©D.LEAGUE 26-27

ステージで踊るダンサーの動きが、モニターの中で骨格データへと変換されていく。ダンサーの身体には、センサーもマーカーも付いていない。ステージを囲むように配置された8台のカメラが複雑な動きを捉え、AIがそれを解析している。

2026年10月6日、東京・青海(お台場エリア)のTOYOTA ARENA TOKYOで、プロダンスリーグ「第一生命 D.LEAGUE 26-27 SEASON」が開幕した。今シーズンから、その舞台裏ではソニー独自のマーカーレスモーションキャプチャー技術「LYNXCOPE(リンクスコープ)」を活用したシンクロ審査支援システムの運用が始まっている。開幕戦の現場で、その仕組みと狙いを取材した。

D.LEAGUE開幕戦の会場となったTOYOTA ARENA TOKYO
D.LEAGUE 26-27 SEASON開幕戦の会場となったTOYOTA ARENA TOKYO。開幕戦当日の会場周辺

D.LEAGUEは、2020年に発足した日本発のプロダンスリーグだ。さまざまなジャンルのプロダンサーがチームを組み、人生とプライドを懸けて、一瞬の表現の美しさとチームの一体感を競う。その真剣勝負は「ダンスの格闘技」と呼んでもいいだろう。26-27 SEASONは全20チームがBLOCK HYPEとBLOCK VIBEの2ブロックに分かれてレギュラーシーズンを戦い、各ブロックの上位3チーム、計6チームがCHAMPIONSHIPへ進出する。

第一生命 D.LEAGUE 26-27 SEASON ROUND.1のステージ
「第一生命 D.LEAGUE 26-27」ROUND.1のステージ。シンクロパフォーマンスも審査対象となる。写真提供:D.LEAGUE

ダンスの評価軸は、表現力や構成、個人の技術、チームとしての一体感など多岐にわたる。そのひとつが、出場する8人全員が動きをそろえる「シンクロパフォーマンス」だ。D.LEAGUEは以前からこれを審査項目に採用してきたが、26-27 SEASONからは映像解析による審査支援を加えた。複数のカメラ映像からダンサーの姿勢を推定し、動きの一致度を数値化して審査員に示す仕組みである。

取材で興味深かったのは、カメラの役割そのものだ。本来は映像を記録し、観客に届けるための撮影機材が、ここではダンサーの身体表現を読み解く計測機器として使われている。華やかなステージの裏側で、ソニーのカメラは映像制作とは異なる目的で稼働していた。

8台のPXW-Z280が捉えた映像を、AIが骨格データに変換する

リハーサルが進む会場では、照明や立ち位置の確認が続き、ステージには大音量の音楽が流れていた。その客席の高い位置とステージ後方に、シンクロ審査支援システム専用のカメラが据えられている。

客席側に設置されたソニーPXW-Z280
客席側に設置されたPXW-Z280。ステージを異なる方向から捉え、姿勢推定に必要な映像を取得する

使用するのは、ソニーの業務用カムコーダー「PXW-Z280」8台だ。ステージ後方に2台、正面の客席エリアに6台を配置し、客席側は上手側と下手側に3台ずつ振り分けて、異なる角度からステージ全体を捉える。これまでいくつかのボリュメトリックビデオの撮影現場で専用設計のカメラを見てきた。それだけに、市販の業務用カムコーダーがそのまま使われていたのは意外だった。

PXW-Z280は4K撮影に対応するが、解析には8台ともフルHD映像を使っている。解像度を上げて情報量を増やすことよりも、必要な姿勢推定精度と安定した運用の両立を重視した構成だ。映像信号も、照明・音響・映像機器が同時に稼働し、大勢の観客が集まる会場での安定性を優先して有線で伝送している。無線化は今後の検討課題だという。

LYNXCOPEは、複数台のカメラ映像をソニー独自のAIモデルで解析し、人物の姿勢や動きをデータ化する技術だ。身体にマーカーやセンサーを装着する必要がないため、衣装や振り付けに制約を与えずに動きを捉えられる。

LYNXCOPEによるシンクロ審査支援システムの画面イメージ
シンクロ審査支援システムの画面イメージ。骨格表示と「Synchro Rate」のグラフで動きの一致度を示す(資料画像)

解析用モニターには、複数のカメラ映像と並んで、ダンサーの身体を関節と線で表した骨格データが色分けして表示されていた。単に人物を認識しているのではなく、複数人の位置と姿勢を連続的に追跡し、互いの動きを比較するための基礎データを生成している。

ここで課題になるのが、ダンサー同士の重なりだ。取材時にいろいろ解説をいただいたソニー株式会社 技術センター 統括課長の小倉翔氏は、カメラ配置の考え方を次のように説明する。

小倉氏:人物同士の重なりについては、8台のカメラを異なる位置に配置し、どこかのカメラから身体を確認できるようにしています。高い位置から撮影することも、重なりを減らす工夫の一つです。

システム構成を変更すれば、同時に追跡する人数や撮影範囲を広げることもできるという。

約10秒間のシンクロを波形で可視化。審査員は映像と数値をどう使うのか

D.LEAGUEの演目は基本的に約2分間で、その中に8人のダンサーが動きをそろえる約10秒間のシンクロパフォーマンスが組み込まれている。審査支援システムが解析するのは、この短い区間だ。

シンクロパフォーマンスの様子(該当場面から再生)

取材時には、とあるグループのリハーサルを見ることができた。カウントダウンが終わると、ダンサーたちが音楽に合わせて一斉に動き出し、細かなステップを重ねながら立ち位置を入れ替え、身体の向きや高さを次々に変えていく。8人が高速で動きをそろえる区間では、わずかなタイミングのずれを目視だけで見極めるのは容易ではない。そこを補うのが、LYNXCOPEによるシンクロ率の可視化だ。

会場にはシンクロ審査の専用席が設けられ、審査員2人とシステム操作担当者2人の計4人体制で運用されていた。審査員にはアーティスティックスイミングの審査経験を持つ人物も加わり、複数人の動きの一致を評価する専門的な視点を取り入れている。

LYNXCOPEの解析用モニターに表示されたダンサーの骨格データ
LYNXCOPEの解析用モニター。複数のカメラ映像とともに、ダンサーの推定姿勢を色分けした骨格データが表示されている

ただし、審査員が見る画面は技術者向けの骨格表示とは異なる。8台のカメラから選んだ3つの映像と、シンクロ率を時間軸に沿って示す波形を組み合わせた構成だ。

ステージ映像とシンクロ率の波形を表示する審査支援画面
審査支援の確認画面。複数のステージ映像とシンクロ率の波形を参照し、動きがずれた区間を確認する

小倉氏:シンクロ率は波形として表示し、ダンサーの動きがずれた部分では波形が下がる仕組みです。審査員がその部分に注目することで、演技のどこを確認すべきか判断しやすくなります。全員の動きが完全に一致していれば、理論上は100に近い状態が続きます。ただし、現在はどのダンサーの身体のどの部分がずれたかを個別に示すのではなく、全体としての一致度を提示しています。

波形は、約10秒間の演技のどこを重点的に見返すべきかを示すガイドとして働く。ただし、シンクロ率がそのまま審査結果になるわけではない。審査員はまず実際の演技を目視で評価し、必要に応じて映像と波形を参照する。技術が判断を代行するのではなく、人間が確認できる情報を増やすための仕組みだ。

昨シーズンの検証では、審査員が見落としていた動きのずれをシステムが捉えた例もあったという。映像を見返すだけでは気付きにくい小さな違いを、数値とともに確認できる点がこの仕組みの強みといえる。

複雑なポーズ、衣装、照明。ダンス特有の難しさに挑んだ開発

では、LYNXCOPEはなぜ、これほど複雑なダンスの姿勢を捉えられるようになったのか。小倉氏と、ソニー株式会社 クリエイティブインキュベーション部門 統括課長の山田徹氏に話を聞くと、既存の人物認識技術をそのまま持ち込んだシステムではないことが分かった。

映像から人物の姿勢を推定する基本技術には、スポーツ分野などで使われる解析技術と共通する部分がある。しかし、ダンスには日常の動作とは大きく異なる姿勢が数多く現れる。

小倉氏:ダンスでは通常の生活では取らないような姿勢や、複雑な動きが多く現れます。そこでアルゴリズムと学習データの両面から、ダンスに特化した調整を重ねてきました。

例えば、ブレイキン(ブレイクダンス)のように身体を低く構える動きや、手足が交差するポーズ、激しい回転は姿勢推定を難しくする。加えて、明暗が刻々と変わるステージ照明や、色や形によって手足の位置を見分けにくくする衣装も精度に影響する。

そこでソニーは、D.LEAGUEの競技現場で映像を繰り返し取得し、学習データとして蓄積してきた。必要な場面では、人手で身体の位置を指定する正解データも作成し、精度の向上につなげている。

山田氏:ダンスは自由な表現で、新しい振り付けや特殊な姿勢が次々に登場します。実際の試合を繰り返し撮影し、学習を重ねることで姿勢推定を改善してきました。

開発初期には、ダンサーの姿勢をうまく取得できない場面も少なくなかったという。カメラの撮影条件を見直し、複雑な照明下で撮影した映像を学習に加えることで改善が進み、昨シーズンの検証ではシンクロ区間で姿勢推定が途切れる場面はほとんど見られなくなったという。一方で、姿勢推定の精度を示す統一的な数値は公表されておらず、シーズンを通じた評価と検証は今後も必要だ。

もう一つ注目したいのは、チームごとの振り付けを正解データとして事前に登録しているわけではない点だ。LYNXCOPEは、決められた振り付けを正確に再現できたかを判定するシステムではない。同じ時間に踊る複数のダンサーの動きを捉え、その一致度を解析する。そのため、初めて披露される振り付けでも、動きがそろっているかという観点から評価に役立つ情報を生成できる。振り付けそのものの優劣を判断するものではない。

8台のカメラ配置と撮影設定、安定した映像伝送、そして競技現場で蓄積した学習データ。AIモデルの性能だけでなく、映像制作で培われてきた撮影のノウハウを含むさまざまな要素を積み重ねることで、審査を支援できるシステムに仕上げてきたことがうかがえる。

シンクロ率だけでダンスは評価できない。人間とテクノロジーが目指す審査の未来

D.LEAGUEはなぜ、動きの一致度を数値化し、審査の参考情報として取り入れようとしたのか。D.LEAGUE審査委員局 局長 中島康宜氏は、ストリートダンスが持つ表現の多様性と、観客に伝わりやすい評価基準の両立を重視しているという。

中島氏:ストリートダンスでは、身体の形がそろっていることだけで評価されるわけではありませんが、複数のダンサーの動きが完全に一致している演出は、ダンスに詳しくない観客にもその迫力や美しさが伝わると考えています。D.LEAGUEでは、その演出美を一つの評価項目とすることで、ダンスの魅力を幅広い人に届けたいと考えています。

株式会社Dリーグ代表取締役COOの神田勘太朗氏も、今回の発表に寄せたコメントで、シンクロパフォーマンスを、高度な技術を持つダンサーたちによる「揃いの美しさ」を届ける演出であると同時に、観客にも直感的に伝わる客観的な評価軸と位置付けている。ダンスの審査には見る人の知識や好みに左右される部分があり、結果への納得感を得にくい場合もある。シンクロ率という情報が加われば、どの場面で動きがそろい、どこでずれが生じたのかを示しやすくなる。

ただし、数値が高ければ優れたダンスになるとは限らない。ゆっくりした動きをそろえる演技と、高速で複雑な動きをそろえる演技では、一致度が同程度でも求められる技術や難易度は異なる。現在のLYNXCOPEを活用したシンクロ審査支援システムは、その違いまで含めてダンスの完成度を評価するものではない。

中島氏:現在の技術で分かるのは、主に身体の動きが物理的にどれだけそろっているかという部分です。動きの難易度やダンスとしての完成度まで、すべてを判断できるわけではありません。そのため、今シーズンは専門的な知識を持つ審査員と、機械が提示する情報を組み合わせて評価します。人間とテクノロジーによるハイブリッドな審査が出発点となります。

ソニーとD.LEAGUEは、シーズンを通じてLYNXCOPEの算出結果と審査員の評価との整合性を検証し、今後の活用方法を検討していく方針だ。

ソニーはD.LEAGUEのスポンサーとして、こうした技術の活用を進めてきた。2026年4月5日には横浜で「KADOKAWA DREAMS × Sony Special Live」を主催し、マーカーレスモーションキャプチャー技術を使ったシンクロ判定やダンス演出を披露している。今回のシンクロ審査支援システムは、こうした実証的な取り組みを発展させたものといえる。

技術の用途は審査にとどまらない。身体にマーカーを付けずに動きをデータ化できる特長は、振り付けの分析や練習支援、映像演出、キャラクターアニメーションなどにも生かせる可能性がある。

インタビューでは、将来像にも話が及んだ。中島氏が期待するのは、シンクロ率に動きの難易度を組み合わせた評価や、音楽とダンスの関係、ジャンルごとの歴史的背景まで考慮できる仕組みだ。AIがダンスの文脈まで理解し、評価の理由を説明できるようになれば、観客の納得感も高まるのではないかという。山田氏も、現在の姿勢推定とシンクロ解析に加え、将来的には姿勢以外の情報も扱い、ダンスをより多面的に理解する技術へ発展させたいと語る。いずれも現時点で実現している機能ではなく、今後の技術開発によってダンスの複雑な表現をどこまで捉えられるかが注目される。

ソニー株式会社 クリエイティブインキュベーション部門長の櫨本修氏は、今回の発表に寄せたコメントで、ダンサー一人ひとりの高度な身体表現やチームが生み出す一体感を新たな視点から可視化し、ダンスの奥深さや魅力をより多くの人に伝えていくとしている。

LYNXCOPEが示すシンクロ率は、演技の価値を決める唯一の答えではない。しかし、人間の目だけでは追い切れない動きを別の視点から可視化し、審査の判断材料を増やすことには大きな意味がある。ステージで8人のダンサーが音楽に合わせて踊るその周囲で、8台のPXW-Z280はパフォーマンスをデータとして捉えていた。カメラは映像を記録する道具であると同時に、表現を読み解くセンサーにもなる。D.LEAGUEで始まったLYNXCOPEを活用したシンクロ審査支援システムの運用は、映像技術がエンタテインメントを支える新たな役割を示している。