ソニーが「Redefine BASIC」、すなわち「ベーシックの再定義」を掲げて発表した新型機、「α7 V」を体験する機会を得た。2021年に登場した前モデル「α7 IV」から約4年の歳月を経て登場したこの新モデルは、果たしてどのような進化を遂げたのか。実機レポートをお届けする。

粘り強いAF追従性とブラックアウトフリー30コマ/秒の連写

まずAF性能を検証したが、その追従性と復帰の挙動には目を見張るものがあった。被写体となる人物の顔がフレームに入った瞬間に認識し、合焦する速度は極めて速い。

特筆すべきは、撮影中に障害物が被写体を遮った際の挙動である。意図的に被写体の手前を別の人物が横切るなどして視線が切れる状況を作ってみたが、AFは手前の障害物に安易に引っ張られることなく、粘り強く奥の被写体を捉え続けていた。そして障害物が去ると、スッと自然に、かつ滑らかに元の被写体へとピントが戻るのである。

この挙動は動画撮影モードにおいても変わらない。「速い」だけでなく「滑らか」であるという点は、映像表現において非常に重要な要素であり、AFへの信頼性は極めて高いと感じさせられた。

次に確認したのは、最高30コマ/秒という高速連写性能である。実際に連写を行ってみると、フレームから像が消えない、かつ取り逃しが少なくなる「ブラックアウトフリー高速連写」での撮影が可能であった。14bit RAWのような情報量の多いデータを記録しながらも、肉眼で見ているかのように途切れることなく被写体を追い続けられる体験は新鮮だ。スポーツや野生動物など、一瞬の動きが勝負を分けるシーンにおいて強力な武器となるだろう。これまでブラックアウトを懸念して高速連写を敬遠していた層にとっても、この視認性の良さは撮影スタイルを変えるきっかけになり得る。

最大1秒前まで記録。α9譲りの最強機能がもたらす「失敗しない」安心感

今回の体験において驚きの1つに、新たに追加されたプリ撮影機能の実力である。会場ではミルククラウンの撮影に挑戦したが、「水滴が跳ねて王冠の形になったのを見てからシャッターを切る」という撮影手法には、正直なところ戸惑いを覚えた。通常、人間の反射神経では事象を確認してから指を動かしても間に合わないからだ。

半信半疑のまま、水滴が落ちて形状が変化した瞬間を目視し、ワンテンポ遅れてシャッターボタンを押し込んでみた。体感としては明らかに撮り逃したタイミングだったにもかかわらず、再生画面を確認して驚愕した。そこには完璧なミルククラウンの瞬間が記録されていたのである。

これはシャッターを半押ししている間、カメラ内部のバッファメモリを使って裏側で画像を記録し続け、全押しした瞬間から最大1秒前まで遡って保存できる機能のおかげだ。プリ撮影記録時間調整は0.03秒から1秒の間で任意に設定でき、最高30コマ/秒の高速連写と組み合わせることで、肉眼では捉えきれない一瞬を確実に手中に収めることができる。

これまで、こうした撮影は何度もトライアンドエラーを繰り返す職人技の領域だったが、このカメラを使えば誰でも簡単に決定的な一枚を手にできる。「遅れてもいい」という新しい撮影体験は、これまでのカメラの常識を覆すものであり、撮影者のプレッシャーを劇的に軽減してくれるはずだ。この機能はこれまで「α9 III」や「α1 II」といった最上位機種の特権だったが、ついにα7シリーズにも実装された点は非常に意義深い。

この機能の恩恵は、動きの読めない野鳥や昆虫の撮影はもちろん、運動会のテープカットのような一発勝負のシーンでも絶大な威力を発揮するだろう。また、物撮りの現場においても、液体が跳ねる瞬間などの不確定な現象を狙う際に、撮影効率を飛躍的に向上させてくれるはずだ。

さらに、AIを活用したオートホワイトバランスの進化も見逃せない要素である。色が転びやすい状況でも、安定した発色が得られるようになっていた。決定的瞬間を逃さず、かつ高品質な画作りが容易に行えるという点で、本機の進化ぶりには目を見張るものがある。

ベーシックモデルの枠を超えた動画性能。現場が求める60P運用の可能性

続いて動画性能について掘り下げてみたい。ベーシックモデルでありながら4K120Pおよび4K60Pに対応している点は特筆すべき進化といえる。写真撮影を主軸とするαシリーズにおいて、Cinema LineのFX3などが存在する中、これ一台で本格的な動画の仕事までカバーできる可能性を秘めている点は大きな魅力だ。

特に現場での運用において議論の中心となるのは、4K60Pかつフルフレームに対応するか否かという点である。インタビューやドキュメンタリーのような撮影では24Pや30Pが適しているが、プロモーションビデオやミュージックビデオといったイメージ重視の映像制作において、60Pは必須の機能となる。これは単に動きを滑らかに見せるためではなく、編集時に通常スピードの30コマから2倍〜2.5倍のスローモーション効果を加えることで映像の印象を強めたり、尺を微調整したりするために不可欠だからだ。YouTuberが風景などのイメージカットを撮影する際にも、60Pで記録しておけばスロー加工によって映像の質感を高めることができるため、クリエイティブな表現において極めて重要な要素となる。

この4K60P撮影において、技術的な焦点となるのがクロップ仕様だ。通常、このクラスのセンサーで4K60P撮影を行う場合、APS-C(スーパー35mm)サイズへとクロップされるのが通例だが、α7 Vはフルフレーム、またはそれに近い画角での撮影が可能だ。今回新たに搭載された「4K画角優先」という機能をオンにすることで、4K60Pであってもクロップされないフルサイズ画角での撮影が可能になるという。これは広角レンズのパースペクティブを活かしたい動画クリエイターにとって朗報であることは間違いない。

ただし、この機能にはトレードオフが存在する。フルサイズセンサーの恩恵を最大限に受けるためのノンクロップ撮影を行うには特定の条件が必要となり、低照度のシーンにおいてはノイズ感が少し乗ってしまうという懸念がある。つまり、照度が十分に確保されている日中の屋外などでは「4K動画画角優先」をオンにしてフルサイズの画角を活かし、暗所ではオフにするといった使い分けが求められるかもしれない。

実際に会場の背面液晶でその画質差を確認しようと試みたが、モニター上では低照度時のノイズ感の違いを明確に判別することは難しかった。この「4K動画画角優先」機能による画質への影響が実用上どの程度許容できるものなのかについては、今後PCなどの大きなモニターで詳細に比較検証する必要があるだろう。とはいえ、現場の判断で「ややクロップするか、画角を優先するか」という選択肢がユーザーに与えられたことは、映像表現の自由度を広げるという意味で非常に意義深い。条件付きとはいえ、α7シリーズの写真機としての使い勝手を維持したまま高度な動画制作を可能にする進化の方向性は興味深く、多くのクリエイターにとって強力な選択肢になるはずだ。

地味だが大きな進化。USB-Cデュアル搭載が撮影現場のワークフローを変える理由

そして、ボディの仕様に目を向けた際、最も意外で、かつ強烈に印象に残ったのが、USB Type-C端子が2基搭載されているという点だ。派手なAI機能や画質性能の陰に隠れがちだが、現場を知る人間ほどこの仕様には「見てびっくりした」という反応を示すだろう。

USB/電源は、TYPE-C×2(10G/480M)を搭載。両端子ともPDに対応する

なぜマルチ/マイクロUSB端子を廃止してまでUSB Type-Cを2基にしたのか、その意図は明確かつ合理的だ。1つのポートでデータ通信と充電を同時に行うと、どうしても充電速度が低下したり、通信帯域に影響が出たりする懸念がある。しかし、ポートが独立していれば、片方を高速データ通信専用にし、もう片方を給電専用として割り当てることが可能になる。

これまでは、長時間撮影時に外部モニターへの映像出力やデータ転送を行おうとすると給電ポートが埋まってしまい、バッテリー残量を気にしながらの運用を余儀なくされていた。しかしポートが2つあれば、例えばロケ撮影などで外部モニターやスマートフォンを有線接続して映像を確認・転送しながら、もう一方のポートにはモバイルバッテリーを接続して給電し続けるといった運用が可能になる。ワイヤレス接続よりも信頼性の高い有線接続で、システムを組んだままノンストップで運用できる「正解」がついに導き出された感覚だ。

マイクロUSB端子が廃止されたことについては、アナログなワイヤレス機器からのREC信号入力やタイムコード同期などに利用していたユーザーにとっては懸念材料になるかもしれない。しかし、このクラスのカメラであればタイムコードは他の手段で同期させることが一般的になりつつあり、マイクロUSBというニッチな用途を残すよりも、汎用性の高いUSB Type-Cを増設するほうが、多くのユーザーにとってメリットが大きいという判断なのだろう。地味ながらも動画撮影現場のワークフローを大きく改善する、まさに「英断」と言えるアップデートだ。

その他のハードウェア面では、記録メディアスロットとしてCFexpress/SD(UHS-II)とSD(UHS-II)という構成が確認できた。このクラスのモデルとしては十分なスペックを備えており、データ管理の面でも安心感がある。

メディアスロットとして、CFexpress/SD(UHS-II)とSD(UHS-II)を搭載
HDMIには標準サイズのType Aを搭載する

また、放熱構造の改良による熱停止への耐性が向上している点も心強い。メーカー発表によれば、25℃環境下での4K動画撮影時間は約90分、40℃環境下でも約60分を確保しているという。Cinema Lineのようなファンを持たない構造でありながら放熱効率が高められており、高温環境下や長回しでも熱停止のリスクが低減されているようだ。安心して回せる信頼性は、カタログスペック以上に重要な「性能」である。

なお、4軸マルチアングル液晶モニターの採用については、ハイアマチュア層には歓迎されるだろうが、可動部が増えることによる故障リスクを懸念するプロ視点の意見もあり、ターゲット層によって評価が分かれるポイントだと感じた。

α7 IVはバリアングルモニターだったが、α7 Vは4軸マルチアングルモニターを搭載する

価格に見合う「撮影体験」の向上。プロのサブ機としても選ばれる理由

価格はボディのみで市場推定価格、税込約42万円前後と、かつての「ベーシックモデル」という枠組みからは高価格化しているのも事実だ。しかし、これだけの機能が詰め込まれ、動画・静止画の両面でプロのサブ機としても十分通用するポテンシャルを考慮すれば、妥当な設定とも言える。

ライトユーザーには手が出しにくい価格帯になってしまった感は否めないが、その分、手にした者が得られる撮影体験の質は確実に向上している。総じて、派手な機能追加だけでなく、実際の撮影現場での利便性を深く考慮した設計がなされている点に、本機の真価を感じることができた。