4Kではなく「4S」という、もう一つのテーマ

今年のNABでは4Kのカメラ、ワークフロー、ディスプレイなどが各社から続々と発表されて、いよいよ4K時代に突入していくことを誰もが実感したわけだ。筆者が見たもう一つのテーマであるマルチスクリーンについて考えてみたいと思う。4Kがトレンドであるのと同時に、「4K」に対して「4S」が今年のNABのもう一つのトレンドだと言える。4SとはFour Screens、つまりテレビ、PC、タブレット、スマートフォンの4つのスクリーンを対象にしたサービスのことである。しかしNABにおいて放送業界が言うマルチスクリーンに対してコンテンツを「出していく」という部分がどうもしっくりこないのである。

日本のソニー、パナソニック、全米放送局内システムの最大手であるHarrisやHarmonicなどが、またこの領域はWEBやモバイルとの親和性が高いために新興勢力としてスウェーデンのEricssonや米国Ciscoなどといった大手がマルチスクリーンソリューションを提案している。またIPTVやWebに近い中小の企業も多数提案をしていた。

確かにスマートフォンやタブレットが急激に普及し続けている中、これまでのテレビだけでなく多くのスクリーン(デジタル端末)にコンテンツを「出していく」という主張は一見正しい選択だと思われる。人々は常にテレビの前にいるわけではなく、生活動線の様々な状況に応じて最適なコンテンツを利用したり、情報を得たいはずであり、それに対応したコンテンツや情報提供スタイルがあってしかるべきだ。そしてこうした新しいデジタルスクリーンに向けて、生活者とのより親密なコミュニケーションを求めて、企業がマーケティング活動を行いたいと考えるのも同然の成り行きだ。

しかし、NABにおいて放送業界側で語られている4Sはあまり生活者目線ではない。言ってみれば、放送コンテンツを如何に効率的に他のスクリーンに使いまわすかといった内容の提案ばかりなのだ。ワンソース・マルチユースと同じで、日本的に言い換えると、地上波番組をBSやCSに続いて、IPTVやスマホ向けにもどんどん使いまわしましょう、従来型の新しい媒体が増えましかたらそれに対応しましょう、といった話にしか聞こえないのである。

視聴者側の視点で考えなければ意味がない

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いろんなスクリーンでの視聴が考えられる

まず出発点が視聴者側であるものがほとんどない。ソーシャルネットワークのようなインタラクションを人々が求めており、新しいコミュニケーションが必要だという点にはほとんど答えていないのである。あくまでも放送がメインスクリーンで、サブスクリーンまたはサブスクリーンの集合体としてのマルチスクリーンという考え方が根強い。

本来、いまテレビを含めたデジタルメディア全般が置かれている状況は、これまでのテレビの変遷とは全く異なるもののはずだ。これまでテレビが経験してきた白黒からカラー、ハイビジョンといった発展は単なる技術の正常進化に過ぎず、テレビ業界のビジネスモデルもコンテンツ制作の作法も何も変えてはいない。しかしこれから起こるHTML5によるすべてのものがWEBにつながる世界観は、まさにメディア革命と言うにふさわしい。いうまでもなくテレビ以外はすでにHTML5化が進行しており、相変わらずテレビだけがその外側にいる。このあたりはかつてのプログレッシブかインターレスか、HTMLかBMLか、放送か通信かの時と同じく排他的な議論の域を脱してはいない。

4Kを電波に乗せられるような時期になれば、電波の放送もIP化とセットで議論されるに違いないと筆者は思っている。そうなった場合にはじめに放送ありきのマルチスクリーンでは非常に効率の悪い、使い勝手の悪いものになる可能性が高い。

メディア的には、これまでのように送り手側であるテレビ局だけに主導権があった状況から、視聴者の方は様々なスクリーンを組み合わせて使い、ソーシャルネットワークを通じてコミュニケーションしたり、情報がじわじわ広がっていくようになっていくのであって、主導権は視聴者側に移行しようとしているのだ。すなわち、4つのスクリーンに番組や広告を「出して行く」のではなく、4つのスクリーンで「参加してもらう」という変化というか意識改革がテレビ業界全般に必要なのではないだろうか。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。