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NAB2026 PRONEWS TECH TOURの一環として、カナダの公共放送局であるCBC/Radio-Canadaのモントリオール本部を訪問し、同局のイノベーション担当シニアディレクターのフランソワ・ルグラン氏率いるチームから、「NMRC:La Nouvelle Maison De Radio-Canada」と名付けられたオールIP化放送局構築について直接話を聞くことができた。

運用開始当初「世界最大のオールIP放送局」と称された同施設の構築経緯から、現場で直面しているハードウェアの制約、そしてITの巨人たち(ハイパースケーラー)から学び次なる技術革新を目指す「トロント・プロジェクト(e250)」に至るまで、放送業界の未来を切り拓く同局の取り組みを詳細にレポートする。

80%の「スリープ状態」からの脱却:究極のany-to-any接続とリソースの効率化

カナダの公共放送CBC/Radio-Canadaは英語版の放送を行うトロントのCBCと、フランス語の放送を行うモントリオールのRadi-Canadaの2つのブランド名でサービスを行っており、総称してCBC/Radio-Canadaと呼ばれている。

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CBC/Radio-Canadaの構造

1973年に建設された旧放送センターは、25階建てのタワーを備えた巨大な要塞であり、スタジオや副調整室(コントロールルーム)の多くが地下や窓のない閉鎖的な空間に配置されていた。旧来のSDIベースの設計では、特定のスタジオが専用のコントロールルームや機器と物理的なケーブルで1対1に結びつけられていたサイロ化状態だったため、施設の設備の実に80%が稼働していない「スリープ状態」に陥るという極めて非効率な問題を抱えていた。

2019年末に竣工した新施設は、広範な窓から自然光を取り入れたオープンな設計を採用し、建物のフットプリント(床面積)を従来の約3分の1に縮小した。この劇的なコンパクト化を可能にしたのが、すべての信号タイプをIPに標準化する「オールIPインフラ」への転換である。

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旧放送センターと新放送センターの比較

IP化により、従来の「スタジオ専用副調整室」という概念は完全に撤廃された。単一のネットワーク上で、任意のコントロールルームから任意のスタジオやプロセッサに自在に接続できる「any-to-any」のシステムが実現したことで、部門の壁を越えて制作リソースをプールし、必要な場所に動的に割り当てることが可能になった。複雑なIPルーティングの中核はLawo社のVSM(Virtual Studio Manager)によって隠蔽されており、オペレーターは技術的な複雑さを意識することなく、ワンタッチでスタジオとコントロールルームの接続先を切り替えることができる。

また必要な制作量を収容するため、大規模なスタジオフロアのみに特化した第2施設が10キロメートル離れた場所に建設された。これら2つの場所は、ダークファイバーで接続され、同じST 2110ネットワーク上で動作する単一の統合システムとして機能する。2つの新しいサイトを合わせても旧ビルの約半分のサイズだという。

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any-to-anyコネクション(CBC/Radio-Canadaのスライドから)

すべての音声・映像メディアがIPネットワーク上でアクセス可能になったことで、自宅やホテルの部屋、あるいは現場からでも作業ができる「場所に縛られないリモートワークスペース」や、セルフオペレーションスタジオでの運用が実現している。現場からのライブ素材伝送(Live Contribution)についてもネットワークを通じてシームレスに統合され、大規模なイベントの際にも必要に応じてシステムキャパシティを柔軟に拡張できる体制が整えられている。

すべての音声・映像メディアがIPネットワーク上でアクセス可能になったことで、自宅やホテルの部屋、あるいは現場からでも作業ができる「場所に縛られないリモートワークスペース」や、セルフオペレーションスタジオでの運用が実現している。現場からのライブ素材伝送(Live Contribution)についてもネットワークを通じてシームレスに統合され、大規模なイベントの際にも必要に応じてシステムキャパシティを柔軟に拡張できる体制が整えられている。

「標準未定」の課題と、立ちはだかる運用変革の壁

世界最大規模のオールIP化には、大きな課題もあった。最大の難関は、設計開始時点でST 2110がまだドラフト段階(TR-03)だったことだ。そのため将来の互換性を見据えた技術選定を手探りで進める必要があった。

また、レガシーなSDI機器を段階的にIPへ統合するためのゲートウェイ要件の明確化や、100GbEをベースとした大規模なスパイン・リーフ型ネットワークの設計も極めて複雑であった。さらに、信号の流れが物理的に見えなくなるIP環境において、システムを監視・制御するための新しいアプローチ(NMOSやREST APIなど)を習得するため、エンジニアやオペレーターの意識改革と再教育に多大な時間を要したという。

「世界最大のオールIP放送局」と銘打たれている同施設だが、実際の現場ではすべての機材が完全にIP化されているわけではない。

今回のツアーで訪問した人気ライブトークショーのスタジオセットでは、興味深い事実が明かされた。施設全体ではソニー製の4K HDRカメラが多数導入されているが、現時点においてこれらのカメラはネイティブなSMPTE ST 2110 IP出力を備えていない。そのため、カメラからの映像はまず従来のSDIケーブルを介してカメラコントロールユニット(CCU)に送信され、CCU側で施設のST 2110 IP標準に変換された上でネットワークに送出されている。

今回のツアーで訪問した人気ライブトークショーのスタジオセットでは、興味深い事実が明かされた。施設全体ではソニー製の4K HDRカメラが多数導入されているが、現時点においてこれらのカメラはネイティブなSMPTE ST 2110 IP出力を備えていない。そのため、カメラからの映像はまず従来のSDIケーブルを介してカメラコントロールユニット(CCU)に送信され、CCU側で施設のST 2110 IP標準に変換された上でネットワークに送出されている。

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ソニー製カメラのCCUユニット

スパイン&リーフ型のネットワークアーキテクチャと冗長化された非常電源システム

実際の運用の中核を担うのは、Lawo VSM(放送コントローラー)とArista製のネットワークスイッチである。複雑なIPルーティングはVSMによって隠蔽されており、技術者は自社でプログラミングしたシステムを通じ、ワンタッチでスタジオとコントロールルームの接続先を切り替えることができる。この高度なIPシステムを支えるのは、データセンターに収容された堅牢で完全に冗長化されたインフラである。ネットワークアーキテクチャは、100GbEをベースとしたハイブリッドなスパイン・リーフ型トポロジーを採用しており、片側が故障しても運用が継続できるよう「青」と「赤」の2つの同一ネットワークが構築されている(ST 2022-7準拠)。

実際の運用の中核を担うのは、Lawo VSM(放送コントローラー)とArista製のネットワークスイッチである。複雑なIPルーティングはVSMによって隠蔽されており、技術者は自社でプログラミングしたシステムを通じ、ワンタッチでスタジオとコントロールルームの接続先を切り替えることができる。この高度なIPシステムを支えるのは、データセンターに収容された堅牢で完全に冗長化されたインフラである。ネットワークアーキテクチャは、100GbEをベースとしたハイブリッドなスパイン・リーフ型トポロジーを採用しており、片側が故障しても運用が継続できるよう「青」と「赤」の2つの同一ネットワークが構築されている(ST 2022-7準拠)。

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データセンター内部
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スパイン&リーフ型のネットワーク・トポロジー

また、IP環境特有のサイバー攻撃リスクに備え、ネットワーク全体を「プロダクション」・「プレゼンテーション」・「素材伝送/送出」の3つのゾーンに分割し、ファイアウォールで厳格に保護している。特に、システム同期の要となるPTPタイミングインフラがハッカーの標的になりやすいという教訓から、セキュリティ対策が不十分なベンダー製品を排除するなど、徹底した対策が講じられているという。

さらに特筆すべきは、単一障害点を完全に排除した非常電源システムである。停電が発生した場合、2台の発電機が自動的に起動し、わずか4秒以内に負荷が切り替わる。この4秒の移行期間中も、常時稼働のUPS(無停電電源装置)システムが中断のない電力を供給し、放送の瞬断を防いでいる。UPSは全負荷時には15分間の容量を持つが、冗長構成によって通常の4分の1の容量で稼働させているため、実際の稼働時間は約1時間に延長されており、仮に発電機が故障した場合でも、システムを安全に切り替えるのに十分な時間が確保されている。

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非常用電源発電機

カナダ全土を統合監視する心臓部「中央プレゼンテーションセンター」

今回の施設ツアーで特に印象的だったのが、CBC/Radio-Canadaのフランス語メディアすべての配信のハブとなる「中央プレゼンテーションセンター(マスターコントロール&プレイアウトセンター)」である。ここでは、東のモントリオールから西のバンクーバーまで、カナダ全土にわたるテレビ、ラジオ、ウェブの3つのメディアタイプの出力が24時間365日体制で統合監視されている。

システムの基盤となる送出(プレイアウト)には、Grass ValleyのITX自動送出システムが採用されており、これらすべてがST 2110ネットワーク上でVSMソフトウェアによって管理されている。

「私たちのシステムは、オペレータが物理的な機器に直接触れる必要がないように設計されています。実際、データセンターは中央プレゼンテーションセンターのすぐ隣にありますが、オペレータのアクセスカードでは、そのエリアに入ることすらできません。一般的な原則として、建物内にはユーザーが操作できるパッチパネルはありません。IP化により、すべてがルーティング可能で、割り当て可能になるためです。私たちは、エンジニアが手動パッチに頼るのではなく、コントロールプレーン上の現代的な解決策を優先するようにしたかったのです。」とラグラン氏は語っていた。

広大なカナダをカバーするため、監視するフィードの数は膨大だ。1人のオペレーターが多数のチャンネルを担当するが、人間の耳ですべての音声を同時に聞き分けるのは不可能である。そのため、ラジオなどの主要なチャンネル以外では、システムが「無音」などの異常を検知すると即座にアラームを発報する自動化の仕組みが導入されている。また、フロントラインのオペレーターの背後にはオンコールのサポートチームが控えており、異常発生時には迅速にエスカレーションして対応する強固な体制が敷かれている。

広大なカナダをカバーするため、監視するフィードの数は膨大だ。1人のオペレーターが多数のチャンネルを担当するが、人間の耳ですべての音声を同時に聞き分けるのは不可能である。そのため、ラジオなどの主要なチャンネル以外では、システムが「無音」などの異常を検知すると即座にアラームを発報する自動化の仕組みが導入されている。また、フロントラインのオペレーターの背後にはオンコールのサポートチームが控えており、異常発生時には迅速にエスカレーションして対応する強固な体制が敷かれている。

さらに興味深いのは、オペレーターの聴覚疲労やノイズ干渉を防ぐための物理的な工夫だ。センターの中央には「ポディウム」と呼ばれる一段高くなったプラットフォームが設けられており、周囲に吊り下げられた吸音パネルによってテレビとラジオの監視環境が音響的に分離されている。 なお、カナダが非常に重視している「6つの先住民言語」による放送(CBC North)については、このモントリオールではなくトロントの拠点から送出・管理が行われているという。

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中央プレゼンテーションセンター

トロント局の「e250」プロジェクト:DMFとMXLによる真のソフトウェアインフラ

モントリオールでの成功を基盤に、CBCは現在、英語圏の拠点であるトロント放送センターの設備を刷新する「e250」プロジェクトを進めている。(「e250」というプロジェクト名はCBC/Radio-Canadaのトロント本部の住所から来ている。)

「将来、CBCにどのような制作要件が必要になるか予測できる水晶玉はない」とルグラン氏が指摘するように、固定目的の専用ハードウェアに依存する従来のインフラはもはや限界にきている。そこでCBCがEBU(欧州放送連合)と共に推進しているのが、標準的なITサーバー(COTS=Commercial off the shelf)上でソフトウェアベース(コンテナ化されたアプリ)の制作環境を構築する「ダイナミックメディア施設(DMF)」構想だ。

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CBCが目指すEBUのDMFとMXLを導入したアーキテクチャ(CBC/Radio-Canadaのスライドから)

サーバー内のソフトウェア間で映像や音声をやり取りする際、ST 2110規格を通すとエンコード/デコード処理による計算負荷と遅延(約10ミリ秒)がボトルネックになる。この問題を解決するため、CBCは主要ベンダー(Grass Valley、Sony、AWSなど)と共同で、共有メモリ(RDMA=Remote Direct Memory Accessなど)を介してメディアを直接高速交換できるオープンソースSDK「MXL(Media eXchange Layer)」を開発した。MXLを用いることで遅延は1.9ミリ秒まで短縮され、今後の放送設備はST 2110をエッジ機器(カメラ等)の取り込み規格として残しつつ、中核の信号処理はMXLを用いた完全なクラウドネイティブ環境へと移行していくことになる。

昨年のNAB2025で開催されたLAWO主催のブレックファスト・セッションで、ルグラン氏はこの次世代の放送局モデル「ダイナミックメディア施設(DMF)」における具体的なアプローチは、以下の4点に集約されると語っている。

  • 1. 「真のソフトウェア・インフラ」の構築(専用ハードからの脱却):特定の機能ごとに専用のハードウェアを作る従来の放送業界のアプローチを捨て、ハイパースケーラーのように汎用的な計算機(COTSサーバー)上でコンテナ化されたソフトウェアを動かすモデルに完全移行する。これにより、単なる「接続のIP化」を超えた、真の柔軟性と俊敏性(Agility)を獲得する。
  • 2. オープンソース・モデルによる圧倒的な開発スピードと標準化:策定に5~6年を要するSMPTEなどの伝統的な標準化プロセスを待つのではなく、IT業界がLinux Foundationなどで実践しているように「オープンソースSDK」をベンダー間で共有する。共通のコードを業界全体で使うことで、開発期間を短縮し、導入初日から確実に動く相互運用性を確保する。
  • 3. データ転送の効率化(メモリ共有とRDMA):CBC/Radio-Canadaが開発を主導する「MXL(Media Exchange Layer)」は、AI業界が大量のデータを処理する際にネットワークパケット処理を避けるのと同様に、共有メモリ(Shared Memory)やRDMA技術を放送に応用する。コンピュータのメモリを直接読み書きすることで、遅延なくまた低コストでソフトウエア間の映像データを交換する仕組みを実現する。
  • 4. 場所にとらわれない柔軟性(クラウドネイティブな設計):ハイパースケーラーのソフトウェアと同様に、MXLはオンプレミス(自社データセンター)でもパブリッククラウド(AWSやGoogleなど)でも同一に動作するように設計されている。これにより、「遅延が許されないライブ処理はオンプレミスで」「スケーラビリティが必要な処理はクラウドで」といった使い分けを、ソフトウェアの変更なしに選択できるアーキテクチャを実現している。
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フランソワ・ルグラン氏(CBC/Radio-Canadaのスライドから)

ルグラン氏は「モントリオールはIPインフラの構築を『学ぶ』プロジェクトだったが、これからはIPだけでは限界がある」とし、「トロントのe250プロジェクトではソフトウエアの活用で真のフレキシビリティを実現することが目的」と語っていた。CBC/Radio-Canadaは、予測不可能な未来に備えて放送のあり方を根底から再構築する先駆者として、力強いビジョンを提示してくれた。

WRITER PROFILE

今和泉 仁

今和泉 仁

NHK、NHKエンタープライズで番組制作、国際事業、デジタル・配信事業を歴任。ロンドン駐在を経て、現在はメディア・ITコンサルタントとして活動。CES、NAB、IBC、MWCなど海外メディア関連見本市に長年参加している。