新製品の発表では、処理性能の向上や新機能の追加といったスペックに注目が集まりやすい。しかし、実機を目の前にすると、数字だけでは分からない改良点が見えてくる。今回取材したパナソニックの第3世代Kairos Core「AT-KC210T」も、そうした製品の一つだ。
AT-KC210Tは、ライブ映像制作プラットフォーム「KAIROS」の新たなメインフレームとして開発されたモデルだ。従来のKairos Core 200(AT-KC200T)をベースにハードウェアを刷新し、映像処理性能の向上に加え、入出力構成の自由度拡大、筐体の堅牢性強化、IP機能の拡充を図っている。
今回の実機取材で特に印象に残ったのは、背面に設けられた5つの拡張スロットだ。この変更を起点に筐体の細部や内部構造を見ていくと、単なる性能向上にとどまらず、現場ごとに異なる運用環境への対応を重視した開発の方向性が浮かび上がってきた。
背面の5スロットが示す、入出力構成の新たな自由度
実機の背面でまず目を引いたのは、5つの拡張スロットだ。従来のKairos Core 200シリーズでもSDIやHDMIの入出力ボードを組み合わせることは可能だったが、モデルによって搭載できるボードの枚数や構成には制約があった。
AT-KC210Tでは、この拡張構成を見直し、5つのスロットを活用して、システムの用途に応じた入出力ボードを選択できるようにした。SDIを中心とした従来型の制作環境から、HDMIを利用するイベントシステム、ST 2110を用いたIPベースの制作環境まで、必要なインターフェースに合わせた構成を組むことができる。
新たに追加されるオプションが、100G IP入出力ボード「AT-KC20M4G」だ。従来からのSDI入出力ボード「AT-KC20M1G」、HDMI入力ボード「AT-KC20M2G」、HDMI出力ボード「AT-KC20M3G」に加わることで、ベースバンドとIPの双方を視野に入れたシステム設計が可能になる。
なお、NICボードの搭載は1枚に限られ、そのほかのボードについても種類や組み合わせに制限があるため、すべてのスロットを無条件に自由使用できるわけではない。それでも、必要な入出力の種類に合わせてハードウェアを構成できる点は、設備の更新やシステム構築を考えるうえで重要な変更といえる。
KAIROSには、映像処理性能の異なるKairos Core 2000シリーズとKairos Core 200シリーズがあり、制作規模や処理負荷に応じて選択できる。今回のAT-KC210Tは、Core 200シリーズの処理性能を引き上げると同時に、現場ごとの入出力構成に対応する柔軟性を高めたモデルとして位置付けられる。
既存設備を生かしながら段階的にIP化を進めたい現場もあれば、最初からIP中心のシステムを構築する現場もある。背面の5スロットは、そうした異なる運用方針に対応するための設計変更を象徴している。
映像処理性能は約20%向上。操作性と堅牢性にも改良
内部ハードウェアの刷新により、AT-KC210Tの映像処理性能は従来のAT-KC200Tと比べて約20%向上したという。KAIROSはCPUとGPUを活用して映像を処理するプラットフォームであり、複数の映像ソースやレイヤー、グラフィックスを扱う制作環境では、処理性能の余裕がシステム構成の自由度にも関わってくる。
取材では、処理能力の強化によって操作時のレスポンス向上も期待できるとの説明があった。ただし、その違いを実際の運用でどこまで体感できるかは、映像処理の負荷やシステム構成によっても変わる。実運用に近い条件で確認したいポイントだ。
一方、外観から確認できる変更もある。AT-KC210Tの前面にはUSBポートが新たに設けられ、電源ボタンの構造も見直された。日常的な機材の取り扱いに関わる部分であり、こうした細部の改良からも、現場での使い勝手を意識した設計がうかがえる。


内部の冷却機構にも手が加えられている。映像処理性能を高める一方で、筐体内の熱を効率よく排出するため、エアフローや冷却構造を見直したという。高負荷状態での連続稼働が求められる機材だけに、処理性能だけでなく、それを安定して維持するための設計も重要になる。

さらに、今回の改良で注目したいのが耐振動性能の強化だ。
AT-KC210Tは4RUサイズの筐体を採用する。KAIROSは放送局の設備室に据え置くだけでなく、イベント会場への搬入や中継車での移動など、輸送を伴う環境でも運用される。
こうした用途を想定し、AT-KC210Tでは板金構造や内部基板の固定方法を強化した。輸送時の振動や筐体に加わる負荷が内部基板に与える影響を抑えるための改良だ。耐振動性能については、MIL-STD-810Hに基づく試験も実施する予定だという。
外観から内部の補強構造まで確認することはできなかったが、担当者の説明からは、今回の筐体変更が単なるデザインの刷新ではないことが分かる。
処理性能を高め、その性能を支える冷却機構を見直し、輸送時の信頼性にも配慮する。AT-KC210Tでは、運用環境を含めてハードウェア全体を改良している点が特徴だ。

冗長化構成でも1080iで40出力。JPEG XS対応でIP制作を強化
入出力構成の柔軟性に加え、AT-KC210Tのもう一つの大きな進化がIP機能の強化だ。新たな100G IP入出力ボード「AT-KC20M4G」により、SMPTE ST 2110を利用した映像制作システムへの対応力を高めた。
なかでも注目したいのが、1080i映像の出力性能である。AT-KC210TはST 2110で最大64入力/40出力に対応し、ネットワークを冗長化した構成でも最大40出力を確保できるという。
従来のKairos Core 200(AT-KC200T)も、通常構成では1080iで最大64入力/40出力に対応していた。ただし、ST 2022-7によるネットワーク冗長化を行った場合、出力数は最大20出力となっていた。
AT-KC210Tでは、この冗長化構成での出力数が20から40へと倍増する点が大きな違いとなる。なお、AT-KC210TでST 2110出力を利用するには、KC20M4の搭載が必要だ。
スポーツ中継や大型イベントなど、多数の映像ソースを扱いながら複数系統へ映像を出力する制作環境では、出力数がシステム全体の構成を左右する。ネットワークの冗長性を維持したまま出力数を増やせることは、IPベースの制作システムを設計するうえで大きな利点となる。
JPEG XSは、低遅延を保ちながら映像データを軽量化できる圧縮技術だ。非圧縮の映像伝送と比べて必要なネットワーク帯域を抑えられるため、特に拠点間の回線帯域が限られるリモートプロダクションで活用が期待される。
取材では、限られた伝送帯域の中で複数の映像チャンネルを効率よく扱えることが、JPEG XS対応の狙いとして説明された。
ST 2110による多チャンネルの映像入出力、冗長化構成での出力数拡大、JPEG XSによる伝送帯域の効率化。これらの機能は、それぞれ独立した改良でありながら、IP制作システムの柔軟性を高めるという点でつながっている。
既存のSDI設備を活用する現場に加え、IP化を進める放送局やリモートプロダクションでも、システム構成の選択肢が広がりそうだ。AT-KC210Tの発売は2026年度第4四半期、JPEG XS 入力/出力オプションは2027年度第1四半期を予定している。
5スロットから見えた、現場の運用を重視する進化
今回のAT-KC210Tは、映像処理性能の約20%向上に加えて、入出力構成の自由度、筐体の堅牢性、IP機能を総合的に見直したモデルだ。
実機取材の出発点となったのは、背面の5つのスロットだった。しかし、筐体を見ながら担当者の説明を聞いていくと、改良の対象がインターフェース部分だけではないことが分かってきた。
前面USBポートの追加や電源ボタンの見直し、冷却機構と内部基板の固定方法の改善など、個々の変更は目立たないものもある。それでも、機材の設置から輸送、日常的な運用までを考えると、いずれも現場での扱いやすさや信頼性につながる要素だ。
加えて、100G NICボードの追加とJPEG XS対応によって、IPを中心とした映像制作への対応強化も進められている。
AT-KC210Tは、Core 200シリーズの基本性能を高めるだけでなく、既存のベースバンド設備とIPシステムが混在する現在の制作環境から、今後のIP化を見据えたシステムまで、幅広い運用に対応しようとするモデルといえる。
背面の5スロットに象徴される今回の進化は、単に接続できる機器を増やすためのものではない。制作現場ごとに異なる運用条件に合わせ、必要な構成を選べるようにする。その柔軟性こそが、実機取材を通して見えてきたAT-KC210Tの特徴だった。
基本性能を強化するとともに、入出力構成の柔軟性向上、IP運用の強化により変化し続ける映像制作現場のニーズにこたえる、KAIROSは進化を重ねながら新たなライブ映像制作の可能性を切り開くとしている。