「見学」では終わらない。制作に深く関与する副賞の実態
ソニーグループ4社が共同で2025年に創設した写真・映像アワード「THE NEW CREATORS」。その第1回映像作品・ドキュメンタリー部門でグランプリを受賞した河合ひかるさんは、副賞としてプロのMV制作現場に参加する貴重な機会を得た。
参加したのは、大喜多正毅監督が手掛ける次世代ロックバンド「ミーマイナー」の「レモンガール」ミュージックビデオ制作。河合さんは単なる見学者にとどまらず、企画段階から深く関わるかたちでプロジェクトに参画したという。本稿では、河合さんがプロの「本物の現場」をどのように体験し、何を持ち帰ったのか、その舞台裏を詳細にレポートする。
ミーマイナー(MEm_band)2026年第一弾配信シングルは「レモンガール」。 各種サブスク・ダウンロードサイトより2026年1月28日 00:00配信決定
河合さんの体験に触れる前に、「THE NEW CREATORS」の設計思想について概説する。2025年に第1回グランプリの結果が公開された本アワード。ソニーが注力するプロジェクトの一つであるが、選出された作品群は、既存の枠組みにとらわれない独自の「新しさ」を提示していた。
一般的に、多くの賞は「完成された作品」を評価の軸に据えてきた。それに対して注目したのは、「THE NEW CREATORS」が作り手の考え方や視点、そして将来の「伸び代」に重きを置いている点である。この考え方は、河合さんが副賞として参加したMV制作の現場で、どのような役割を担うことになったのかを見れば、よりはっきりと浮かび上がってくる。
加えて特徴的なのは、受賞を決してゴールとは見なしていない点にある。結果発表そのもの以上に、その後に用意された制作環境や、プロの現場へと続く導線(どうせん)にこそ、この賞の真価があると言える。
その「次のステージ」として用意されていたのが、次世代バンド「ミーマイナー」のMV制作現場への参加である。ただし、事前の一般告知では「立ち会い」という言葉が使われるにとどまり、具体的にどの程度まで制作に関与するのかは伏せられたままだった。
撮影の舞台となったのは、山間に位置する広大なスタジオだ。街灯もまばらな道を抜け、ようやく辿り着いたその場所には、すでに壮大な美術セットが組まれ、多くのスタッフが慌ただしく行き交っていた。照明、撮影、美術――。各分野の専門スタッフが持ち場につき、撮影開始に向けた準備が着々と進められていく。そこには、河合さんが学生時代に経験してきた現場とは一線を画す、プロフェッショナルな熱気が満ちていた。
制作の現場において、河合さんは決して「ゲスト」として扱われていたわけではない。モニターの前に立ち、アーティストのイメージカット撮影では自ら意見を述べる場面もあった。一部のカットでは受動的に指示を待つのではなく、自身の判断を言葉にして現場に返すこともあった。主体的な立場に置かれていたのだ。
この現場を視察するなかで、強く感じたのは、この副賞が想像していた「体験型企画」とはまったく異なるものだったということだ。完成した企画を横から眺めるのではなく、制作の一部を担い、判断と責任を引き受ける。その意味で、このアワードが提供する体験は、極めて実践的なものだった。
多くのアワードが完成された作品を評価するのに対し、「THE NEW CREATORS」が重視しているのは、まさにこうした現場で試される作り手の思考や姿勢、そして将来の「伸び代」なのだろう。河合さんが置かれていた立ち位置は、その価値基準を端的に示していた。
「自己表現のアート」から「届けるためのプロモーション」へ。MVが教えてくれたこと
後日、改めて河合さんにインタビューを行った。本格的な編集作業に入る前ということもあり、撮影現場での感覚が鮮明に語られた。準備から当日の動きに至るまで、具体的なプロセスを確認できたことは有意義であった。現場で何を考え、どう動いたのか。作品完成前のこのタイミングだからこそ得られた言葉を、ここに記しておきたい。
――今回副賞として「ミュージックビデオ(MV)の撮影体験」が決まった際、どのような感想や思いを抱かれましたか?
河合さん:
受賞のご連絡をいただいた際は、まず「受賞した」という事実にただ驚くばかりでした。その後、ソニーマーケティングの方とのオンラインミーティングで副賞の詳細を伺ったのですが、今回のコンペは液晶テレビやカメラ、スタジオ見学、さらには世界的なコンペへの招待など、あまりに副賞が豊富で……。
その中のひとつとしてMV撮影体験の説明を受けた時は、喜びと驚きでいっぱいで、一つひとつの重みをまだ想像しきれていませんでした。時間が経つにつれて「これに参加できるのは一生に一度あるかないかの、すごいことなんだ」という実感が、じわじわと押し寄せてきた感じですね。
――MVというのは、河合さんがこれまで手がけてこられた作風とは少し異なる世界の映像だと思いますが、その点についてはいかがでしたか?
河合さん:
私は2025年の3月に大学院を修了するまでずっと学生として制作を続けてきました。これまでの制作は、学内での課題や、外部展示のための個人制作がメインで、始まりから終わりまですべて自分の想定内で完結する、非常に個人的な「アート」の領域でした。一方、MVはお金をいただいて制作する「プロモーション」であり、クライアントワークですよね。
私は1999年生まれのデジタルネイティブ世代なので、YouTubeなどを通じてMVは常に身近な存在でしたし、大好きでした。でも、実際に自分が作る側になると、「自己表現としてのアート」と「誰かの魅力を世に広める仕事としての映像」は全くの別物なのだと、今は強く実感しています。
当初は「楽しみだな」という軽い気持ちもありましたが、大喜多監督との打ち合わせを重ねるうちに、「これは楽しみだけでは済まされない、責任ある仕事としての作法を学ばなければ」という意識に変わっていきました。
――当初、この副賞は「受賞者が現場に行って少し体験する程度」のものかと思っていましたが、お話を伺うと、初期段階からかなり深く関わられたようですね。
河合さん:
大喜多監督と最初にお会いしたのは授賞式の時でした。私が「MVが自分の映像体験の原点です」とお話しする前から、監督は「河合さんの作品は音の意識やカットの切り替わりのリズムがすごく良いから、MVに向いていると思うよ」と言ってくださって。
私自身、あまり意識していませんでしたが、中学時代に部活にも入らず放課後ずっとMVを観ていた経験が根底にあったのかもしれません。当時の私は70〜80年代のロックにハマり、ギターを買って、軽音部のない学校で無理やりバンド仲間を探すほどMVに熱中していました(笑)。
――それは筋金入りですね(笑)。
河合さん:
そんな話を授賞式でしたら、監督が「じゃあ、ぜひやりたいんだね」と汲み取ってくださったんです。実際に動き始めたのは11月に入ってからですが、その間も大喜多監督とはメールで「今こういう曲になりそうだよ」と連絡を取り合っていました。
――現場では具体的にどのようなことを担当されたのですか?
河合さん:
現場も初体験で戸惑いもありましたが、プロデューサーさんや大喜多監督から「基本的にはずっとモニターを一緒に見ていてほしい」と言っていただきました。大喜多監督がメインの演奏シーンやリップシンク(歌唱シーン)を担当され、それ以外のイメージカットの構成を私が担当するという役割分担です。
最終的には監督が整えてくださいましたが、特に私が「どうしてもやりたい」と提案したのは、iPadを背負わせた状態でのサーモグラフィーのシーンです。実際にカメラ(iPad)を回すのもやらせていただきました。イメージカットについては、現場で「ここを撮り直したいです」と意見を言わせていただく場面もありました。


――今回の体験を通じて得られた発見や気づきはありましたか?
河合さん:
学びが多すぎて一言ではまとめられませんが、私のような学生出身の人間だからこそ得られた学びは大きかったと思います。
もし私がすでに制作会社に所属しているプロであれば、もっと違和感なく動けたのかもしれません。しかし、独学で手探りで映像を作ってきた「お金もクライアントも存在しない世界」と、照明・美術・撮影の各プロフェッショナルが集い、互いの力を信頼しながら多額の予算と時間をかけて作り上げる「プロの現場」という、どちらの世界を同時に知ることができたことは大きな財産でした。とりわけ、自分一人で完結させていた制作では曖昧にしてきた「なぜこの表現なのか」という問いを、他者に説明する必要性を初めて強く意識するようになったからです。

――この経験を経て、今後の河合さんの作品作りにどのような変化がありそうですか?
河合さん:
実は、学んだことを早速今月の個人制作で実践しているんです。これまでの私の制作は、自分の記憶や経験をテーマに、出演・撮影・音響・編集のすべてを一人で完結させるスタイルでした。しかし、今回の体験を経て「これで完結してはいけない」と強く思いました。
今取り組んでいる作品では、初めて俳優さんを呼び、撮影補助や音楽監修の方を入れるチーム制作にチャレンジしています。そこで役立っているのが、大喜多監督から教わった「思考の言語化」です。
誰かと共同で何かを作る際、自分の目指すゴールを相手に伝えるためには、早い段階から自分の思考を完全に整理し、アウトプット(コンテや脚本など)を用意しなければなりません。一人なら「現場の偶然」で撮れますが、大人数では責任を持ってビジョンをクリアに伝える必要があります。資料を綿密に作り、自分の思考を尽くして説明する。大喜多監督のその姿勢を、今まさに真似して実践しているところです。
――このアワードは、クリエイターの皆様が作風を広げる一つのきっかけになったようですね。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
「THE NEW CREATORS」は、作品のでき栄えと同じくらい、制作者の考えや現場での振る舞いも重視しているようだ。ただ順位をつけるのではなく、プロの現場を経験する機会を届けること。そこに、このプロジェクトの大きな特徴がある。河合さんのMV撮影は、まさにその考えを体験する場となったといえるだろう。受賞は一つの通過点であり、ここから新しい挑戦が始まっていく。今回の経験を通して得たものは、河合さんがこれからクリエイターとして進んでいく上での、確かな強みになるだろう。