で出力を調整できる。
特筆すべきは、スレートボタンを押すと信号でピーという音が同時に記録されるので編集時のマーカーとして重宝する。NLEソフトとの互換が遅れている従来のマーカーと違って、音声で入れておけば安心だし、ボタンをテイクごとに何度か押してやると波形を見ただけでテイクが分かる。カチンコ要らずだ。
私がことあるごとに言い続けているハイサンプリング収録も96kHzまで対応しているので音声収録は当然これで完結するのだが、カメラ、カメラマンのみならず、その後の映像制作作業の事まで考えられている音響機器というのはこれしかないと言っても過言ではない。しかもこの低価格だ。カメラのアクセサリーとしても考えられる価格とマッチングは素晴らしいと思う。
ここまでの機材が手の届く価格であるのだからクリエイター側は自分のスタイルに合わせて選択し、なんとしても作品の音を良くしなければならない。情けない話だが、たとえプロが作った作品であっても、耳を疑うような酷い音の物がまだまだあるし、少なくとも音像、音場へのケアやチャレンジはまだまだ足りているとは思えない。ワンマンオペレーションだから、自主映画だから、仕方が無いなんて言ってないで、良い音の作品つくろう!
■DR-70Dのサンプルデータ※1
▶動画ダウンロード(96kHz/24bit)※2
※1 動画再生には QuickTime Playerが必要です。
※2 あらかじめ96kHz/24bitを出力できる視聴環境をご用意ください。
(PCの音声出力設定…Windowsの場合は利用しているサウンドカードのドライバ設定画面、Macの場合は「Audio MIDI設定」アプリ上で選択)
■「讃歌」・ふるいちやすし
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