NHK放送技術研究所が毎年開催する「技研公開2026」と、研究成果の社会実装をテーマとした「Tech Expo 2026」を取材した。今年は初めて両イベントが同一会場で開催され、研究開発と実用化の取り組みを一体的に体験できる構成となった。

  • 開催期間:5月28日(木)~31日(日) 10:00~17:00(入場は終了30分前まで)
  • 会場:NHK放送技術研究所(東京都世田谷区砧1丁目10-11)
  • 入場:無料(事前予約不要)

放送開始100周年という節目を迎えたNHKが掲げたテーマは「拓く、支える、これからも」である。2024年度に改訂された「Future Vision 2030-2040」を指針に、イマーシブメディア、ユニバーサルサービス、フロンティアサイエンスの3領域を軸とした研究開発が進められている。

会場には360°映像、ホログラム、AI、ドローン、クラウド放送など、多岐にわたる研究成果が並んだ。単なる技術デモではなく、放送の次の100年を見据えた具体的な実装への道筋が示されていたことが印象的である。

本稿では、技研公開2026で公開された展示の中から特に印象深かった技術を紹介しながら、NHKが描く未来のメディア像を読み解いていく。

イマーシブメディアが描く次世代映像体験

今回の展示の中でも最も大きな存在感を放っていたのが、実用段階に入りつつある「15K 360°カメラ」である。

二眼屈曲光学系を用いた15K 360°カメラ

前後に配置した2枚の8K×8K正方形センサーの映像を合成し、約15K相当の全天球映像を生成する。リコーと共同開発した二眼屈曲光学系を採用し、プリズムによって光路を曲げることでレンズ間距離を極限まで短縮した。これにより、映像の継ぎ目が目立たないシームレスな360°映像の撮影が可能となっている。

特筆すべきはライブ出力への対応である。従来、高精細な全天球映像は撮影後の処理に時間を要することが課題だった。しかし本システムでは15K映像をリアルタイム処理し、その場でプレビューできる環境を実現した。放送現場において重要なライブ運用への道筋が見え始めている。

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リアルタイム映像合成+任意位置切り出しが可能なライブプレビューシステム
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実際に体験したサグラダ・ファミリアの映像は、正に圧巻の一言に尽きる。二眼屈曲光学系と15Kという超高解像度がもたらす描写は、あたかも現地に立っているかのような圧倒的な臨場感を実現していた。

15K対応半球表示装置

開発機であるため排熱対策や遅延といった課題は残るものの、現場で映像を確認しながら撮影できるメリットは大きい。今後はさらに高精細な30Kクラスの全天球映像システムの研究も視野に入れているという。イマーシブ映像の実用化が着実に近づいていることを感じさせる展示であった。

フルカラー透明ホログラムが示す立体映像の未来

15Kカメラと並んで強い印象を残したのが「フルカラー透明ホログラム」である。

従来のホログラムは透明基板を使用しても曇りが発生しやすく、現実空間との自然な融合が難しかった。しかし今回の展示では独自のデータ設計によって光の散乱を抑え、高い透明性を維持している。

従来(左)と今回(右)の違い

ガラス越しに背景を確認できる状態で、その手前に立体映像が浮かび上がる様子は非常に自然である。RGBの三色光を異なる方向から照射し、それらが重なるよう精密に設計することで、追加の光学素子を用いることなくフルカラー表示を実現していた。

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フルカラーの3次元像を空中に表示する
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表面には0.5ミクロンという極めて微細な多段構造が形成されており、実写ベースの3Dモデルも高い質感で再現されていた。7月にはSIGGRAPHでの発表も予定されており、今後は動画表示への発展も期待される。

ホログラム技術は長年研究されてきた分野であるが、今回の展示は現実空間との融合という観点で大きな可能性を感じさせた。

AIが変える制作現場と情報伝達

イマーシブメディアによる新たな映像体験が提示される一方で、会場ではAIを活用した放送制作支援や情報伝達の研究も数多く公開されていた。その中でも特に注目を集めていたのが、マルチモーダルLLMを活用した番組解析技術である。

従来の生成AIは主にテキストを扱うものが中心だった。しかし今回展示されたシステムは、映像、音声、字幕といった複数の情報を同時に解析し、番組全体の内容を理解することを目指している。

学習にはNHKが保有するニュース、ドラマ、料理番組など幅広いコンテンツが活用されている。AIは画面内で誰が話しているのか、何が映っているのかを理解し、背景の看板に書かれた文字と放送用テロップを区別することも可能だという。こうした技術が期待されている理由のひとつが制作現場の効率化である。

展示では、放送前のチェック業務を支援するデモが公開されていた。テロップの誤字脱字や電子番組表(EPG)の記載ミスなどをAIが自動的に検出する。完パケ直前や試写段階で活用できれば、人間だけでは見落としやすい細かなミスの削減につながる可能性がある。

放送の信頼性を維持しながら制作負荷を軽減するための取り組みとして、非常に実践的な研究だと感じた。生成AIという言葉が先行しがちな現在だからこそ、現場の課題解決へ直結するアプローチが印象に残った。

AIが支えるユニバーサルサービス

AIの活用は制作支援だけに留まらない。ユニバーサルサービス領域では、「AIを活用した手話CGコンテンツ」が展示されていた。災害情報や緊急放送など、手話通訳者を即座に確保することが難しい場面において、CGキャラクターが手話を担当することで情報アクセシビリティを向上させる取り組みである。

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これまでの研究ではテキストを解析して手話CGを生成していた。しかし今回の研究では、音声そのものを直接AIで解析し、モーションデータへ変換する新たな手法が採用されている。

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この方式の大きな特徴は、音声が持つ抑揚や感情表現を手話へ反映できる点にある。同じ言葉であっても、問いかけなのか納得なのかによって手話の表現は変化する。従来のテキストベースの変換では失われがちだったニュアンスを保持したまま伝達できる可能性がある。

さらに、CGキャラクターを動かすためのモーションデータ生成についても効率化が進んでいる。従来はモーションキャプチャーによる収録が必要だったが、現在は生成AIによる動作生成や、過去の番組映像から関節の動きを三次元的に推定する研究が進められている。手話特有の複雑な指の動きや高速な動作の再現には依然として課題が残るものの、着実に精度向上が図られている。

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実用化目標は2030年前後とされている。ろう者をはじめとする手話話者の意見を取り入れながら研究が進められており、誰もが等しく情報へアクセスできる社会の実現に向けた重要な取り組みといえる。

AI時代の信頼性を支える来歴情報技術

AIがコンテンツ制作や情報伝達を支える一方で、もうひとつ重要な課題となっているのが情報の信頼性である。生成AIの普及に伴い、世界中で偽情報や改ざんコンテンツへの懸念が高まっている。そうした状況の中で公開されたのが「来歴情報技術」である。

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この技術は、コンテンツがいつ、どこで撮影され、どのような編集を経て公開されたのかという履歴を記録・提示する仕組みである。基盤となっているのは、国際標準規格であるC2PAだ。対応機器や対応ソフトウェアによって来歴情報が付与される。さらに編集作業を経るごとに履歴が追加され、最終的に視聴者へ届けられるまでの過程を追跡できる。

展示では、動画内に表示されたアイコンをクリックすることで、撮影から編集、配信までの履歴を確認できるデモが公開されていた。特に興味深かったのは、この仕組みをブラウザレベルで実装しようとしている点である。

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ブラウザ自体が情報の来歴を検証できれば、悪意ある改ざんや偽装への対抗手段として機能する可能性がある。現時点では対応機器や対応コンテンツの普及が課題となるものの、AI時代における情報の信頼性を支える重要な基盤技術として大きな可能性を感じさせた。

放送インフラの未来を支える新たな基盤技術

技研公開2026では、視聴者が直接体験できる映像技術やAIだけでなく、その裏側を支える放送インフラの研究も数多く展示されていた。その代表例が、ドローンを活用した無線伝送技術である。会場では「空飛ぶロボカメ」と「IP回線中継ドローン」という2つのシステムが公開された。

まず注目したいのが、災害時の映像伝送を想定した空飛ぶロボカメである。NHKが運用するFPU回線を利用し、ドローンから直接基地局へ映像を送信する仕組みだ。

機体には10面の小型アンテナが搭載されており、飛行方向に応じて最適なアンテナを自動選択する。さらにアンテナ切り替え時に通信が途切れないよう、複数アンテナによるシームレスな合成技術も導入されている。

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展示によると、このシステムは世田谷の技研から渋谷の放送センターまで、約8kmに及ぶ映像伝送の実証に成功したという。将来的には20km級の伝送も視野に入れており、大規模災害時の情報収集手段として期待されている。

もうひとつのIP回線中継ドローンは、映像伝送だけでなく操縦制御も同時に行えることが特徴である。

従来のシステムでは映像伝送と操縦回線を別々に構築する必要があった。しかしこのシステムではひとつの回線基盤の上で両方を実現する。携帯電話が利用できない地域でも独自ネットワークを構築し、安定した運用を可能にしている。

さらに興味深かったのが、ドローンを空飛ぶ通信基地局として利用する発想である。機体下部にWi-Fiアクセスポイントを搭載し、上空から通信環境を提供する。展示では通信手段を失った地域でテレビ電話を行うデモも紹介されていた。

災害時に物資を運ぶだけでなく、通信そのものを届ける。放送技術と通信技術が融合することで、新たな社会インフラの可能性が見え始めている。

イマーシブメディアの到達点としてのライトフィールドHMD

今回の技研公開を締めくくる展示として体験したのが、ライトフィールドヘッドマウントディスプレイ(HMD)である。

近年のVR技術は急速に進化しているが、依然として視覚疲労や焦点調節の問題が残されている。

NHKが研究するライトフィールド方式は、物体から発せられる光線そのものを再現することで、より自然な三次元視覚を実現しようとするアプローチである。今回展示されたシステムは、2022年に発表されたインテグラル方式を発展させたものである。

光学系から中間像を形成する工程を省略し、ディスプレイ部分の厚みを16mmから10mmへと薄型化した。さらに解像度も1440×1440から2560×2560へ向上している。

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個人ごとの瞳孔間距離(IPD)への対応や、視線追跡を活用したレイトレーシング処理も導入されていた。実際に体験すると、焦点を自然に合わせられる感覚があり、従来のVRとは異なる見え方を実現していることがわかる。もちろん実用化に向けては視野角や装着性などの課題も残されている。しかし、2035年ごろを目標とする研究開発の方向性は極めて明確であった。

15K全天球映像、透明ホログラム、ライトフィールドHMD。

それぞれ異なる技術でありながら、目指しているのは「そこにいるように感じる映像体験」の実現である。

次の100年へ向けた研究開発

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今回の技研公開2026を通して強く感じたのは、研究テーマの多様性だけではない。そのすべてが「伝える」という放送の本質へ向かって収束していることである。

15K全天球映像やライトフィールドHMDは、より深い体験を届けるための研究である。

手話CGは、より多くの人へ情報を届けるための研究である。

マルチモーダルLLMは、制作現場を支えるための研究である。

来歴情報技術は、情報の信頼性を守るための研究である。

そしてドローンやクラウド放送は、その情報を社会へ確実に届けるための基盤技術である。

放送開始から100年。

メディアを取り巻く環境は大きく変化した。しかし、正確な情報を届け、人々をつなぐという放送の役割は変わらない。技研公開2026で示された数々の研究成果は、その役割を次の100年へ引き継ぐための挑戦そのものだった。

研究室の中で生まれた技術が、やがて社会の当たり前になっていく。その未来への入り口が、今回の技研公開2026だったのである。