ここから録音→整音→ミックスのステップで音声編集を進めていく。ここで押さえておいてほしいエフェクターがある。一般にダイナミクス系と呼ばれる物でコンプレッサー(リミッター)、エキスパンダー、ノイズゲートの三つがその代表的な物になる。これは録音、整音、ミックスのそれぞれの作業の中で必ずと言っていいほど使う物で、さらにその時々で目的が異なるのでそれに合わせて設定を変えてやる必要がある。それだけにしっかり機能を把握しておかなければいけないという訳だ。三つの操作は基本的には非常に似ているので理屈さえ解ってしまえばどれでも使えるようになるはずだ。
まず覚えて欲しいのは”スレッショルド”。ダイナミクス系というだけに三つとも音量に変化を与え、ダイナミクス(抑揚)をコントロールする物なのだが、そのエフェクトはいつも効いている訳ではなく音量が”あるレベルに達すれば(或は達するまでは)効く”という物で、その”あるレベル”というのがスレッショルドだ。つまりスイッチみたいな物だ。上の図でその値を線で示したが例えばコンプレッサーならその線を越えた時にだけエフェクト(圧縮)が掛かり、それ以外の部分に変化はない。
オーディオプラグイン |
つまりスレッショルドを下げれば下げるほど早く掛かると言う事だ。同じようにエキスパンダーはコンプレッサーとは逆にそのレベルに達するまではレベルを上げる、ノイズゲートはそのレベルに達したらゲート(扉)を開ける、つまり音を出す(それ以下の音をカットする)という事になるのでスレッショルドを声の邪魔にならないレベルまでぐっと下げてそれ以下のノイズをカットするのに使う。
いずれにしてもスレッショルドの値を決める事が第一で、それはダイナミクス系のエフェクター全てに共通して使われる概念だ。ただ残念ながら図のように波形の上に線でスレッショルドを示してくれるようなソフトはほとんどなく、この概念は頭に叩き込んでおいてイメージできるようにしてほしい。そんな中でもVegas Pro 9 のインターフェイスは映像編集ソフトとしてはとびきり解りやすく、音楽編集ソフトにも劣らない物になっている。
コンプレッサーを知れば、音の編集が見えてくる
入力、出力、除去(コンプレッサーの場合)の三つのメーターを見れば、今どういう風に効いているかがとてもイメージしやすい。スレッショルドで設定したレベルを入力が越えたのでスイッチが入り、”量”で設定した分だけ圧縮され、(圧縮量を最大にすればそのレベルを越えない、つまりリミッターという事になる)その減衰量は”除去”のメーターに示され、結果は出力のメーターに表される。
逆に言うと除去のメーターが赤く振れ始める所がスレッショルドレベルという事になる。今回はVegas Pro 9 で説明しているが、実はこのパラメーターの呼び方がソフトやメーカーによって様々で、例えば”量”の事を”レシオ”と呼び比率で表しているメーカーも少なくない。入力1に対して1:0.5で半分。1:-∞でスレッショルドレベルを越えないリミッター機能を表したりする。この辺りがコンプレッサーを使い辛い物にしているのかもしれないが、名前は違っても基本的には機能は同じなので置き換えるだけでいいのだ。
大切な事は、コンプレッサーをかければ飛び出した部分が圧縮されるため、一度は音量が下がると言う事だ。入力のメーターより出力の方が平坦になっている事が解るはずだ。音が暴れなくなりこの図だけ見てしまうと、アナウンスに抑揚がなくなりロボットボイスのような物を想像してしまいそうだが、言葉の抑揚というのは音量だけではなく、声の質、高さ等、いろいろな要素によって出来ているので、音量を平坦にした所で全てが失われるわけではない。そして声の質や高さには制限がないが音量だけは一定のレベルを越えてしまうと歪んでしまったり、特にデジタル録音の場合はとんでもないクリップノイズになってしまったりする。そこでこのように音量を揃える為に一度平坦にし、その後出力ゲインで上げてやれば全体的に声の部分が大きく入るようになる。
見て解るようにピーク(最大レベル)はほぼ同じだが全体的に白い部分(声の部分)の占める割合が増えている。特に始め小さかった部分の変化に注目してほしい。この状態を「音圧」が上がった状態といい、「音量」とは別の意味があるので使い分けてほしい。いずれにしても言葉のダイナミクスは平坦になったが、その分小さい声まで聞き取りやすくなるはずだ。ただ音圧は上げれば上げる程良いという物ではない。
例えばドラマ等で遠くに写っている人がしゃべる声が耳元でしゃべっているようになってしまうとリアリティが失われるだろうし、逆にニュースやCMのインフォメーションを確実に伝えるべき物は、おとなしそうな女性がしゃべっていても音圧はかなり上げて録音されている。
ラジオが車の中でも良く聞こえるのはそのせいだ。音楽にしても最近のポップス(特にクラブ系)は音圧が非常に高く、レベルメータはいつも振り切れているような物も少なくない。反面クラシックのCD等はダイナミクスの変化を重んじる為、音圧は低く設定されており、その一部分をラジオやCMで使う時にはコンプレッサーをかけ直して音圧を上げてやる事もある。この辺りは一度アナウンサーの声やクラシック音楽を読み込んで波形とメーターでその特徴を見てみるのも良いと思う。
録音、整音、ミックス。それぞれの場面でコンプレッサーを使い分ける
前回も触れたが、録音、整音、ミックスのそれぞれの時にコンプレッサーは使う物だが、目的が違う為に設定も変えて使う事が重要だ。特に録音時には後からのやり直しがきかないので注意が必要だ。
【録音時】
まずはピークレベルを絶対に越えない事!最大でも7〜8分で収録できれば十分。その範囲内でも小さな声がしっかり収録可能になるようにコンプレッサーで少し平坦にしてやる。だがあくまで言葉のナチュラルさを失わないように注意しなくてはいけない。故に三つのケースの中では一番軽めにかけるのが一般的。強くかけて撮った物を後から直すのは非常に困難だ。キャリアのある歌手、ナレーターや声優は自分が大きな声を出す時には少しだけマイクから離れる等、コントロールしてくれる事もあるが、細かく言えば子音と母音でもレベルは違うし無声音(タクシーを日本語としてもta-ku-shi~とは発音せず、通常ta-k-shi~と発音する。この”k”が無声音)もしっかり録らなければいけないのでマイクセッティングと共にレベルとコンプレッサーの設定をきちんとやるべきだ。
【整音時】
前述した通り、それがナレーションであるか役者のセリフであるか等、ケースバイケースと言わざるを得ないが、一般的に一つ一つの素材ごとに最大限音圧を高めておいた方が後のミックスがやりやすい。ここではバランスの事はあまり考えず、素材ごとに最善の状態を目指す為にコンプレッサーやノイズゲート、エキスパンダーを駆使する。過剰にバランスを意識してしまうと最終ミックスの時に混乱し、また整音をやり直すはめになる事がある。
【ミックス時】
整音さえしっかりやっておけば基本的にバランスを取る為には音量の調節だけでやれるはずだ。ただバランスを取り終えた後、最終出力をメディアの種類(アナログビデオ、DVD等)や使用目的(放送局、インターネット)、全体の質感等を考えた上でトータルコンプレッサー(またはリミッター)をかける。
いよいよ録音
インターフェーストラック下に位置する録音ボタン |
録音の手順はいたって簡単。オーディオトラックを選択し、トラックの「録音アーム(赤の二重丸)」をクリックして待機状態にする。そしてタイムライン下の同じマークを押せば録音は始まるが、普通に走らせて録音タイミングで録音ボタンを押すかctrl+Rで録音が始まり、もう一度押すと録音は終わりそのまま再生が続く。(パンチイン/アウト)こうする事で無駄な無音録音部分でディスクを消費する事もなく、センテンスごとにファイルが作られる為、後の編集やロケートが随分楽になるはずだ。あらかじめ録音タイミングにマーカーを打っておけば作業はどんどん進めることができる。
上がECHOAUDIOのAUIDOFIRE4。下がRUPERT NEVE DESIGN, POTICO5015。 |
録音するターゲットトラックに現れるメーターは入力レベルだが、その下のボリュームは入力レベルを調整する物ではなく、それは繋いでいるオーディオインターフェイス専用のコントロールパネルやハードウェアのつまみ等で調整する。ここで異常にどこかを上げたり下げたりしないでピークが7〜8分になるようにそれぞれをコントロールする。インターフェイスにもメーターが付いている場合があるが、順番はマイク入力から初めてインターフェイスのアウトプット、最後にVegas Pro 9 のメーターで確認だ。
残念だがこの時Vegas Pro 9 のプラグインは使用できない。オーディオインターフェイスの機種によってはハードウェアやコントロールパネルにコンプレッサーを搭載している物もあるが、それもない場合には外部のコンプレッサーかコンプレッサー付きのマイクアンプを使用する事になる。無駄にならないシステムを組む為にもお店や専門家に相談する方が良いだろう。
写真の上が、オーディオインターフェイス。SONY エクスプリ システムにも採用されている高品質オーディオインターフェイスECHOAUDIOのAUIDOFIRE4。下が、マイクプリ、コンプは放送業界定番RUPERT NEVE DESIGN, POTICO5015。これは録音時にしか使用できない。後の整音やミックスではVegas Pro 9 のプラグインを使用するのだが、続きはまた次回に。