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「万引き家族」はいかにして生まれたのか?
是枝裕和監督が「この10年間考え続けてきたことを全部込めた」と語る映画「万引き家族」が話題だ。カンヌ国際映画祭における最高賞、パルム・ドールを受賞し、邦画では21年振りの快挙となった。大々的に受賞の報道をテレビや新聞で見たという人も多いと思う。
本作では、「日本で今一番乗っている」と是枝監督が評価する撮影の近藤龍人氏、照明の藤井勇氏コンビが是枝作品に初めて加わったのも話題だ。今回の特集ではその「万引き家族」の制作側を覗いてみようと思う。まずは日本映画業界でもっとも注目されている近藤撮影監督に話を聞いてみた。
■特集:映画「万引き家族」はこうして制作された〜撮影部と撮影監督の眼差し〜
- Vol.01 近藤龍人撮影監督に訊く
- Vol.02 色彩計測 小林 拓氏 インタビュー
- Vol.03 セカンド 大和 太氏 インタビュー
■STORY
高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れそうな平屋に、
治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀の4人が転がり込んで暮らしている。
彼らの目当ては、この家の持ち主である初枝の年金だ。
足りない生活費は、万引きで稼いでいた。
社会という海の底を這うような家族だが、
なぜかいつも笑いが絶えず、互いに口は悪いが仲よく暮らしていた。
冬のある日、近隣の団地の廊下で震えていた幼い女の子を、見かねた治が家に連れ帰る。
体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、信代は娘として育てることにする。
だが、ある事件をきっかけに家族はバラバラに引き裂かれ、
それぞれが抱える秘密と切なる願いが次々と明らかになっていく──。■スタッフ
© 2018『万引き家族』製作委員会
- 監督・脚本・編集 – 是枝裕和
- 撮影 – 近藤龍人
- 照明 – 藤井勇
- 色彩計測 – 小林拓
- セカンド – 大和太
- サード – 和田笑美加
- フォース – 熊﨑杏奈
http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku/
大ヒット公開中
是枝監督と話題の撮影監督、近藤龍人氏が初タッグ
――今作で是枝監督と初タッグを組まれ、近藤さんは寓話性を描くというのが1つのチャレンジだったと聞いております。寓話性を是枝監督に提案されたのはどのような意図からなのでしょうか?
僕は是枝監督と仕事をさせて頂くのは初めてでした。それまでの作品を見ていて、ドキュメンタリーチックに撮られているという印象でしたが、実際に現場に入ってみると監督自身の好みというよりは、是枝監督の作品を撮影されてきたカメラマンの方の色がより濃く出ていたために、そのような印象に感じたのかもしれません。
そこで、僕が参加することで違うテイストをプラスできないか?日常から少し離れたフィクショナルな感じが加わるほうがいいのではないかと思いました。いい距離感で観られるのではないかなと思ったからです。
――今作は、ワンカメで撮られていますが、本編の主要な登場人物は6名と大人数でした。どのような理由でカメラ一台での撮影となったのでしょうか?
是枝監督には「カメラが複数台必要なシーンはありますか?」と提案はしましたが、検討の結果、ワンカメで行う事になりました。監督は演出しつつ、一つ一つ撮っていきたいんだなという強い意志を感じました。
現場ではそれを踏まえ、どのカットから撮っていくかを是枝監督とシーンごとに相談しました。最初に子どもたちのキラキラした部分を収めてしまうのか?それともお芝居が固まるのを待って、後から子どもたちを撮ったほうがいいのか?など撮影順は、気を遣いました。
また、人物をどのサイズで撮影するのかについても様々な方法を考えました。
基本的には、子供ぐらいの目線の高さから撮ろうと思いました。息子役の祥太くんなど、親の顔などを少し煽って見上げる感じの大人の捉え方を最後まで通せたのではないかなと思います。
――撮影に使用した高層マンションの谷間に取り残された平屋というのは撮影用に建てたものですか?
平屋の室内はスタジオ内にセットを再現し、庭が絡むところは実際にある平屋のロケセットで撮影をしました。子供の撮影は、時間的な制約があります。ロケセットで夜のご飯を食べているシーンなどは、ロケセットだと日が暮れてから2時間くらいで撮り切らなければいけないという課題がありました。そのため、スタジオセットありきで、昼でも夕方や夜の時間に変更可能なスタジオセットの中で丁寧に撮っていくことになりました。
日常感溢れる台所もスタジオ内に再現された
――近藤さんは是枝監督が用意した画コンテを参考にしなかったと聞いています。なぜでしょうか?
いや見ていますよ!見ていないわけではないです(笑)。
クランクイン前にカメラテストを行い、テストグレーディングをし、試写をします。そこで色味などについて是枝監督に納得して頂いた上で撮影に入りました。
撮影では、監督がお芝居を見ている位置とは違う位置から見るようにしていました。そこからお芝居を撮った方が良いと思った場合に、カメラアングルの提案をするようになり、だんだんと画づくりを任せて頂くようになっていました。
――近藤さんは何を観て画作りを考えていますか?
具体的には、「段取り」と呼ばれる役者の通し稽古的で始まります。段取りでは、監督はお芝居をもっとも見やすい位置から観ています。
しかし、カメラを置く位置は、全体が見える位置が必ずしもベストなのではなく、意外と反対から観た背中だけが見える場所が良い場合もあります。人物に寄ることも考えた上で別のカットを提案できるのが僕の仕事かなと思っています。
それが演出とズレていなければ「こっちのほうが面白いのでは?」と、違うアプローチを是枝監督に幾度か提案しました。今回の現場では、スケジュールに余裕があったりと、別の提案が許される環境がありました。「こういう見方もあるのではないか?そういったところをさぐりさぐりで、少しずつ膨らませていった感じです。
是枝監督がこだわる35mmフィルムへの強い思い
――撮影は、フィルムとデジタルのどちらで行われましたか?
本作は35mmフィルムで撮影を行いました。是枝監督の前作「三度目の殺人」はデジタル撮影でしたが、それ以外の作品はフィルムで撮られています。本作ではワンカットのみデジタルで撮影をしています。波の荒い海にでなければいけないシーンがあり、そこはALEXA Miniを使いました。
船上からの撮影に使用したALEXA Mini
――近藤さんにとって35mmフィルムでの撮影はいかがでしょうか?
僕の場合は、3~4年ぐらい前の映画「私の男」での撮影を最後に、フィルム撮影の作品は久々でした。最近は、ずっとデジタルでの撮影が続いて、以前よりもフィルムの選択肢も減りました。そんな中で本作の撮影は、一から探りながら行ったというのが正直なところです。
CMでは、今でもフィルムネガで撮影する機会が多いと思いますが、映画ではフィルム撮影の機会が減っている状況です。僕もフィルムを使えるのであればいいな、本作に関しては特にそう思いました。
デジタル撮影の場合、高解像度で撮影を行い少しシャープネスを落としたり、結構厚目のフィルターワークを使ってポジの質感、フィルムの質感に近づけて代替しますが、最初からフィルムで撮れるのであればその手間は省けます。
作品によってはデジタル撮影することが正解の場合もでてくると思います。作品によって使い分けができる環境がいいなと思っています。
――フィルムの質感で捉えられて、デジタルビデオカメラでは捉えられないものとはなんでしょうか?特に今作に限ってありますか?
完成した作品が「答え」だとすれば、 デジタルの場合、撮影時に手を加えたり、グレーディングなどの多くの段階を経て完成形になっていきます。逆にフィルムの場合は、上がってくるデータ、仕上げの行程などはデジタルに比べればシンプルです。それでもフィルムだからこそ出せる現場の雰囲気があり、本作ではこれら全てがとても上手くかみ合って「答え」になったのではないかと思います。
――個人的にはフィルム撮影の機会があるならば選びたい感じですか?それとも作品に合わせる感じですか?
フィルムかデジタルかは、作品の内容次第だと思います。単純にルックだけではありません。長く回して編集で切り取っていく場合や、瞬発力が必要なときには、デジタルビデオカメラを選択するかもしれないし、16mmフィルムにするかもしれない。それが作品によって選べる環境がもっとも理想ですね。
ARRICAM STや Leica Summicron-Cを選んだ理由
――本編の撮影にはSummicron-Cが使われていますが、このレンズはここ10年ぐらいの比較的若いレンズです。なぜSummicron-Cを選ばれたのでしょうか?
当初、PANAVISIONのPRIMOを使いたいと思いました。適度な解像力と描写力が理由です。解像度も良すぎず、とってもスクリーンに合っていると思っていて、いつか使いたいと考えていましたが見送らざるを得ませんでした。
次候補はSummicron-Cでした。実際に映画で使用するのは今作が初めてでした。以前コマーシャルや一度テスト撮影を行ったことはありました。たまたまそれが台湾で撮ろうとした作品で、台湾の雰囲気の中でテストをしたこともありまして、その時の結果から選ぶことになりました。
本編の撮影に使用したSummicron-C
――普段はどのようなレンズを使うことが多いですか?
ここ最近はCookeのS4を使わせてもらうことが多いですが、ZEISSも使いますよ。10年ぐらい前はシネレンズの選択肢は少なく、Ultra Primeとかファーストレンズ、Zeissぐらいしか映画の撮影ではありませんでした。それを考えたら、今は選択肢が広がっています。
――本編ではカメラにARRICAM STを選びましたが、理由や感想を聞かせてください。
本作の撮影は、部屋のセットなど狭いところが多いために、フィルム・マガジンが後ろや上などフレキシブルに選択できるのが重要でした。それによって狭いところや天井の低いところでも作業ができるようになります。ARRICAM STはそういった撮影に対応可能で、とっても扱いやすくて信頼度の高さも特長です。
本編撮影に使用したARRICAM ST
――本作以外の撮影ではどのようなカメラを使うことが多いですか?
映画の規模に合わせて選択しますが、好きなカメラはARRI ALEXAです。映画に関していうと、最近は配信で4Kフォーマットの素材が必要になるために、デジタルシネマカメラを使うことが多くなってます。
ALEXAの魅力は「色」だと思います。色彩や解像度も含め、扱いやすくて違和感なく見られる。個人的にですが、4Kの解像度は映画で観る分にはそこまで必要ないのかなと思っています。2.7KのRAWがちょうど見やすくコントロールしやすいのではないかと思っています。
――本作は日本的な映画だと思いますが、カンヌ国際映画祭で好評価なことに関してコメントをお願いします。
賞を頂いたことによって、さらに世界各国での公開が決まりました。こんな素敵なことはないと思います。たとえば、他の国の知らない人が本作を観て、少しでも邦画を観ようかなと思ってくれたら嬉しくないですか?
以前自分が関わった作品がタイで公開されたことがありました。それを知らずにタイに赴き、街角でそのポスターを見かけたときは、すごく嬉しくなりました。僕らが幼少期にアメリカ映画を観ていたように、タイの子供たちの頭の片隅に日本の映画が残って、将来映画を志す子が増えたらいいなと思いますし、それでまた邦画がもっと世界に出られるようになったらいいなと思いました。
――最後に、映画の制作現場を目指す若い人たちにアドバイスをお願いします。若い人たちは何を勉強したらいいのでしょうか?
撮影の勉強は撮ることでしかできません。自分で形にすることでしか絶対に勉強できないと思っています。ただその糧として、他の作品を映画館で観ることでその下地を作ることはできます。それは若いときしかできないことだと思います。
映画を観ることは、仕事を始めてからだと遅いと思うこともあります。この仕事を始めてからだと観方に偏りがあったりするからです。現場が分からないときに観た作品は、意外と忘れがたい映像として残るものです。若い方で、もし映画をやりたいのであれば、たくさん映画を観た方がいいですよ。それがいつかどこかで自分の助けになってくれます。
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