txt・構成:編集部
eXtended Dataを活用したVFXワークフローが今明かされる
NABやIBCで、シネマカメラ用レンズの新製品発表が続いている。各社ラージフォーマット対応を特長とし、さらにレンズ特性情報記録対応レンズが増えているのも見逃せないところだ。例えば、ツァイスは、Cookeの/i Technologyに基づいた拡張レンズデータ「eXtended Data」を発表し、Supreme PrimeやCP.3XDに搭載している。
しかし、問題はポスプロのワークフローだ。例えば、eXtended Dataのワークフローの場合、CP3.XDが日本国内発売開始して2年以上経っても、その利便性が一般的には理解されたとは言いがたい状況だった。
ツァイスは、eXtended Dataを各ビデオクリップごとにレンズ補正情報を含んだZLCFファイルを生成するところまではホワイトペーパーを配布して解説している。そのホワイトペーパーの内容以降は、どのようにしてCGソフトに搬入して、どういう効果があり、どのようなメリットがあるのかVFXソフトウェアを専門的に扱っている人でないと分かりづらかった。レンズ補正情報を含んだレンズデータの利便性を確認し、それをどのようにCG合成に活かしたら良いのか、その分かり易い手順を示すことが求められていたと言える。
そこで、江夏正晃氏と江夏由洋氏を中心とするクリエイター集団「マリモレコーズ」と、VFX・CG制作のプロダクション「フィニット」は、eXtended Dataを活用してプロモーションフィルム「MORPHO」を制作し、みずからその利便性を検証。その撮影からポロダクション、完成までのワークフローを3つのストーリーで紹介していく。
■プロモーションフィルム「MORPHO」
(以下、順次公開予定)
- Vol.01 CGと実写合成に関わるスタッフは必見。レンズ特性情報を得られるZEISS eXtended Dataの魅力とは?
- Vol.02 eXtended Dataを使ったポストプロダクション
- Vol.03 対談 ZEISS eXtended Dataワークフローを使って
ZEISS eXtended DataはCookeの/i Technologyを拡張して、「ディストーション補正」や「周辺光量補正」出力を実現
撮影後日、マリモレコーズのチーフディレクター江夏由洋氏にeXtended Dataの魅力を語っていただいた。江夏氏は最初に作業をこう振り返った。
江夏氏:僕にとってeXtended Dataとは、CGと実写合成のワークフローを劇的に変える1つの未来の規格だと思います。しかし、eXtended Dataを使ったワークフローは、僕らも経験したことないことの連続でした。それがたぶん、eXtended Dataの門を開く作業なんだろうと思って進みました。
今回のeXtended Dataを使ったショートムービー制作では、知っていることをただ単純に予想しながらやっていったわけではなくて、本当に全員がこれはどうやってやるんだ?という試行錯誤からスタートしました。
結果、そこから見えてきた景色は、今まで見たことがない効率的なワークフローでした。それを皆さんに伝えたいと思います。
マリモレコーズの江夏由洋氏
江夏氏は、eXtended DataでVFXのワークフローが変わり、大幅な効率化を実現できるという。そもそもeXtended Dataとは何なのか?
レンズデータには各社いくつか規格があり、ARRI「LDS」「LDS II」、Cooke「/i」の3つが大きな潮流となっている。ARRIのLDSはレンズマウント部の電気接点の位置が「/i」とは異なる、接点位置が違う、プロトコルが違うなどがあるが、基本的に行っていることは3つとも似ており、レンズマウントに装備された接点からレンズの焦点距離、シリアル番号、絞り、焦点距離のレンズデータをクリップファイルに埋め込んで収録が可能になるというもの。収録されたレンズ特性情報は、レンズの正確な設定をポストプロダクションの担当者が確認でき、効率的な合成作業を実現する。
では、なぜ合成作業にレンズデータが必須なのか?それは、広角レンズで壁や床など、直線的なものを撮影すると歪みが発生する。歪んだ実写映像は、きちんと歪みを補正しないとCGと合成するためのトラッキングの解析が正確に行えない場合が多いからだ。
これまでの歪みの補正は、CG部のスタッフがポスプロ工程のために撮影現場で撮影に使われたカメラとレンズでテストグリッド(ディストーションの程度を測るチャート)を撮影し、その情報を元にディストーションマップ(画面上のどの分がどの程度歪んでいるかを数値化したデータ)を作り、そのパラメーターをコンポジットやマッチムーブに適用していた。レンズを交換するたびに、グリッドを撮らなければいけないし、フォーカスの位置によっても変わってくるので、時間のかかる非効率的な作業が多かった。
一方、ツァイスのeXtended Dataは、Cookeの/i Technologyのレンズ特性情報を拡張したもので、Cookeが決めた基本情報(レンズ焦点距離・実撮影距離・開放絞り値・実絞り値・射出瞳位置)に加えて、さらにフレーム単位で「ディストーション補正」と「周辺光量補正」の出力に対応した技術だ。eXtended Data対応レンズは、設計段階から、どのレンズはどのぐらい周辺光量が落ちて、どれだけ画面が歪むのかなど、撮影距離や絞り値によって変化するレンズ特性を数値化してレンズ内に記録している。このeXtended Dataがこれまで「目合わせ(オペレーターの努力と習熟度に頼った)」合成作業を一気に合理化するものとして、ポスプロ関係者から注目を浴びているのだ。
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eXtended Dataに対応しているのは、ツァイスのCP3.XDやSupreme Primeの2シリーズ。富士フイルムのPremistaは今後ファームウェアアップデートで対応予定
これまで膨大な手間がかかっていたディストーション補正が一発で消せる。VFX工程で時間と労力の大幅な改善を実現
江夏氏:これまでのCG合成で行われるディストーション補正は、撮影に使うレンズを補正用にテストグリッド撮影した結果から行われていました。グリッド(方眼)はレンズのディストーションを分かり易く撮影できるので、まずはその撮済みデータを検証して、曲がり具合をパラメーターとして記録し、CG上ではその逆パラメーターをかけて、レンズよって生じたディストーションを補正してから合成を行っていました。これは手間のかかる大変な作業です。
しかし、eXtended Dataには、レンズ内にその特性情報がはじめから搭載されていて、ツァイスの配布しているプラグインを使うことで、すぐにポンとディストーション補正した画を作ることができます。これまで行っていた手作業による補正作業をしなくて済むようになるのは大きな利点です。
ZEISS eXtended Dataの撮影現場でのメリットしては、現場のMac上で補正後の映像を確認できること。例えば広角歪みを補正した映像は、映像の四隅をつまんだ形で補正されるため、使える有効エリアは狭くなるが、これを撮影現場で確認できるのは画期的と言える(左)。ディストーションのレンズ特性情報を作るのに大変な時間がかかっていたが、eXtended Dataを使えばひと手間でできるようになる(右)
また、江夏氏はeXtended Dataには2つの大きなメリットがあるという。
1つは現場でのメリットは、ディストーション補正情報によって後から歪んでいるものを真っ直ぐにデジタル補正で確認できること(上記図左の「撮影工程」参照)。これにより、広角撮影の際に現場で「これだけ画角が狭くなる」というのをモニターで確認できるという。
もう1つはポストプロダクションでのメリットで、特に絶大な効果を発揮する(上記図右の「編集/ワークフロー工程」参照)。これまでのディストーション補正は、CG部のスタッフがグリッドとグレーカードを使って現場でレンズの特性を測定し、ポストプロダクションの段階でレンズの樽型や糸巻き型のディストーション補正を目合わせでマッピングする力技で行われていた。しかし、この作業は精度は高くなく、フォーカスの位置によっても補正量が変わってくる。これは、ポストプロダクションやVFXアーティストに非常に時間と労力とを強いる作業だった。
さらに、ズームレンズを加えた現場だと、焦点距離も変わるので補正データは何百通り、何万通りあることになる。こうなるとポストプロダクションのスタッフは連日、目合わせによる不眠不休の補正作業を続けてきたのが現状だ。
しかし、ツァイスのeXtended Dataは、ディストーションや周辺光量減光の補正も可能。特に、実写映像ではフレームの周辺露光が落ちていくが、合成する際に、実写映像で外に向けてだんだん暗くなっていくのにも関わらず、そこにCGで合成した車とや人、木に周辺光量減光がかかっていないと、どうしても不自然に浮いて見えてしまう。eXtended Dataでは、合成前の実写映像から歪みと周辺光量減光を取り除きフラットな状態にして、そこにCG映像を合成した後、最後に意図的に歪みや周辺光量減光を加える機能もある。こうすることで、合成臭さを軽減した自然なCG合成を実現している。
こうしたVFXで必要とされるデータは、従来はカメラアシスタントによって撮影現場でメモ書きされて合成部に情報が伝達されていた。撮影シーンが変わるたび、レンズ交換のたび、メモを元にどのレンズが使われたかを確認して、それを事前にグリッド撮影によって得ていた補正データと照らし合わせて、はじめて正確なVFXが可能になっていた。
ここを大幅に精度を上げて読み違えや書き忘れといったヒューマンエラーを排除し、さらに毎秒30コマや60コマといいたフレームレートに対応して1コマ1コマにデータを提供し、フォーカス送りにも対応した補正することを可能としているのがeXtended Dataである。
また、ディストーションや周辺光量減光を直したり戻したりといった一連の作業は、Nukeという業界標準のコンポジットソフトウェアに、ツァイスから出ているプラグインを入れるだけで簡単に行うことができる。
こうしたワークフローが確立することにより、エディターやCGアーティストが合成準備作業に捕らわれるのではなく、創造的な作業に力と時間を使えるようになる。今まで準備に使っていた時間とコストは、作品の品質を高めるために使えるというのはクリエイティブの質を高めるうえで大きな意味がある。
■CGスタッフの撮影現場や補正に関わる作業内容
撮影現場で行うこと
- カットごとに撮影時のカメラ・レンズの焦点距離・カメラ高さ・角度、被写体までの距離をメモ
- カメラのセンサーサイズを記録し、解像度の変更によって使用センサーサイズが変更される場合にはそれもメモする
- レンズ補正データを作るためにグリッドチャートを撮影する
ポストプロダクションで作業すること
- 現場でメモした情報を入力してそこにグリッドチャートで得た補正パラメーターを実写映像にあててレンズディストーションを除去
- 周辺減光を除去
「MORPHO」の撮影現場でも、VFXのスタッフはグリットを持ち込み、一応念のために撮影を行った
REDやSony VENICEでeXtended Dataの収録映像ファイルに記録対応。データ管理ツール不要で、敷居が下がった
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江夏氏:REDは、ちょうど僕らの撮影するタイミングでeXtended DataのメタレンズデータをR3Dファイルに記録できるようになりました(Ver7.1以降でeXtended Dataに対応)。RED MONSTRO 8K VVを使って撮影しましたが、通常の方法と変わらない撮影方法でレンズデータの記録が可能で、レンズデータワークフローが非常に楽になりました。その後、ソニーのVENICEもeXtended Dataの収録映像記録に対応し、レンズデータワークフローの環境が整いつつあります。
eXtended Dataのワークフローも大幅に改善されてきたと江夏氏。
これまでは、eXtended Dataは新しい規格のレンズレンズデータのため、既存のカメラではカメラ内でのデータ収録に対応していなかった。レンズから出力されるeXtended Dataは、レンズデータレコーダと呼ばれる外部器機で収録する必要があったが、これはカメラ回りの配線が増えるため、必ずしも簡単で便利とは言えなかった。また、カメラに映像収録とは別にデータレコーダーを取り付けるということは、CG部のために撮影部が撮影現場で一手間掛ける必要があり、CG部からはそうした依頼をしにくいという遠慮もあった。
これまでeXtended Dataを収録するには、Ambient MasterLockit PlusやTransvideoと連携して使用する必要があった。REDやVENICEはファームウェアのアップグレードで外部機器を使わなくてもレンズデータを記録できるようになった
REDのDSMC2はv7.1.0.1のファームウェア、ソニーのVENICEは4.0のファームウェアでレンズのレンズデータを映像ファイルに記録して、ポストプロダクションに渡せるようになった。REDやVENICEを使えば、特別意識せずともeXtended Dataが映像ファイルとともに記録できるようになったわけだ。CGチームは、「いつも通り撮っておいてください」と撮影部に気軽に依頼できるようになったのも重要なポイントといえるだろう。
もう1つのトピックは、レンズデータの読み出しのためにLiveGrade ProやSilverstackといったオンセットグレーディングやデータマネジメント用のソフトウェアを必要としなくなったことだ。撮影データから直接レンズデータを読み出し、それを合成部で使うNukeで展開できるようになったのだ。
江夏氏:eXtended Dataは、REDやVENICE対応やSilverstackが必要なくなるなど、どんどんと広がっていく方向に進んでいます。この勢いを、本当に現場レベルまで届けられたらいいかなと思います。
次回は、ショートムービー制作を実現したeXtended Dataワークフローを紹介する。