
Blackmagic Designは2025年4月のNAB 2025において、多数の新製品を発表した。その発表の中には、IPコンバーターを介さずにST 2110方式へネイティブに対応する「Blackmagic Camera 9.4 ベータ版」の発表も含まれる。このアップデートにより、Studio Camera Proを1本のEthernetケーブルで接続するだけで、ビデオ、タリー、トークバック、コントロール、電源など、すべての信号にアクセスできるようになる。しかも、ST 2110を低コストで実現可能だ。
そこで、実際にBlackmagic Studio Camera ProでのST 2110 IPでの体験をレポートしよう。

Blackmagic Cameraで実現するIP伝送の可能性と注意点
まずはアップデートの概要から紹介する。注意してほしいのは2025年4月29日公開の「Blackmagic Camera 9.5.1」ではなく、2025年4月6日公開の「Blackmagic Camera 9.4ベータ」だけでの実装ということだ。

「Blackmagic Camera」最新版では実装されていないので、ST 2110をお試しをされる際には、ベータバージョンを選んで試行してほしい。

IP伝送ならではのメリットとして10Gケーブル1本で4K映像、音声信号とタリーもリターンも、トークバックまでサポートしてくれる。
この恩恵を受けられるカメラは以下の通り。

ここでは10GのイーサネットLANポートを持つBlackmagic Studio Cameraだけが対象となっている。もちろんカメラコントロール(CCU)の恩恵も受けられる。


ただし、残念なのは、同じBlackmagic Design製イーサネットスイッチ「Blackmagic Ethernet Switch 360P」はPoE(パワーオンイーサネット)に対応しない。なので、ST 2110で直接360Pとカメラを接続した場合には、カメラ側にDC電源が必要だ。

具体的なアップデートのインストールを紹介しよう。

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これまでのST 2110コンバーターと同様の設定画面が見られる。ここでは簡易に時計をNTP(ネットワークの時計)サーバーを選択してからPTP Clockをカメラ同期で行っている。実際のシステム運用時にはPTPでの全体同期などを考慮し、PTP Follower Onlyなどの設定が行われるはずだ。
IP伝送が拓く新たな映像制作の可能性
ここで少しIP伝送の活躍するシーンを考えてみよう。スタジオ内でSDIの同軸ケーブル(HDでは100m以内)だけで映像システムが完結する単純な場合のメリットは少ないだろう。
しかし、4Kの場合、距離が70mを越える場合、もしくは完全に別の建屋とのやりとりを考えたときには状況が変わってくる。さらに従来では複数の信号、送り返しなどプロダクションでは多方向の信号のやりとりで、回路の数だけケーブルを必要とするため、恐ろしい本数のケーブルを物理的に延長していくことになっていた。
また、4Kなどの高品位の映像を扱う場合も同軸ケーブルでの敷設は距離がさらに制限されてしまう。
IP伝送の特徴を考えてみよう。
- 距離を伸ばせる(地球の裏側でも)。
- ケーブルの本数を減らせる(接続先のデバイスや、信号の方向を意識しない)。
- 広帯域に耐える(4K以上の12Kなどといった映像信号になると同軸の限界を越える)。

ここでは、実験的には隣り合わせでラックのシステムで動作確認をしているが、100G QSFP28ケーブルで、それぞれのラックに入ったBlackmagic Ethernet Switch 360同士を繋げば、たった1本で、しかも長距離で、多数の映像信号を伝送可能である。
今回の実験はかゆいところに手が届くように最新機材を揃えているPANDASTUDIOの浜町スタジオのご厚意で実現した。本来ならば試すだけで大変な機材環境が必要になることなのでありがたく、感謝を伝えたい。

さて、このような距離ではSDIの同軸ケーブルが圧倒的に便利だ。
しかし、この2本のラックが違う部屋にあったとすると、一体何本のケーブルを相互に連結する必要があるかと考えた場合、気が遠くなる。
ましてや別のフロアーや遠隔地にあると考える場合、機能的にやり取りをする信号の数を大幅に減らしていくか、数本の素材受け取り、PGM送り、以外諦める他なかった。
昨今IP伝送のキャパシティは恐ろしい勢いで広がっている。今日現在では1Gイーサネットが普及していて10Gは贅沢。100Gなど見たことがないといった状況だ。
数年先にはワイヤレスでも10Gでビジネスは100Gになる時代も遠い夢の話ではない。価格的にも大幅にパフォーマンスが良くなるIPの世界をすでに見てきたのだから。
きっとその時代では、昔は同軸ケーブルを映像伝送に使っていた歴史があるのですよと教えるのだろう。コンピュータネットワークも同軸ケーブル(よく黄色のケーブルだった)を使って10Mbpsなど送っていた時代が昔話であるように。

SDI vs. ST 2110 遅延比較検証
それではカメラの信号をSDIと、ST 2110で並べて表示して遅延を確認してみよう。

カメラから10Gイーサネットで360Pへ接続し、モニターアウトでそのカメラソースを選択する。ATEM ConstellationのSDI入力へカメラ直接のSDIと、360PからのSDIを接続して同時にマルチ画面を確認してみた。

右側がSDIでダイレクトに入力した画面だ。左側がST 2110で360Pスイッチを経由してプレビューとしてSDIへ変換した画面だ。

時計の周り1秒を60分割の目盛りで動作する時計の2目盛り分、60分の2秒の遅延量ということになる。この30分の1秒の遅延をどのように評価するかというのは、想定される現場によって変わることと思う。ただ、混在させなければ、またはカメラの扱う絵柄によっては問題なく利用できるレベルではないだろうか。
この時の360Pを流れるデータ量を見てみると10Gbpsの条件を越えないように上手に帯域に納めているのがわかる。

ここでは4K60P(12G)のカメラ信号を8.3Gbpsに押さえ込んでいる。試しに途中から24Pに変更した場合の流量の違いを表示させている。グラフでは途中から流量が半減している様子がわかる。
今回の実験では数台の信号だけでの確認になってしまうが、実際の運用では多くのデバイスが繫がるため、ネットの中でデバイスが迷子になったり、不具合が起きたときの対応にはIPの知識が必要不可欠になってくるだろう。
近未来を感じていただけたら幸いです。
尾上泰夫(DreamCraft)|著者プロフィール
テレビの報道取材がフィルムからビデオに替わった初期のテレビで、報道、スポーツニュースをカメラマンとして過ごす。その後、制作に興味を持ち旅番組の演出を担当。さらにモータースポーツの中継番組からメーカーのプロモーション映像、大型展示映像などを手がける。インターネットでのIP動画配信でカジュアルな映像機器がもたらす動画の可能性を感じて、より小型でシンプルなシステムを啓蒙してコンテンツホルダー向けのコンサルティングや、発信する組織、個人に向けた動画の学校を主宰している。

