プロフォトグラファーの撮影を「止めない」体制を敷くCPS。一方、バスケットボール会場では約100台のカメラで競技空間を撮影し、その映像を神奈川県川崎市の拠点で3D化して会場へ戻す。第20回アジア競技大会の現場では、決定的瞬間の撮影を支える技術と、観戦体験を広げる技術が同時に動いていた。

キヤノンは、2026年9月19日から10月4日まで開催されている第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)にオフィシャルパートナーとして協賛している。今回の取材では、スポーツ報道を支える「キヤノンプロフェッショナルサービス(CPS)」の現場、バスケットボール競技のリプレイ映像などに活用されるボリュメトリックビデオシステム、そしてファン向けの体験コンテンツを見た。

最初に訪れたのは、名古屋市港区の金城ふ頭にある「ポートメッセなごや」(名古屋市国際展示場)に設けられたメインメディアセンターだ。大会期間中は世界中の報道・放送関係者が拠点とする施設で、報道写真を扱うエリアと、放送関係者が利用するIBC(国際放送センター)が入っている。今回見たCPSブースは、そのうちプロフォトグラファーを支える拠点である。

報道・放送関係者の拠点となるメインメディアセンターの外観
金城ふ頭のポートメッセなごやに設けられたメインメディアセンター。報道写真エリアとIBCが同居する

「撮影を止めない」──CPSが支えるプロフォトグラファーの現場

メインメディアセンター内に設けられているのが、CPSの「キヤノンプロサポートブース」である。キヤノンは、今大会で最大規模となるこのブースに加え、名古屋市瑞穂公園陸上競技場にもサテライトブースを設置し、2拠点体制でプロフォトグラファーをサポートしている。

CPSの根底にあるのは、プロフォトグラファーの撮影を止めないという考え方だ。競技の決定的な瞬間は二度と戻らない。機材に問題が起きても撮影を続けられるよう、現場で点検・修理を行い、必要に応じて代替機材を用意する。キヤノンはこれを「ゼロダウンタイム」と呼んでいる。

ブースには、カメラやレンズ、ストロボなどのアクセサリー類まで、点検、清掃、精度調整、修理に対応する設備が備わる。必要な部品や調整用の治具も用意され、修理センターに近い機能を大会会場内に持ち込んだような体制だ。

スタッフは日本だけでなく、韓国、中国、シンガポール、マレーシアなどからも集まっている。フォトグラファーもアジア各国から集まるため、普段から各地域でサポートしているスタッフが現場にいることは、言語面を含めた細かな対応にもつながる。

メインメディアセンター内に設けられたキヤノンのCPSブース
メインメディアセンター内のCPSブース。今大会で最大規模のサポート拠点となる
プロフォトグラファーの機材対応を行うCPSの受付カウンター
CPSの受付カウンター。預かった機材は24時間以内の返却を目安に点検・修理する
撮影機材を預け、点検や修理の相談を行うプロフォトグラファー
撮影機材を預け、点検や修理の相談を行うプロフォトグラファー。修理中は代替機材で撮影を続けられる

機材を預かった場合は24時間以内の返却を目安に点検・修理を行い、その間は代替機材を貸し出す。今回の大会には1,000人を超えるフォトグラファーが登録しているというが、CPSに持ち込まれるのは完全な故障ばかりではない。現場で多かったのは、重要な試合を撮影する前の精度確認や、雨に濡れた機材の清掃といった予防的なメンテナンスだった。

ミラーレス化が進んだことで、機械的な故障は以前より減っているという。一方、プロが使う機材では撮影前の精度確認や細かな調整も重要になる。壊れてから直すだけではなく、重要な競技の前に機材への不安を取り除くこともCPSの役割である。

撮影を止めないための貸出機材

ブース奥の機材倉庫には、貸出用のカメラやレンズが数多く並んでいた。競技や撮影距離に応じて必要な機材を選べるよう、超望遠レンズから最新のカメラボディまで幅広くそろう。

スポーツ撮影で使用頻度の高い超望遠レンズ群
スポーツ撮影で使用頻度の高い超望遠レンズ群
RFレンズを中心とした貸出機材
RFレンズを中心とした貸出機材。機材トラブル時の代替や、追加の焦点距離が必要な場面に対応する

貸出機材の中でも特に存在感があったのが、RF100-300mm F2.8 L IS USMである。スポーツ撮影では競技や会場ごとに必要な焦点距離が変わる。今回のように会場が広範囲に分散している大会では、超望遠単焦点レンズを何本も持って移動する負担も大きい。

RF100-300mm F2.8 L IS USMは、100mmから300mmまでをF2.8でカバーできる大口径望遠ズームだ。1.4倍エクステンダーを組み合わせれば140-420mm F4、2倍エクステンダーなら200-600mm F5.6として使用できる。今回のCPSでも需要が高く、国内だけでなく、韓国、中国、シンガポール、オーストラリア、米国、欧州などから機材を集めて対応しているという。棚に並ぶ機材は単なる予備ではなく、撮影を継続するための実戦的な備えである。

貸出用として用意されたEOS R1
貸出用として用意されたEOS R1。ボディでは最も需要が高い機種だという

ボディではEOS R1の需要が高い。スポーツフォトグラファーの現場ではミラーレス化が進んでおり、今回のCPSブースでもEOS R1を中心とした貸出機材が目立っていた。調整設備も、ミラーレス機材をより早く、正確に確認できるよう整えられている。

一方、サポート対象は最新のミラーレス機材だけではない。現在も一眼レフを使用するフォトグラファーがいるため、EOS-1D X Mark IIIやEFレンズなども用意されていた。最新機種だけに限定せず、現場で実際に使われている機材に合わせてサポートする体制である。

貸出用カメラボディの動作を確認するスタッフ
貸出用カメラボディの動作を確認するスタッフ
レンズの状態を確認するスタッフ
レンズの状態を確認し、必要に応じて清掃や調整を行う
カメラボディの点検作業
カメラボディの点検作業。故障対応だけでなく、撮影前の精度確認の依頼も多い

超望遠レンズのために約25mの調整エリアを確保

興味深かったのは、レンズの調整環境だ。400mmや600mmといった超望遠レンズの場合、短い距離だけでは微妙なズレを追い込みにくい。会場内には約25mの距離を確保した調整エリアが設けられ、実際の撮影に近い条件でレンズの状態を確認できるようになっていた。

調整では、テストチャートを撮影しながら解像の状態を確認し、必要に応じてレンズ内部の調整を行う。近距離のチャートだけでなく、距離を取って確認することで、プロの撮影現場で求められる精度まで追い込んでいく。CPSが毎回こだわって確保しているという長い調整エリアは、スポーツ撮影を支える裏側を象徴する場所だった。

レンズの光学性能やピント精度を確認する調整エリア
レンズの光学性能やピント精度を確認する調整エリア
超望遠レンズの調整に必要な距離を確保したテスト環境
約25mの距離を確保したテスト環境。400mmや600mmの超望遠レンズも実戦に近い条件で確認できる
テストチャートを用いてレンズの状態を確認する様子
テストチャートを撮影し、解像の状態を確認する
レンズ調整用の専用治具
レンズ調整用の専用治具。修理センターに近い確認作業を会場内で行える

半世紀にわたるプロサポートの積み重ね

こうした体制の背景には、国際大会でプロフォトグラファーを支え続けてきたキヤノンの歴史がある。キヤノンによる国際イベントでのプロサポートは、1976年のモントリオールオリンピックから半世紀にわたる。アジア競技大会では、2018年のジャカルタ・パレンバン大会、2023年の杭州大会、そして今回の愛知・名古屋大会と、3大会連続で協賛している。

アジア大会の会場で、キヤノン 副社長執行役員 イメージンググループ管掌の戸倉剛氏に話を聞いた。

CPSの役割について説明する戸倉剛氏
CPSの役割について説明する、キヤノン 副社長執行役員 イメージンググループ管掌の戸倉剛氏

「大きなスポーツ大会では、プロの方たちの仕事を止めないことが重要になる。キヤノンではそれを『ゼロダウンタイム』と呼び、サービス、サポートに万全を期して臨んでいる」と、戸倉氏はいう。

その考えは拠点の配置にも表れている。メインメディアセンターのある金城ふ頭は名古屋港側に位置し、後に訪れる愛知国際アリーナ(IGアリーナ)までは車で約50分、公共交通機関では約1時間かかる。会場が広範囲に分散する大会では、機材を預けに行く移動そのものがフォトグラファーの負担になる。そこで瑞穂の競技場側にもアクセサリーを含む機材を備えたサテライト拠点を設け、現場の動きに合わせたサポート体制を整えている。

戸倉氏は、スポーツと報道の現場でキヤノンのフラッグシップ機が使われてきた歴史にも触れる。「スポーツと報道は、キヤノンの歴史を見ても、フラッグシップ機が使われてきた領域だ。F-1やNew F-1の時代から、大きなスポーツイベントでプロの撮影を支えてきた。そうした歴史は、およそ50年にわたって続いている」と語る。

「高性能であることはもちろんだが、フラッグシップで重要なのは信頼性でもある。プロの方たちが仕事を確実に遂げられるよう、ものづくりにも異次元のこだわりで取り組んでいる」と戸倉氏。高性能なカメラやレンズだけでなく、現場で撮影を継続するためのサポート体制まで含めてプロの仕事を支える。それがCPSの現場から見えてきた。

約100台のカメラで競技空間を立体的に捉える

次に訪れたのは、バスケットボール競技の会場となる愛知国際アリーナ(IGアリーナ)だ。ここでは、キヤノンのボリュメトリックビデオシステムが実際の競技で運用されている。

バスケットボール競技の会場となる愛知国際アリーナ
バスケットボール競技の会場となる愛知国際アリーナ(IGアリーナ)

ボリュメトリックビデオとは、複数のカメラで対象を同時に撮影し、人物やボール、コート上の動きを3D空間データとして再構成する技術である。今回のシステムでは計99台のカメラを設置し、競技空間全体を取り囲むように撮影している。

コート周囲に設置されたボリュメトリック撮影用カメラ
コート周囲に設置されたボリュメトリック撮影用カメラ。約100台のカメラで競技空間を取り囲む

カメラは一般の観客が立ち入らないメンテナンス通路に沿ってコートを囲むように配置されている。さらに、天井のキャットウォークにも下向きのカメラが設置され、上方を含むさまざまな角度から競技空間を捉える構成だ。

使用されているのは、Cinema EOS SYSTEMの「EOS C300 Mark II」をベースに、ボリュメトリック撮影用としてグローバルシャッター化したカスタム機である。各カメラを同期させて撮影することで、異なる方向から捉えた映像を一つの3D空間データとして再構成する。

キヤノンはこれまで、米国のNBAをはじめとするスポーツの現場でもボリュメトリックビデオを展開してきた。今回のシステムには、そこで蓄積したノウハウが生かされているという。作りたい映像に対してどの位置にカメラを配置するかという設計に加え、画像処理技術も進化しており、従来のシステムから画質を高めている。

重要なのは、単に多くのカメラで撮影しているだけではない点だ。各カメラの映像を同期させ、被写体の位置や動きを立体的に再構成することで、実際にはカメラが存在しない位置から見た映像も生成できる。バスケットボールであれば、ダンクやブロック、シュートの瞬間を、コート内を回り込むような視点から見せることが可能になる。

今回の大会では、生成したボリュメトリック映像をテレビ中継向けリプレイとして提供している。また、東京・虎ノ門で行われたMR観戦の実証では、テーブル上に置いたコートをMRデバイス越しに見ることで、遠隔地にいながら選手が目の前でプレーしているような3D観戦体験を実現した。さらに、スマートフォンなどを使った3D映像の視聴にも展開されている。

愛知から川崎へ。3D映像を遠隔生成するワークフロー

今回のシステムで特に興味深かったのは、撮影から3D映像の生成までを会場内だけで完結させていないことだ。愛知国際アリーナで約100台のカメラが捉えた映像は、IOWN APNを利用して神奈川県川崎市のキヤノン川崎事業所へリアルタイムに伝送される。川崎側で3D空間データを生成し、完成した映像を再び愛知国際アリーナのオペレーションルームへ戻す。

ボリュメトリックビデオのオペレーションルーム
愛知国際アリーナ内のオペレーションルーム。川崎事業所で生成された3D映像がここへ戻ってくる
生成されたボリュメトリック映像を確認するオペレーター
川崎事業所で生成された3D映像を確認するオペレーター

撮影から映像生成までをリアルタイムで行えるため、競技中に生まれたプレーを自由な視点から再構成し、中継のリプレイなどに利用できる。今回の大会では、このワークフローが実際のテレビ中継にも組み込まれている。

東京ドームに導入されたボリュメトリックビデオシステムでは、3D映像を生成するための処理設備を施設内に設置していた。今回は撮影場所と処理拠点を分離し、大規模な処理設備を競技会場に置かずに運用できる構成となった。会場側の設備条件に左右されにくくなれば、ボリュメトリックビデオを導入できる場所の自由度も広がる。

ボリュメトリックビデオのように扱うデータ量が大きいシステムでは、高性能なカメラを並べるだけでは成立しない。撮影、同期、伝送、3D生成、映像制作までを一つのワークフローとして構築する必要がある。今回の遠隔処理は、ボリュメトリックビデオを特定の常設施設だけでなく、今回のような仮設環境へ展開していくうえでも重要な取り組みである。

ボリュメトリックビデオシステムについて説明するキヤノンの担当者
ボリュメトリックビデオシステムについて説明する、キヤノン 常務執行役員 イメージング事業本部 IMG第三事業部長の甲谷英人氏(左)と、イメージング事業本部 IMG第三事業部 IMG32事業推進センター 所長の藤井賢一氏(右)

「今回の大きなポイントは、ボリュメトリックビデオの処理をリモートで実現できるようになったことだ」と、甲谷氏はいう。会場で撮影した映像を遠隔地へ送り、3D空間データとして生成し、再び会場へ戻すワークフローを構築したことで、システムを導入できる場所の自由度が広がった。

「システムを実現する場所の自由度が高まれば、配信やミニチュア再現など、サービスの幅も広がる」と甲谷氏。会場にいる観客だけでなく、離れた場所にいる視聴者にも競技の3D映像を届けられる。アリーナの収容人数には上限があるが、別の場所で試合を3D映像として再現できれば、スポーツIPを持つ側や施設を運営する側にとって、新たなサービスにつながる可能性がある。

一方で、普及に向けた課題も残る。「運用をどう組むか、ビジネスモデルをどうつくるかは、パートナーと詰めていく必要がある。さらに、画質をどこまで上げるかも重要になる」と甲谷氏はいう。技術的に実現できることが増える一方、それをどのようなサービスとして提供し、視聴者が求める画質と両立させるかが次の課題になる。

放送からファン体験へ。視聴者自身が視点を動かす

ボリュメトリックビデオの用途は、テレビ中継だけではない。愛知国際アリーナのキヤノンブースでは、バスケットボール競技の実施日に、一般の観客がボリュメトリック映像を体験できるファン向け展示も行われている。

ボリュメトリックビデオを活用したファン向け体験エリア
愛知国際アリーナに設けられたボリュメトリックビデオのファン向け体験エリア

ここでは、スマートフォンやタブレット上で視点を動かしながら、競技映像を360°好きな角度から見ることができる。放送側が選んだ一つのカメラアングルを見るのではなく、3D化された競技空間の中から、自分が見たい位置を選んでプレーを確認できるのが特徴だ。

実際に操作してみると、自由に視点を動かせるだけでなく、選手やボールを追う表示も用意されていた。選手の追跡には顔認識ではなく、背番号やユニフォームの色などを利用しているという。視聴用データはインターネット配信が可能なデータ量まで軽量化されており、テレビ中継向けの映像とは異なる形でボリュメトリック映像を体験できる。

スマートフォン上で自由視点映像を確認するデモ
スマートフォン上でボリュメトリック映像を確認するデモ。指先の操作で視点を動かせる
プレーを追跡しながら任意の角度で確認できる表示画面
プレーを追いながら任意の角度へ視点を移動できる
選手やボールの動きを立体的に捉えた表示画面
3D空間データとして再構成された選手やボールの動きを確認できる
タブレット上で表示された自由視点映像
タブレット上で表示したボリュメトリック映像。視聴者自身が見たい視点を選択できる

特に印象に残ったのが、ボールを追う表示だ。画面がボールの動きに合わせてフレーミングされるため、展開の速いバスケットボールでもプレー全体の流れを把握しやすい。完全に視点を自由にすると、見る側が常に操作し続けなければならないが、自動追尾を組み合わせることで、自由視点と見やすさを両立できることが実際の操作から分かった。

競技空間そのものを3Dデータとして持ち、そこから必要な視点を後から選択できる。この体験からは、従来の中継でカメラマンが現場で決めていたフレーミングや被写体追尾の一部を、3D空間データから生成するという新しい映像制作の可能性も感じた。従来の中継カメラマンをそのまま置き換えるものではないが、「どこにカメラを置き、どこを撮るか」というスポーツ中継の考え方そのものを変える可能性を持った技術である。

藤井氏は、こうした体験を届ける側のデバイスにも注目する。「出力側のデバイスも重要なポイントになる。現在は大きなVRデバイスを使う場面もあるが、今後グラス型のような手軽なデバイスが広がれば、より多くの場所で、より多くの人に体験してもらえるようになる」と語る。

今回の取り組みで見えてきたのは、ボリュメトリックビデオが「特殊なカメラで自由視点映像を作る技術」だけではなくなりつつあることだ。約100台のカメラで競技空間を捉え、その映像を遠隔地へ送り、3D空間データを生成し、テレビ中継、MR、スマートフォンやタブレットでの視聴へ展開する。撮影から伝送、生成、視聴までが一つのシステムとしてつながり始めている。

撮影を支える技術と、映像体験を広げる技術

CPSは、フォトグラファーが決定的な瞬間を撮り逃さないためのサポートである。一方、ボリュメトリックビデオは、撮影された競技を新しい視点から見せるための技術だ。前者は撮影現場を支え、後者は観戦体験を広げる。一見異なる二つの取り組みだが、スポーツの決定的な瞬間を確実に捉え、その価値を視聴者へ届けるという点でつながっている。

今後の焦点は、こうした自由視点の映像体験がどこまで日常のスポーツ観戦に入ってくるかである。甲谷氏が挙げた運用やビジネスモデル、画質の課題に加え、藤井氏が指摘した出力デバイスの進化も鍵になる。遠隔処理によってシステムを導入できる場所の制約が小さくなれば、自由視点映像を届けられる競技や会場も広がっていく可能性がある。撮る側を支えてきたキヤノンが、観る側の体験までどのように広げていくのか。次の展開にも注目したい。