変わりゆく映画作りの役割
撮影/制作機材のデジタル化による小型化・簡便化が進む中で、映画作りの中でエンドクレジットに出てくる様々なスタッフのうちでも、あまり重要視されない部門も出て来た。例えば日本で言うところのスクリプター。シーンの前後の配置などを確認する役目だが、現状では撮影周辺の機材がデジタル化したことから、現場で撮影シーンのプレビューはすぐに可能。編集/合成結果まで現場で見られる現状では、その存在は以前より希薄なものになっているかもしれない。
ハリウッドではこの職業を”スクリプト・スーパーバイザー”や”コンティニュイティ・コーディネーター”と呼んでいるが、ハリウッドではまだまだフィルム撮影が主なのと、ユニオンの規制も厳しいため撮影時間が限られる事から、こうした役目もまだまだ重要だ。しかし日本のように残業時間に関係なく、明け方までかかっても撮りきってしまうような現場が多ければ、スクリプターなしの現場も出て来ているのが現状だ。
しかしデジタル化が進んだからこそ、もっと重要視しなければならない役割もある。それがプリプロダクションに関わる職種だ。
プリプロダクションこそ世界観を決める
海外映画と日本映画の制作方法の違いとは何か?特にハリウッドとは方法論、バジェット(予算)、設備、経験値…様々な違いの要素が思い当たると思うが、結果がどうであれ大きく作品の行方に絡む工程がある。
常々ハリウッドの現場を取材してみて思うのは、ビッグプロジェクトであれ、低予算のインディペンデント作品であれ、その映画のサイズに関係なく一番大きく違うのは、プリプロダクションにかける工数なのではないだろうか?
では、プリプロダクションとは何か?要するに制作前の下準備のことであるが、中でもプロダクション・デザインと言われる、特に作品全体をアートディレクションするという考え方はその要であり、海外では学生制作のインディペンデントフィルムにまで浸透している。予算の少ない小規模作品でもアートディレクターを立てて、独自の世界観を創り出そうとしている作品も多い。この部分が日本では大きく削がれている部分なのでは?と思ってしまう。現に日本作品に対する海外の評価もそうした意見は多い。
ソニーピクチャーズエンターテインメントの内部。一般の見学ツアーが行けるスペースは撮影OK
日本の映像作品はこれまで国内市場を相手にしていれば良かった。しかし機材のアフォーダブル化が進み、誰しもがプロ仕様の映像を制作出来るような優秀な機材を手に出来るようになったこの時代においては、映像そのものの価値観が変化して、特に劇場作品は国内需要だけではすでにリクープ出来ない状況だ。またインターネット動画の世界でビジネス化させるのであれば、これからの制作者に求められるのは世界に通用する映像創りに他ならない。そこで一番重要なのはその世界観を構築するプリプロダクションの部分ではないかと考える。このことはハリウッドで働く多くの日本人クリエイターからも聞こえてくる言葉だ。カメラが映し出すレンズの向こう側の世界観をいかに作り出すか?これが今後の映像作品の決め手になるのではないだろうか?
プロダクション・デザインの重要性
元々のコロンビア映画と2005年に買収したMGMを併せて、現在はこの敷地内にスタジオ施設を統合
撮影監督(DP)が映像全体のトーンや色を決め、美術監督がセットや装飾など背景デザインを担当するが、それとは別に”プロダクション・デザイナー”という美術部門の最高責任者となる職業が存在する。ハリウッドにおけるプロダクション・デザインの始めは、1938年に制作された名作『風と共に去りぬ』が起源と言われている。それまで美術監督はあくまでセットや装飾の美術担当だったが、同作品を担当した美術監督がその枠を超えて活躍したことをきっかけに『プロダクション・デザイナー』という肩書きが登場したと言われる。
プロダクション・デザイナーは映画の企画が始動するとプリプロダクション段階から監督やDPの意見を元に作品のコンセプトアートを作っていく。このコンセプトが衣装、美術、特撮などの各部門に送られ、各担当者が具体的なデザイン創りを行う。さらにこのコンセプトアートがロケーションマネージャー(ロケ地手配者)にも送られ、イメージにあったロケ地手配が行われる。このようにプロダクション・デザインという役割は、単にアートな側面だけでなくスタッフ間の作品の方向性の確認や、作業効率そのものを助けるものとして大きな役割を担っているのだ。
施設の屋上にはコロンビア映画の歴代のシンボルデザインが時代ごとに描かれている
ハリウッドのメジャースタジオ、ソニーピクチャーズエンターテインメントでは、年間20本以上のメジャー作品(大作)が手がけられているが、その中で主にVFXなどの技術部門を担当するSONY Imageworks社では、プリプロダクション部門にも専門的な人員を配置してやはりプロダクション・デザインに力を入れている。
今回の訪問では、実際に同社のプリプロダクション・パイプラインのスーパーバイザーにお会いして、映画製作の前段階に様々な世界観を作り出し、それを実際にPC上でシミュレーションして、監督やDPにプレゼンするまでのデモンストレーションを見学させて頂いた。もちろん全てが社外秘のため、ここでは写真も含めて何の情報も出す事は出来ないのが残念だが、やはり機材の小型化、デジタル化の話では、本編の撮影をいかに効率的にするかを考えたとき、プリプロダクション段階での各デザイン設計がいかに重要かを語ってもらった。
プロダクション・デザインの作業が映画製作の最初の段階として、数ヶ月にも及び、その長い工程表が廊下に貼り出されているのが印象的だった。