デジタルとアナログで比較してみる

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SONY UWP-V1 と Line 6 XD-V30L

前回、デジタルのデメリットも含めながら状況を分析してみた。今回は比較対象として同じ価格帯のおそらく一番ポピュラーだと思われるSONY UWP-V1を用意してもらった。もちろんアナログである。まずは外観を見ておこう。デザインは良くも悪くも”カッコいい”。ミュージシャン的には好感が持たれそうだが、悪く言えばプロ機材っぽくないと感じる人もいるかもしれない。送信機の方は飛び出たアンテナもなく丸みのあるデザインでとても小さく、衣装の邪魔にもなりにくいだろう。逆に受信機の方はドテッと大きい。複数台重ねて置けるデザインなんだが本当にこの大きさが必要なのだろうかと疑ってしまう。というのも今回私は当初からカメラのそばに置いておく事を前提に考えていて、できるだけ小さい方がありがたいのだ。

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Line 6 XD-V30 本体

でもどうやら、そういう目的では作られていないらしく、元々ライブ会場や収録スタジオでの使用を前提に設計された物という事だ。それを裏付けるように、大変残念だが受信機側はバッテリー駆動できず、付属のACアダプターを付ける必要がある。たまたま9Vだったので 9V仕様の SANYO eneloop music boosterを繋いでみると、しっかり駆動してくれた。これは元々ギター等のエフェクター用に四角い9V乾電池の変わりに使える物として売られている物で、楽器店等で手に入れる事ができる。

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Line 6の受信機の消費電流が300mAなので、eneloop側に表示されているデータによるとフル充電で約7時間の使用が可能となる。また、便利な事に電源のアウトプットが二つ用意されているので、使用可能時間は半分以下になるだろうが一台のeneloopで二台の受信機が使える。この三点セットをカメラのそばに置くとなると決して小さい物ではないが、非現実的な物でもない。当然受信機側に送信機のバッテリー状況を示すインジケーターもあり、三段階になっているので非常に便利だ。願わくは送信機のOn/Offもできると良かったのだが、その機能はない。

あと、SONY UWP-V1にはあるモニタージャックも残念ながら装備されていない。ピンマイクは一度付けてしまうとなかなかチェックしづらい物なので、衣擦れ等のチェックに活用している人も多いと思う。ピンマイクとのセットという事で「これはドラマに使えるかも」と勝手に色めき立ってしまったが、それには少し工夫が必要だ。Ustreamの大流行等で今、いたるところが配信スタジオ化しているようなので肝心の音質チェックに移ろう。

デジタルの音質は如何に?

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一言で言うと「素直でクリアーな音」だ。まず”素直”というのはとにかく音に対する反応がいいという事で、これには大変驚いた。SONY UWP-V1は私も何度か使っているのだが、実はその音質にとても不満があった。何か安っぽいコンプレッサーがずっとかかっているようで言葉のダイナミクスが失われたベタっとした感じになってしまう。残念だがそれは送れる情報量に限りのあるアナログ伝送の宿命でもあり、波形を見ても分かるように、小さい声を持ち上げ、大きい声を抑えてレベルが平坦になっている。

それはMA時の整音やライブのミキシングではコンプレッサーやエキスパンダーを駆使してやる事なのだが、その効果が過剰でなんとも安っぽい。そして一度そういう音で録音してしまうと、簡単には元へ戻せない。整音もしない、大したミキシングもしないといったシチュエーションにはかえって重宝するだろうが、場面によって声の臨場感を調整したいドラマ等ではなんとも扱い辛い音だと言える。その点Line 6の方は実に素直なダイナミクスをそのまま送ってくれている。小さい音は小さく、大きい音は大きく、そうなると過入力が心配になる。メーカーの話によると、ヘッドルームを大きく取ってある事から(約6.5Vp-p)入力がクリップする事はまずないという事だ。また最終のD/Aコンバーターではリミッターがしっかり効いているみたいで、オーバーロードしているかのように見える右端の声でもデジタルクリップノイズは聞かれなかった。圧巻なのは胸の前で手拍子を打った下の波形。

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SONY UWP-V1の方がなぜこうなってしまうのか、コンプが効きすぎるのか、逆に反応が悪いのかは分からないがLine 6 XD-V30Lがちゃんと”パン、パン”と捉えている音が”ボン、ボン”と聞こえる程の差がある。この忠実さを使いやすいととるか使いにくいととるかは現場の環境によって意見の別れる所であろうが、少なくとも生放送で無い限り、できるだけ忠実に録っておけば、後でどうにでもなるし、その逆はどうにもならない。

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そして気になるデジタル特有の音の遅れだが、結論から言うとほとんど気にならないと言っていい。二つの音を同時に再生するとわずかに位相のズレを聴いてとれるが、それはマイクの位置関係でもできてしまうレベルで、映像と合わせてみても恐らく1フレーム以下の違いにしかならないだろう(メーカーの発表は4msec未満)。本当にこれでA/D、D/Aコンバーターが入っているのだろうかと疑ってしまいたくなるレベルだ。実はLine 6の他の製品をご存知の方には分かってもらえるだろうが、これこそこのメーカーならではのマジックなのだ。並外れた技術を持っていると言える。デジタルである事への不安は消えたと言っていい。

送受信の精度もこの日のテストでは地下のスタジオから鉄筋コンクリートの床、壁を挟んでドアを閉めた一階の部屋まで、一瞬も音が途切れる事無く、限界を見つける事ができなかった。また不自然なノイズゲートもなく、デジタルを意識する事無く使える物だ。ただ、残念でならないのが付属のマイクの音質。SONY UWP-V1の方が太くて豊かに聞こえるが、これもハイ落ちしていてコンプも過剰にかかっている為で決してハイクオリティーな音とは言い難い。

一方、Line 6 XD-V30Lに付属しているピンマイクは元々ライブステージ用に設計されているようでフィードバックを防ぐ為に指向性をとても狭く設定されているようだ。ドラマ等でピンマイクを装着する時には息の吹き付けを嫌ってまともに口を狙わない物だが、それでも安定して音が拾えるようにある程度広い指向性が必要だ。このマイクの指向性はそんな用途には狭すぎるようで、真っすぐ口に構えないとすぐに音質が激変してしまう。それは首を振るだけでも指向性を外れてしまいそうな狭さなので、ドラマには向かないようだ。

そこで いつも愛用しているオーディオテクニカのピンマイクヘッドを純正のものとつけ変えてみたところ一変し、全体に艶やかでクリアーな音になった。送受信システムのポテンシャルが非常に高いだけに、この辺りは是非改良して欲しい物だ。いや、しなければいけない!でないとまた「デジタルは音が悪い」という間違った噂が流れてしまいそうだからだ。作品クオリティーをがらっと変えてしまう程のポテンシャルを持ったものだから、電源やマイクの特性など、よりロケ現場向きの後継機種のリリースを期待したいところだ。

デジタルへの誘い(補足)

最後に言っておくが、今までアナログの物に慣れきっている人は必ず音を確かめてから使って欲しい。それほど音質とレスポンスは劇的に違う。もちろん現場によっての向き、不向きもあるだろう。私個人的には多少の手間をかけてもやっぱりドラマの収録にどうしても使いたい。役者の心が乗り移った台詞を素直にしっかり録りたいからだ。いずれにしても今まで高嶺の花だったデジタルワイヤレスシステムがこの値段で手に入るのは画期的な事だろう(SONY製品ではメーカー希望小売価格80万円以上)。今後、ドラマの現場での使用を視野に入れた新製品が登場する事を心から願いたいと思うし、技術的にすぐにでも可能な事だと思う。

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。