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大阪・関西万博を契機に、公共交通のあり方が静かに、しかし確実に進化しつつある。鉄道やバスは、単なる移動手段から、ストーリー性と没入感を持つ体験の場へと変貌しつつある。

本稿では、筆者が実際に体験したJR西日本の「JR WEST Parade Train」と、OUGIの「The XR RIDE」という2つの象徴的なプロジェクトを紹介し、都市交通とデジタルサイネージの未来を探る。

「走るパビリオン」JR WEST Parade Train、移動空間そのものがメディアに変わる

JR西日本が導入した「Parade Train」は、鉄道車両そのものを大胆に空間メディア化した実証プロジェクトである。大阪環状線の323系1編成をベースに、先頭車両の天井・側壁・ドア上などに932枚のフレキシブルLEDパネルを配置。まさに"まるごと映像空間"が現出している。

このプロジェクトで使用されているLEDは、曲面対応可能な仕様で、連結部や天井の曲面にも自然に追従する。映像コンテンツは、車両の走行速度・位置・周囲の環境光などに連動して変化する仕組みで、コンテンツ演出と移動のリアルタイム同期がなされている点が革新的である。

テーマは「食」「歴史」「自然」「万博」など6章立て。たこ焼きが浮かぶ幻想的な大阪グルメの世界から、桜や鳥が舞う自然描写、1970年の大阪万博から現代にワープする"EXPOタイムトンネル"まで、構成は大胆でありながらも精緻に作られている。

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ディスプレイを設置できる場所はすべて活用
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窓上やドア横も
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従来型のドア上も
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夜の上り線車内にて

「Parade Train」は、電車車両を完全映像メディア化した初めての事例である。画質や解像度に課題も見受けられるが、これらは技術の進化によって解消されるであろう。このプロジェクトが乗客の体験価値や利便性を向上させ、ビジネスとして成立するか否かは今後の注目点であり、交通系サイネージ関係者にとっても重要な事例である。

「The XR RIDE」次世代XRバス、バスが観光エンタメのステージに

もうひとつの注目事例が、OUGIが運行する「The XR RIDE」だ。大阪市内を巡るこのツアーバスは、車内にARやAIガイド、天井ディスプレイを組み合わせた"走るXR空間"である。これは、XR(クロスリアリティ)技術を活用した観光バスツアーであり、訪日外国人向けに多言語対応・多感覚演出を備えた新しい観光のかたちを提示している。

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中型のバスを使用

ベース車両はトヨタ製の中型バスで、側面窓には透過型OLEDパネル、天井には高精細LEDパネルを設置。これにより、現実の風景に重なるようにCGキャラクターや案内映像が映し出され、都市空間が物語の舞台へと変貌する。

また、AIアバター「TEMPURA」と、同乗するリアルなガイド「AMI」によるハイブリッド形式で進行し、笑いや驚きを織り交ぜた進行が展開される。

TEMPURAはAIアバターであるが、音声はロボットボイス風に変換されているものの、東京からリアルタイムで参加し、英・中・日(大阪弁)の3カ国語を状況に応じて使い分けている。担当者は車内に設置された複数のカメラにより、乗客の表情や動きを把握し、TEMPURAが乗客のすぐ横に移動して話しかけるようなインタラクションが可能となっており、その没入感は非常に高い。

乗客が「おおきに」など大阪弁に驚きながら会話に参加する様子は、観光案内以上に関西カルチャー体験そのものとなっている。

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窓と天井にディスプレイ
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同乗するガイド役のAMIさん、運転席後部には大型LCDディスプレイ
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コンテンツ内容が書かれた小冊子
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映像が消えると車窓から外が見える
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カメラで乗客の様子が見えている
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AIアバターは乗客の真横に移動してきて話しかける
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エンディングでは天井にも映像が

共通する視点:「移動」×「映像」×「没入」

両プロジェクトに共通するのは、交通機関の役割を「移動手段」から「体験の場」へと再定義する発想である。以下のような要素が、これを支えている。

  • 空間全体を包み込む映像・ディスプレイ演出
  • ストーリーテリングと連動する音響・映像設計
  • AI・XR・IoTを活用したインタラクティブUXの導入

Parade Trainは移動中に時空を超える感覚を演出し、XR RIDEでは現実と仮想が交錯することで、車内外の境界が曖昧となる。これらは、従来のデジタルサイネージを超えて、空間そのものを変容させる「環境メディア」としての進化を示している。

未来のモビリティ体験:応用の可能性

これらの取り組みは一過性のショーケースにとどまらず、今後の公共交通や観光、教育、防災、都市計画にまで波及するポテンシャルを秘めている。

  • 観光、地域振興
    地域の伝統や観光名所と組み合わせたローカルXRツアーを展開することで、地方創生や観光促進のツールとなる。
  • 教育:
    バス車内や電車内での教育プログラムなど、多言語・リアルタイム対応の社会インフラ型体験として発展可能。
  • 商業施設、移動型エンタメ
    アートギャラリー、XRコンサート会場など、車両単位でのコンテンツ提供プラットフォームへと転用できる。
  • MaaSとUX統合
    交通手段を統合するMaaSと連携し、個人の趣味・行動履歴に最適化されたUXをリアルタイムで提供する仕組みが見えてくる。
  • 空港、港などへの拡張
    交通拠点そのものを体験メディアに転換する動きも期待される。特に国際観光においては到着した瞬間から物語が始まる演出が実現可能だ。

「JR WEST Parade Train」と「The XR RIDE」は、大阪・関西万博を契機に誕生し、交通インフラが体験プラットフォームへと変容する可能性を提示した。

もはや移動は「どこへ行くか」だけではなく、「そこで何を感じるか」が問われる時代である。風景と物語が交錯し、感性と情報が融合する空間が、都市と交通の未来を形作っていく。デジタルサイネージは告知媒体を超え、空間そのものを演出する「感動の舞台装置」へと進化している。

その兆しは、すでに私たちの目の前を走り始めている。