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制作の転換期:SDIからIP
放送業界で話題の「SMPTE ST 2110」は、NHKや民放各局が中心となって採用が進んでいるIPネットワーク準拠の標準規格である。地方のケーブルテレビ局からも注目を浴びつつあり、「そろそろST 2110で構築しようか」といった声を聞くことが増えてきている。IP化によって、スタジオが複数ある場合でも映像を自由にパッチしたり、映像の作り方の自由度が非常に高まるためだ。映像制作の業界でも「いつまでSDIを使うのか?」という議論が活発化しており、この大きな転換期を後押ししている。
また、映像の配信業界ではSRTやNDIが普及しつつも遅延がネックになっている。これまでのIPプロトコルは遅延がつきもので、現地の大型スクリーンに映像を出力する際や、演者に映像を返す際にたびたび問題となっていた。ST 2110は低遅延を特徴としている放送用の規格であり、Blackmagicでは時刻を同期できる通信プロトコルのPTPクロックに対応したコンバーターやスイッチを発売している。ローカルエリアネットワーク内で完結し、ある程度安定して使えるということであれば、放送局以外でも導入しやすくなりそうである。早速テストしてみた。
今回のテストで用意した機器は以下の通り。
- Blackmagic Design:Blackmagic 2110 IP Converter 3x3G
- Blackmagic Design:Blackmagic 2110 IP Mini BiDirect 12G
- Blackmagic Design:Blackmagic Ethernet Switch 360P
- ネットギア:M4350-40X4C
- セイコーソリューションズ:TS-2950
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検証機器の紹介:Blackmagic 2110 IP Converterシリーズ
3x3GはNAB 2023で発表、BiDirect 12GはNAB 2024で発表された製品である。3x3GはフルHDの3系統の入出力が可能な仕様になっている。今までカメラまで線を3本引っ張ったところが、LANケーブル1本だけで済むようになる。配線の労力は大幅に軽減される。
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Blackmagic 2110 IP Mini BiDirect 12G は、4K映像に対応し、1つの入力と 1つの出力を備えている。さらに5ピンのXLRトークバックヘッドセット接続にも対応しており、トークバックの音量コントロールと会話用のボタンも搭載。ATEM Television Studioにはトークバックコネクションの機能を内蔵しているので、接続可能である。
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Blackmagic 2110 IP Converterシリーズが発売されるまでの各社SDI-IPコンバーターは、ユニット型のコンバーターが一般的で価格も手軽に購入しにくかった。しかし、Mini BiDirect 12Gは小型である。可搬性を考えると、小型コンバーターの方が機動性に優れ、LANケーブル1本で使用できる点は大きなメリットである
配信現場での使用イメージとしては、SDI信号をST 2110信号に変換し、ST 2110ベースのシステムを構築するといった感じである。これまでは中心部分を光ファイバー複合ケーブルや同軸マルチケーブルにしたり、遅延を許容できる現場であればNDIにするといった方法が有力だった。
ST 2110を使えば、LANケーブル1本で映像の送受信が可能になるため、非常に有効なツールとして活用できる。IP Mini BiDirect 12Gの価格は税込60,980円、IP Converter 3x3Gは税込98,980円であり、多くのユーザーが手軽に試せる価格帯である。
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同期検証:Blackmagic製品と他社製品の互換性
ST 2110は、IPネットワークのための時刻配信プロトコル「PTP」の時刻同期対応のスイッチ「グランドマスタークロック」を親にすることでPTPの同期が可能である。PTPによって全ての映像機器が同期する。ST 2110はPTPクロックが要となる。というのもPTPで同期しない場合は正しい動作ができない。そこで本稿ではまず最初に、そのPTPクロックがBlackmagic Design製品だけつなげて同期するのか。セイコーソリューションズまたはネットギアの機材をつなげないと成立しないのか?グランドマスタークロックや他社製スイッチを導入した場合の同期について検証する。
ST 2110は親となるスイッチと各社機器はかならず同期に対応できるというわけではない。例えばPTP v2対応のBlackmagic Ethernet Switch 360Pを親マスターにして、その時刻信号だけを同期して走らせることもできると事前に聞いていたものの、実際にBlackmagicだけで同期できるのか不安だし、セイコーソリューションズとBlackmagicの機器が同期できるか不明だった
そこでまずは筆者の社内にて、PTPのクロックがEthernet Switch 360Pを使用したBlackmagic製品のみで同期可能か、あるいは最も精度の高いセイコーソリューションズ製のPTPグランドマスタークロックやPTP v2 TCやPTP v2 BCに対応したネットギア製などの他社製品を併用しなければ同期が成立しないのか、という点に焦点を当てた検証を行った。
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実際にテストを行ったところ、ネットギアのM4350-40X4Cと360Pおよび他のPTP対応のBlackmagic機器間で同期に問題が見られた。M4350-40X4CのPTP TCでは受信できるものの、PTP BC(Boundary Clock)に切り替えると正常に動作していないことが原因である。
PTPのバージョンにはVersion 2.0とVersion 2.1の2種類があり、BlackmagicのデバイスはVersion 2.0にしか対応しておらず、ネットギアのスイッチはPTPのバージョン2.1で送信していることがわかった。ネットギアはPTP 2.0でも動作できるファームウェアを今後リリース予定とのことで、今回はテストファームウェアを特別に提供いただき稼働させることができた。
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同期の比較結果は、以下の通り。セイコーソリューションズは「OUT 1」から「Mini BiDirect 12G」までの時間において整合が確認された。一方、Blackmagicの機器同士をマスターとスレーブで接続した場合、「Mini BiDirect 12G」に関してゆらぎが見られ、整合する時としない時が存在する。ただし、その誤差は50ミリ秒程度の微細な乱れである。放送業界においては許容されない可能性があるが、一般的な企業の配信においては、おそらく気づかない程度の乱れであると考えられる。
セイコーソリューションズをマスターにして、Blackmagic製品を構成した場合
Ethernet Switch 360Pを親にしてBlackmagicだけでST 2110を構成した場合
今回のテストの結果、小規模な現場であればBlackmagicの機材だけで運用してもミニマムな規模であれば問題ないという見解に至った。その上で放送局レベルのシビアな同期を求めるのであれば、今後対応するネットギアやセイコーソリューションズのグランドマスターのユニットを追加して運用することが最善策であると考えている。
放送局などでは先行してST 2110の環境を構築しており、セイコーソリューションズ社製のようなPTPグランドマスターを使った構成で運用しているところがほとんどであろう。そのような環境に対して、セイコーソリューションズとBlackmagicを混在させて運用することは難しいことではないことが分かった。
さらに、セイコーのPTPグランドマスターには、GNSS信号だけではなく映像信号(ブラックバースト)を受け入れることも可能で拡張性があり、通常のベースバンド同期とIP同期を混在させても、全体の同期を適切に取ることができるグランドマスターでもある。IPからベースバンドを混在させたような状況でもセイコーソリューションズのものが使えるという点で、これらはネットギアやBlackmagicの機材では対応できない点が重要である。
ライブ配信での活用事例
10月27日に富山駅で行われた進学説明会「駅中オーキャン」では、会場に行けない方向けのYouTubeチャンネルの生配信を筆者の会社が担当した。このライブ配信に「Blackmagic 2110 IP Converter 3x3G」と「Blackmagic 2110 IP Mini BiDirect 12G」を延長機器として使用した。その様子を紹介する。
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こちらの現場はマルチカメラ撮影で、引きのカメラを2台後方に配置。このカメラの映像をIP Converter 3x3Gでスイッチャーまで送り、映像の開始信号もIP Converter 3x3Gで送っている。また、演台にモニターとパソコンを設置し、モニターとパソコンの映像も2110 IPで変換して送っている。コンバーターを一対で使用し、延長として使用したような形だ。
SDIの場合は、引きのカメラ2台と返しモニター1台に対して、カメラの映像2本、返しのモニター1本の合計3本のSDIケーブルを引かなければならない。IP Converter 3x3Gであれば、LANケーブル1本で済む。
三脚の足元にIP Converter 3x3Gが置かれている。ここまではLANケーブル1本しか引いていない。このIP Converter 3x3Gからカメラ2台と返しのモニターにSDIケーブルで接続している。
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スイッチャーの横にも、IP Converter 3x3Gを使って、LANに変換している。IP Converter 3x3Gは「入力モデル」「出力モデル」に分かれているわけではなく、同じものでよい。LANケーブルに変換して、2台を接続している形だ。
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BiDirectも同様で、IP Converter 3x3Gも「入力」「出力」どちらにも使用できる。上のコンバーターがSDI入力に接続されていて、下がSDI出力に接続されている形だ。こちらはスイッチャーから出た映像を演台のモニターに送っている。下のコンバーターは、演台にあったパソコンからの映像をスイッチャーに送っている。
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IPコンバーターの可能性:様々な現場での活用
IP化によって、設営にも影響を感じた。LANケーブルは圧倒的にケーブルの取り回しが楽で、SDIと違って柔らかい。IP Converter 3x3Gを使えば、1本のLANケーブルで6系統の信号を送受信できる。SDIケーブルを6本引くのは大変だが、それをLANケーブル1本で済むのは大きい。「IP Mini BiDirect 12G」にしても1本のLANケーブルで往復の映像を送れるので、演台への映像返しなども非常に楽になる。
「駅中オーキャン」の配信では、PoEは使用しなかったが、PoEスイッチを使えばさらに楽になっただろう。ネットギアのスイッチを使って思ったのは、PoE++で給電にも対応するという点だ。しかし、Ethernet Switch 360PがPoEに対応していないのは残念である。
また、ソースの管理について、IP Converter 3x3Gは本体にモニターがついていて、前面のボタンで管理できるのは非常に便利であった。Mini BiDirect 12Gは、同じネットワークに接続するか、USBで接続しないと設定が変更できなかったので、若干手間が必要ではある。
Mini BiDirect 12GやIP Converter 3x3Gは、今後どんな現場でも非常に使えると思う。Ethernet Switch 360Pと接続すれば、ソースの管理も一元化できる。低コストでIP化して運用できるという点が非常に良いと思った。
今までST 2110系を導入するにはコストが大きな問題となっていた。ところがこのコンバーターさえ買えば、Blackmagic製品の中でPTP同期が可能になる。機器同士でこれができることは大きなメリットであると思う。
泉悠斗|プロフィール
神成株式会社、AVC事業部 部長。マルチカムでの収録および配信をはじめとする映像制作全般を得意とし、最新の機材を取り入れた映像制作に取り組む。近年では、西日本一の長さを誇る水上スターマインを打ち上げる「福山あしだ川花火大会」の生中継をはじめ、「TOYAMA GAMERSDAY」などのe-Sports映像制作まで幅広く手掛ける。また、高校放送機器展事務局長として、学生の映像制作活動支援を行う。
WRITER PROFILE
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