ワイコンのように使えるアナモフィックMFアダプター

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サムヤンから、AFシネレンズであるV-AF用のアナモルフィックMFアダプター「SAMYANG V-AF 1.7x Anamorphic MF Adapter」が発売になる。シネマ用のフルサイズ単焦点レンズのV-AFシリーズ専用で、同時に発売になる20mm T1.9を除く、他全てで利用できるマニュアルフォーカス専用アダプターだ。つまり、V-AF単体ならフルサイズのAFシネマレンズとして使え、このアダプターを併用すればシネスコよりも横が広いシネマ映像が作れるわけだ。

ちなみにアナモルフィックレンズとは、横方向だけを広げるワイコンだと思うと良い。撮影時には光学的に縦長に圧縮(スクイーズ)し、編集時に横方向を元に戻す(もしくは縦方向を縮める)ことで、正常な縦横比率にする。シネスコは16:9(テレビフォーマット)の一段上の仕様としてハリウッドクラスの映画では主流のフォーマットだ。

制作費が多いハリウッドでは当然のフォーマットだが、普通の現場で、なぜアナモルフィックレンズがあまり使われないかと言えば、高画質なものが高価だったり、画角(使えるレンズ)に制限があり、フォーカス合わせが難しいということが挙げられる。

一方、SIRUIなどからアナモルフィックレンズが組み込まれたアナモルフィック専用レンズも発売されているが、フルサイズで揃えようとすると、結構な値段になるし、選べる画角が少ないなど、プロの現場で使うには物足りなかったというのが実情だろう。

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今回登場したサムヤンのアナモルフィックMFアダプターは、フルサイズで35mm(横20.5mm相当)~100mm(横60mm相当)の4本種類の画角、APS-Cで使うと24mm(横21mm相当)~100mm(横90mm相当)の5種類の画角がラインナップされる。

しかも、レンズサイズが統一されており(100mmだけ若干長い)、フィルターが同じものを使えるし、ジンバル運用にも適している。レンズ本体は非常にコンパクトで軽く、それでいながら8Kシネマに対応した高画質である。それゆえ、V-AFシリーズが発売になった当初は、主に中堅クラスの映像プロダクションがセットで購入するケースが多いと聞く。

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撮影されたオリジナル
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編集で縦を縮めて、縦横比を戻した状態
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さて、作例のように撮影時には縦長に見える。アナモルフィックと聞くと編集時に横を引き伸ばして表示させるイメージを持たれる人が多いようだが、それは映画館の話だ。デジタル編集の場合、通常は編集時に横を広げるブローアップではなく、縦を縮める処理を行う。これによりオーバーサンプリングと同様に解像感を損なうことなく、むしろ高い解像力が得られる。

余談だが、もともと、アナモルフィックレンズは、4:3のスタンダード撮影カメラで横が広い映画を撮影するために考案され、スペックとしては横2倍のレンズが作られたのが始まりだ。今回発売された製品は、この横2倍という高スペックなアナモルフィック効果を狙った仕様といえ、メーカーによれば3:2の動画フォーマットで撮影した場合に、ちょうどシネスコ程度の画角になるとのことだ。 ただ、ソニーのカメラ専用レンズのため、動画では後述するようにかなり横が広い(3:1程度)の画角になる。静止画ならシネスコ程度になるはずだ。

映画やCMではシネスコ(2.35:1)が主流に

アナモルフィックアダプターは、センサー解像度を損なわずに横長フォーマットを実現する

現在のテレビやカメラは16:9フォーマットが使われている。いわゆるテレビのハイビジョンの仕様だ。この16:9になった経緯は諸説あるのだが、センサーの製造効率(縦横が同じくらいの方がよい)と、映画のシネスコやビスタの横長の妥協点で決められたようだ。 たまに人間工学に基づいて16:9になったという人もいるが、いわゆる芸術における黄金比(8:5)とも違うので、製造効率との妥協点というのが正しいだろう。

さて、映画では、黄金比よりももっと広い画面フォーマットが使われている。これは絵画や写真のように、切り抜かれて額縁の中に納める画像(絵画)と違い、映画では人間の視野以上の横幅を持たせることで没入感を演出することができる。ゲームなどで複数モニターを使って没入感を高めることを想像してもらうといい。つまり、映画では横方向はいくら広くてもいいのだ。ただし、表示できるスクリーンサイズとの兼ね合いがあることは言うまでもない。

実際、最近の映画はシネスコが主流になりつつあり、てれびCMも上下がレターボックになったシネスコで放送されているものが散見される。

言い換えると、ドラマに没入するには、十分に横が広い(広角である)ことがベターだということだ。

実際、筆者も仕事で作る映像はシネスコが増えた。シネスコでテレビ番組やYouTube動画を作ると、上下の黒み(レターボックス)に文字情報を配置することができて、映像情報と文字情報が使えやすくなった。 つまり、横長映像にはメリットばかりなのだ。

では、どうやって横長にするか。これには2つのやり方がある。1つは、16:9で撮影して編集時に上下にマスクを切り映像をクロップしてしまう「レターボックス」方式だ。この場合、撮影時も、モニターにシネスコのマーカーラインを表示し、その外側をパーマセル(黒テープ)を貼って簡易のシネスコ表示をさせるか、ZV-E1のようにシネスコモード(上下を黒く塗りつぶす機能)を使うかのどちらかだ。

このやり方は、どんなカメラでも実現できる。このレターボックス方式のデメリットは、クロップした分だけ縦の画角が狭くなることだ。実は、この縦クロップはデメリットが多い。動画でレンズの焦点距離を選ぶ場合、実は縦の幅で判断されることがほとんどだということにお気づきだろうか。

例えば「バストアップで」とか「フルショット(全身)で」というのは、縦の画角のことだ。レターボックスでシネスコを作る場合、縦が60%程度に狭くなる。具体的には、16:9だと50mmレンズで2mの距離がバストアップになる。ところがレターボックスになると30mmレンズにしないとバストアップにならない。もしくは3mに離れないとだめだ。

つまり、現実的には広角レンズが必要になるのだ。ところが広角になればなるほどパースが歪み、広角レンズ特有のデフォルメ効果が出てくる。つまり、レターボックスにすると、歪みの効果が悪影響して安っぽい作品になってしまう。

そういったデメリットを克服するのが、もう1つの横長映像の作り方であるアナモルフィックレンズの使用だ。アナモルフィックレンズを使うと、縦の画角は変えずに横だけが広がる。つまり50mmレンズで2mのバストショットなのに、横方向は30mmレンズくらい(シネスコの場合)の広角になる。横方向は広いほど没入感が強くなるのでメリットは大きい。しかも、30mmなのに広角レンズのようなデフォルメが生じない(歪まない)。それゆえ、ハリウッド級の映画でもアナモルフィックレンズは多用されるのだ。

編集で縦を縮めることで超高画質に

この製品では左右をクロップしてシネスコとして使うことも可能

この製品のアナモルフィックの倍率は1.7倍と非常に横が広い。16:9のHDの画角が約27:9(つまり、3:1)にもなり、「シネマスコープ(2.35:1)」や「ビスタサイズ(1.85:1)」よりもかなり横が広い。実際に撮影してデスクイーズ(比率を戻す)を行うと、七夕の短冊を思い出させるような横長になる。ただし、このアダプターの解像力は非常に高く、8K動画でも粗が出ないだろう。それゆえ、大きめに撮影して横をクロップしてシネスコやビスタサイズにしてもいい。

ただ、筆者の私見としては、この極端な横広のフォーマットは意外に収まりが良く、映画の世界を表現しやすいと思う。

業務フロー的には、16:9の画面の中にレターボックスで配置するのが便利だと思っている。4Kで撮影して、編集時に4Kの16:9にレターボックスで配置すると、縦解像度が1270ピクセル程度になる。まぁ、劇場上映の場合、ほぼ全ての国内劇場がFHDでしか表示できないので、上映時の解像度は横が1920で縦は640程度となる。縦が640しかないと思われるかもしれないが、上下が切られているだけなので、解像力はFHDのままである。

おそらく業界でも最高クラスの解像力

元のレンズの性能を損なわずに横長の高画質を実現

遅くなったが、製品のレビューに入ろう。 まず、この製品は、同社のV-AF専用である。現在ラインナップされているレンズの前に装着することでアナモルフィックになる。つまり、1本のレンズを普通の16:9のAF/MFレンズとして使えるのに加えて、このアダプターを使えばアナモルフィックレンズとして使える。

SIRUIのアモルフィックレンズは、横長にしか撮れないわけだが、V-AFシリーズの場合は、1本のレンズで2度美味しいということになる。しかも、V-AF自体がシネレンズ仕様だから、発色や露出がすべて統一されているし、統一サイズ(大きさと重量)なので、現場での運用も非常に効率が良い。

高い解像力と性格なピント精度。元祖シネマAFレンズ「V-AF」用アナモフィックMFアダプターをレビュー[OnGoing Re:View]説明写真
バヨネット式マウントになっているので、付け外しが瞬時で確実。レンズ交換はマッドボックス運用と同じ手間だと思うといい

V-AFは今回同時に発表になった20mmT1.9を加えると6本構成になる。具体的には20mmT1.9, 24mmT1.9, 35mmT.19, 45mmT1.9, 75mmT1.9, 100mmT2.2だ。レンズ前方に電気接点があり、今回のアナモルフィックMFアダプターとすでに発売されてるMFアダプターと通信しピント合わせやタリーランプ点灯などが行える。今後も対応製品が出るとのことだ。MFアダプターもアナモルフィックMFアダプターもバヨネット式マウントを採用しており、着け外しは瞬時。これまでのアナモルフィックレンズで難しかった水平位置の調整は不要なので、レンズ交換が非常に簡単だ。アナモルフィックレンズを使ったことがある人は、この手軽さに驚くだろう。

さて、典型的な映画用アナモルフィックレンズの運用を解説しておく。アナモルフィックレンズとは、撮影レンズの前に付けるアダプターだ。元のレンズをプライマリーレンズと呼び、アナモルフィックレンズはセカンダリーレンズとなる。

そして、ピント合わせは、プライマリーとセカンダリーの両方を同時に操作するのが基本だ。ダブルフォーカスと呼ぶ。2箇所の確実なピント合わせが必要となるから、撮影には高い技術と経験が要求される。これはネックでプロの世界以外ではなかなか使われてこなかった。 ちなみにSIRUIのアナモルフィックレンズの場合には、アダプター式ではないので、プライマリーとセカンダリーのピント調整をレンズ内で行なっている。ふつうのレンズとして使えるのが特徴だ。

一方、この製品は、セカンダリー(アダプター)のピントリングを回すとアナモルフィックのガラスレンズが移動する。それと当時にセカンダリーのピント情報がプライマリーへ伝えられてAF機構で自動的にピント調節が行われる。つまり、カメラマンはアナモルフィックレンズであることを意識することなく、普通のMFレンズと同じように操作すれば良い。ただし、残念ながらAFにはならない(セカンダリーの巨大なガラス玉を動かすのは手動だから)。

アナモルフィックMFアダプターは、センサーサイズにより以下のようになる。

    テキスト
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まとめると、フルサイズでは35mm以上の4本のレンズ、APS-Cの場合には24mm以上の5本のレンズが使える。この表でもわかるように、動画の場合にはフルサイズで35mmを使う場合にのみ、周辺(というか左右)に光量の低下が生じるが、実際に使う場合には、アクティブ手ぶれ補正を入れることで(クロップされるから)ほとんどその影響は出ない。

それから、周辺の解像度の低下もほとんど見られないと言った方が良いだろう。さらに、サイドをクロップしてシネスコにすれば、他のレンズにはない、非常に高解像度で歪みのない映像が得られる。具体的には4K編集するなら6Kで撮影して縦方向を59%程度に縮める(縦を縮める処理で解像度割れを防ぐ)。その状態で全体を110%に広げるとちょうどいい。つまり6Kのオーバーサンプリングから4Kを作り出すので、撮影データから画面拡大せずに最終画質へ到達できる。

とにかく高解像度! 操作は簡単

実際に作例を見ながら解説を進める。 作例のような風景の場合、一般的な風景写真と同じように絞り込んで使った方がいいと思う。

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どのレンズも、非常にシャープでありながら落ち着いた画質になっている。 実際の撮影は、カメラはZV-E1でクリエイティブルックのPTで撮影している。モニターは外部で横1.8倍表示で色やピントを確認しながらの撮影だ。当然のことながらカメラのモニターはスクイーズ(横圧縮)されているので、ピントも画角もわかりにくい。

一方、フォーカス補助としてピーキングを使っているが、横が圧縮されているのでカメラモニターだとピントが合っているように表示されがちだ。ピーキング設定をLoにすることで、よりシビアのピント合わせに対応することが可能だった。

前述したように、完全なMF操作になる。ピントリングの回転量は270°ほどあり、ピント合わせは確実にできる。ただ、回転量が大きいので、最短付近でのフォーカス送りは手でやるよりもフォローフォーカスを使うべきだろう。別売りのマニュアルフォーカスアダプターも同じだが、このアナモルフィックMFアダプターも、すべてのレンズで同じリングの回転量になる。

つまり、単焦点レンズの場合には焦点距離によってレンズの回転量が違うのが当たり前だが、このV-AFシリーズの場合にはズームレンズと同じように、その焦点距離でも同じ回転量でピントが合う。

アナモフレアはどうか?

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前玉が非常に大きく、フレアは出やすい。フレアの色は非常に素直で光源の色に近い。フレアが出る状況でも、全体のコントラストの低下は気にならず、非常に良好だと言える。

アナモ特有のソフトフォーカスモードも搭載

ダブルフォーカスの強みを使ったシネマ表現へ

前述したように、アナモルフィックアダプターはプライマリーレンズとセカンダリーレンズ(アダプター部分)の2箇所でピント調節を行う。この調整量をズラすと半分ピントがあって、半分ピントが甘くなるようなアナモルフィックレンズ独特のソフトフォーカスが作れる。

V-AFのアナモルフィックMFアダプターは、このソフトフォーカスモードが搭載されている。ノーマルモードでは、プライマリーレンズはフォーカスが合うように自動的にピント調節されわけだが、ソフトフォーカスモードにすると、プライマリーとセカンダリーを若干ずらして撮影することができる。ずらし量はカメラマンが自由に調整することができる。

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映画などの動画は、スチルの解像力のままだと情報量が多すぎて見ていて疲れるし、生々しくて違和感も出る。そこで映画ではブラック・プロミストを使ったり、そもそもシネレンズの柔らかさ(実質的には解像力が低い)で映画らしい最適な画質にしている。

一方、映画でアナモルフィックレンズを使う場合には、前述のフォーカスずらしによる柔らかさを使うこともある。この製品の場合、プライマリーレンズ(V-AFレンズ)のボタンを押しながらアダプターのピントリングを回すことでフォーカスずらしが簡単にでき、ボタンを話せば、ズレたままの状態をキープできる。

つまり、簡単にソフトフォーカスにすることができる。ただ、作例でもお分かりのように、ピントが合って見えて、ソフト効果を出すずらし量を決めるのは、小さなモニター観測では無理で、現場に大きなモニターを投入するべきだろう。また、このずらし量は目で見た感覚で決めるしかなく、レンズ交換する度に調整することになるわけだが、違う画角で同じずらし効果(ソフトフォーカス)を作るのは慣れが必要だろう。

まとめ

筆者は、V-AFで劇場用映画(一部のシーン)を撮影し、劇場で公開したが、非常に良い結果を得ている。つまり、V-AF自体は、まさにシネレンズとして使える。そして、今回登場したアナモルフィックMFアダプターは、次の映画で使うべくノウハウを蓄積中だ。非常に短い短編を撮影してみたが、アダプターとは思えない解像力に驚かされた。また、横長フォーマットの没入感の面白さ、構図の作りやすさに心が躍っている。

なお、今回の作例動画は筆者のYouTubeチャンネルで公開中だ。

WRITER PROFILE

渡辺健一

渡辺健一

録音技師・テクニカルライター。元週刊誌記者から、現在は映画の録音やMAを生業。撮影や録音技術をわかりやすく解説。近著は「録音ハンドブック(玄光社)」。ペンネームに桜風涼も。