2008年12月16日4日間にわたって開催されたコンピュータグラフィックスに関する学会・展示会SIGGRAPH ASIA 2009開催され、500名以上の研究者、アーティスト、業界エキスパートの発表が行われた。今回のSIGGRAPH ASIAは、規模こそ本家米国開催のSIGGRAPHより小さかったが、内容的には大変充実しており、まるごとSIGGRAPHに参加した気分と成果が味わえた。ロボット、アニメーション(マンガ)、ゲームといった日本独自の特色を持った展示・発表も多く見受けられた。全体的にアジア圏を中心に海外からの参加者も多く、会場内ではさまざまな言語で情報交換がなされていた。

ここでは、最新技術展示のEmerging Technologyと、最新技術論文発表のPaperからのトピックを紹介していこう。

世界中から集まってきた最新技術展示

各種最新技術を駆使した展示であるEmerging Technologyコーナーでは、安価に構築した作品から、力技的に実現した作品まで、さまざまな作品が出そろった。

●わずか$69で実現。256本の糸で描かれた立体ディスプレイLumarca

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微妙に位置がずらして張り巡らされている256本の綿糸に、ごくごく普通のプロジェクタで映像を投影することで、立体感を感じることができるという作品のLumarca。解像度が低いことも、仕組みがチープなことも本質とは関係なく、奥行き感のある錦糸に投影されることで立体感が生み出されているいうことがポイント。会場内では大変美しい作品として異彩を放っていた。

動画はhttps://www.youtube.com/watch?v=Cj21S3cLPYk

●コントロールできる毛皮Fur Display

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Fur Display は携帯電話のバイブレータ機能などに使われている超小型モーターを数個使い、毛皮の毛が逆立つ現象をコントロールしている作品。人の手が近づくと毛が逆立ったり、”Display”として扱うにはまだ道のりが遠いが、新たな分野の可能性を感じる作品であった。

●画像を視線コントロールするEye HDR

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Eye HDRは、HDR(High Dynamic Range)画像を視線コントロールできるディスプレイシステムという展示であった。明るい部分と暗い部分が共存した映像の中で、人間の目の向いている方向だけが最適な明るさで表示されるようになっている。人の目のダイナミックレンジが変化したような錯覚を覚える表示方法であったことが印象深かった。

●大阪とリアルタイム4K中継したNetworked Dome Theater

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Emerging Technology会場の奥に、存在感のある9mドームシアターが鎮座していた。これは、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構と五藤光学研究所の共同プロジェクトで、朝日放送、NTT未来ねっと研究所、JVC Kenwood、リアルビズらが協力して実現したNetworked Dome Theaterだ。ドーム内では7月の皆既日食を魚眼レンズを用いて中継(有効画素数直径2850ピクセル)した時の録画映像のほか、大阪から4K超高精細カメラと10Gbps(ギガビット/秒)ネットワークでの生中継を行った。魚眼レンズ付きプロジェクタを使して臨場感のある全天周ドーム映像として楽しむことができた。生中継映像は、毎秒60フレームのプログレッシブ4K映像を、JPEG2000コーデックで配信していたそうだ。

CGや教育分野などさまざまなノウハウが公開された論文発表

SIGGARPH の主軸は論文発表にあり、数々の新技術、応用論文が発表された。論文になる前の研究成果発表であるSketchesやPosters、CGや映像制作の教育分野に特化した発表など、多岐にわたって、各分野の専門家がノウハウを惜しげも無く披露するといった発表が目立った。

●「ゲーム業界で生き抜くための陰の立役者 ─セガの社内トレーニング─」

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セガは、大手ゲーム会社ならではの新人教育や、社内でのノウハウ共有に関する取り組みなどを紹介した。ゲーム会社の職種は、主にデザイナー(アーティスト)とプログラマーに分かれるが、その間を取り持ち、両方のスキルを併せ持つテクニカルアーティストという職種も重要視されてきている。デザイナーも、シェーダーや3DCGの仕組みなど、グラフィックスプログラマーの分野を学ぶことで大きな成果が得られるそうだ。デザイナーが、これを学んだことでプログラムを書けるようにならなかったとしても、どのような表現が可能なのか、表現の限界はどこにあるのかを体感したことで、よりデザイナーとしての表現力が増すようだ。

さらに、セガ社内では「クローンモニタリング」という他の人の作業画面を、丸ごと自分の手元で見ることができるシステムが試用されているそうだ。IT系の開発テクニックから考案されたこの仕組みにより、技術を「見て盗む」ことができるというわけだ。自分とは違う制作手法を知るだけではなく、それによって素早く物を作る過程を見ることができるため、学ぶ意欲が向上すると話していた。

●Story structure and the Design of Narrative Environments(物語の世界のストーリー構築とデザイン)

最終日19日のFeature Speakersの講演は、Walt Disney Imagineeringでアニマルキングダム(ディズニー版動物園)を手がけたJoe Rohde氏が担当し、テーマパークを構築する際の観念的な考え方について話し、ストーリー(物語性)の大切さを解き、さらに、完璧な物ではなく不完全だからこそ興味深いものであることなどを示した。例えば、シダ植物を例にとって、CGで描いた完璧なシダよりも、自然のなかで生まれた形の悪いシダの方が親しみやすいことや、アニマルキングダムの建物のドアに使われるノブの素材にまで世界観がずれないような配慮が行き届いていることなどを紹介した。クリエイターが、3DCGやゲームの世界を構築する際に、根本的に心がけていなければいけない事柄を示唆した講演であった。


txt:安藤 幸央

[Siggraph ASIA]01

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安藤幸央

安藤幸央

無類のデジタルガジェット好きである筆者が、SIGGRAPHをはじめ、 国内外の映像系イベントを独自の視点で紹介します。