筆者は映画やドラマ、コマーシャル、ミュージックビデオなどの撮影を担当する映像カメラマンである。この度、撮影担当作がドイツのベルリン映画祭に招待され、現地を訪れることになった。黒沢清監督「Chime」。本日の夜(2024年2月19日)、500名の観客を前にワールドプレミアの予定である。
その上映の立ち会いでベルリン滞在中の先日、SNSで情報が流れてきたロンドンで開催の映画およびテレビ制作機器とテクノロジーのイベント「BSC Expo 2024」に足を伸ばしてみることに。朝3時に宿を出て、24時に戻るというまさに弾丸日帰りツアーであった。
本レポートは、動画カメラマン、シネマトグラファーとしての、筆者の個人的な興味に沿った、やや偏ったレポートとなることをご承知おきいただきたい。
ロンドンで開催の映画およびテレビ制作機器展示会「BSC Expo 2024」へ弾丸参戦
ロンドン中心部の川沿いの広い公園の中に会場であるバタシー エボリューション。開場の列に間に合い、開場と同時に10時に入場した。開場時には100人程度の列があった。"The International Event for Film&TV Production Equipment &Technology"とある通り、特機機材から照明、バーチャルプロダクション、撮影機材と幅広くブースが展開されていた。
イメージとしてはロサンゼルスのCine Gear Expoが近い。それに比べて規模感的にはそれほどには大きくない。感覚的には3分の1ぐらいである。その分こぢんまりとして親近感があり、興味をもつブースの方と話がしやすく、ブースの方々のほうから話かけてきてくれるような雰囲気があった。
まず、総観として印象に残ったことがある。それはBSC Expoの情報を調べているときに自分が察知し、垣間見られたことだ。カメラのクオリティがかなり高いものになり、誰もが気軽に高品質な映像を手に入れやすくなった時代において、映像制作の原点やアナログ的な、モノ的なものづくりを楽しみ、そこから映像制作をしていこうという小さいメッセージがいくつも発せられていた。iPhone 15で4K RAWのオート露出、オートフォーカスの映像が撮れる時代に、フィルムカメラ、オールドレンズ、手作りのアナログな装置をつかった「1回限りの、その場にしかない映像」を得ようとするクリエイター魂をみることができた。
もちろん、今回のイベントで華やかな舞台を誇り高く飾っていたのは、パナビジョン、ARRI、ソニーといった最大手のブースである。広いスペースで世界最高の技術と歴史を感じることができ、これこそがプロフェッショナルというブースを堪能できた。特にパナビジョンブースにあった、ソニーVENICE 2でアナモフィックレンズをファインダーから覗いた時は、「これこそが世界レベルの映像」というのを実感した。ARRI、ソニー、RED、キヤノン、Blackmagic Designのブースも然りであった。
また、会場で目立っていたのは、中国系の照明会社、レンズメーカーである。
NANLITE、DZOFILM、LAOWA等、年を追って改善し規模を広げていく各社に畏敬の念をもった。
ヨーロッパ拠点の特機メーカーブースで実際に機材を触り体験可能な「BSC Expo 2024」
また、ロサンゼルスの機材展Cine Gearのように、ヨーロッパ拠点の特機メーカーのブースも実際に機材を触りながら体験することができ、「こういう機材がある」という自分の特機理解を深めてくれるものとなった。
筆者も選択するフィルム撮影の魅力
さて、ここからやや偏りのあるレポートにはなるが、個人的にツボだったブースについて、いくつか具体的に紹介をしていきたい。
筆者の普段の撮影はデジタル撮影が中心であるが、チャンスがあるときはフィルム撮影を選択することがあり、機材も所有している。2024年のアメリカアカデミー賞のノミネート32作品中19作品がフィルム撮影であった。
今、撮影に携わる者であれば、誰もが「フィルム撮影」に少なくても「興味はもっている」し、「いつかチャンスがあればやってみたい」ものとなっている。
そういう機運、空気が本会場にもしっかり具現化されており、会場で展示されてあったフィルムカメラは数多く、デモンストレーションとはいえ、ドローンに35mmフィルムカメラを掲載しているブースもあった。
オールドレンズをリハウジングしたレンズたちが多く並ぶ
また、会場にはたくさんのオールドレンズをリハウジングしたレンズが展示してあった。かつての古いビンテージレンズやスチルの古いレンズを一度解体し、筐体をシネマユースに作り替えてPLマウント化するリハウジングサービスを提供する会社は世界にいくつか存在する。
今回は、イギリスの老舗TLS社の担当の方と直接会話ができ、お互いの顔が見えるコミュニケーションがとれたことはとてもよかったし、自分も作業をお願いしたいレンズがいくつかあるのでとてもいいきっかけをつくることができた。
また、これまでWebサイトの情報でしか触れることができなかった、いくつかのメーカーのブースに長い時間を費やした。
まずは、Indiecam社。この会社はもともと小型のカメラを作っていた会社で、35mmフィルムや16mmフィルムカメラのHDビデオアウトを本体一体型で製作している。価格は150万円を下らない高価なものとなるが、フィルム撮影という撮影スタイルでも「参考映像」として高品質のライブHDビデオアウトが開発されているのはとても幸福なことである。
Focus Canning社では、親子で日本のかつてのスチールレンズなどのリハウジングに取り組んでいた。お子さんは見たところ中学生あるいは高校生。カウボーイハットをかぶって恥ずかしそうにこちらをみていた。CADを扱うことができるようで父親と子供がそうやって仕事をやっていく姿は町工場のようで微笑ましかった。
レンタルハウスのOne Stop Filmsには、かつて見たことがないような分量のオールドレンズのお宝たちがルーブル美術館の展示さながらに多数展示されており、それらをカメラで試すことができた。現在公開中の話題作「哀れなるものたち」でも使われたであろうPetzval 55のPLマウントリハウジングレンズも見ることができた。確かに面白い。
また、痒いところに手が届くパーツを開発販売しているRatworksの技術者とも話をすることができた。ARRIのSR3カメラのトップハンドルやサイドチーズプレートの実物をみて、どのように使うのか、使えるのかを確実に理解することができた。
カラーグレーディングソフトのBaselightのセミナーに感銘を受ける!
そして今回もう一つ見てみたかったのが、セミナー会場で行われたカラーグレーディングソフトBaselightのセミナーである。30分の短いものであったが、撮影シーンごとにレファレンスとする作品を選択して、研究してそれを再現する方法は自分も近々の作品で課題としたいと思った。海外のグレーディングシーンにも、今後も注目していきたい。帰りの飛行機に乗るために、会場を15時には退場し、雨のロンドンの中、赤い二階建てのロンドンバスに乗って空港行きの電車の駅に急ぎ足で向かい、無事ベルリンに戻った。
大手のプロフェッショナルを頂点に、オタク気質なものづくりでニヤケて笑っているような職人たちの土壌の広さをイギリスに感じることができた。それらは、かつて盛んであった産業を時代の流れですぐに手を離さず持っていてくれた方々の小さな想いの集合体のように思えた。それらに出会えたことがとてもいい経験となった。
短い文章で、やや個人的な思いの強いレポートとなったが、以上、BSC Expo 2024@ロンドンの弾丸ツアーのレポートである。