ソニーPCLは、特定の場所へ出向くことで体験できる「LBE(ロケーションベース・エンターテインメント)」にイマーシブ技術を活用した最新ショーケース、「多感覚イマーシブ体験 Immersive Multi-sensory Experience」を同社本社で開催した。

同社は1951年に映画現像所(Photo Chemical Laboratory)として創業し、1970年のソニーグループ入りを経て、フィルムからビデオ、パッケージメディア、そして4K/8K映像へと、時代の変遷に合わせて常に最先端の技術を取り入れてきた歴史を持つ。現在では、ソニーの高精細LED「Crystal LED」を活用したバーチャルプロダクションや、3D音響技術、ボリュメトリックキャプチャなどを駆使し、次世代の映像制作やイマーシブ(没入)体験を提供する「技術と表現の最前線基地」としての役割を担っている。

そうした技術的蓄積の集大成とも言える本展示では、ソニーの多感覚技術を統合して没入型XR体験を構築している。具体的には、映像・音・触覚・香り・風を連動させた五感で感じるLBEコンテンツとして、「Immersive Shooting」と「VR SoraCruise」を出展。映像や音だけでなく、あらゆる感覚が緻密に連動する、「五感」を根底から揺さぶるような体験を実現していた。

写真左から、話を聞いた綱島洋氏(ソニーPCL株式会社 クリエイティブ部門 UXクリエイション部 UX企画デザイン課)と、荒井康隆氏(ソニーPCL株式会社 クリエイティブ部門 クリエイティブディレクター)

映像・音・触覚・香り・風を完全同期。「Immersive Shooting」が示すLBEの未来

会場に入り、まず最初に体験したのは「Immersive Shooting」だ。これは、Ginza Sony Parkで開催されたエキシビション「TM NETWORK 2025 IP」にて展示された、「シティーハンター」の世界観をモチーフにしたシューティングゲームをベースにしている。

「シティーハンター」の世界観をモチーフにしたシューティングゲーム。銃を手に、次々と飛来するドローンを撃ち落とす内容となっている

案内されたポジションに立つと、目の前には高精細を誇るソニーのCrystal LEDが鎮座し、足元にはハプティクス(触覚提示技術)を搭載した床が広がっていた。手に持った銃は、ただのプラスチックの塊ではない。Mimicと呼ばれる、内部に可動ウェイトを仕込み、重量感や慣性によるフィードバックをリアルに体感できるハプティックコントローラーだ。

ゲームの内容は、飛来するドローンを次々と撃ち落とすというシンプルなものだが、ソニーPCLが映像・音・触覚・香り・風といった技術を駆使し、LBE体験として拡張することで、その没入感は別次元のものとなっていた。

ハプティックコントローラーを使用することで、ゲームの世界へ深く没入できる

特に驚かされたのは、武器ごとの「撃ちごたえ」を見事に描き分けるデバイスの表現力だ。スタンダードな単発銃、連射可能なマシンガン、そして一撃が重いバズーカの3種類が用意されており、トリガーを引いた瞬間、それぞれの特性に合わせた衝撃が掌を襲う。マシンガン特有の小刻みな暴れ方に対し、バズーカを放った瞬間のズシリとくる重厚な反動は、明らかに質感が異なっていた。このリアリティの正体は、コントローラー内部に仕込まれた可動式の「重り」による物理的な質量の移動であり、本物の反動のような慣性を生み出していた。

ハプティックコントローラーは、重量感と慣性によるフィードバックを体感可能な、ユニークなR&D(研究開発)コントローラーだ

さらに、「風」と「香り」の演出が体験を深める。特殊なドローンを撃ち落とした瞬間、映像内の爆発エフェクトと完全に同期して、鋭い「風」の塊と独特の「匂い」が顔面を直撃する。破壊の衝撃が物理的な空気の揺らぎとなって押し寄せ、嗅覚までもが刺激されるのだ。

天井には、においを発生させる「Grid Scent」と風制御技術が搭載されている

また、敵の攻撃を受けた際のリアクションも秀逸だった。足元の「Haptic Floor」が機能し、映像内の出来事が即座に足裏への物理的なフィードバックとして返ってくる。さらに驚いたのは、周囲に敷設された「Active Slate」の存在だ。これは振動だけでなく床自体から「音」を出すことができるデバイスであり、撃ち漏らしたドローンが衝突した際、スピーカーからではなく足元そのものから轟音が響く。自分の身体がその場にあるという実存感を強烈に喚起させるこの「贅沢な構成」こそが、没入感の高さの正体だった。

Haptic FloorとActive Slate(床型ハプティクス)を用いることで、リアルな触覚フィードバックを実現している

これら映像、音、床の振動、手元の反動、風、香りといった要素は、Unreal Engine上で「LBE-SDK」というソニー独自の開発キットによって統合制御されている。コンマ1秒のズレもなく完全に同期しているからこそ、違和感のない没入感が生まれるのだと痛感した。

大阪・関西万博の「空飛ぶクルマ」をVRで再構築。「VR SoraCruise」の野心的な実験

次に体験したのは「VR SoraCruise」だ。これは、大阪・関西万博の「空飛ぶクルマステーション」において日本航空が展開するイマーシブシアター「SoraCruise by Japan Airlines」のコンテンツをVR化したものである。オリジナル版のシアターはソニーPCLが企画・制作・総合プロデュースを担当しており、今回はそれをHaptic Floor、360 Reality Audio(ヘッドホン)、風ハプティクスを組み合わせて再構築している。

「Haptic Floor(床型ハプティクス)」を用いて振動を再現している

この展示が興味深いのは、オリジナル版が巨大空間での「集団体験(30人同時)」であるのに対し、今回はVRヘッドセットを用いた「個人体験」へと落とし込んでいる点だ。広大な空間で共有される感動を、閉じたVR空間内でどこまで再現、あるいは凌駕できるのか。これは単なる移植ではなく、没入体験の質を「集団」から「個」へと変換しようとする野心的な実験と言える。

椅子に座りVRヘッドセットを装着すると、視界は瞬時に「空飛ぶクルマ」のコックピットへと切り替わった。機体が浮上を開始すると、座面のハプティクスが繊細に震え出し、まるで重力から解き放たれたかのような浮遊感が全身を包み込む。

映像はHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を通じて視聴する

ここでも特筆すべきは「風」の存在だ。万博のシアター版にはなかった風の演出が追加されており、上空を滑空する際、頬に当たる風の強弱が映像内の速度と完全にシンクロする。閉鎖されたヘッドセットの中にいながら肌で空気抵抗を感じることで、脳に「いま、空を飛んでいる」という錯覚を植え付ける。

「風」制御技術(風ハプティクス技術)により、風を再現している

VR体験で懸念される「酔い」についても、本展示においては皆無と言ってよかった。通常、これほど動きのあるVRコンテンツを数分間体験すれば、三半規管と視覚情報のズレからくる「VR酔い」に襲われても不思議ではない。しかし、今回の体験ではそれが皆無だったのだ。

開発担当者によれば、これには明確な理由があるという。一つはコックピットの計器類が常に視界の固定点として機能していること。そしてもう一つは、風や振動といった物理的なフィードバックが視覚情報と合致することで、脳が「移動」を正しく認識するためだ。実際に被験者へのアンケートでも、風や振動がある方が酔いを感じにくいという結果が出ているらしい。演出としての風が、実は生理的な不快感を低減させる機能的な役割も果たしているという事実は、イマーシブデザインの奥深さを物語っている。

コンテンツの細部へのこだわりも没入感を底上げしていた。眼下に広がる大阪の街並みや吉野山の桜はフルCGで制作されており、Apple Vision Pro版では8Kの立体視を実現するなど、その解像度は実写と見紛うほどだった。また、搭乗機体「Archer Midnight」の挙動や、電動モーター特有の静寂さと微細な振動にこだわった音響設計(360 Reality Audio)が、未来のモビリティへの説得力を生み出していた。

立体音響は「360 Reality Audio」によって実現されている

今回のショーケースの意図が、単なる技術デモではなく、体験の質の比較実験にある点も興味深い。大阪・関西万博の現場では巨大スクリーンを用いた「集団体験(シアター形式)」が提供されるが、今回はそれを「個人体験(VR)」に置き換えている。担当者によれば、没入感ではVRに分があるものの、家族や友人と感動を共有する「楽しさ」という点ではシアター形式を支持する声も根強いという。

「個」として深く世界に潜るか、「場」として体験を共有するか。ソニーPCLが提示したこの二つのアプローチは、今後のロケーションベース・エンターテインメント(LBE)が向かうべき二つの未来を示唆しているように思えた。風と振動、映像美に包まれたあの5分間は、技術が人間の感覚をどこまで拡張できるのか、その可能性を肌で感じさせる体験だった。