ご縁があって、昨年の12月から今年1月の前半にかけてScarlet-Xと、Epic-M Monochrome、2台のREDをお借りする機会を得ました。今回のお借り出しのメインは、もちろん “世にも高価なモノクロカメラ”、Epic-M Monochromeです。
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モノクロは…
「なぜモノクロなのか?」RED社がEpic-M Monochromeを発表した時、すぐと頭の中にこの問いが浮かびました。どうして今、モノクロなんでしょうか?
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写真や映像はよく「引き算の芸術」と言われます。撮影者の全周囲に広がっている無限の空間から、その9割9分を捨てることでフレームを決定する。
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その切り取った空間から、さらに主題に不要なエレメントを捨て、どかし、見切り、さらには被写界深度をコントロールして背景を切り捨てる。
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モノクロームの場合は、そこから更に色彩まで抜き去って、黒から白まで明るさを表すグレーの粒(グレイン)のみで世界を再構成する。…とは、まるで禅の如きストイックさ?
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グラフィックデザイナーであるボクが、過去20年に亘り揺るがない信頼、絶対の安心感と共にいつも撮影を任せてきた写真家の親友を呼び出して、質問してみました。「おい。モノクロ写真ってなんだ?」
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※以上すべてEpic-M Monochromeの動画撮影データからノントリミングで抜き出したモノクロ画像(撮影:Isao Kimura)
“言葉はオレの表現道具ではないんだがな” とでも言いたげな迷惑そうな表情をチラと見せ、その親友曰く、「反則」。うむ、なるほど。いい加減にシャッターを切った単なるスナップも、モノクロでプリントするだけで「大層な作品」に見えたりするもんねぇ。…って、そういう意味じゃないか。
寒い国からやって来た潮流
昨年4月、スウェーデンのマニアックなシネマカメラ専門メーカー、Ikonoskop社から、a-cam dII Panchromatic Carl T. Dreyer Edition(エーカム d II パンクロマチック・カール T ドライヤー・エディション)という、世にも奇妙なカメラが発売されました。
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今どきスーパー16mm相当サイズの「CCDセンサー」を搭載し、収録は12bit CinemaDNG RAWオンリー。独自のメモリーカード、ボディだけで¥100万。独自規格のメモリーカード、専用バッテリーパックほかシステム一式を揃えると優に130万円を越える高級カメラにして、パンクロマチック…つまり “モノクロ” でしか撮影できない!というのです。
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製品名末尾に記された「Carl T. Dreyer」という人名は、1920年代に活躍した高名なデンマーク人の映画監督、カール・テホ・ドライヤー氏のこと。故国を離れフランスで撮られた「裁かるゝジャンヌ(1927)」という作品が日本でも有名なドライヤー監督は、その生涯を通じて独自の作法と様式美をもってモノクロの映像美を追求し続けた映画史上の偉人なのだそうです(白状すると、ボクはこのカメラのニュースに接するまで、お名前すら知りませんでした)。
a-cam dII Panchromaticのデモ映像は、スッキリとしてクッキリとした、モノクロ映像の魅力を伝えるステキな小品でしたが、それにしても「こんなカメラ、誰が買うん?」と戸惑わざるを得ませんでした。やはり、メーカーというよりも “工房” と呼ぶのが相応しいマイクロ企業だからこそできる、贅沢な趣味カメラってところだろうか?
▶Vimeo : A-Cam Dll Panchromatic – Snowcross
…この時はまだそう考えていました。
米・独の巨人二社が追随
ところが続いて7月、今度は独・Leicaが「Leica M monochrome」という、1800万画素のモノクロ収録専用スチルカメラを発表し、翌月にはさっそくワールドワイドで販売が開始されました。
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Leica&モノクロ写真といえば、アンリ・カルティエ=ブレッソンや木村伊兵衛のストリートスナップの例を引くまでもなく、切っても切れない関係であることはわかります。
とはいえ、それはあくまでもフィルムカメラの時代に白黒フィルムで撮っていたというだけのこと。もはやフィルムとは何も関係がないデジタル時代に、モノクロでしか撮れないカメラだなんて。そんなの、「モノクロ撮影モード」を用意するだけで良いじゃないか?しかも、定価が¥84万ですと!?
またもや「こんなカメラ、誰が買うん?」と困惑していたところ、その二ヵ月後の9月、とどめの一撃が米・REDから。
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曰く、新開発のMysterium-X Monochromeセンサーを搭載したモノクロ専用カメラ、Epic M Monochromeを発表する、と。しかも、IkonoskopやLeicaなど目ではない、ブレイン本体のみ$42,000(約¥380万)という驚きの値札をぶら下げての登場です!実質、フル装備で¥500万近くかかる上にモノクロしか撮れないカメラって、どんだけーっ?(その後、RED全カメラの価格改定が行われ、現在は¥200万内外に収まりました)
事ここに至り、『コレハ絶対、ナニカガ始マッテイル!』と確信したボクは、「モノクローム」というキーワードを携え、いつものように海外情報ソースのディープ探索モードに入りました。
と・こ・ろ・が。いくら探しても、それらしい「解」が見つからないのです。
『モノクロ写真がイケてる!』という認識・風潮はフィルムカメラがほぼ絶滅した現在も、洋の東西を問わず、”静かなブーム” という形で連綿と続いています。またモノクロとは少々違うものの、スマホで気軽に写真を楽しむ層がInstagramなどのサービスを使い、写真をレトロ加工することが流行っています。ですが、ことさらに大枚をはたいてモノクロしか撮れないカメラ(それも動画専用カメラ!)を希求するプロやマニアが世界のどこかで大量発生中か?と云えば、そんな兆候は全く見当たりません。
ただ、今回の情報収集を通じ、デジタル時代のモノクロ収録について改めて知見を拡げることができたので、少し皆さんとシェアしたいと思います。
モノクロの仕組み
皆さんは、そもそもCCDやCMOSのセンサーがどうやってカラーあるいはモノクロのイメージを記録しているか、その仕組みをご存知ですか?
センサーには縦横に光電変換素子(Photosite)が並んでいます。光電変換素子とは、読んで字の如く『光を電気信号に変える特性をもった部品』です。
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シャッターが開いている間、この光電変換素子に、レンズを通り抜けた光子が蓄えられていきます。シャッターが閉じると、蓄えられた光子の量が電気信号に変換されて出力され、記録されます。
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仮に横2000x縦1000画素のセンサーを想定した場合、2000x1000=200万個のセルの中で上記の光電変換作業が行われ、光の量が記録されていく勘定です。そして、簡単に云ってしまうと、この200万個の各セルに溜まった光の量… つまり「明るさ」の情報を純粋に記録したものが、モノクロ映像データです。
カラーデータとの違い
いっぽうカラー映像を収録する場合は、200万個のセルの手前に光の3原色(RGB)をベイヤー配列に並べたカラーフィルター(CFA=カラーフィルターアレイと呼ばれます)を置くことで、各セルには「明るさ」のほかに、分光されて「色彩」の情報を持った光子が溜まっていきます。
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この場合…
- 各セルにはモノクロ記録時と比べると、ずっと少ない数の光子しか届きません(ベイヤー配列のRGB画素比率はR1:G2:B1なので、R、Bは対モノクロ比で1/3、G画素は同2/3となります)。これはカラー記録時の感度を1とすると、モノクロ記録時には感度が2.5倍向上することを意味し、実際、RED Scarletはベース感度がISO800ですが、Epic MonochromeはISO2000と公表されています。
- たとえばフィルターで「R」画素とされたセルに、どれくらいGとBの光が届いていたか?は、隣り合ったセルの値から “推測される” ことになります(これを「デ・モザイク処理」と云います)。当然のことながら推測値は実測値と同じにはなりませんから、モノクロ記録時のほうが輝度情報がより正確でクリッピングしにくい… ということは、レンジの広いデータの収録が可能になります。
- 撮像イメージ中に含まれる、センサーの1セルよりも細かいパターン(=高周波成分)が、デ・モザイク処理時に “推測値” として再生成される際に、エイリアシングやモアレ(干渉縞)となります。これを防ぐためカラー記録には「光学ローパス(=高周波カット)フィルター」が必須ですが、これは実質的に “ぼかし” フィルターであり、基本的にこうしたフィルターが必要ないモノクロ記録時のほうが、精細感、解像感が向上します。
また、同じISO条件下で発生するノイズの量を比較した場合、カラー記録時を1とするとモノクロ記録時には2.5倍クリーンな絵が撮れることも意味します。
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つまり、モノクロ映像を収録する際には、たとえベースが同じセンサーのカメラ同士であっても、カラーセンサーで撮影して後処理でモノクロに変換したデータより、モノクロ専用に調整されたセンサーで撮影したデータのほうが、「ノイズが少なく」「レンジが広く」「解像感の高い」データを記録できる、というわけです。
ふりだしに戻り…
さて、こうしてモノクロ画像・映像に関する蘊蓄が増えても、なぜ今モノクロなのか?という問いに対する答えは、依然見つかりません。
また昨年1年間のあいだに、スウェーデン、ドイツ、アメリカと、それぞれリーダー的存在である3つのカメラ・メーカーが、揃いも揃ってレアで高価なモノクロ専用機をリリースする中、なぜカメラ先進国である日本のメーカーは、ただの一社も追随しないのか?それは単純に “売れない” からなのか、はたまたこの潮流の影には日本を今以上にガラパゴス化するグローバルな陰謀が…?謎は深まるばかり。
※ 上の映像は Epic-M Monochromeで撮影したモノクロ素材と、Scarlet-Xで撮影したカラー素材(RED R3Dファイル)をFinal Cut Pro-Xに読み込み、編集〜グレーディングしました。Final Cut Pro-XによるREDの4K RAW素材の編集ワークフローについては、以下のページをご覧ください。
潮流はさらに?
一昨年の夏、突如どこからともなく登場した中華版Alexaこと、KineRAW S35。昨年はデモ映像を全世界に向けて発表するなど、半年おきくらいにワールドワイドに耳目を集めている同カメラの開発元、Kinefinity社がつい先日、今年の戦略を発表しました。
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それによると、(Alexaリスペクトな?)KineRAW S35のリリースが終わったので、次は(Epicリスペクトな?)Kinefinity Mini S35という新モデルをリリースする。また、このモデルにはモノクローム専用機も用意するそうで、いやあ、なんとも忠実な “リスペクト” っぷりに脱帽です(笑)。
スウェーデン、ドイツ、アメリカに続いて中国からも…。果たしてこの潮流は今後も続くのか。それとも…?
本稿執筆にご協力いただいた皆様
Epic Mono , Still Photo : Isao Kimura, Chikashi Ichinose
WRITER PROFILE
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