1年半の長きに続いた「オタク社長が見たAsianimationの世界」が、今回からリニューアル新連載となった。その名も「オタク社長の世界映像紀行」。この一年で世界経済が激変し、中国などアジア諸国だけに注目していられる状況ではなくなりつつあることが挙げられる。また、そもそも日本以外ではアニメーションと他の映像をあまり明確には分けず、アジアのアニメーションという枠組みでは捉えきれなくなってきた、というのもある。幸か不幸か、私はアニメ会社と武道関係(実はそんな事もやっている)との表裏両方の仕事の関係で世界を飛び回っており、アジアのみならず、世界中のオタク仲間たちに支えられて日々の仕事をこなしている。アジアの枠を超え世界のオタク的視点から見た、世界の映像事情をお伝えできればと考えている。

伸び悩む新興国映像産業、踏みとどまる日本のアニメ

 

日本のアニメ業界を見渡せば、ここ数ヶ月、新規案件の中国外注が明らかに減りつつある。押っ取り刀の大手系などでは今から中国外注を目指しているところも無い訳ではないし、既存案件の継続もあるため数字上はもうしばらく中国外注の上昇傾向が続くとは思われるが、新規の中国外注ラッシュは終わり、今はむしろ日本国内制作が増えているのが現状だ。この動きは、中国の人件費が上がり、コストがペイしなくなり始めているのが最大の理由だと思われる。

中国都市部の映像クリエイターの月収が、昨年までは、5~8万円程度。今年になって7~12万円程度まで上昇しているのだ。このくらいの価格差であれば、管理費や中間経費、翻訳コスト、新設備投資、そして何よりクオリティの差などで充分に日本との価格差が埋まってしまう。以前のアニメ韓国外注ラッシュが収まったのは韓国クリエイターの月収が13万円/月を超えたあたりだったので、今回も同じ月給ラインで同様の現象が見られ始めていると言えるだろう。

また、マクドナルドハンバーガーによる世界各国の為替指数である「ビッグマック指数」によれば、中国の対ドル購買力平価水準は、48%の過小評価。これに対して日本円は対ドルでわずか2%の過小評価。つまり洋風の嗜好品でも大体2倍の物価の評価差があることになる(*1。そうすると中国都市部のクリエイター人件費は、日本円感覚で言えば14万円~24万円相当。すでに中国都市部では賃金が上昇しきってしまっていているのだ。これでもまだ日本に比べてやや中国の人件費が安いのは単に中国政府の方針で為替評価差が付けられているから、というだけに過ぎない。そして人民元の柔軟化が国際合意になりつつある今、中国クリエイターの対日本円でのさらなる価格急上昇は明らかな近未来の出来事なのだ。

つまり、なんと驚くことに、我々日本のクリエイターは、人件費を含んだトータルコストでの価格競争で中国に勝ちつつあるのである。長年低賃金と言われ続けられてきたこの業界だが、まさかトータルコストで中国に勝てるほど低賃金とは思わなかった。この点、胸を張ってよいものかどうか悩むところだが、とりあえず、日本から制作企業が消滅するような当座の危機は無くなりそうな案配だ。

中国経済を始めとするBRICs諸国の成長鈍化も影響

中国のGDPは、2010年中に日本を抜いて世界二位になるものと思われていた。事実、2010年8月1日、中国人民銀行副総裁で国家為替管理局局長の易綱氏は「中国経済はすでに日本を抜き、世界第2位の経済体となった」と発言したが(*2、……経済の現場の声を聞くと、どうもそれが怪しくなりつつある。

事実、2010年第1クォーターでの中国GDP成長率は11.9%であったが、第2クォーターではそれが10.3%まで減速。これに対して日本もいくら低成長とはいえ2.6%程度の成長率を持っているため、今年中の逆転は難しくなってきているのだ。(*3

無論、2011年中には確実に日中GDPは逆転すると見られるし、10%越えの成長自体とんでもない大成長なのだが、12%程度の大成長を見込んで行われてきた投資には強烈な冷や水となり、投資控えが起きつつあるのが現状なのだ。そしてご存じの通り、今、完全にデジタル化した映像制作に取り組むためには多大な初期投資を必要とする。何かしらの機材があるのであればともかく、ゼロからの投資を行わざるを得ない企業が多い中国映像業界にとって、あまり順調とは言えない状況が当面続きそうなのである。逆に言えば我が国日本のアニメ・映像産業は、うまく生き残りつつあると言えるだろう。

万博会場に見る、中国パワー(その1)

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上海万博のマスコット海宝(ハイパー)君。なんと、古名所「豫園」にもでかでかと飾られていた

とはいえ、そこは中国、目覚めた竜。成長のやや鈍化した現状でも大したパワーを誇る。アニメで言えば、あちこちに雨後の竹の子のように建った動漫施設もある。とにかく国全体が、見るだけで笑ってしまいそうになるほどの圧倒的なパワーを誇っているのだ。今話題の上海万博でも、そのあたりの事情は垣間見ることが出来た。

私が上海万博に行った7月中旬は、なんと、上海近郊の十数名の私の友人たちが全員日本に来て(あるいは帰国して)しまっているという異常事態であった。長年中国ビジネスに関わっているが、こんなことは初めてで驚いた。もちろん彼らの大半が映像やゲーム制作関係者。こんなちょっとしたことからも、中国経済の成長鈍化を感じる。去年であれば暑い夏だろうが関係無しに皆上海で仕事に追われていたものであったのだが。

さて。万博自体は我々外国人の目から見て、正直ハズレの感は否めない。ひたすらに中国国内向きのイベントで、これを日本のつくば博や愛地球博のようなパビリオン以外でも楽しい万人向けイベントを想定していると痛い目に合う。なにしろ、端から外国人が来ることをあまり想定していないため、専用の両替施設もなく、会場内にある普通の銀行で預金者たちと一緒に並んで両替しなければ行けない有様。パビリオン外の娯楽もほぼ皆無で、5時間並んでようやく入ったパビリオンも基本的には大画面TVにCMを流してお終いのところばかり。しかも人気パビリオンの整理券はその大半が配られる前に関係者の利権として消えてしまっており、9時のゲート開門と同時に実直に駆け足をしても、どこの券も手に入れないまま終わってしまう…。

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2時間並んで入った万博メインホール。迎えるのは中国で有名な日本式ラーメン店「味千ラーメン」

なにしろ、パビリオン開場時間の9時半になると、すでに万博ゲートには誰も並んでいない!そんな時間から並んでもどこも見られないのだ!その代わりにひたすらに多いのがレストランや屋台。各パビリオンには1店舗ならずレストランが併設されていて、さらには会場各所にレストラン街まで造成。中華はもちろん、和食欧米印露他様々なレストランが並ぶ様は食の万博と言っても過言ではなく、そうしたおいしい食事を取っているうちに、なんだか幸せな気持ちになってくるのも確かだ。少なくとも、日本の万博でありがちな、食事を摂りはぐれてひもじい、等ということは、この上海万博では一切無い。これも中国ならではの光景と言えるかも知れない。

気を吐く日本産業館

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日本産業館。既存の倉庫を改装した半分がこのパビリオンになっている

ここは民間出展館の中ではとにかく大人気で、中でもそのオープニング映像に話題が集まっていた。「きれい」「かわいい」「きもちいい」の3大テーマを元に、日本の各種企業や地方自治体が共同出展している民間のパビリオンなのだが、その注目は、なんといってもお台場ガンダムの映像と、その前後の女子高生風のオタクダンス!(日本産業館は上海万博では珍しく撮影禁止のパビリオンのため、外観しか写真がないのが残念!)

なんとAKB48も来たそうで、アジアのオタク注目のパビリオンなのだ。このプロデュースは、一見オタクと縁のなさそうな堺屋太一氏であるというから、驚きだ。日本産業館は、上海万博のテーマである「より良い都市、より良い生活」から、「日本が創る、より良い暮らし」に注目し、各社各自治体の考える「より良い暮らし」を日本の日常から持ってくる、というコンセプトで構成されている。そこから、これだけオタク文化がピックアップされたのは、なんというか気恥ずかしいような複雑な気持ちだ。携帯電話を意識した縦長の映像はとにかくきらびやかで、日本という国のすばらしさを熱く語る、抜群の映像であった。

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日本産業館、世界一のトイレ。各入場グループ毎に5名ずつ当たるはずが…

日本産業館で、オープニング映像に次ぐ2番目の注目が、トイレ。その名も「世界一のトイレ」とされ、入場グループ毎に5名ずつにチケットが当たる、ということになっていた。当選者には、配布されたビニールバッグの中にチケットが入っている、とのこと。しかしそこは日本関連館とは言え中国。なんと私の参加したグループからは当選者無し。これはひょっとして、と思ってその後出口から2グループほど観察していたが、案の定、そこからも一人も当選者が出なかった。

先に各パビリオンの予約券の話でも書いたが、中国でチケット制といえば、自動的に関係者の利権と見なされる傾向がある。これはひょっとすると、ひょっとするのかも知れない…。最後の最後に中国のたくましさをまざまざと見せつけられた、そんな日本産業館だった。次回も、上海から。