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ソニーPCLが放つ、YOASOBIとの没入型音楽体験プロトタイプ

ソニーPCLは、ソニーグループ本社2階の大会議場にて「“INTO THE WORLD” YOASOBI – Concept Prototype」を初公開した。会期は2026年3月11日から15日までの5日間。音楽の世界へ自らが入り込む没入型の体験を追求するこの新しい試みを、実際に現地で取材した。

本プロジェクトの目的は、単に音を聴くという受け身の体験を超え、アーティストの世界観に全身で没入するような「多層的な空間音楽体験」の仕組みを確立することである。大型LEDディスプレイによる映像空間、触覚を再現する「ハプティクス」、立体音響、そして個人のスマートフォンとの連動。これら先端技術の統合により、かつてない臨場感の実現を目指している。

本プロジェクトはソニーPCL株式会社が主催し、企画・制作は同社とEchoes/Sony Music Entertainment(Japan)Inc.が共同で手掛けている。ソニーPCLは、コンセプト開発からコンテンツ企画、テクニカルディレクションに至るまでを網羅的に統括。楽曲の世界観を空間そのものとして立ち上げることに注力した。これは、従来のミュージックビデオやライブとは一線を画す、音楽表現の新たな地平を切り拓く挑戦といえる。

その第一弾として選ばれたのは、コンポーザーのAyaseとボーカルのikuraからなる、小説を音楽にするユニット「YOASOBI」だ。メンバーの身体や動きを精密にスキャンしたデジタルアバターが登場し、デビュー曲「夜に駆ける」を含む全3曲を披露。周囲360°を意識した多層的な演出により、鑑賞者は物語の解像度が極限まで高められた楽曲の深部へと誘われる。

制作途上の「プロトタイプ」という異例の公開

本作の大きな特徴は、これが「コンセプトプロトタイプ」であるとあらかじめ定義されている点にある。制作途上の段階で一般公開に踏み切るという判断は極めて異例であり、正直なところ驚きを禁じ得なかった。しかしこれは、完成形を提示するのではなく、あえて開発プロセスそのものを体験させる実験的な試みなのだという。

開催概要に「アンケートへの協力」を求める一文が添えられている点も、ユーザーの反応を即座に開発へフィードバックさせるという、共創の姿勢の表れだ。ソニーPCLとYOASOBIは、既存の枠組みに囚われないライブのあり方を模索しており、本作はその将来性を占う重要な試金石となる。制作側とアーティスト側の双方が、この段階を「変化の余地を残した重要なプロセス」と捉えている点が極めて印象的であった。

ソニー本社に現れた「5日間限定」の特設シアター

会場となったのは、ソニーグループ本社2階の大会議場。ここは近年、展示会や表彰式で訪れたことがある馴染み深い場所だ。しかし、一歩中へ入ると、広い空間の中に本格的なシアターが設置されており、その劇的な変わりように驚かされた。

体験時間は約30分、全49席の指定席制。厳格に管理された上映スケジュールは、映画館のような静謐な趣を感じさせる。この特別な空間は、わずか5日間のためだけに造り込まれたものだ。完全事前予約制であり、ファンクラブ会員向けの抽選や一般の先着受付を通過した者だけがこの「幸運」を手にできる。

入場にあたっては「自身のスマートフォンを持参すること」が条件となっている。これは座席位置と端末を連動させる仕組みのためだ。音量設定や通信機能の切り替えなど、日常とは対極にある特殊な設定手順が求められるが、このプロセスさえもが、これから始まる未知の体験への期待を高める「儀式」のように感じられた。ホルダーに装着したスマートフォンを身体の一部のように携えて会場へ踏み込む時、鑑賞者は単なる観客から、表現の世界へ介入する当事者へと変容する。

実験場としてのシアター、観客の反応が「正解」を形作る

完成形ではないとの説明であったが、実際の体験は極めて示唆に富むものであった。デビュー曲「夜に駆ける」を含む全3曲を通じ、視覚・聴覚のみならず、強烈な光や身体に響く振動が一体となった演出が展開される。楽曲の背景にある物語を幾重にも重ね合わせたその表現は、鑑賞者にYOASOBIの楽曲や原作を全身で浴びるような感覚をもたらし、歌の世界の深淵へと没入させる。音楽そのものへ足を踏み入れるかのような、未知の感覚を覚えた。

プログラムに登場するのは、メンバーの身体や動きを精密にスキャンして構築されたデジタルアバターである。しかし、そこにはデジタル特有の不自然さは微塵も感じられない。実在する本人と見紛うほどの生々しい質感が、眼前の空間に確かな実在感を持って立ち現れている。

本編において最も印象深かったのは、3Dメガネを介さずとも、二人のアバターがそこに実在するかのように描かれる光景である。技術の進歩がここまでの次元に達しているという事実に、深い感銘を受けた。

眼前に広がるのはLEDディスプレイだが、あたかもその場にYOASOBIの2人が立っているかのような実在感に満ちている。さらにその背景には底知れない奥行きが感じられ、配置された美術も実物であるかのように目に映る。今までの空間の捉え方とは全く違う、まるで別世界に来たような感覚になった。

視聴後、この件についてソニーPCLから直接話を聞く機会を得た。アーティストの実在感を追求する試みは、これまでも大阪・関西万博や他社との協業を通じて積み重ねられてきたという。例えば、バンダイナムコエンターテインメントとの「アイドルマスター」如月千早の単独公演「OathONE」武道館公演ではロボット技術「groovots」を活用し、キャラクターが花道を歩く体験を提供した実績がある。今回はそうした知見に加え、裸眼でこれほどまでに深い立体感を生み出す技術を統合することに成功したと説明する。

取材を重ねる中でさらに詳細な背景を聞くことができ、本作が「完成度50%のプロトタイプ」と定義されている理由が明確になった。これは、完成されたパッケージを一方的に提供するのではなく、参加者の率直な反応を糧に今後の方向性を模索する「実験の場」なのだという。あらかじめ特定の正解を提示することよりも、試行錯誤を通じて新しい音楽体験のあり方を構築することにこそ、主眼が置かれている。

演出の核となるのは、来場者自身のスマートフォンを活用した仕組みだ。あえて貸出品ではなく日常の端末を用いることで、体験の余韻を生活圏へ持ち帰ってもらう意図がある。座席位置と連動して個別に届く通知などは、集団の中の一人ではなく、自分自身に向けられた体験であることを強く意識させる。

映像や照明、さらには振動を伝えるハプティクスが緻密に連動し、空間の密度を確かなものにしている。59.94fpsの滑らかな映像には、メンバー本人の動きを記録したモーションキャプチャーを反映。CG制作にはハリウッドVFX会社「Pixomondo」が参画し、独自のメディアサーバーで送出を行う。こうした高度な技術の集積が、実在感のある表現を支える。

表現の在り方を塗り替える、技術が拓く新たな地平

体験後、この圧倒的な実在感に触れたことで、一つの予感が胸に生じた。それは、特定のアーティストに留まらず、歴代のアーティストまでもが、この技術によって現代に蘇るのではないかという期待である。また、これほどの表現精度が実現されているのであれば、正面のスクリーンのみならず、上下左右を含む360°全方位が映像に包み込まれるような、さらなる没入空間を期待せずにはいられない。

音楽を「聴く」対象から「入り込む」空間へと変容させるこの試みは、表現の在り方を根本から塗り替える可能性を秘めている。技術が切り拓く新たな地平は、次にどのような景色を見せてくれるのだろうか。本プロジェクトが提示する、未来の音楽体験のあり方を今後も注視していきたい。