「ロマンスの神様」の広瀬香美がライブ全編をYouTubeで無料配信&ライブ終了後に本編映像データをSDカードで即販売
歌手の広瀬香美は2020年2月24日、東京・お台場のZepp DiverCityでライブツアー「Winter Tour2020 “SING”」最終日を開催。あの代表作「ロマンスの神様」も披露して盛り上がった。さらにこのライブでは、ライブ全編をYouTubeで無料配信、ライブ終了後に本公演の本編映像データをSDカードに収録して即販売、スーパーチャットの投げ銭あり、公演中の撮影全面もOKというさまざまな試みが行われた。
2020年2月24日のライブツアーの最終公演の様子
特に本編映像SDカードの即販売は、コンサートの熱気が高い状態で販売される映像コンテンツとあって、今後大注目の商品となるのではないだろうか。会場の興奮をどのようにしてリアルタイムに伝え、いかにしてSDカード即販売を実現したのか?少し遅れてしまったが、当日の収録現場の様子をレポートしよう。
本公演の注目であるライブ会場入り口に設けられたSDカード販売窓口
初めにあらかじめ補足説明を入れておくと、政府は2020年2月26日に大規模イベントの中止や延期、規模縮小などを求めたことがきっかけでライブやコンサートの中止や延期が相次ぐようになったが、本公演は自粛要請前の2020年2月24日に開催されたものだ。新型コロナウイルス感染症予防で接触回避の意識が高まっているが、ライブが開催できた2020年2月時点のレポートであることをご了承願いたい。
こちらがライブ終了後に発売したSDカード。価格は税込5,000円
ATEM Constellation 8K、LiveU Solo、YouTube Liveを使ってライブ配信を実現
本公演の話題の1つは全編無料配信だ。実は2020年1月10日に行われたZEPP Tokyoのツアー初日でも全編無料ライブ配信が行われたが、前半は静止画に音声のみで後半から映像と音声両方で動画を公開した。本公演では最初から最後まですべて無料で公開。さらに、会場の来場者は撮影録画OKだ。
広瀬香美のような大物アーティストのあまりの大盤振る舞いに、Twitterなどでも「全部無料で見られるの?」「これ本当に無料なの?」と懐疑的な意見も数多く見られるほどだった。
しかも、本公演は本格的なライブ配信の機材構成で撮影、収録が行われた。「ライブは無料だが現場は凄いですよ。映像配信で実績の多い人材をかき集めて最高の機材を使ってやっていますから」とカメラ担当の渡邊聡氏は語る。技術統括の金森郁東氏も「オーバースペックで先端技術の無駄遣いですよ。これは」と笑って答えた。
まずは撮影側から紹介。本公演の撮影では、ソニーPXW-Z280が計4台使用された。渡邊氏は、顔検出AFと12G-SDIが特に大きな威力を発揮したという。
渡邊氏:2020年1月10日のライブ配信では、JVCのGY-HM250とPTZのHDのカメラを使用したが、本公演ではソニーのメモリーカムコーダー「PXW-Z280」を4台導入しました。Z280は、被写体の顔にフォーカスを合せる顔検出オートフォーカスがめちゃくちゃ便利で優秀です。チームのカメラマンはみな高齢者です。もうピントはソニー頼みという感じです(笑)。
あと、Z280は12G-SDI出力対応も選んだ理由です。今回はHDでの収録配信ですが、今後4Kでの収録やライブ配信を視野に入れたシステム運用をシンプルに実現できるのもポイントです。
今回のライブ配信で選ばれた4台使われたソニーのZ280。フォーカス、アイリスはカメラまかせで問題ないと渡邊氏
カメラの配置は、上手舞台下カメラ、下手カメラ、センターカメラに2台。各カメラにはタリーランプシステムとATOMOSのSHOGUN INFERNOを搭載。ライブ配信と本編映像データ販売用収録を目的として、アンコール時に追加使用するワイヤレスカメラを含め5台のカメラがマルチ運用された。
上手舞台下カメラを担当した新居晃氏
下手カメラを担当した渡邊聡氏
センターカメラを担当した本間一成氏
アンコール時に使用するワイヤレスカメラ。2階席からHDMIのワイヤレスユニットを使って、レシーバーに映像を送信
次に配信ベースのシステムを紹介。5台の映像を切り替えるテクニカルディレクターの泉悠斗氏とスイッチャーの大井一弘氏。設備面で注目したいのは、スイッチャーに8K対応の「ATEM Constellation 8K」を仮設。大規模音楽フェスティバルに使われる超ハイスペックなスイッチャーを活用しているのに驚いてしまったが、もちろん8K収録しているわけでなく、高性能なスイッチャーとして活用しているのも大きな特徴となった。
また、本編オンエア前の静止画を出すのには、Blackmagic DesignのATEM Television Studio Pro 4Kを活用。泉氏はBlackmagic Designのスイッチャーを選ぶ理由として、構柔軟性や使い方の幅の広さをを挙げた。
中央がATEM Constellation 8Kのソフトウェアコントロールパネル。左はConstellation 8Kを操作するパネルのATEM 1 M/E Advanced Panel。左は大井一弘氏、右は泉悠斗氏
本公演は1080PでYouTubeのみでライブ配信を行った。メインのエンコーダーは「LiveU Solo」、バックアップのエンコーダーは「LiveShell」を活用した。ライブ会場の回線は細いために、LiveU Soloをau回線とドコモ回線のモデムを合計2回線と有線LANと合計3回線をボンディングして送信を行った。
ライブ動画配信サービスはYouTube Liveを活用した。「Facebook liveやTwitter Liveではバックアップ回線に送ることはできないから」と泉氏。YouTube Liveは、バックアップストリームが送れたり、投げ銭機能に対応したスーパーチャット機能、約5秒の遅延に抑えられる超低遅延モードに対応しているのもポイントだと言い、次のようにコメントした。
泉氏:YouTubeは通常の遅延だと20、30秒ぐらい遅れてきますが、YouTube Liveの超低遅延モードは約5秒の遅延なのでチャット欄から運営側とリアルタイムでコミュニケーションがとれるのは大きな利点です。ただし、HDまでの制限はありますが。会場に来ていない人とも、まるで来ているかのコミュニケーション感を作れるところで超低遅延モードの存在はとても大きなポイントになります。
YouTube Liveは会場の人やネットの視聴者が見ているコンテンツに差がなくなる。遅延なしで、ファンの人たちとコミュニケーションが可能
本公演では音声収録も自慢の特徴と話す。「オーディエンスを4つ作っています。Bunkamuraオーチャードホール並ですよ。本当は全部のマイクロホンから分岐してミックスしなければいけないのですが、そうはいきませんでした。その場で完成ではないので」と金森氏はこだわりの思いを語る。
最終的には、会場内の雰囲気や来場者の反応を収録するオーディエンスマイクを4つ設置し、LRはPA分岐をもらってアンビエンスをプラスして6チャンネルミックス。ホールトーンのディレイも卓で作って8ミックスで収録を行った。「こうすれば収録にも無料の配信にもいく」とのことだ。
技術統括の金森郁東氏
デスクにはデジタルミキサーがあり、音のリップシンクのディレイや、バックアップで96kHzのハイレゾ収録
終演後即購入できるSDカードメディアはこうして実現した
■4台のBlackmagic Duplicator 4KでSDカード100枚の商品を同時に書き込み
今回のライブ収録の一番の目玉は、ライブの感動をそのまま持ち帰れる本編映像SDカードの即日100枚限定販売だ。過去にアイドルイベントでUSBメモリーに当日のライブ映像を記録し、終了数時間後に即日販売という例はあるようだ。本公演の即販売はコピー時間なしで実現するもので、ライブが終わったら即出口で販売を開始する画期的なものだ。即販売という点では、国内初の試みといって間違いないだろう。決定に至るまでの経緯を事務所スタッフはこう語る。
SDメディアカードの販売は初めての試みなので、リスクもあるかもしれません。それでも「いきましょう」と最後のひと押しは広瀬さんの決定がありました。広瀬さんはTwitterを始めるのもものすごく早く2009年7月に登録して始めています。そういう最新のテクニカルな技術に関して感度が高い人だからOKが出たのでしょう。
メディアの複製には、ライブ後即販売が可能なBlackmagic DesignのBlackmagic Duplicator 4Kを活用した。デュプリケーターと聞くと、原盤からCDやDVDのメディアを高速コピーして量産をイメージしてしまう。「1枚の書き込み時間は何分ですか?」と質問してしまいそうだが、そういう機器ではない。Blackmagic Duplicator 4Kは、純粋に映像の録画の開始と停止を備えたSDカード対応収録機器だ。リアルタイムに収録するので、その時間分だけ収録時間がかかる。今回のライブは135分で、135分間レコーディングを続けることとなる。それが1台のBlackmagic Duplicator 4Kにつき、25系統の録画が可能だ。それでは時系列にその模様をお送りしよう。
1Uラックサイズの機器で、H.264や最新のH.265圧縮を使用して、2160p60までのSD、HD、Ultra HDビデオを25枚のSDカードに同時に収録が可能。会場にはBlackmagic Duplicator 4Kを4台導入して、100枚同時に収録できる環境を実現
■17:25 Blackmagic Duplicator 4KのRECを開始
最初にBlackmagic Duplicator 4Kに25枚のSDカードを挿入し、SDカードのフォーマットを行う。今回は100枚のカードを複製するので、計4台使用。複数ユニットをシリアルケーブルで接続してデイジーチェーン接続を行い、REC操作や停止操作などの操作をマスターから一括コントロールが可能。しかし、今回は時間の都合でデイジーチェーン接続は行わなず、すべてのユニットのREC操作を手動で行った。
Blackmagic Duplicator 4Kを操作するのはチーム統括の森下千津子氏。記録の開始時間になったら、収録ボタンを同時に押してRECスタートする
収録開始の状態になると、各スロットのLEDステータスインジケーターが赤い点滅になる
■19:52 ライブ終了。Blackmagic Duplicator 4KのRecを停止
ライブが終了と同時に停止ボタンを押して収録を停止する。
■19:53 Blackmagic Duplicator 4KからSDカードの抜き取り
ライブが終了してから、出口での販売店頭販売開始までの作業時間は10分間。ここからは10分間で100枚のメディア封入作業を完了させる。収録を停止したら、Blackmagic Duplicator 4Kから100枚のSDカードのメディアを抜く。
■19:54 SDカードをケースに封入
ここからは2人による並行作業。1人が抜き取ったSDカードを透明ケースに入れていく。
もう1人がビニールに封入していく。
■19:57
ケースの封入は3〜4分で終了するが、メディアをビニールに封入する作業はすぐに終わらない。10分間で100枚のメディア封入を2人で完了させるのは不可能なので3人体制に変更。制限時間内に商品の用意が完了した。
■20:07
会場入り口の販売コーナーに納品。ライブ終了とほぼ同時に購入希望者に販売を開始した。
ライブ後の即映像販売は国内でもますます注目されていきそう
ライブをその日のうちに収録して会場で即販売するというアイデアは誰もが「やりたい!」と思っていたが、技術的に不可能だった。それを本公演では、国内最初に実現した。今度、同様のことを行うライブ公演は増えていくだろう。
しかし、今後実現する上で気になるのがSDカード販売枚数だ。「100枚よりも枚数を増やして販売したい」と考える主催者もあるはずだ。100枚以上の量産が可能なのかについては、「Blackmagic Duplicator 4Kは何台でもデイジーチェーン接続ができますので無限に増やせます。しかし、本公演に使用したBlackmagic Duplicator 4Kはレンタルです。国内にあるBlackmagic Duplicator 4Kをすべてかき集めて4台となりました」と泉氏。現状では機体数の問題で100枚が限界のようだ。また、本公演のSDカードは5,000円で販売された。価格は前例がない分、今後本公演が1つの指標となりそうだ。
コピーを撮られてしまったらどうするのか?など、いろいろな解決しなければならない問題もある。しかし、「ライブの収録」「ライブ配信」が中心だったライブ映像の制作現場に、「ライブメディアの販売」という新しいメディア流通の誕生に期待が高まるばかりだ。
広瀬香美Winter Tour2020 “SING”
- テクニカルディレクター:泉悠斗(神成株式会社)
- スイッチャー:大井一弘
- カメラ:渡邊聡(Multicamlaboratory)/本間一成(株式会社富士空撮サービス)/新居晃
- 技術総括:金森郁東(株式会社ユーブイエヌ)
- チーム総括:森下千津子(株式会社プロ機材ドットコム)
- Muse Endeavor inc.PR;高橋浄久
- アシスタントディレクター:石坂龍生
- 協力:Muse Endeavor inc./Blackmagic Design/Fieldcaster Japan/DVC