txt:稲田出 構成:編集部
そしてIP伝送はスタンダードへ
当初はTV会議システムから始まったネットを利用したIP伝送はアナログテレビ放送の時代からあり、その歴史はけっこう長い。こうした背景の一つとしてインターネットの普及があるわけだが、NTTなどの電話会社のほか電力会社やCATV局(国内では過疎地域における情報化推進や災害・防災対策の一環としてCATVのIT化が進んでいる)なども加わり、ネットのインフラが急速に進み現在に至る。
こうした事業者は基幹部分を将来の需要をにらみ全国にファイバー網を張り巡らせており、ネット以外の利用にも意欲的だ。効率的な運用を考えると映像専用の回線を確保するより、IP伝送を基本にし、映像や音声などIP以外の伝送はIPに変換して利用したほうが設備的にも都合が良いわけだ。また、利用する側もIPのほうが便利なことが多い。ただし、遅延やパケット落ちといった問題もあり、リアルタイム性を追求すると簡単にはいかない。
こうした問題は音声の伝送の時もあったが、電話関係を中心にIP電話交換機やVoIP(Voice over IP)ゲートウェイなどのVoIP対応の機器も増え、そうした問題は解決されている。ビデオでも同じような道筋をたどっており、VoIPやSDI over IPといった名称で伝送機器など様々な機材が開発されており、2007年ころからSMPTE 2022という形で規格化も進んでいる(ハイビットレートメディアトランスポートのSMPTE 2022-6が決まったことで今年は一気にIP化の製品が出てきた)。
電話と映像は別ものではあるものの、放送分野では電話交換と似たような仕組みで放送されている部分もありIP伝送はまさにうってつけというわけだ。特にアメリカでは3大ネットワーク以外にも地方局やCATV局などが無数にあり、そうした局間を結ぶ手段もケーブルや衛星など多岐にわたるほか、ビッグイベント番組をこうした放送局に販売する場合もあり、そこでは電話交換と似た仕組みが存在することになる。
映像や音声、IPなど様々な信号をゲートウェイする機器メーカーとして、Evertzはここ数年大きなブースを出している。またノースホールのBELDENブースも大きくなっている。なによりもケーブルメーカーのBELDENがMirandaやGrass Valleyを買収したのもこうした背景からといえるだろう。
今年のNABで特徴的なのは、スイッチャーなどの映像機器がIP対応になってきたことだ。ソニーは昨年のInterBEEでスイッチャーを含めIP化を推進すると発表し、今回スイッチャーを含めたIPソリューションを展開していたが、Grass ValleyやQuantelなども同様の動きを見せている。伝送路がIP化するのはわかるとしても純然たる映像機器もIP化の必要性があるのか、という疑問も出てくるが、伝送路がIP化されるということはスイッチャーの入力もIP対応にしたほうが都合がよく、かつ様々な制御もIP化で一元化することも可能だ。さらにクラウドを利用して映像のアーカイブや管理なども効率的に行うことができるようになるだろう。
たとえば、スタジオから各地のニュースを紹介する場合や選挙の様子なども、各地から送られてくる映像とともにクラウドにある過去の映像や得票の推移など、各種情報やデータとのリンクも容易になる。また、撮影している現地でもネットの回線が確保できればマイクロ波やSNGを用意する必要もなく、場合によってはカメラから直接Wi-Fiで接続するという方法もあるわけだ。現状のHDや4K更には8Kといった違いも、伝送路のバンド幅が確保できていれば混在や移行もスムーズに行える。もちろん、編集などの後処理が必要な場合でも、すでにファイルベースでそうした作業が行われていることからIP化のほうが都合がいい。
では、海外はともかく国内ではどうかといえば、キー局からネットワーク系列への番組提供やCATV局への配信、現地からの映像伝送などすでに実用化されている部分もあるが、海外ほど複雑ではない。スイッチャーなどの映像設備機器は今年使えそうなものが出てきたばかりだ。ようやく現実的な話ができるようになったのが今年のNABといえるだろう。
一方海外では放送局も積極的にIP化を推進している。IP化は配信先も含めて普及することでメリットが出てくるので、放送機器メーカーだけでなくIT機器メーカーの参入により、競争原理により新たな機材が開発されたり、コストダウンに繋げたいという思惑もあるだろう。現状放送機器としてある程度の規模のシステムを組めるメーカーは限られており、価格交渉すら困難な状況にありつつある。そうした現状を打破したいという思いもあるだろう。TV放送は最終的に電波に乗ってしまうので、末端の状況は把握しきれない面もあるが、IPTV(国内ではハイブリッドキャストなど)の運用もはじまっており、すべてがIP化した暁には放送した番組がどのような経路でどの端末で視聴されているかが瞬時にわかるようになり、地域や年齢層など詳細な視聴データを把握できるようになる。こうしたビッグデータは放送事業者に取って広告収入以上の価値を生み出すかもしれない。
すでに部分的に始まっている放送におけるIP化は4Kの普及の後にくるのか、同時進行になるのかは定かでは無いが、機材が大きく更新される4Kはひとつのきっかけにはなるだろう。放送と通信の融合はずいぶん以前に言われた言葉だが、今年は別の意味で新たな展開が始まった年といえそうだ。
会場に溢れるIP化の波
■Sony
ソニーのプレス発表では既存のMedia Backboneやアーカイブシステム、カメラなどとMedia Cloud Servicesの結びつきにより、IPによるソリューションの全体像がどのようになるかがよく分かる説明がされた
ブースではIPでつながることにより、個々のシステムがどのように効率的になるかが具体的に理解できる。ソニーはカメラだけでもデジタル一眼からF65のようなデジタルシネマカメラ、スタジオカメラなどたくさんあり、放送のソリューションも様々だ。それらがIPでどのようにつながりどのようなシステムメリットがあるのか。もう少しこの部分の積極的なアピールがほしかった
■Panasonic
パナソニックのプレス発表ではAVとITの融合が発表された。主にVARICAMやAVC-ULTRAを利用した収録分野が中心で、PCや携帯端末など同社の資源を活かしていく方向だ。そのためにはサードパーティーとのコラボが必要になるが、具体的な施策はもう少し先の話になりそうだ
パナソニックAVC-ULTRAクラウドソリューション。LTE、Wi-Fiを使用したP2カメラライブストリーミングシステム。AJ-PX380Gにより取材先の映像を放送局ですぐに確認、活用できるクラウドネットワークサービスP2Cast。LiveUを利用したQoSライブストリーミングシステムなどを紹介
■Grass Valley
Grass ValleyはGrass-to-Grass IPソリューションをスイッチャーやカメラシステム、ルーター等に適応し、ブースではIPのロゴマークを付けてアピールしていた
ハイブリッドエンタープライズルーティングシステムNVISION 8500 Router IP Gateway。SMPTE 2022-6に対応したSDI、IPルーターで144×144から1152×1152までの4K/3G/HD/SD/ASI/AES/AA/MADI信号のルーティングが可能。従来からあるルーターにIPプラグインを追加して対応
■Quantel
昨年QuantelはSnellを買収しており今年は共同ブースで出展した。IP対応のルーターやスイッチャーなどを出展。また、SMPTE 2022-6への対応やソニーが今回技術展示したIPライブプロダクションシステムへの対応も表明している
■朋栄
IPチェンジオーバースイッチャーIPS-6200。冗長回線上のIP信号をTSレベルで常に監視。異常発生時、出力を乱さずに速やかに予備系へ切り替える事が可能。TS over IP信号をTSレベルで常に監視し、一方で異常が発生した場合もう一方へシームレスに切り替えて出力することができるシームレスIPチェンジオーバー
■NTT IT
NTT ITは、viaPlatzメディアゲートウェイ(PFU)、viaPlatzサーバー、viaPlatzビデオプロセッシングレコーダー、コーデックなどを組み合わせて収録やコンテンツ共有、ノンリニアのシステム等様々な現場に対応可能なIPソリューションを展開
■NewTek
NewTek TalkShowは、Skype TXを利用することで、ネットを介して遠隔地からのライブ中継が可能。通常のSkypeと異なり管理ツールによって対面通話とポップアップ表示される広告等の情報を別々に取り扱うことができる
■LiveU
LiveUは1UラックマウントタイプのスタジオエンコーダーLU700や小型フィールドユニットLU200のほか、LiveU端末からクラウドベースでの共有、管理などを行えるMultiPoint Cloud-Based IP Video Distribution Serviceを開始すると発表。これにより、映像伝送以外に放送局などから端末のLiveUを検索することもできるという
■TVU Networks
TVU Networksもラックマウントタイプを発表し、ブースの中継車に搭載していた。また、Bitcentralとのコラボレーションで世界各地で使用されているTVUを検索して取材映像の提供などを行えるシステムを提供するTVUMeも発表された。LiveUとは多少異なる部分もあるが似たような方向性を指向している
伝送系から設備機器のIP化へ
Evertz、Imagine、Grass Valleyは日本より複雑かつ多岐にわたる伝送に関わるソリューションを提供する会社であり、ここ数年大きくなってきている。国内ではNTTやKDDIあるいは放送局が自前で持つ伝送路などそれほど選択肢は多くない。放送のIP化はそうした成り立ちの違いもあり、日本では消極的になりがちである。
制作分野まで含めて眺めてみるとGrass Valleyとソニーの2社が放送向けのIPソリューションを総合的に提供できる会社と言えそうだ。ただ、Grass ValleyはBELDENに先に買収されたMirandaとの製品ベースの融合が今年始まったばかりといえ、既存の製品をIP対応にしたレベルで本格的とは言えない印象だ。ソニーは収録機材やMedia Backbone、Media Cloud Servicesなどもあり、放送という切り口でいえば、最も現実的なIP化した放送システムを提供できる会社と言えそうだ。いずれにしても伝送路や取材現場などIP化のメリットのある部分から普及していき、その後スタジオなどの設備機器のIP化ということになろう。今年のNABはそうした兆しが見えてきた年だった。
txt:稲田出 構成:編集部