さていよいよ最後の詰めである。「整音」→「ミックスダウン」→「マスタリング」と進める。まとめると

  1. 整音:素材ごとの音を整える
  2. ミックスダウン:台詞(ナレーション)、効果音、音楽等のバランスを作る
  3. マスタリング:最終の音量、音圧、音質を決める

といった流れになるが、必ずこの順番でやってほしい。たとえば整音をちゃんとやらないうちにバランスを取ろうとすると、結局後で混乱したりやり直したりするはめになったり、バランスを整える前にマスタリングレベルの音圧を稼ごうとすると、正しいダイナミクスが得られなかったりするからだ。実は日本のいろんなプロジェクトに於いてMAの優先順位は時間的にも予算的にも高いとは言えず、それゆえついつい安全優先で冒険的な効果を狙う事が少ないように思える。これはとても残念な事で、これを機会に演出的な冒険をしてほしいとは願っているのだが、この順番だけは崩さない方がいいと思う。

【整音】

ここでは音量バランスの事は考えなくていい。一つ一つの素材に最良の状態を目指すのが整音だ。通常すでにタイムライン上にある他の素材はミュートして行う。ただ後々の為にこの段階ぜひやっておいてほしいのがトラック分けだ。例えばセリフにしても一人に一本ずつトラックを割り当てるとか、場面が大きく変わる時には新しいトラックに並べておくとか、音楽もクロスする可能性がある曲には新しいトラックを割り当てるとか、とにかく贅沢にトラックを使ってグループ分けしてほしい。なぜなら出来るだけ丁寧にやりたい整音という作業だが、さすがに全ての素材に対して別々にやっていたんでは時間がいくらあっても足りないし、まとめて調整した方が合理的な場合が多い。かといって声質も声量も違う複数の台詞に同じ一つのエフェクターではコントロールしきれない事もある。よく考えてグループ分けした状態で整えていこう。

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まずは素材を右クリックしてノーマライズをしたり表示を拡大したりして波形がよく見えるようにする。前回コンプレッサーの事を先に書いたが、音圧を上げる前にしておかなければならない事、それがノイズの処理だ。なぜならこのまま音圧を上げたのではノイズ自体の音圧まで上がってしまい処理し辛くなる。まずリップノイズやマイクに触れてしまったノイズ等、目立った物を除去する。

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ただし、まだ地ノイズ(エアコンの音やカメラのモーター音等)がある状態なのでノイズを取った部分だけ完全に無音になってはかえって目立ってしまう。同期に問題がなければリップルで間を詰めるか、あえて別の所から地ノイズをペーストして隙間を埋める。

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次に地ノイズを除去するが、ここからはトラック単位でまとめて処理したい。Vegasのトラックには整音に欠かせない「ノイズゲート」「イコライザー」「コンプレッサー」の三つがあらかじめ配置されているが、効果はかからないフラット状態になっている。まずはノイズゲートを使って除去を試みた。これは設定したスレッショルドレベルを境にそれ以下をノイズと見なしゲート(扉)を閉めてしまうエフェクターだが、言葉の間の小さなギザギザが消えているのが分かる。残念ながらこの効果はリアルタイムに波形に反映される物ではなく、ここでは一度書き出した物の波形を見ている。

しかし、よく見ると言葉の頭が削られている事がわかるだろう。soredewa(それでは)の最初の”s”の部分とsorosoro(そろそろ)の最初の”s”は無声音でもあり、レベルが低くノイズと見なされてしまった。これではいけないのでスレッショルドをもっと下に設定し直す必要がある。また、スレッショルドレベルを超えてからゲートが開くまでの時間(アタックタイム)をもっと短くする必要もあるかもしれない。このようにノイズゲートというのは音量からノイズを判断するエフェクターなので、スレッショルドの設定が非常に重要だ。また、ゲートが開いた後の声の部分には当然地ノイズも一緒に鳴っていることになるので、不自然さが目立たないような設定が必要だ。

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地ノイズに対するもう一つの対処としてイコライザー(EQ)によるノイズの軽減がある。これは例えばモーター音等の「ブーン」という物なら低周波を、ケーブル等から出る「サー」という物なら高周波をそれぞれカットしてノイズを目立たなくする方法で、声の主成分になる周波数の邪魔をしないようにうまくカットしてやる必要がある。この方法ならゲートとは違い、声の中のノイズ成分も消す事ができるが、当然声そのものに何らかの影響を与える事になるだろう。私の場合トラックに元々配置されてるEQではなくパラグラフィックEQというのを使い、細かく調整するようにしている。いずれにしてもこの作業はヘッドフォン等を使って、良く聞き、慎重に設定してやらなければならないだろう。

ノイズ処理を終えたらEQで声の音質を決める。例えば低周波をカットすれば爽やかになるとか、1khz辺りを少し持ち上げれば言葉の子音がはっきりする等、いろんな事ができるが、あまり過剰にかけ過ぎるとかえって聞き辛くなるので注意と研究が必要だ。

整音の最後はコンプレッサーによる音圧調整だが、ナレーション等は子音等を潰さない程度に最大限音圧を高めておくのが一般的だ。対してドラマの台詞等は映像で見える距離感に合った音圧に留めておく事が必要だ。また、市販の音楽は元々十分な音圧を持っている物がほとんどなので、ここではあまり操作する必要はないだろう。

【ミックスダウン】

この段階で作るのはあくまでバランスだ。基本は全体レベルの70~80%でまとめる意識を持っておきたい。順番はもちろんメインとなるセリフやナレーションから決めていくのが普通だが、これも最高レベルにしておく必要はない。音が小さいと感じたら他を下げるという減算意識を持っていないと全体のレベルがだんだん上がっていき、飽和してしまう事になる。それはEQにしても同じで低音が足りないと感じたらまず高音を削ってみるという意識でやっていくと全体のバランスを一定に保てる。

また、音が小さいと感じた時にすぐに音量を上げるのではなく、コンプレッサーを強めにかけ音圧を上げてみるとかEQで目立つ音質にしてみるとか、ディストーションで音を歪ませてみるとか「音の存在感」でバランスを作り上げる事が出来るようになれば上級者と言える。そしてこの段階では常識に縛られず、視聴者の驚きや感動を目指して常にチャレンジしてほしいと思う。

Vegasの音声編集機能は大変優れていて、エフェクトの数やインターフェイスの解りやすさ等は音楽ソフト並だと言える。さらにVSTという規格のプラグインにも対応しており好みのエフェクターを追加する事も可能だ。VSTはプロのレコーディングスタジオでも使われている物で、ビンテージアンプや真空管をシミュレートした物等、魅力的なプラグインが数多く発売されている。ミキシングコンソール画面も素晴らしくぜひ大画面で使ってほしい。フェーダーやエフェクトのコントロールなどのオートメーションも簡単で、ラッチにしておけば再生中に動かした動きがそのままどんどん記録されていき、もちろん何度でもやり直しが可能だ。

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ここで一つポイントを上げるとすればリバーブとバスの使い方だ。どうも夢のシーンとかお風呂場とか特殊な場合にしか使われていないようだが、慣れれば「四畳半くらいの木造アパートの響き」なんて物も作れる。特にアフレコのセリフ等にはぜひ使って、映像の場面にぴったりの音に仕上げてほしい。バスを一つ作って必要なチャンネルから音を送り、そこにこのリバーブを配置しておけば、複数のトラックの素材でも後はバスに送るだけで全てに同じエフェクトをかける事ができる。その後チャンネルからのダイレクト音とミックスされてマスタから出力される。こういった本格的なミキサー機能と多数のエフェクトを駆使すればいろんな事ができそうだ。ぜひ視聴者の心に響く音声演出を作り上げてほしい。

【マスタリング】

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ミックスダウンの時点でしっかりとバランスがとれて音の作り込みが終わっていれば、最後のマスタリングはとてもシンプルだ。トータルの出力レベルを決定するのだが、使用目的によって最大レベルの設定は様々だ。一つの基準として一度DVDに焼いてみてテレビの放送を見たり他の販売用DVD等を再生してみて同じボリュームのまま再生して違和感がないか調べてみるのもいい。

ただこの時もレベルだけではなく音圧も含めてチェックするべきだろう。レベルメーターはギリギリまで振れているのに何か小さい感じがする時は音圧を上げなければならない。その為に最後にマスタに置かれたコンプレッサー(PG Peak Limiter)で調整するのだが、これはOutput Gain で設定したレベルを超えないように圧縮するコンプレッサーだ。だがここであまり極端に圧縮するとミックスダウンで作ったバランスが崩れてしまうのでかかり過ぎないように注意しながらPre Gain (入力)を上げてゆく。最終レベルのチェックはマスタのメーターで確認する。

これで完成だ。ミックスダウンを凝ろうと思えばどこまでも凝れるが、まずはコンプレッサーとEQだけでも使いこなせばしっかりした音作りは可能だ。後は経験!健闘を祈る!

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。