txt:平松正伸 構成:編集部
次世代映像のHDRを知る
“HDR”(エイチディーアール)、最近映像業界でも良く聞かれる言葉となった。「HDR対応テレビ」「HDRの映像製作をサポートしたカメラ」「HDRワークフロー」等々。「いまさら聞けないシリーズ」の最初となる今回は、このHDRの意味について映像業界の視点から解説していこう。
HDR=High Dynamic Rangeは、最初写真撮影の世界から始まった
Adobe PhotoshopにHDR合成機能が搭載されたのは、2012年のCS4の頃が最初だったと思う。写真業界ではこの頃からHDRという言葉が流行ってきた。写真におけるHDRは、ブラケット連写などで、異なる露出条件で同じ被写体を撮影し、一回で撮影できるラチチュード(=ダイナミックレンジ)を擬似的に拡げ、合成させるというもの。
上記の写真が実際の例だが、3枚の写真を合成することで、映り込んだビルの描写の黒つぶれを無くす一方、直射日光の当たっている領域の白飛びを抑えた画像となっている(真ん中下の窓ガラスのグラデーションを見ると、オリジナルの3枚のグラデーションをの中間を取っていることがよくわかる)。
この様に時系列にダイナミックレンジを分けて撮影することで、カメラのセンサーのダイナミックレンジを補う手法は、静止画撮影では一般的で、iPhoneを始め最近のデジタルスチルカメラでは、カメラ内で自動的に合成してHDR画像として収録する機能が多く見られる。
また、写真の場合「白=印画紙の白」を想定した画作りとなる。黒はインクの黒となる訳だが、最終作品として制作、出力される映像のダイナミックレンジ(黒と白の間の幅)は決まってくることがイメージできるかと思う。
動画撮影のHDRとは
映像の話に戻ろう。動画としてHDR映像を制作しようとした場合、静止画HDRとは以下の2点で異なる。
- 複数枚シャッターを切る時系列分割収録はできない(動いている物を撮影する世界では、技術的に難しい。将来の技術革新で変わってくるかもしれないが)
- 「白=表示デバイスの白」で決まる
これまでのHD世代において、映像制作におけるダイナミックレンジは、Rec.709規格によって規定されていたので、カメラの収録時のレンジ、ポストプロダクションの編集環境、視聴デバイスまで、基準が存在している。カメラセンサーによってダイナミックレンジの違いはもちろんあるが、出力としてはレンジが揃えられていたのだ。
※Rec.709規格は解像度、フレームレート、色域、表示ディスプレイの想定輝度など様々な要件を規定しており、これまでのHD映像規格のスタンダードとして長く使われてきた。我々は深く意識することなくRec.709規格の映像を制作し、視聴してきたのだ。
まずこの世界に一つ、変化が訪れる。それが「Logガンマによる収録」だ。Logガンマについては、PRONEWSでもこれまで何度も扱っているので省略するが、すぐに視聴できるビデオの画作り優先ではなく、ラチチュード(=ダイナミックレンジ)優先の収録(=Logガンマカーブ)をすることで、ポストプロダクションでの画作りの自由度を上げる収録方法だ。ダイナミックレンジを広くして収録するので、HDRの視点で言うと「HDR収録=Logガンマ収録」とも言える。
※一部シネマカメラで実現しているRAW収録が、イメージセンサーのダイナミックレンジを最大限に広げて収録できる方法なので、RAW収録もHDR収録と言える。ここは広く使われているLog収録を例として挙げた。
もちろん、Logガンマで収録しても、ポストプロダクションによりダイナミックレンジを圧縮したRec.709基準の映像として制作する。ポストプロダクション側では、広いダイナミックレンジのLogガンマを元にすることで、どの色のトーンを重視して仕上げるのか、自由度が高くなる訳だ。
このワークフローでは、Logガンマ(HDR)収録→Rec.709で仕上げるとなる。
次に、表示デバイス側にも変化が訪れる。自発光により、漆黒から白までの表現の幅が広い有機ELや高輝度バックライトにより、白のピークが1000nit近辺のLCDなど表示デバイスの進化により、収録からポストプロダクション、配信/視聴までHDRで通す新しい規格を策定する動きが起きた(正確にはシネマプロジェクターの高輝度化が先なのだが、ここでは読者の皆さんが親しみやすいテレビの話とさせていただく)。
このワークフローが想定するのはHDR(Log)収録→HDRで仕上げとなる。
収録時のダイナミックレンジと、表示デバイス(出力)のダイナミックレンジの違いにより、この2つのワークフローが存在することを覚えておいてほしい。
次世代映像規格で規定されたHDR用ガンマカーブの登場
先ほど触れた、収録デバイス、表示デバイスの進化により、「Rec.709に変わる、新しいHDR時代の標準規格の登場」となるのだが、HDRを想定したガンマカーブの標準規格には2種類の規格が存在する。それが、「HLG」と「PQ」だ。この両方が、Rec.709の次世代規格と言えるRec.2100に含まれている。
※Rec.2100は4K/8K解像度、60pや120pなどの高速フレームレートを始め色域、ガンマカーブなど様々な要件が含まれた規格。この中でHDRガンマカーブとしてこの2つが規格として盛り込まれている。
なぜ2つもガンマカーブを定義したのか。それはHLGとPQの性格の違いにある(ライブ向きのHLG、パッケージ向きのPQ)。
■HLG
NHK、BBCが放送用に規定、既存ディスプレイとの互換性重視し、ライブ放送にも対応することを想定。表示機器(LCD)は1000nit程度の輝度を想定し、Reference whiteはD65。国内放送規格であるARIBでもSTD-B67で規定されている。■PQ
Dolby社がシネマでのHDR環境実現の為の技術である「Dolby Vision」で用いるガンマカーブとして提案。Dolby Visionは、10,000nit/12bitで作られたDolby Vision Masterから、シネマ向け、配信(家庭)向けと別々にエンコードしていく伝送方式を規定。その家庭用マスターからのエンコード方式がUltra HD Blu-rayに採用。これは、従来のディスプレイと互換性のあるBase Layerと、HDR映像を補完するEnhancement Layerで構成されたストリームとなっている。Ultra HD Blu-dayでは、HDRディスプレイの最低輝度として1,000nitを推奨している。
このPQガンマはSMPTE(米国映画テレビ技術者協会)で一足先に「ST2084」として標準化された。またYouTubeなどで採用が表明された「HDR10」は、PQガンマの10bit版。ガンマカーブそのものはPQを元にしている。
そのため、ガンマカーブとしてはDolby Vision(12bit)=PQ=ST2084=HDR10(10bit)と同意となる。特にPQ/2084/HDR10は様々な所で使われているので混乱しているが、ガンマカーブとしてはどれも親戚であると知っておくとよいだろう!
HDR規格で収録するカメラの登場
カメラ側の進化によりLogガンマ収録(+RAW収録)がHDR収録の始まりとなったが、PQ/HLGの標準化により、カメラにPQ/HLGを実装し直接カメラで収録する流れが起きつつある。ファームウェアバージョンアップでの実装を表明しているカメラ(HLGだとSony FS5/Z150、Panasonic GH5、PQだとCanon C200、REDなど)もあるので、チェックしてほしい。
これらのカメラを使うと、先ほど「HDR(Log)収録→HDRで仕上げ」としたワークフローがHDR(HLG or PQ)収録→HDR(HLG or PQ)で仕上げとなると、グレーディング工程なしのストレートでHDR仕上げが可能になる。
但し、これはあくまでも「理屈上の話」。Rec.709時代もそうだが、映像表現として好みの色調やトーンを整えたいとなるとやはり調整が必要。また、現実的にはPQ/HLGで収録してもRec.709基準の映像も必要となる場合が多く、そのまま使えると言われているHLGにおいてもRec.709基準での確認と調整が必要となるケースも想定される。
HDR対応モニター、対応機器の登場
Logガンマ、PQガンマ、HLGと様々なHDR収録方法があることを紹介したがこれらをどうモニターリングするのかが、収録時の大きな問題となってきた。これらの映像をこれまでのRec.709基準のモニターで視聴すると、色が薄く表示され、さらに露出が正しいかわかりにくい状態となる。カメラによってはモニターLUTを適用できるものもあるが、カメラから出力されたHDR映像を、HDR対応モニターでモニタリングすることでHDRとしての露出が保たれているか確認することができる。
HDR対応モニターとしてのATOMOS SHOGUN INFERNOの活用例を紹介しよう。SHOGUN INFERNOは、各社のLogガンマに対応したHDR表示モードに加え、HLG/PQもHDRモニタリングにも対応している。さらに、Logガンマ→PQ/HLGガンマ変換機能により、HDR対応テレビ※1へのHDR表示をリアルタイム(ライブ)で行う事が可能。
※1:現在発売されているHDR対応テレビの多くが、HDMI自動認識機能を使ってHDR入力モードになるため、業務用機器からのHLG/PQ映像を受けられない。業務用機器ではSDIからの出力もあるため、HLG/PQを認識するメタデータを付与して出力できる物はほとんどない。一部のテレビでは、マニュアルでHDR入力モードに切り替えられるものがあり、これを使うとLogガンマ対応カメラ→Logガンマ出力→ATOMOS→PQガンマ出力→HDR対応テレビでリアルタイムモニタリングが可能だ。
HDR対応テレビで、任意にPQガンマに設定できる物の例がこちら。「HDMI EOTF設定」メニューで切替えが可能(このPanasonic社製テレビは、将来のファームウェアアップデートでHLGにも対応予定)。
放送局を想定したワークフローをWOWOWのIS-miniXを使って構成した例。IS-miniXは、263格子点、三角錐演算による高精度なLUT適用能力をもっており、精度の高い色変換が可能な事に加え、マッピングの微調整結果を外部からリアルタイムに送信できるため、ライブ配信にも対応できる。
上記の例では、HDR向けの映像とSDR向けの映像をそれぞれ個別にモニタリングと調節を行なう事で、収録後のポストプロダクションの工数削減はもちろん、ライブ配信にも応用が可能だ(スイッチング後の映像をHDR/SDRと分岐して調節することで、両方配信が可能)。
まとめ
映像業界でHDRが話題になって、まだ2年ほど。先述したRec.2100も規定されたのが昨年の2016年。HDRが次世代映像技術としてホットな話題であることに間違いないが、「まだ自分は関係ない」と思われている方も多いことだろう。確かに普及に関してはこれからではあるが、2017年は「HDR元年」と位置づけできる程、カメラのみならず、民生テレビまで実際の製品が出揃いつつあるのも事実。
特にHDRに関しては、これまでのHD解像度映像でも対象にできる事や、HDR対応ディスプレイでの見た目のインパクトから、欧米では4K/8Kよりも話題になっており、YouTubeをはじめとするネット配信ベンダーが相次いでHDR10の採用を発表している事からも、普及速度は我々の想像を超えるかもしれない状況だ。
今回触れられなかったが、オフライン系のワークフローや、メタデータを使ったダイナミックHDR(時系列でディスプレイ側のダイナミックレンジを可変させる、HDR10+等)など、まだまだ進化を続けており、HDRが、今後も映像製作技術のホットトピックである事には間違いないだろう。