プレ配信のMCを務めた「虹のコンキスタドール」の伊藤舞依さん(左)と的場華鈴さん(右)

実写VR生配信のテスト配信を取材

2026年6月24日、東京・新宿にある株式会社イルカ(ILCA)の本社を訪れた。キヤノンが開発を進めているリアルタイム変換アプリを活用し、アイドルグループ「虹のコンキスタドール」のトーク番組を実写VRで生配信するテスト現場を取材するためだ。

今回目指しているのは、従来のライブ配信のようにステージを眺める体験ではなく、出演者のすぐそばで会話を聞いているような距離感を、180°3D VRによってリアルタイムで届ける新しい番組体験である。キヤノンのEOS VR SYSTEMで撮影した左右2眼の映像をリアルタイムにVR映像へ変換し、そのままライブ配信するという試みだ。

実写VRコンテンツ自体はこれまでも存在してきたが、その多くは事前収録・編集を前提としてきた。リアルタイムで180°3D VRへ変換し、生配信まで実現しようという取り組みは、実写VRの活用領域を大きく広げる可能性を秘めている。「ついに実写VRの生配信が現実味を帯びてきた」という期待感を抱きながら現場へ向かった。

EOS VR SYSTEMを用いたVR180(180°3D VR)ライブ配信「キミと虹コン【245mm】」が始動。表情や仕草、声の間までを鮮明に楽しめる30分間の3D VRトーク番組であり、これまでの配信とは異なる新しい視聴体験を提供するものである

今回のプロジェクトは、キヤノン(撮影・配信の技術提供)、イルカ(企画・映像制作)、DeoVR(視聴プラットフォーム)の3社による実証実験だ。キヤノンはEOS VR SYSTEMを用いた撮影と、リアルタイム変換アプリの技術協力を担当する。イルカは映像の企画・制作を担い、DeoVRはサーバーや視聴プレイヤーといった配信・視聴環境を支える。全15回の配信を通じて、VRライブ配信がファン向けコンテンツとしてどれほど受け入れられるのかを検証する狙いである。

キヤノンの畑山氏によれば、この取り組みの背景には、イルカが以前からEOS VR SYSTEMを使った映像制作に取り組んできた経緯がある。その中で、収録型のVR映像だけでなく、ライブ配信にも価値があるのではないかという問題意識が3社の間で共有され、昨年から技術検証を重ねてきたという。実用化に向けた見通しが立ったことで、今回の全15回にわたる実証実験へと進んだ。

これまで実写VRは、撮影後にPCで変換処理を行い、編集を経て公開するVOD型のワークフローが中心だった。YouTubeやDeoVRのようなVR動画プラットフォームでも、撮影した映像を編集し、アップロードして視聴してもらう形が一般的である。一方で、今回の試みは、VR映像をリアルタイムで変換し、番組形式で継続的に生配信する点に特徴がある。単発の技術デモではなく、アイドルのトーク番組として15回続けることに意味がある。

スタジオに入ると、EOS R5 Cにキヤノンのデュアルフィッシュアイレンズが装着されていた。独特な二眼のレンズが、今回の体験の入口となる。キヤノンが開発中の「リアルタイム変換アプリ」は、この二眼の魚眼映像をその場でキャリブレーション(補正処理)を行い、180°の3D VR映像へリアルタイムに変換する。変換された映像はOBS Studioへ送られ、DeoVRでは3D VR映像として、YouTubeでは2D VR映像として配信される構成だ。

    テキスト
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この工程をリアルタイム化できることが、VR生配信のハードルを大きく下げる。実証ではEOS R5 CとRF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEを組み合わせた税込約90万円の構成に加え、EOS R50 VとRF-S3.9mm F3.5 STM DUAL FISHEYEによる税込約30万円の構成も紹介された。高価な専用システムだけでなく、比較的導入しやすい価格帯でも3D VR撮影が可能になりつつある点は注目したい。撮影、変換、配信を一つの流れで扱えるようになれば、実写VRは特別な収録コンテンツではなく、ライブ配信の選択肢になっていく。

ILCAクロマキーサテライトスタジオにて、EOS Rシリーズのミラーレスカメラ「EOS R5 C」とVR撮影専用のデュアルフィッシュアイレンズ「RF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYE」を組み合わせることにより実現
4K30pまでとなるものの、「EOS R50 V」(メーカー直販価格で税込113,300円)と「RF-S3.9mm F3.5 STM DUAL FISHEYE」(メーカー直販価格で税込192,500円)の組み合わせでも実現は可能である。この価格帯で3D VR撮影へ対応できる点は注目される

昨年からの技術検証で見えた課題と改善

ただし、ここに至るまでの道のりは平坦ではなかった。昨年末には、虹コンも含めてディアステージ所属のアイドルを起用し、マンションの一室から限定的なテスト配信(プレ配信)を行ったという。当時は、部屋でアイドルと一緒に過ごしているようなシチュエーションを重視し、20人程度に限定して実施した。しかし、帯域や映像送出の安定性に課題があり、初回はうまく見られたものの、2回目、3回目では思うようにいかない場面もあったという。

今回の配信では、それらの課題を一つずつクリアしている。ソフトウェア自体は、十分なPCスペックがあれば大きな問題なく動作する段階に来ている。一方で、制作側が重視したのは、EOS R5 Cとデュアルフィッシュアイレンズをどう使いこなすかである。VR映像では、光量、F値、カメラ位置、レンズ特性の理解が、そのまま映像品質に直結する。今回のセッティングは、昨年の検証を踏まえて追い込まれたものであり、キヤノン担当者からも、ノイズの少ない映像品質について高く評価されたという。

映像出力はHDMI経由で行われている。EOS R5 Cはより高解像度の収録能力を持つカメラだが、今回の実証実験では、現実的に安定運用できる範囲で高画質な配信を行う構成が選ばれている。USB経由で8K映像をリアルタイム転送するような使い方ではなく、現在の配信インフラや視聴環境を考慮した実用重視の判断である。単なる技術実験で終わらせず、今後の普及を見据えた設計といえる。

VRゴーグルで体験する“目の前にいる”距離感

20時、配信が始まった。トーク番組らしいシンプルなセットに、虹のコンキスタドールのメンバーが登場する。貸し出されたVRゴーグルを装着すると、モニター越しの映像とは明らかに異なる距離感があった。目の前に演者が座っているような感覚があり、表情や視線、ちょっとした仕草が立体的に伝わってくる。

実写3D VRの強さは、広大な空間を見せることだけではない。むしろ今回のようなトーク番組では、演者との近さこそが価値になる。今回の配信では、カメラと演者の距離を約245mmに設定しているという。ほぼ目の前に相手がいるような感覚を狙った距離であり、アイドルコンテンツとの相性は非常に高い。

アイドル業界では、専用アプリを用いた1対1のトークイベントが一般化している。短時間であっても、ファンにとっては「推し」と向き合える体験そのものに価値がある。一方、リアルイベントでは安全面や運営上の都合から一定の距離が必要になる。VRであれば、物理的な接触リスクを避けながら、実際のイベント以上の近さを疑似体験できる。

現場で興味深かったのは、視点の逆転である。観覧席からは演者の背中しか見えない位置にいても、VRゴーグルを装着すれば正面から向き合える。現実の座席位置とは別に、バーチャル空間上では最も見たい視点を得られる。これは単なる映像配信ではなく、視聴位置そのものを再設計する技術だといえる。

カメラの高さも重要な要素だった。今回は一般的な男性の座高に近い高さで設置されていたが、目線を少し変えるだけで印象は大きく変わる。目線を下げれば演者に見下ろされる感覚が生まれ、高さを合わせれば対等に会話しているような雰囲気になる。VRにおいては、カメラ位置がそのまま視聴者の身体感覚になる。通常の映像制作以上に、レンズ位置、距離、角度の設計が体験価値を左右する。

日常に溶け込む実写VRの可能性

実際に体験して強く感じたのは、この技術が「特別なイベント」だけでなく、日常に溶け込む可能性を持っていることだ。VRというと、ライブやコンサートのような派手なコンテンツを想像しがちだが、今回のトーク番組では、むしろ誰かが目の前で話しているのをそばで聞くような感覚に価値があった。

帰宅後にゴーグルを装着し、推しや好きな出演者が会話している空間に静かに参加する。映像を「見る」というより、その場に「いる」感覚に近い。隣席で会話を聞いているような、あるいはラジオ番組のスタジオに同席しているような距離感である。これは従来のYouTubeやライブ配信とは異なる、実写VRならではの体験だ。

さらに、こうした仕組みはアイドルコンテンツに限らない。30秒程度の遅延はあるものの、定点カメラで空間を共有するという考え方は、オンライン会議や遠隔コミュニケーションにも応用できる可能性がある。通常のWebカメラのように画面越しに相手を見るのではなく、同じ空間に参加しているように感じられる点は、VRならではの強みだ。

今回の実証実験は、実写VR生配信を単なる技術デモではなく、継続的な番組として成立させようとする試みである。最終回に向けてVR同時視聴者数100人を目指すという目標も、単なる数字ではない。ゴーグルを装着して視聴する行為そのものを、どれだけ日常の中へ入り込ませられるかを測る指標でもある。

実写VRが普及するには、デバイスの価格、装着時の操作性、コメントとの両立、配信インフラなど、まだ多くの課題がある。それでも今回の現場では、VRが一部の愛好家だけのものではなく、ファン向けコンテンツや日常的な配信の新しい選択肢になり得る手応えがあった。

実写VR生配信が示す次のエンターテインメント

「推し」と同じ空間にいる感覚を、会場に行けないファンへ届ける。しかも、それを収録映像ではなく、生配信として実現する。キヤノンが開発を進めるリアルタイム変換アプリは、そのための重要な要素である。

360°全方位を見渡すのではなく、180°に絞って目の前の演者に集中する。この判断も、配信効率と没入感の両立という意味で現実的だ。実写VR生配信が日常のエンターテインメントになるにはまだ時間がかかるだろう。しかし今回のテスト配信は、その未来が具体的な輪郭を持ち始めていることを示していた。