クリエイターの道具から、人々の健康管理へ。mocopiが拓く新境地

モーションキャプチャーといえば、これまではVFX制作やキャラクターの演技を精密に記録するための、いわばプロフェッショナルのための専売特許だという認識が強かった。主に映像制作に使われるツールというのが一般的であり、特に最近ではVTuberといったクリエイターのためのものだという先入観が支配していたのである。

しかし、今回目にした「Avatar Fit Party」は、これまでのイメージを一新させる体験であった。これは、ソニーマーケティングがモバイルモーションキャプチャー「mocopi」を活用して提供を開始した、スマートフォン向けのフィットネスサービスプラットフォームである。プロフェッショナルな映像制作のすぐ隣で、技術がいかにして日常のウェルネスへと溶け込み始めているのか。映像制作という特定の領域を飛び出し、日常の健康に寄り添う技術へと転換されたその実態を紐解いていく。

ソニーが描く新規事業の枠組み

発表会場で登壇したソニーマーケティングの北川氏は、グループのシナジーを活用した新規事業の枠組みを説明した。その内容はエレクトロニクスの領域に留まらず、同社の新たな事業展開への意欲を感じさせるものであった。北川氏は、単なる製品販売から一歩踏み出し、セントラルスポーツや都築電気といったパートナー企業と共に社会課題の解決に取り組む姿勢を明確に示した。

ソニーマーケティング株式会社の事業開発センター 事業推進部 統括部長 北川 英氏

北川氏が真っ先に挙げたフィットネス業界の課題は、皮肉にも「続かないこと」であった。ジムへ通う面倒さや、必死に体を動かしている醜態を人に見られたくないという羞恥心には誰もが身に覚えがあるだろう。そんな心理的ハードルを、北川氏は「アバター」というデジタルの皮膜を被せることで鮮やかに解決してみせた。ソニーの小型モーションキャプチャーデバイス「mocopi」を活用したこのサービスは、まさにXR技術の正しい使い道といえる。

「映らないのに繋がる」というコンセプトは、実際にデモ画面を目にすると非常に説得力があった。カメラを一切使わないため、顔出しの必要もなければ、メイクや部屋の片付けといった、オンラインサービスにありがちな事前準備の煩わしさが一切排除されている。それでいて、仮想空間では13体から選べるアバターを介し、インストラクターや他の参加者とリアルタイムで繋がり、双方向のコミュニケーションが発生する。これは、単に一人で動画を見ながら運動する孤独な作業とは決定的に異なる、熱量の高い体験であった。

老舗SIerが支える堅牢なシステム基盤

本プロジェクトのシステム開発を担うのは、創業94年の歴史を誇る老舗SIer、都築電気である。同社はソニーやセントラルスポーツと連携し、利用者の使いやすさを追求したアプリを構築。確かな実績を持つ専門企業が新たなサービスの土台を築き上げたことは、非常に印象深い。

都築電気株式会社のDX推進室長 阿部真幸氏

都築電気の阿部氏は、ユーザーがサービスを継続するための要としてUI・UXデザインへの徹底したこだわりを語った。他人の目を気にすることなく運動の爽快感だけに没頭できる環境が、ストレスのないレイアウトと直感的な操作性によって巧みに構築されていた。

さらに、レッスンルームの演出も秀逸だ。オンラインレッスンで陥りがちな単調さを打破するため、特定のアバターにフォーカスを当てたり、全体を俯瞰したりと、時間経過とともにダイナミックに切り替わるカメラワークを採用している。仮想空間にはインストラクターの映像や音楽がリアルタイムに配信され、ユーザーはエモート機能を使って絵文字で即座にリアクションを返せる。最大100人が同時接続しても快適に動作する堅牢なシステム基盤は、ソニーの「mocopi Mobile SDK」をベースにしたマルチクラウド構成によって実現されている。

老舗の知見とXRの融合

また、提供されるコンテンツが単なるエンターテインメントに留まらない点も信頼に値する。手を組んだのは、創業から50年以上にわたり「一生涯の健康づくり」を掲げてきた老舗、セントラルスポーツだ。登壇した同社の安藤氏の言葉には、フィットネス業界が長年抱えてきた「継続の難しさ」という壁を突破しようとする強い意志が宿っていた。

セントラルスポーツ株式会社の新規開発部長 安藤学氏

提供される全てのプログラムは、セントラルスポーツの自社研究所で開発された本格的なダンスやヨガ、格闘動作のエクササイズである。月額税込3,740円(最低契約月数は3カ月で、月に4回レッスンの受講をすることが可能)という設定は、プロの指導を自宅で受けられる対価としてリーズナブルだ。2026年3月3日から提供開始されるこのサービスでは、同社でも屈指の人気を誇るインストラクターがライブ配信に登場する。老舗企業が培った知見と最新のXR技術の融合は、テクノロジーの用途が映像制作のみに留まらないことを示している。

モバイルモーションキャプチャーの社会実装。セットアップの簡略化が拓く日常利用

実際のデモンストレーション会場での体験を通じて、セットアップの速さを実感した。頭と手足、腰の6箇所に小型センサー「mocopi」を装着する時間は数分程度だ。スマートフォンとのペアリングも滞りない。アプリの指示に従って直立し、一歩前に踏み出すキャリブレーションのみで、身体の動きが仮想空間のアバターへ反映される。

動きを読み取る6つのセンサーを頭と手足、腰に専用バンドで装着する
身体に装着したセンサーを同期させるための『キャリブレーション』を行う。画面右下にある青い「OK」ボタンをタップすることで調整が開始される。アプリからは「まっすぐ立ち、音が鳴ったら一歩前へ進んでください」という案内音声が流れ、その指示に従い動作を進めることとなる
13体のアバターが用意されており、利用者はその中から好みのものを選択することが可能

「入室」ボタンをタップしレッスンが始まると、インストラクターの元気な声とともにアバターに語りかけてくる。足元のタップ、スライド、腕の振り。アバターの動きは驚くほど滑らかで遅延を感じさせない。インストラクターは参加者の動きを正確に把握し、適切なタイミングで「ナイス!」と声掛けをしてくれる。しかし、自分の現実の姿はどこにも映っていない。髪が乱れていようがステップを間違えようが、それはアバターという皮膜に守られた個人の自由なのだ。「映らないからこそ、本気で動ける」という設計思想こそ、フィットネスが抱えてきた最大の障壁を破壊する鍵となるだろう。100人が同時接続できる広大なデジタルスタジオでは、恥ずかしさを捨てて誰もが「主役」になれる。

実際のレッスン画面の様子
画面下部には、他の参加者が一覧表示されている

システム構成は非常に合理的だ。インストラクター側はiPad 1台で配信でき、受講側もスマホとmocopiがあれば、自宅のテレビをそのままスタジオとして活用できる。ソニーマーケティングが基盤を、都築電気がアプリ運用を、セントラルスポーツが専門プログラムを担当。三社の強みを掛け合わせたこの仕組みは、一過性のサービスとは一線を画す本格的な仕上がりである。

必要なデバイスは、スマートフォンとモバイルモーションキャプチャー「mocopi」である。また、推奨環境として、テレビなどのモニター、およびスマートフォンとモニターを接続するためのアダプターやHDMIケーブルが挙げられる

センサーを外しつつ、このサービスが持つ応用の幅広さを実感した。技術の用途は映像制作に留まらず、生活習慣の改善や健康管理を身近にする役割を果たし得る。モーションキャプチャーを活用した本取り組みは、既存のフィットネスに新たな選択肢を提示しており、技術による生活の質向上の方向性を示している。