txt:長谷川朋子 構成:編集部

今年のカンヌ国際ドラマ祭「Canneseries(以下:カンヌシリーズ)」(2019年4月5日~10日)で、映画監督の是枝裕和氏が企画参加したドラマ「潤一」が注目された。コンペティション部門の正式出品作品にノミネートされたからだ。「ドラマ黄金時代」と言われ、盛り上がる世界のドラマ市場を背景に行われたカンヌシリーズを通じ、現地取材で見えたドラマ「潤一」が評価された理由を分析する。

日本初のノミネート、世界10作品に並ぶ

image :© 360 MEDIAS

「カンヌシリーズ」とは昨年立ち上がったばかりのドラマ祭典である。世界で制作された連続ドラマを対象にコンペティションが行われるものだ。フランス・カンヌ市のデビット・リスナール市長が5年ほど前から構想し、「チーム・カンヌシリーズ」と呼ばれる主催の独立団体のプレジデント、フルール・ペルラン氏がフランス中央の文部大臣に在籍していた時から共に計画を進め、満を持して2018年4月に初開催された。

会場は「カンヌ映画祭」と同じパレ・デ・フェスティバルだが、差別化を図り、地域密着型のイベントであることがひとつの特徴にある。カンヌ市を含むアルプ・マリティム県も全面サポートしている。地元市民や観光客らが気負いなく参加できるカジュアルな雰囲気が実際に印象づけられる。

image : © S. D’HALLOY – Image & Co

期間中はコンペティション作品の上映会をはじめ、鮮やかなピンクのカーペットが敷かれたレッドカーペットならぬ「ピンクカーペット」を世界各地から集まったドラマの出演者や制作陣が歩き、フォトセッション、プレスカンファレンスなどが連日行われた。またドラマをはじめとする映像コンテンツが国際取引されるビジネスマーケットのMIPTVと連携し、同時期開催しながら、上映作品の流通を促進させるビジネスイベントなども組まれた。

そんななか、日本のドラマ「潤一」がノミネートされたのはカンヌシリーズで最も注目されるコンペティション部門。世界中から応募されたドラマ作品の中から選ばれた10作品のひとつに「潤一」が入った。このカンヌシリーズのコンペティション部門に日本のドラマが選ばれたのはこれが初。昨年の第1回目のカンヌシリーズでは日本テレビのドラマ「Mother」が韓国でリメイクされた韓国版「Mother」がノミネートされた実績もある。

「オリジナルは日本」であることに間違いないが、韓国のドラマとして評価されたものだった。「日本のドラマをリメイクしたもの」だとアナウンスされるたびに誇らしくも、正直なところ惜しい気持ちもあった。そんなこともあり、2回目のカンヌシリーズで早くもその無念さが果たされたようでもあった。

2000席が満席、上映後に「ブラボー」の声と拍手

ドラマ「潤一」は是枝裕和・西川美和を中心に設立された制作者集団・分福が企画し、「あゝ、荒野」「愛しのアイリーン」「新聞記者」(6月公開予定)などを手掛けるスターサンズがプロデュースした。原作は同名タイトルの直木賞作家・井上荒野による第11回島清恋愛文学賞受賞作品。

女性たちを瞬時に魅了するミステリアスな青年・潤一と、様々な背景を持った16歳から62歳までの女性たちとの刹那の愛を描いた連続短篇集が映像化され、2019年7月にカンテレで6話連続ドラマとして放送・配信予定されている。

主演は志尊淳が務め、文化庁芸術祭テレビドラマ部門放送個人賞受賞「女子的生活」(NHK総合)のトランスジェンダーの役とは一味違った「気まぐれな不良」として主人公の「潤一」を演じていた。またエロティックな要素が強い本作ではベッドシーン・オールヌードに挑戦したことも話題のひとつにあった。

そして「潤一」と一瞬出会い、別れていく孤独な女たちは藤井美菜、夏帆、江口のりこ、蒔田彩珠、伊藤万理華、原田美枝子といった国内外で活躍する女優陣6名が起用された。監督は分福に所属する北原栄治と広瀬奈々子。脚本は同じく分福の砂田麻美が担当した。

カンヌシリーズには主演の志尊淳、女優陣を代表して藤井美菜と監督の北原栄治、広瀬奈々子らが来場した。4月のカンヌは例年、天候が不安定な時期にあり、カンヌシリーズ前半戦はどんよりとした雲に覆われた日もあったが、ドラマ「潤一」のピンクカーペットとワールドプレミア上映が行われた4月7日(日)は天気に恵まれた。同日15時から行われたワールドプレミア上映には地元フランスをはじめ、世界中から集まった観客で2000席ある会場は満席状態。

上映が終わると同時に「ブラボー」の声やたくさん拍手の音が聞こえてきた。実際に本作を鑑賞した現地のジャーナリストから「誌的で美しい映像。主人公の潤一は他にはない役柄だ」と高く評価する声を聞いた。一般客にも感想を求めると、母娘揃ってニースから足を運んだ女性は「日本を舞台にオリエンタルな雰囲気も楽しめ、俳優の演技にも惹かれ、感情が揺さぶられた。

孤独な女性と関わっていく「潤一」は実は良い行いをしていると思ったわ」と。映像文化が根づくフランス人ならではの理解度の深さが伺える。ひとつの答えを求めない作品は感想の幅も広がる。ドラマ「潤一」はそんな作品であることも改めて感じた。

アジア作品にチャンス広がるカンヌシリーズ

続いて18時から行われたピンクカーペットにもフランスのメディアを中心に多くの報道陣が集まった。志尊にインタビューしたカナル・プリュスは質問のなかで是枝裕和監督に言及したものがあった。やはり是枝裕和が企画に参加した作品として注目されたことも事実にある。

言わずもがなだが、2018年のカンヌ映画祭の長編コンペティション部門で最高賞の「パルムドール」を受賞した是枝のネームバリューは大きい。パルムドール受賞後、各地の映像マーケットで筆者にその話題を振る業界関係者は多く、実感している。

カンヌシリーズ審査員メンバーに公式確認はできなかったが、ストーリー選びや撮影技法など特徴のある是枝組作品として評価されたことは推測できる。企画参加としての作品ながら、カンヌシリーズの公式ホームページには是枝が関わったことがわかりやすいように明記されていた。残念ながら叶わなかったが、是枝本人の来場はカンヌシリーズにとっても願うところだっただろう。

全ての作品の上映を終えた4月10日夜20時からは授賞式が行われた。ノミネートされたイギリス、ドイツ、ベルギー、ノルウェー、スペイン、イスラエル、ロシア、日本を含むコンペティション部門10作品の中から、作品賞、主演賞、脚本賞、音楽賞、特別賞が発表されたが、残念ながらそこにドラマ「潤一」の名前は挙がらなかった。

image :© 360 MEDIAS

スペインのドラマ「PERFECT LIFE」が作品賞を受賞した。まだ2回目の開催と日が浅いため、カンヌシリーズコンペティション部門の傾向は掴みきれていないが、ノミネート作品については10作品のうち昨年も今年もアジア作品が入っている。いわゆるアジア枠があるとは言い切れないが、ヨーロッパや中東など、グローバルに展開する強力な制作スタジオ作品が並ぶなかで、アジアを舞台にしたアジア人のキャストによるアジア人ならでは作品性そのものが注目される要素にもなっているのだろう。世界に打って出るチャンスはまだまだあるとみている。ドラマ「潤一」が次に繋がっていくことに期待したい。


[Report Now!:カンヌ国際ドラマ祭] Vol.02

WRITER PROFILE

長谷川朋子

長谷川朋子

テレビ業界ジャーナリスト、コラムニスト コンテンツビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。