(左から)株式会社白組 VFX スーパーバイザー/CGアーティスト植木孝行氏、VFXアーティスト佐藤昭一郎氏、ソニー株式会社 mocopi プロダクトマネージャー 南翔太氏

ソニーは2025年1月、世界最大のテクノロジー見本市「CES 2025」にて、空間コンテンツ制作を支援する新たなソリューション「XYN™(ジン)」を発表した。「XYN(ジン)」の第一弾として提供開始したのが、従来の6点から倍となる12点センサーへと進化した「mocopiプロフェッショナルモード」を含むPC用ソフトウェア「XYN Motion Studio」である。これは商業映像制作の現場での活用を強力に後押しするものとして注目を集めている。

2025年3月下旬より、「mocopi」を2セット、12点のセンサーと接続することによりモーションキャプチャー精度を向上した「mocopiプロフェッショナルモード」の提供を開始している

同年3月下旬には、モーションキャプチャーの精度を飛躍的に向上させる「mocopiプロフェッショナルモード」の提供が開始された。そしてこれまで主にバーチャルライブやアニメ、ゲーム制作の分野で活用されてきたこのシステムが、実写映画の制作現場へ導入されるという画期的な事例が明らかになった。

VFX制作の名門として知られる株式会社白組が、次期映画作品のVFX制作におけるプリビジュアライゼーション(プリビズ)の工程で、同システムの本格的な活用を開始したのである。これは実写映画における初の試みであり、従来の活用領域を超えるこの挑戦は、業界内外から高い関心を集めている。

本稿は、白組の制作チームへのインタビューに基づき、この技術が次期公開作品の制作プロセスにどのような変化をもたらしたのか、その核心に迫るものである。なお、作品が未公開であるため、実際のプリビズ映像などを掲載することはできない点をご了承いただきたい。

今回、VFX・CG制作会社である株式会社白組の調布スタジオを訪問した
VFXスーパーバイザー/CGアーティストの植木孝行氏(左)とVFXアーティストの佐藤昭一郎氏(右)

白組VFXスーパーバイザーが語るプリビズの核心

映画「ゴジラ-1.0」のVFX制作で中心的役割を担ったVFXスーパーバイザーの植木孝行氏は、現代映画におけるプリビズの重要性を強調する。

白組のVFXチームは、企画が立ち上がり脚本が執筆される制作の最も早い段階から、新作映画の監督を務める山崎貴監督との協議に参加するという。監督のビジョンが絵コンテとして具現化され始めると同時に、チームは映像の設計図とも言うべきプリビズの構築に着手する。

白組のコンテンツ制作フローの中で、mocopiの活用について語るVFX スーパーバイザー/CGアーティスト 植木孝行氏

プリビズは、カメラワークとキャラクターのアニメーションを具体的に示すための、映画制作における極めて重要な工程である。植木氏らはこの段階でライティング等の詳細な設定はあえて行わず、後の工程を担当するアーティストの創造性を最大限に引き出す余地を残している。

具体的には、「Maya」や「Blender」といったDCCツール上で、「mocopi」でキャプチャーしたキャラクターの動きとカメラワークを組み合わせ、映像を制作する。このプリビズが撮影全体の計画基盤となり、実写撮影へと移行する。撮影現場ではVFXの専門家が立ち会い、視覚効果の観点から最適な撮影方法を提案し、制作を円滑に進めるのだ。

撮影完了後、ポストプロダクション作業が本格化する。実写映像にCGを統合して最終的な画を作り上げ、編集、MA、グレーディングといった工程を経て、一本の映画として完成する。

「撮りたい」が「撮れる」に直結する速度

「mocopi」が主に活用されるのは、企画初期段階のプリビズ制作フェーズである。このシステムの導入は、白組のワークフローに変化をもたらしたという。

従来主流であったスーツ型のモーションキャプチャーでは、広い空間の確保や撮影内容の事前リストアップなど、大掛かりな準備が不可欠だった。植木氏によれば、撮影は「明日撮ろう」という計画的な段取りが求められ、リストからの漏れが後で発覚しても、追加撮影は容易ではなかったという。

しかし、バンド式の小型センサーを用いる「mocopi」は、これらの制約を大幅に緩和した。最大の利点はその「手軽さ」にある。デスク周りのような限られたスペースでも、特別な準備なしに、思い立ったその場でモーションを収録できる。遮蔽物に強く、狭い場所でも利用できる点は、iPhoneの画像認識を利用した他の方式に対する優位性でもある。

この即時性は、制作の柔軟性を格段に向上させた。「これも必要だ」と気づいた瞬間に収録できるため、結果としてモーションの収録量が増え、表現の幅が大きく広がった。まさに「初動の速さ」が、制作プロセスにおける大きな変化をもたらしたと植木氏は語る。

mocopiは場所を問わず、すぐ使える手軽さが特徴だ

セットアップにかかる時間も、体感でわずか1分ほどだという。スーツ型のように着替える必要がなく、通信もボタン一つで安定して接続できるため、ストレスなく作業に入れる。また、地磁気の影響を受けない6軸センサーの採用により、鉄筋の建物内など、従来は撮影が難しかった場所でも問題なく使用できるようになったという。

バンドで手軽に使えるのが特徴
mocopiを使うことによってデスクでそのままセットアップして、自身のデスクまわりでキャプチャーが可能

コスト面でのメリットも大きい。数十万円したスーツ型システムに対し、「mocopi Proキット」とソフトウェアの月額利用料を合わせても、導入コストは大幅に削減された。

実際の撮影は高性能なPCを必要とせず、ノートPCがあれば十分だという。最も多い撮影場所はデスクの後ろで、植木氏が思いついたタイミングで収録し始め、周囲のスタッフを驚かせることもあるそうだ。

「XYN Motion Studio」が可能にする自由な映像表現

クラウドベースのモーション編集・生成ソフトウェア「XYN Motion Studio」も、白組に試験的に導入されている。このソフトウェアは「mocopi」と連携し、複数のモーションデータを自動で補完しながら繋ぎ合わせる革新的な機能を持つ。

植木氏は、物理的に限られたスペースで長尺のモーションを制作する活用例に期待を寄せる。例えば、キャラクターが長距離を走り、途中で仲間を起こして再び走り出す、といった一連のシーン。従来であれば広大な設備が必要だったが、「XYN Motion Studio」を使えば、「走る」「起こす」といった個別の動きを狭い空間で撮り、ソフトウェア上で繋ぎ合わせることで、自然で連続性のあるデータを生成できる。

この技術は、制作環境の物理的な制約という長年の問題を解決し、クリエイターの表現をより自由に、かつ効率的に具現化する。限られた空間から壮大なシーンを生み出すこのソリューションは、今後の映像制作プロセスに大きな変革をもたらす可能性を秘めているといえそうだ。

山崎貴監督が語る「mocopi」の価値

本システムについて、山崎貴監督からもコメントが寄せられた。

例えば、逃げ惑う人々のモーションをmocopiでキャプチャーすることで、シーンのシミュレーションがより精細になり、本当に助かっています。プリビズで活用すれば、登場シーンが少ない場合でもセット制作の要否を具体的に判断でき、工数削減にも大きく貢献しています。

自分がテキストで書いたイメージを、mocopiを使ってプリビズで可視化することで、スタッフ全員が撮影の状況や完成形のイメージを共有できるのです。VFXの撮影では予測不能なことが起こるからこそプリビズが重要になります。制作コストはプリビズの出来次第で大きく変わるため、非常に大事な工程です。皆が必要最低限の作業で済むようになるのは、本当にありがたいですね。

mocopiについて語る山崎貴監督

mocopiが拓く新たな映像表現の可能性

「mocopi」は、手軽さと精度の向上により、今後の映像制作プロセスを大きく変える可能性を秘めている。現状、活用は主にプリビズ段階に留まるが、白組の佐藤氏は、将来的な展望に期待を寄せ、次のように語る。

「今後さらに精度が高まれば、最終的な品質を決定づける本番のアニメーション制作や、細部の修正作業などもmocopiを活用し行えるようになることを期待しています。」

植木氏もまた、制作現場における柔軟性の向上に期待を寄せる。映画制作では、当初の計画にはなかった動きが急遽必要となる場面が頻繁に発生する。「mocopi」があれば、そうした状況でも必要な動きを手軽に収録できるという。

この即時性と手軽さは、制作の効率を飛躍的に高めるだけでなく、クリエイターが試行錯誤できる機会を増やし、結果として映像表現全体の幅を広げることに繋がる。同システムは、制作現場の課題を解決し、新たな表現を生み出すための重要なツールとして、その真価を発揮し始めている。