Ryzen ThreadripperとRyzen Threadripper PROそれぞれの特徴、最適な制作環境とは
シングルソケットでありながら最大64コア/128スレッドもの構成が可能なAMDのワークステーション向け新型CPU「Ryzen Threadripper Pro」が話題だ。Ryzen Threadripper PROは当初、レノボのみから搭載ワークステーションが発売されるのみで、CPU単体での販売は行われていなかった。しかし2021年3月26日19時よりRyzen Threadripper ProのCPUや対応マザーボードの単体発売が解禁された。ワークステーションには手が届かなかったが、自作PCであれば購入可能なクリエイターも多いはずだ。
近年、圧縮率の高いH.265の標準対応や解像度は4Kから8K、ビット深度も8ビットから10ビットなど、編集の幅が広がる一方、パソコンへの負荷はますます高まる傾向にある。そんな重い処理が必要となる映像編集にはコア数が効いてくこともあり、Ryzen Threadripperが注目を集めている。日本AMDのジャパンマーケティング本部の佐藤美明氏にRyzen ThreadripperとRyzen Threadripper PROの気になるところを徹底解説していただいた。
――2020年を振り返ると、レノボからはRyzen Threadripper PRO搭載ワークステーション、アップルからはM1チップ搭載のMacBookなど、クリエイター向けPCの流れを変える製品が一度に登場しました。そこで製品クラスは異なりますが、M1とRyzen Threadripperシリーズとの大きな違いがあれば教えてください
M1は今かなり話題になっていますね。対応ソフトやアプリケーションでは速いと発表されていますが、環境の対応が必要だという点では、まだまだ弊社が主戦場としているWindowsベースを中心としたソフトウェアを使った方が互換性という意味では圧倒的に弊社製品に優位性があると思います。
また、M1はまだモバイルの域をそんなに脱していないかと思います。某PCメディアの記事でもありましたが、弊社のモバイル向け製品Ryzen 5000シリーズがM1を超えるCPUという評価も出ていますので、モバイルでもまだまだ戦えるところにおります。PRONEWS読者の方々はモバイルで編集やグレーディングをすることがメインではなく、デスクトップを中心に同時に多数のアプリケーションを使用する環境が多いと思いますので、そうなるとM1はRyzen Threadripperシリーズの競合ではないと思います。
――確かにクリエイターのワークステーションの選択肢にRyzen Threadripper PROという話を聞くことが増えていると実感します。Ryzen ThreadripperとRyzen Threadripper PROにはどのような違いがありますか?
まずスペック面では、CPUは最上位機種は同じ64コア、128スレッドとなりますので、大きな性能差はないです。それよりもCPUを支える脚周り部分が異なります。例えばメモリーや、PCI Express(以下:PCIe)のレーン数が全く違います。
あとは搭載するマザーボードも異なり、Ryzen Threadripperはどちらかというと一般PC向け製品の上位機種(ハイエンド)という範疇に収まりますが、Ryzen Threadripper PROはやはりサーバークラスの検証を経た、より強固な製品となっております。その差分で価格は確かにプラスされますが、競合製品と同様の性能が必要な場合にはかなりコストパフォーマンスが高い製品です。
Ryzen Threadripper 3990X | Ryzen Threadripper PRO 3995WX | |
コア/スレッド | 64/128 | 64/128 |
動作クロック | 2.9GHz/最大4.3GHz | 2.7GHz/最大4.2GHz |
メモリーチャンネル | 4 | 8 |
対応メモリーサイズ | 256GB(32GB×8) | 最大2TB (256GB×8/R-DIMM使用時) |
パッケージ | sTRX4 | sWRX8 |
PCI Express最大レーン数 | 64(別途チップセットとの接続用に8レーンを備える) | 128 |
――Ryzen ThreadripperとRyzen Threadripper PROの最適なユーザー層を教えてください
最初に登場したRyzen Threadripperは、一般PCの範疇のハイスペックマシンとして登場したので、個人で使う方や小規模で制作を行う環境にオススメです。HDや4K制作がメインの方はRyzen Threadripperがよいかと思います。
また、6K/8Kの映像制作がすでに視野に入っているかと思いますが、例えば1~2年の間に6K/8K制作を導入予定の方には、Ryzen Threadripper PROをオススメします。
今注目分野のバーチャルプロダクションでは、高速かつ大きなデータのやり取りが必要となります。例えばRAIDカードをPCIeレーンで接続するなど、ネットワークカードなどを増やすためにはPCIeレーンが必要ですので、このような環境を検討されている方には、高速でレンダリングを行うために同時に複数(特に3枚以上)のGPUを挿すためにもPCIeレーンが必要なので、やはりRyzen Threadripper PROが最適かと思います。
あともう1つ、弊社製品ではRyzen Threadripper PROのようにセキュリティがさらに強化されている製品に「PRO」という名前が付けられています。Ryzenシリーズ製品にはセキュリティ対応のチップがハードウェアに組み込まれているので元々セキュリティレベルが高いですが、さらに強化されたセキュリティ機能がPRO製品には入っています。
例えば、クライアントからもらうデータは漏えい等を防ぐために非常に厳しい保護が必要だと思いますが、そういった環境で使う方にはやはりRyzen Threadripper PROがオススメです。
Xeonと同じパフォーマンスを数分の1の価格で実現
――Ryzen Threadripper/Ryzen Threadripper PROと競合製品を比べた時の優位点などを教えてください
Ryzen Threadripper/Ryzen Threadripper PROの競合となる製品は、Intel社でいうとXeonというワークステーション/サーバー用の製品となります。それに対してRyzen Threadripper/Ryzen Threadripper PROは、一般向けにCPU単体で市販されています。一般の方が特別なルートを使わずに購入できるので、入手性と全体的なコスト面ではXeonよりも優れています。
また、Xeonと同じパフォーマンスを得ようと思った時に、Ryzen Threadripper/Ryzen Threadripper PROでシステム組んでいただいた場合は、価格的にXeonの数分の1で済む場合もありますので、そこが大きな違いになってくるかと思います。
映像編集におけるRyzen Threadripper/Ryzen Threadripper PROの優位点
――映像編集でレスポンスやスピード、安定性は重要ですが、Ryzen Threadripper/Ryzen Threadripper PROではどのような優位性があるのでしょうか?
安定性についてはシステム全体の話となってきますので、CPUだけで語れるものではないかもしれませんが、各マザーボードメーカーでAMD製品が主力となりつつありますので、どの製品も安心して使っていただける、安定したものばかりです。
また、レスポンスといったところではやはりコア数ですね。Ryzen ThreadripperやRyzen Threadripper Proシリーズは市販のCPUでもっともコア数が多いので、全体的な処理スピードは確実に上がります。
――アップルM1 SoCにはアプリ側のネイティブ対応と聞きますが、Ryzen ThreadripperはWindows対応のアプリケーションや(一部の)Linux対応のアプリケーションであれば問題なく動作する認識で合っていますか?もしくはアプリケーションはRyzen Threadripperにネイティブ対応の必要があるのでしょうか?
Windows対応や一部のLinux対応のアプリケーションであればネイティブ対応となります。さらに各アプリケーションで検証をしていただくために協力体制を広げていて、動作環境にAMD製品を掲載も増えているので、より安定性・安心感も上がっていると思います。
――DaVinci ReolveやAdobe製品でも対応製品として公表されているのでしょうか?それとも最初から問題なく使用可能でしょうか
はい、問題なくご使用いただけます。Adobe製品はまだ全製品とは言えませんが、AMD製品で検証が進んでいたり、または推奨スペックにAMD製品をご掲載いただいております。
必要システム構成/動作環境 | 仕様 |
Premiere Pro(推奨仕様) | Intel第7世代以降のCPU、または AMD Ryzen 3000シリーズ以降のCPU |
After Effects | IntelまたはAMDマルチコアプロセッサー |
Media Composer | Intelコアi7、i9、またはXeon(hyper-threadingあり–4C/8T、6C/12T、または8C/16T以上) AMD Ryzen Threadripper 3900XシリーズまたはRyzen Threadripper Pro 3900WXシリーズ |
EDIUS X Pro | AVX2をサポートする第4世代Intel CPU以降または同等のAMD CPU |
CINEMA 4D S24 | SSE3をサポートするIntel 64ビットCPUまたはAMD 64ビットCPU |
高コストパフォーマンスを実現
――競合製品や同じクラスの製品に対して、コストパフォーマンス面でRyzen Threadripper PROが優れている点を教えてください
Ryzen Threadripper PROの最上位モデル3995WXは、64コア、128スレッドあるCPUです。CPU単体でいうと約70万円と決して安いものではありませんが、それに匹敵する競合製品、例えばIntel社のXeon 8280だと、そちらを2個用意するいわゆるデュアルCPU環境でようやくRyzen Threadripper PRO 1個分に近いコア数となります。
Xeon 8280は1個で1万ドル程度と言われており、それがシステムとなると約250~300万円となります。それに対してRyzen Threadripper PRO 3995WXはCPUで約70万円ですが、脚回りなどで色々なものを揃えたとしてもおそらく約150万円、高スペックなもので揃えても約200万円ぐらいですので、約1/2のコストでシステム構築が可能です。もしXeon 8280と同じコストをかけたとすると、Ryzen Threadripper PROのマシーンが2台組めます。圧倒的にコストパフォーマンスは高くなります。
上図グラフ1の左側がAfter Effects、右側がPremiere Proです。グレーのグラフがXeon 8280のデュアル環境です。オレンジのグラフがRyzen Threadripper PRO 3995WXシングルの環境です。比べてみるとAfter EffectsではRyzen Threadripper PROの方が1.5倍の効率で優れています。Premiere Proでも同様にCPU 1個のRyzen Threadripper PROの方がデュアルXeon 8280よりも高いパフォーマンスを発揮しました。
こういった傾向は様々な分野のソフトウェアで同様の結果が出ています。上図グラフ2の左側はCPUの単価が近いXeon W-3275で、KeyShotという設定・製造業界でよく使用されている3Dレンダリングソフトですが、Ryzen Threadripper PROでは約130%以上の性能差をつけています。つまり、CPUの価格が近ければ2倍以上の性能ですし、コア数を近づければ半分以下の価格でCPUが手に入ってしまうということです。
ワークステーションへの搭載
――ちなみに、クリエイターはRyzen Threadripper PROが搭載されているワークステーションを選ぶのか、もしくは個々のパーツを購入して自分で組み立てて使用するのか、比率的にどちらが多いと感じられますか?
具体的な数字はないですが、Ryzen Threadripper PROを搭載したLenovo製のワークステーションP620を2020年夏から発売しておりますので、ユーザー数だけでいえばLenovo製の方が多いはずです。Ryzen Threadripper PROが単体発売されたのは2021年3月ですので、さすがにまだユーザー数には差があると思います。
――Ryzen Threadripper PROを搭載したワークステーションの代表的なメーカーはどこになりますか?
有名どころは今挙げたLenovoですが、あとは各BTO(Build to Order)メーカーから発売予定です。Ryzen Threadripperであれば、現行型でもCPU自体が2020年から発売されているので、Unitcom、サードウェーブ、マウスコンピューター、サイコムといったメーカーでのカスタム対応でモデルも多く発売されています。
――先程Adobeのツールやグラフをご紹介いただきました。クリエイターの現場は3D、VFX、編集など多岐にわたりますが、現在どの用途で使用されていることが多いでしょうか?
映像業界ではVFX、特に最近リアルタイムで映像を合成するような環境が増えています。映像だけではなくコンピューターグラフィックスを必要とする環境では、やはりコア数が正義といったところが多いので、映像の最先端の方々はRyzen ThreadripperまたはRyzen Threadripper PROの導入が進んでいると聞いています。
――高速処理が必要な現場だと、バーチャルプロダクションでUnreal Engineが使われているような現場ですね。
Unreal Engineの開発元のEpic自体がすでに導入しており、2年ぐらい前からRyzen Threadripperの方が競合製品より速いと公言しています。
Unreal EngineとかUnityなど、いわゆるゲームエンジンを使ったリアルタイムレンダリングですね。あとはコンパイルといったところでは、完全にCPUのコア数が必要ですので、そのような環境では、コア数が多いけど競合製品よりもCPUやシステムが安価に入手できるRyzen ThreadripperやRyzen Threadripper Proが活躍していると聞いています。
処理速度、コストパフォーマンスの両方を求める方に最適
――最後に、読者へのメッセージをお願いします
「Ryzen」という名前は耳にしていただいているかと思いますが、本当に大丈夫なのかなとか、どれだけ性能がいいんだろう、というのは近くにユーザーがいないとなかなか信用できる情報が得られないと思いますが、今本当に最先端の方々にRyzenやRyzen Threadripperをご使用いただいております。
すでに数世代にわたってRyzen Threadripperを使っていただいている方もおりますので、確実にPRONEWS読者の業務効率を上げることができると思います。単純に高いコストをかけるのではなく、今までと比べたら非常に優れたパフォーマンスを提供できるのがRyzen Threadripper/Ryzen Threadripper PROですので、安心して最高の環境を手に入れていただきたいなと思います。
Ryzen Threadripper製品一覧
商品名 | CPUコア数 | スレッド数 | 最大ブースト・クロック | 基本クロック | デフォルトTDP/TDP |
Ryzen Threadripper 3990X | 64 | 128 | 最大4.3GHz | 2.9GHz | 280W |
Ryzen Threadripper 3970X | 32 | 64 | 最大4.5GHz | 3.7GHz | 280W |
Ryzen Threadripper 3960X | 24 | 48 | 最大4.5GHz | 3.8GHz | 280W |
Ryzen Threadripper 2990WX | 32 | 64 | 最大4.2GHz | 3.0GHz | 250W |
Ryzen Threadripper 2970WX | 24 | 48 | 最大4.2GHz | 3.0GHz | 250W |
Ryzen Threadripper 2950X | 16 | 32 | 最大4.4GHz | 3.5GHz | 180W |
Ryzen Threadripper PRO製品一覧
商品名 | CPUコア数 | スレッド数 | 最大ブースト・クロック | 基本クロック | デフォルトTDP/TDP |
Ryzen Threadripper PRO 3995WX | 64 | 128 | 最大4.2GHz | 2.7GHz | 280W |
Ryzen Threadripper PRO 3975WX | 32 | 64 | 最大4.2GHz | 3.5GHz | 280W |
Ryzen Threadripper PRO 3955WX | 16 | 32 | 最大4.3GHz | 3.9GHz | 280W |
Ryzen Threadripper PRO 3945WX | 12 | 24 | 最大4.3GHz | 4.0GHz | 280W |