2025年9月13日から21日にかけて「東京2025世界陸上競技選手権大会」が開催された。その大会期間中、ワールドアスレティックス(世界陸連)のオフィシャルパートナーであるソニーが、報道関係者を対象としたバックステージツアーを実施した。本稿は、同社が最先端技術を駆使して大会運営をいかに支えているか、その舞台裏をレポートするものである。

ソニーは2024年から3年間、ワールドアスレティックス(世界陸連)と最上位のパートナーシップを締結し、イメージング技術と審判判定支援技術という両面から陸上競技の発展に貢献している。今回のメディアツアーでは、競技の成功と公正性を担保する上で、これらの最先端技術がいかに重要な役割を担っているかが示された。

ソニーの主な活動の一つが、国立競技場内に設置された「カメラサービスブース」である。ここでは、世界中から集まるフォトグラファーやビデオグラファーを対象に、撮影機材の貸し出しやメンテナンスが行われ、報道の最前線を支える重要な拠点となっている。

そしてもう一つの大きな柱が、審判判定支援サービスの提供だ。ソニーグループのホークアイ(Hawk-Eye)による審判判定支援システムが導入されており、人間の目だけでは瞬時の判断が難しいバトンの受け渡しやレーン侵害といった場面で、多角的な映像から正確かつ迅速な判定を支援。公正な競技運営に大きく貢献している。

以下に、それらの全貌を紹介する。

東京2025世界陸上競技選手権大会(東京2025世界陸上)は東京・国立競技場で開催された

競技の瞬間を捉える多角的な視点

ツアーは、参加者が国立競技場のトラックフィールドに降り立つところから始まった。まず、撮影技術に関する説明が行われた。フィールドと同じ高さのトラックレベルには、スタートやフィニッシュの選手の表情など、アスリートの動きを迫力ある映像で捉えるためのソニー製カメラが使われる。

さらに、競技場の屋根下に設置されたメンテナンス通路「キャットウォーク」にも、リモートカメラが戦略的に設置されている。これらのカメラは競技全体を俯瞰し、通常では撮影が困難な独自のアングルからの映像を提供することを目的としている。フィールドレベルと上空からの多様な視点で撮影された映像は、ソニーの技術によって統合され、陸上競技の魅力を余すところなく視聴者へ届けることを可能にする。

写真中央の鉄骨がキャットウォーク。その手すりにカメラが取り付けられている

公正性の心臓部「ビデオルーム」の全貌

次に公開されたのが、競技の公正性を根幹から支えるホークアイ審判判定支援システムの中枢である「ビデオルーム」だ。

この部屋には、フィールド競技、トラック競技、グラフィック作成など、それぞれの役割に特化したオペレーションステーションが並ぶ。判定には、競技場内に設置された合計75台のカメラ映像が用いられる。その内訳は、放送用カメラ67台と、ホークアイが独自に設置した固定カメラ8台である。放送用カメラの映像は、ホークアイのリプレイシステムに取り込まれて判定に利用される。

ホークアイ独自の固定カメラは、2つのコーナーの天井にトラックを向けて設置されており、特にトラック競技における選手のレーン侵害などを判定する上で、極めて重要な役割を担う。

ツアーでは、実際の失格判定を例に、具体的な判定プロセスが実演された。オペレーターは複数のカメラアングルからの映像を瞬時に切り替え、スロー再生などを駆使して違反の有無を精密に検証する。違反が確認されると、その証拠映像に解説グラフィックを付加。審判団に提示することで、判定の根拠が明確に可視化される仕組みだ。

このプロセスは、審判員からの指摘や競技者からの抗議といった様々な状況にも迅速に対応できる体制が敷かれており、競技の信頼性を担保している。人間の目では捉えきれないコンマ数秒の事象を正確に解析するこのシステムは、まさに「デジタルの審判員」として機能していた。

ホークアイといえば、ラグビーの国内新リーグ「JAPAN RUGBY LEAGUE ONE」をはじめ、テニスやサッカーといった球技で採用されているイメージが強い。そこで、陸上競技ならではのシステム運用について担当者に尋ねたところ、主に二つの重要な点が挙げられた。

一つは、ゴール直後に判定結果が求められる競技の「スピード」への対応。そしてもう一つは、リレー競技のように複雑な事象が絡み合う中で不可欠となる、チーム内および審判団との「コミュニケーションの重要性」であるという。

この回答から、最先端の映像解析技術が、各競技の特性を深く理解した専門家の運用スキルと緊密なチームワークによって支えられている実態が浮き彫りになった。テクノロジーと人間の緻密な連携こそが、公正な競技運営の生命線であることが改めて示されたと言えるだろう。

ちなみに、ホークアイの陸上競技への導入は今大会が初めてではなく、ソニーとワールドアスレティックスとのパートナーシップ締結以降、2024年(グラスゴー)および2025年(南京)の世界室内陸上競技選手権大会でも採用されている。

高所からのリモート撮影と盤石の機材サポート体制

スチルカメラマン向けのリモート撮影技術は、ソニー公式の撮影チームにおいて、リモート撮影を担当するNick Didlick(ニック・ディドリック)氏が紹介をした。国立競技場のキャットウォークにはソニー製の遠隔操作カメラが設置されており、フォトグラファーは手元のコンピューターからシャッターを操作し、通常は立ち入れない絶好のポジションから決定的な瞬間を狙うことができる。

撮影された画像データはFTPを通じて瞬時にサーバーへ転送され、リアルタイムでの編集と配信を可能にする。これらのカメラは、100メートル走を最高の形で捉えるため、スタートとフィニッシュラインに向けて戦略的に配置され、競技開始前に万全の準備が整えられるという。

リモートカメラの操作を行う写真家 Nick Didlick(ニック・ディドリック)氏(左)。本世界陸上においては、Bob Martin(ボブ・マーティン)氏が率いるソニー公式の撮影チームにおいて、リモート撮影を担当。リモートカメラ設置の様子(右)

また、世界中から集まる報道プロフェッショナルを支える「ソニー・カメラサービスセンター」も公開された。ここでは機材の貸し出し、メンテナンス、クリーニングといったサービスが提供され、バックヤードには専門スタッフによる修理スペースも完備。「仕事を止めない」というコンセプトのもと、あらゆる事態を想定した体制が敷かれている。特に陸上競技特有の遠距離撮影に対応するため、超望遠レンズの在庫は充実しており、大会全体で約600本のレンズと約200台のカメラボディが用意される。

カメラサービスブースのサポート受付
クリーニング作業の様子
ブースに備えている貸し出し用の機材

テクノロジーと人の連携が築く、公正な競技の舞台

今回のツアーは、東京2025世界陸上競技選手権大会の円滑な運営と公正な競技環境が、いかに多岐にわたる技術支援によって構築されているかを明確に示すものとなった。競技の瞬間を多角的に捉える撮影・放送技術、人間の目では判断が難しい事象を正確に判定する審判支援システム、そして世界中の報道活動を支える盤石のサポート体制。これら最先端のテクノロジーと、それを運用する専門家たちの緻密な連携が、世界最高峰の陸上競技大会の基盤を形成している。