txt:江口靖二 構成:編集部

“ケーブルテレビ”と言うことばが消えた!?

今年から、全米最大のケーブルテレビのコンべンションであるNCTA、いわゆるケーブルショーが今年から「INTX」に名称変更して大幅にリニューアルされた。INTXとはThe Internet & Television Expoの略で、ケーブルテレビのイベントにもかかわらず、Cableの文字が消えてしまった。ケーブルテレビ業界のイベントで、自らケーブルを葬り去ったのである。

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FCCのトム・ウィーラー委員長

INTXの基調講演において、米国FCCのトム・ウィーラー委員長は全米のケーブル事業者を前にして、壇上から強い口調で「(テレビの)IP化は避けては通れない」ことを明言した。その上で、「ケーブルテレビは伝送技術のさらなる技術革新を推し進め、高速で安定した伝送路を提供し、IP化によって伝送されるリニアな放送と、OTTサービスのどちらに対しても高品質なサービスを提供するべきだ」と語った。これまでのケーブルテレビの優位性である、高速で安定した有線伝送路特性を最大限活用しようという話である。放送とOTTサービスの競争というコンテンツやサービスの視点ではなく、インフラとしての伝送路に注力すべきだという判断である。これは放送のIP化の促進とコンテンツではなくはなくインフラレイヤーに注力させるという方向性を示したことになる。

こうした方向性が、日本のすべてのケーブルテレビ局にそのまま当てはまるかは別としても、確かに原則論に基づいた視点である。アメリカと日本とではケーブルテレビの置かれている状況は異なるが、インターネットは日米を問わず、全世界同時に進化している。このインターネットのインフラとしてのケーブルテレビのポジションを明確にさせるというのはわかりやすい。ケーブルテレビの普及率と、ケーブル以外の固定ネットワークの普及率を考えると、真っ当な考えなのかもしれない。

日本からのINTXへの参加者はおそらく100名程度だったのではないだろうか。日本のケーブル業界の幹部の方々の姿も少なからず見かけた。彼らにFCCの判断はどう聞こえていたのだろうか興味深い。

INTX全体の印象は、実際の数多くのセミナー・セッションの中身は、正直かけ声だけだったり、中身の薄い抽象的なものが多かったと思う。2日目のチャンネル系のゼネラルセッションでは、メジャーなチャンネルが登壇することもなく、ショータイム、AMCネットワーク、FXネットワークの3社のみだった。

様変わりする展示会場から

展示ブースは、いわゆるチャンネルの展示数や規模はさらに縮小した。一方で、「Internet of Things」、「TV Everywhere」、「Streaming Media」、「Gaming」といったコンセプトを打ち出したパビリオン形式のエリアでは、従来のケーブルテレビの領域を超えたチャレンジを感じられた。企業としてはRovi、Tivo、Slingなどの企業が勢いがある。全米ケーブルテレビ最大手のComcastは「XFINITY X1 Platform」で、次世代のSTBを軸に、ホームセキュリティやデジタルヘルスなどのIoT領域に対して、オープンなプラットフォームを提供すると発表した。

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Comcast「XFINITY X1 Platform」の展示

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XFINITY X1のSTB

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「Internet of Things」パビリオン

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ホームセキュリティなどの提案が目立った

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「TV Everywhere」パビリオン

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HBOのマルチスクリーンサービス「HBO GO」

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「Streaming Media」パビリオン

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「Gaming」パビリオン

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メタデータを提供するRoviのブース

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Tivoのブース

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Tivoが提供している視聴分析管理システム「Digitalsmith」

そして、日本のケーブルTV事情はどうだろうか?

日本では今年も、6月10日から「ケーブルコンベンション2015」が開催される。そこにもいくつかのセッションが用意されているが、本質的な課題、あるいは迫り来る課題には目を向けてはいないようだ。アメリカのケーブル業界が自ら感じている危機感や、FCCの硬軟使い分ける強いリーダーシップを目の当たりにすると、日本のケーブルショーは相変わらず業界関係者が年に1度、今年も生きていてよかったねと、傷を舐め合う場に終始するようにしか見えない。

INTX会場で、筆者はある日本のケーブルテレビ業界関係者に、「あなたはケーブルテレビに辛口だから」という趣旨のことを指摘されが、それは間違いだ。辛口と悪口はまるで違う。日本で最初のケーブルテレビの会社で仕事をスタートさせていただいた者としては、誰よりケーブルテレビには愛を感じているつもりだ。

イベント名称が変わったからといってすぐに何かが起きるわけではない。だが、いま日本の関係者はケーブルテレビの名前を捨てられるだろうか。202X年のモバイルの5Gネットワークの時代には、ケーブルテレビが有線でつながっていることが足かせになる可能性があることを、一刻も早く気が付いた方がいい。

WRITER PROFILE

江口靖二

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。