txt:安藤幸央 構成:編集部
特別なVR体験と、身近なVR体験へ
キャプション:バーチャルカメラでVR空間を描いた仮想セットのカメラアングルを検討するスピルバーグ監督(Cartoon Brewのオンライン記事より引用)
スピルバーグ監督が手がけるVRが発達した退廃的な未来を描いた映画「Ready Player One」のヒットで、VRそのものの一般化、VRの未来の道筋が想像できるとともに、VRの限界や、エンターテインメントとしての映画の素晴らしさが再認識された(Ready Player Oneは往年のSFキャラクタが大集合しており、現時点では映画でなければ実現できない映像表現、ストーリー展開であった)。
今回のSIGGRAPHにおけるVR関連のエポックメイキングな出来事のひとつとして、ディズニーが手がけるVR作品がお披露目されたことだ。
ディズニー初のVR短編作品「Cycles」(ディズニーアニメーションスタジオの公式Twitterより引用)
HTC Vive Proを装着したCyclesの視聴者
ディズニーアニメーションスタジオがどこまでこだわりをもって、VRに取り組んだのか、ディズニーが表現したかったことは現在のVR技術で表現しきれるのか?ディズニーならではのVR映像視聴体験とは何なのか?どういった演出、テクニックが使われているのか?と、多くの参加者の話題を集めていた。
「Cycles」は5分ほどの視聴型のVR作品。直接的なインタラクティブな要素はなく、自由に周りを見渡すことができるが、基本的には与えられた演出にしたがって視聴していくタイプのVR作品である。上映には最新のヘッドマウントディスプレイHTC Vive Proを使用。作品が描いているのは、ある家から去っていこうとする家族を描いたもので、その家で起こった出来事を走馬灯のように巻き返して見る表現で、視聴者を引き込んでいた。
ディズニーならではの工夫としては、過度なインタラクティブ性を要求せずに、計算しつくされた演出にしたがっていくことで、演出家が意図したものを意図した流れで見てもらえる作品だということだ。その意図を実現する手法として、360°広がるVR映像のうち、演出家が見て欲しいと考える物語が進んでいる方向を見ると世界がカラーにカラフルに表現され、物語が進行していない、演出家がその時点で見て欲しくない方向を向くと世界が白黒、グレースケールになって見えてしまうという表現技法だ。この技法によって、VR視聴者は常にカラフルに見える方向を探しつつ視聴することになり、それによって演出家が見て欲しいところを見続けることができるわけだ。
VRコンテンツの場合、視聴者は自由にどこでも見られるため、演出として見て欲しいところに着目させるのは難しい課題である。その解決方法として、動く物体、浮遊する物体で目立たせたり、派手に光らせたり、音で方向を示唆したりといろいろな工夫があるが、今回公開されたディズニーの手法は、演出的にも物語的にも最適なカラー・白黒の切り替え表現でこれらの課題を解決していた。この手法はどのようなストーリーやVR作品でも有効な方法ではないが、ストーリー展開に合わせた違和感のない技法で「さすがディズニー!」という視聴者の声が多かった。
昨年に引き続き大人気のVRシアター
古い映画館を模したVRシアターの外見
VRシアターの中の様子
SIGGRAPH会場内に設置された古い映画館を彷彿とさせるVRシアターでは、完璧にセッティングされたVRヘッドセットと、映像を見ながら転ばずに安心して視聴できるゆったりとしたイスが用意されている。さらにヘッドセットの装着や、ヘッドフォンの装着などを手助けしてくれる専任のスタッフなど、VR視聴環境をスムーズに行うための準備が整っていた。上映はそれぞれスクリーニングAとBの組で、視聴者が個別に利用するキオスクに分かれて視聴することとなった。
スクリーニング上映作品
■Arden’s Wake: Expanded(Eugene YK Chung:アメリカ)
作品そのものは一般には未公開
Penrose Studioの紹介ビデオ
灯台守の父親と、自分探しのために航海にでる少女の物語。コンテンツ製作そのものをVR空間で実施している作品。
■The Legend of Hanuman(Charuvi Agrawal, Sharad Devarajan:インド)
インドの英雄を描いた、宇宙の存在や世界の存在を体感する映像コンテンツ。
■Space Explorers: A New Dawn(Félix Lajeunesse:カナダ)
予告編
これからの新しい宇宙開発、宇宙探索について紹介した映像。宇宙飛行士がどのような訓練をしているかが映像体験できる。
■Ashes to Ashes(Submarine Channel:ニュージーランド)
撮影風景(Instagram @submarinechannelより)
紹介ビデオ
VR対応サンプル映像
メイキングビデオ
1ショットで撮影された悲劇作品。カラフルなセットと空間を舞台に家族の関係性が描かれている。
■Under Neon Lights(WITHIN:アメリカ)
2D、WebVRによる体験も可能
ケミカル・ブラザーズとSt. Vincentのコラボ曲「Under Neon Lights」のインタラクティブ・ミュージックビデオ。
キオスク上映作品
■Across Dark: Beyond 4th Dimension(Jeon-Hyoung Lee:韓国)
荒廃してしまった地球と、再生能力を持つ新しいエネルギーを求めて探検する旅の映像。
■Beyond the Fence(Goro Fujita:アメリカ)
Beyond the Fence紹介映像
Facebookで開発された VRイラストレーション、アニメーションのシステムQuillで製作された映像。
これからのVRの広がり
VRゲームを楽しむコーナーVRcadeは常に長蛇の列
「VRは何度目のブーム?」というあいまいな感触から、VRコンテンツに取り組む層、企業、専業企業、先進的な研究開発など層の暑さが顕著に感じられれたのが今回のVR関連展示・発表であった。その一方、比較対象とされる映画やドラマなどの映像コンテンツ、ゲームなどの映像体験に比べ視聴回数、視聴時間、視聴機材などに関してまだまだ解決すべき問題が多いという業界内での課題意識は存在する。
古きゲームセンターを彷彿とさせる展示で、VRゲームを楽しむコーナーVRcade(VRとアーケードゲームを合わせた造語)。プレイアブルな古典ゲーム機が入り口に並ぶ
コンテンツ製作に一流のメンバーと、大掛かりなセット、それなりの予算が確保できるような状況にありつつも、それらのコンテンツによって得られる視聴料、コンテンツの配布、放映チャネルはまだまだ開拓、整備の余地がある。企業によっては、VR機材、VRコンテンツ製作の対象を限定し、エンタープライズ分野、企業内での利用、高額の予算を持つターゲット層に絞ることによって、高品質のハードウェア、高品質のコンテンツを提供し、特定顧客に集中してビジネスを考えている企業も見受けられる。
「VR流行り」と言っていてもコンテンツの視聴環境がまだまだ限られている。没入感があるVRだからこそ、短時間しか楽しめないコンテンツが多いなかで、これからの業界全体の新しい展開が期待される。ひとつ安心して良さそうなのはVRブームがいっときの流行に終わらずに、業界の層が厚くなっていることは、今回のSIGGRAPHで確実視されたと考えられる。だからこそより良質のコンテンツが渇望される状況はしばらく続くであろう。
txt:安藤幸央 構成:編集部