角川大映スタジオの制作力と経験値+ソニーPCLの技術力を融合
角川大映スタジオは、ソニーPCLと共に、2023年1月から角川大映スタジオ内のステージCに、約8Kサイズのソニー製Crystal LED Bシリーズを期間限定で設置し、大型LEDディスプレイを活用したインカメラVFXを中心とするバーチャルプロダクションおよび制作ソリューションの提供を開始した。期間は2023年3月31日まで。
オープンして間もない1月20日、報道関係者向け内覧会が開催された。その内容をレポートしよう。
角川大映スタジオに向かうと4FのCスタジオに案内され、入った途端目にしたのは巨大なLEDディスプレイだ。幅12m×高さ5.5mのLEDは167坪のCスタジオの白ホリ1面を支配していた。
使用しているのはもちろんソニー製Crystal LED Bシリーズ(LED画素ピッチ1.58ミリ)というハリウッドを凌駕する品質だ。そこに7680×3456ピクセルの約8K映像で構成される。このタッグは、角川大映スタジオがLEDのインカメラVFX撮影に興味があり、その分野では日本の先駆者的存在であったソニーPCLに協力を仰いだ形らしい。
ソニーPCLは2020年8月からソニーPCLの旧目黒本社(品川区上大崎 ※2022年12月に本社が港区港南に移転)でテストスタジオを作り、その後2021年4月から東宝スタジオでも期間限定でバーチャルプロダクションスタジオを構えていた。そして、2022年2月に開設したソニーPCLの新しいクリエイティブ拠点「清澄白河BASE」内に常設のバーチャルプロダクションスタジオを構えてそろそろ1年になる。その間、様々な映像作品を産み出し、多くの知見を蓄えてきた。
そして、角川大映スタジオは年間に400本以上のCM作品、15本以上の長編映画・ドラマを制作できる7つのスタジオを有する歴史ある撮影所である。経験豊かな美術部があるということも心強い。
今回のプレゼンテーションは、角川大映スタジオのリアルでの制作力と経験値に、ソニーPCLのバーチャルプロダクションの技術力を合わせた見ごたえのある多彩なデモンストレーションになっていた。この設備は当面、2023年3月31日までの期間限定で設置され、その後の展開はその期間の活用のされ方によって臨機応変に変えていくということだ。
セットとLEDに映し出された世界がシームレスにつながるデモを披露
この内覧会では、まず、バーチャルプロダクションはどういうものか、という説明があった後、ワークフローの簡単な説明があり、実際の撮影デモンストレーションが始まった。なんと、このデモンストレーション用のコンテンツは10日間ぐらいの準備期間で実現されたらしい。
デモが始まるとLEDの前にクラシカルな列車の車両のセットが運ばれてきた。カメラはソニー製「VENICE 2」にFUJINON Premistaレンズ、カメラ位置のトラッカーはMo-SysのStarTrackerを使用している。
StarTrackerは、スタジオ天井に貼られた無数の赤外線マーカーの位置を上方に向いたカメラでとらえてカメラの動きを認識しPCに伝えてくれる役目を担っている。
あらかじめ撮影された映像を流すスクリーンプロセスやグリーンバック合成ではカメラが自由に動けないという制約があるが、このカメラのトラッカーがあることで、インカメラVFX技術では、カメラの位置が変わるごとに最適のパースのCG映像を背景に映し出すので、撮影現場でスタッフ全員が完成を共有しながらアングルを調整できるのも利点だ。
最初に、スクリーンプロセスのデモが行われた。対面席の二人が車窓を見ながら鉄橋を渡るシチュエーションでは、柱が横切るのにシンクロして被写体の明暗が変わるというLEDを使ったバーチャルプロダクションならではの効果を出していた。
それが終わると車両はひまわり畑の横を走るシーンに。これらの背景は全てCGではなく2D映像をベースにしている。実際に車両で撮影したひまわり畑の2D風景映像に手前の鉄柱や電線をCGで加えることで、線路わきの雰囲気を出しているという合わせ技だ。
続いて、インカメラVFXのデモに移る。車両のセットが片付けられ、新たに斜めに窓を構えたペントハウス的な部屋が登場する。このシーン転換もバーチャルプロダクションの売りで、事前にテックビズができていれば、定位置にセットを構えることでシチュエーションを変えるのも容易だ。
先ほどインカメラVFXの醍醐味といったのは、このセットとLEDに映し出された世界がシームレスにつながるこのようなシーンだろう。本棚までがセットで、それ以降の部屋の奥行きはLEDの平面に描かれた写実的なトリックアートのような世界だ。
この写真では、カメラ位置からちょっとズレているので不思議なパースに見えるが、これがカメラから見たらすんなりつながった部屋に見える。床材なども美術部で用意できる素材を事前にCGスタッフに渡し、それをスキャンした画像をテクスチャーに使うことで、セットの床がそのままつながって見えるという仕組みだ。これは角川大映スタジオとソニーPCLがタッグを組むことで実現した理想的な形だろう。
様々なシーンを30分に凝縮
そこで、その場でCG空間のライトを消したパターンも見せてくれた。今回はUnreal Engine 5.1のバージョンを使用している。5.0以降搭載されたLumenという機能は照明の変化のレンダリングへの負担を軽減してくれている。
そしてセットをまるまる180°回転して部屋の内側から外を見るシーンに。
すると突然、高層階の夜景が窓外いっぱいに広がる。ソニーPCLによるとこの高層階の夜景というニーズは比較的多いという話だ。確かに条件の良い場所は限られてしまうし、遠景ならばスクリーンプロセス的なアプローチでもクリアできる。
その後、昼間の郊外の最上階という雰囲気を見せた後に、時間は夕景の景色へと変わる。これも実写だと貴重な撮影時間が制限されてしまうが、バーチャルプロダクションならその時間のまま落ち着いて撮影することが可能だ。
そして、一転して雪景色へ。今回は他のシーンと流用するデモということでやっていないが、窓の桟などに雪が積もっていたり窓が曇ることで、よりリアルな表現へとつながるだろう。雪の量など天候も自由に変化させられるのは、リアルタイムレンダリングならではだ。
カット割りなどを追っていないとはいえ、これだけ様々なシーンが30分の時間に収まっているのだから、バーチャルプロダクションの展開の速さには驚くしかない。
既存の撮影システムに背景用LEDが加わったという考え方
ここで角川大映スタジオが他のLEDスタジオと違う特色を持っていることにも触れておこう。
多くの大型LEDスタジオがディスプレイをパネルごとにほんの少し角度を付けてラウンドさせているのに対して、ここではフラット(平面)で構成されている。今回のようなセットとの相性はフラットの方が良いということでこういった構成になっているという。
他のLEDスタジオだと天井にも照明や映り込み用のLEDを配置しているところも多い(「清澄白河BASE」も天井LEDは存在する)が、角川大映スタジオは今のところ天井LEDは存在しない。これに関しては賛否両論あるだろう。
今回のセットのように斜めに窓を構えている場合は、その映り込みなどを天井のLEDで作ることができるかもしれない。しかし、上部をLEDで覆ってしまうことで照明の自由度がなくなるという考え方もある。
スタジオワークに慣れた照明部には上部はそのまま開けている方がイメージも掴みやすいだろう。ただ、StarTrackerの赤外線カメラが上を向いている以上、赤外線マーカーを覆ってしまうようなシルク幕などで覆ってしまうと、トラッキングできないというような不都合な点も出てくる。
そんなこともあるにはあるが、今活躍している撮影スタッフにとっては受け入れられやすいのはこちらの方かもしれない。既存の撮影システムに背景用LEDが加わったというスタンスだと思うとしっくりくる。
角川大映スタジオとしては2023年をバーチャルプロダクション元年ととらえ、このソニーPCLとのタッグを皮切りにバーチャルプロダクションにも対応していく構えだ。
これで、日活、東宝、東映、大映と大手映画スタジオには揃ってバーチャルプロダクションの設備が整ったことになる。確かにバーチャルプロダクション元年というのも頷ける。この技術がどのように今後の撮影現場に根付いていくのか、今後の展開が楽しみだ。