txt:河尻亨一(銀河ライター/東北芸術工科大学客員教授) 構成:編集部

引続きカンヌ受賞作を紹介!

前編に続いて、世界のクリエイティブ祭「カンヌ・ライオンズ2017」より、映像業界の先端を行く“とんがったCM”たちをご紹介していきたい。日本からは「無重力の世界」を描いたPRフィルムが金賞をゲットしている。

■OSTRICH(USA)

こちらはサムスンのCM。神ってる系VFXモノとでも言えそうか?フィルムクラフト部門のアニメーションカテゴリーで金賞を受賞しているが、テクが先走りすることなく、ダチョウのささいな表情や仕草が小憎いほど心理描写にリンクしているところがスゴいと感じる。パーフェクトな擬人化である。

そのダチョウの心理の積み重ねがあるから、見る側に途中でオチの予想がついてしまっても、最後にグッと気持ちを持って行かれる。ある意味「ネタばれお構いなし」というか…。緻密なクラフトあってこその自信なのかもしれない。あと、動物モノはやっぱりYouTubeでウケがいいなとも思った。

■BJÖRK’S Notget(イギリス)

ここ数年やたら注目を集めるVRモノも1本。こちらはビョークの「Notget」の360°PVである。残念ながらYouTubeでは2Dでしか見ることができないが、3Dで体験した人によると「圧倒的な臨場感」とのこと。ビョークがすぐ目の前で歌唱しているかのような感覚が得られるらしい。デジタルクラフト部門でグランプリを受賞している。

会場を沸かした日本からの出展

■Gravity Cat(日本)

最後に日本発の受賞作を。ここで挙げたほかの映像にも言えることだが、CMの長尺化(YouTube化)によって、「続きを見たい」と思わせるスキップ回避のテクは制作者にとっての命題となっている。

この映像の場合、絶妙なタイミングでネタを小出しにしていくことで、「先が気になる。続きをつい見ちゃう」物語作りに成功しているのでは?リアリティ(生活感)のある凝ったセットも、視聴者を冷めさせないことに果たす役割大なのだと思う。

以下メイキングを見ると、撮影では「主観ワンカット」「子猫の撮影」「重力変化の表現」の3つの挑戦があったとのこと。個人的には、全編を通じて映像のトーンを作っている、なんだか黄色いモヤっぽい色味の意図を演出家に聞いてみたいものである。

メイキング

いかがだったろう?本レポートでは前後編通じて今年のカンヌ・ライオンズより8つのフィルムを俺流にセレクトした。面白いものはまだまだあるが、ひとまず現在の世界のトレンドのようなものはお伝えできていると思う。

企画もそれぞれぶっ飛んではいるが、何よりスゴイのはクラフトである。そして金がかかってそう。その点悔しくもあるのだが、どのムービーにおいても圧倒的なプロ力を見て取ることはできるだろう。YouTuberな世界とはある意味“対極にある”文脈でのプロフェッショナリズムではあるが。

ようはここまで「やりきる」ことで、決して素人には真似できない映像マジックが点灯するのかもしれない。あと、どれも「染み出す人間味」や「生理的な快感」が緻密に演出されているようにも思う。表面的なストーリーテリングは、面白動画を見慣れたいまの視聴者には届かないのではないだろうか。「わかる・わからない」のギリギリラインでのインパクトを狙えるか?も肝となっている。

いずれにせよ、時流に沿ったハイテク路線を打ち出したりはしながらも、「ブランド×ヒューマニティ」を根っこに据え続けることが、現状「カンヌ・ライオンズ」のほかのフェスティバルにないアイデンティティになっており、それが彼らの提唱する「クリエイティブ」の真意でもある。これから本格化するロボット(AI)との戦いにおいて、その原点を見据えることは制作者にとっての武器ともなる。

「人工知能」を活用した映像自動制作の事例もボチボチ生まれ始めているようではあるが、パターン化されたありきたりの物語はすでにロボットが作れてしまう。ロボットに計算できない“裏切り”を形にできるのが超ヒューマン、つまりプロというもの。“彼ら”に職を奪われないようにするためには、そういった技術も活用しながら、結局はどこまで人の心の奥底にまでふれる映像をつむぎ出せるか?が勝負どころだと思いたい。

そのために制作者サイドにはアイデアや企画力に加えて、時代を的確に読む力なども総合的に求められているのかもしれない。その上で「クラフト力も」、さらには「それなりのご予算も」というのは、我ながら書いていて気持ちが重~くなってくるわけだが、今年のカンヌの受賞作は、そのハードルを超えるための道しるべを提示できていた気がする(受賞作を丁寧に見ていくと、低予算ものもある)。

「ジェンダーイコーリティ」は今年のビッグイシュー。写真はP&Gによるセミナーより。Facebookのシェリル・サンドバーグも登壇した

そういった空気をもって今年私は、「プロの手による映像表現が息を吹き返し始めている?」と感じたのかもしれない。

筆者主催による現地勉強会の模様。今年も多くの参加者で盛況だった。日本は世界トータルで考えると賞の数自体はあまり獲れていない国だが、若手の意欲は高い

この記事では映像メインの切り口からご説明したが、カンヌはフィルム部門だけでなく、PRやデザイン部門などにも映像クリエイターにとって参考になる部分がある(実際には計20部門ある)。

それらの企画やプロジェクトを解説するケースビデオ自体、ずば抜けてよくできているものが多い。以下にひとまず40事例をセレクトした。短い解説もつけているので、興味ある方はご覧ください。

■Best Work 30 from Cannes Lions 2017

https://www.shigoto-ryokou.com/article/detail/272


◀︎前編 [カンヌ・ライオンズ2017]

WRITER PROFILE

河尻亨一

河尻亨一

編集者・銀河ライター。著作に『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』、翻訳書に『CREATIVE SUPERPOWERS』。