東京・市ヶ谷のDNP(大日本印刷)本社近くに、次世代の映像制作スタジオ「DNP XR STUDIO」が開設された。
本施設は単なる撮影スタジオの枠を超え、AI、XR、そして人間のクリエイティビティを融合させる「実験場」としての役割を掲げている。内覧会で公開された設備と、その設立背景にある戦略について詳細を報告する。
都心直結、高密度な機材構成
まず特筆すべきは、その立地と機材構成である。大規模なバーチャルプロダクション(VP)やモーションキャプチャスタジオは都心から離れた郊外の倉庫などに設置されることが一般的だが、本スタジオは防衛省に近い市ヶ谷のDNPビル内に位置している。地下駐車場と直結しており、演者が人目に触れずに入館できる利便性が確保されている点は都心のスタジオとして大きな特徴である。
スタジオ内部には、横幅4.9m、高さ2.4mの高精細LEDウォールが常設され、それを囲むように28台のViconカメラ(Vantage V5が24台、V16が4台)が設置されている。3.3m四方のキャプチャエリアに対して高密度なカメラ配置となっており、指先の細かな動きまで捉えることが可能な仕様となっている。
印刷大手であるDNPが本格的なスタジオを開設した背景には、映像業界が抱える構造的な課題を解決するという明確な目的がある。高解像度かつ高速度なモーションキャプチャやVPといった最新設備に、生成AIによる効率化と表現拡張技術を掛け合わせることで、新たな映像表現の創出を目指している。
コスト、納期、人材不足といった課題に対し、高度な技術を個別に手配するのではなく一箇所で完結させるワンストップ対応により、効率化を図る狙いがある。DNPはこの場を業界の知見を共有する「共創の場」と位置付け、日本発の新しい制作フロー確立によるコンテンツ産業への貢献を掲げている。
Activ8・カディンチェ・ズーパーズースが集結。3社の技術が支える「DNP XR STUDIO」の共創体制
本スタジオの運営においては、各領域の専門企業との強固な連携体制が敷かれている。バーチャルエンターテイメント領域は、「ONE PIECE FILM RED」などの制作実績を持つActiv8株式会社が担当する。技術面を支えるのはカディンチェ株式会社で、XRとAI技術を活用した開発やVP制作を担う。そして、生成AI活用などの表現開発には、映画監督の中島良氏が設立した合同会社ズーパーズースが参画している。これら3社が技術とノウハウを持ち寄ることで、高度な制作環境を実現している。
実践的な技術デモでは、各社の強みが発揮されていた。Activ8によるモーションキャプチャは、アクターの指先の微細な動作までリアルタイムでアバターに反映させる精度を有している。また、ズーパーズースによる生成AIの活用例では、実写映像のライティング変更や影の生成、さらには「AIロトスコーピング」によって実写人物をアニメ調のキャラクターへ変換する技術が披露された。これにより、従来の手法では膨大な時間を要した作業の短縮と、実写とアニメの境界を融合させる表現が可能となっている。
VP領域を担当するカディンチェは、Unreal Engineベースのリアルタイムレンダリングソフト「Pixotope」を用いたシステムを構築している。カメラセンサーと画面上のマーカーが同期するトラッキングシステムにより、実写とCGの合成が行われる。グリーンバックによる合成と、LEDウォールを用いたインカメラVFXを用途に応じて使い分けており、特にLEDウォールでは光の反射や影の再現により、天候やロケ地の制約を受けない撮影が可能である。デモ映像では、狭小な空間であっても広大な風景や電車内のシーンなどが違和感なく再現されており、LED照明効果による陰影表現の高さが確認できた。
今後はエンターテインメント分野に限らず、企業の製品発表会や安全教育研修、eスポーツイベントなど、リアルタイムCGを活かした多様な展開が見込まれている。DNP、Activ8、カディンチェ、ズーパーズースの連携により運営される「DNP XR STUDIO」は、都心という立地でAIとXRを融合させ、次世代の映像制作ワークフローを提示する実用的な拠点として機能していくことになりそうだ。