NHK技研公開とNHK TECH EXPO 2026が初めて同一会場で開催された。最先端の研究成果を披露する技研公開に対し、NHK TECH EXPO 2026では「つながる知恵、ひろがる技術」をテーマに、全国の放送現場や地域局から生まれた実践的な技術が紹介された。
展示されたのは、本部と地域局が連携して開発した11件の取り組みである。番組制作やスポーツ中継、アクセシビリティ、深海撮影などジャンルは多岐にわたるが、その根底にあるのは現場が抱える課題を技術で解決するという共通の発想だ。本稿では、その中から特に印象に残った5つの展示を紹介する。

ドラマ制作の「探す時間」を削減する音声検索システム
最初に紹介するのは、大阪放送局が開発した「ドラマ音声ポスプロ素材検索システム」である。
ドラマ制作の現場では、同じシーンを複数のカメラや画角で何度も撮影する。そのため、映像編集や音声仕上げの段階で、別テイクの音声に差し替える作業が頻繁に発生する。例えば広い画角で収録した映像では、役者の声が十分に収録できていないケースもある。その場合は別テイクで録音されたクリアな音声を探し出して差し替える必要がある。
しかし従来は、紙の台本に書き込まれたメモを頼りに膨大な収録素材の中から目的の音声を探し出していたという。素材量が多いドラマ制作では、この作業だけでも大きな負担となっていた。
そこで開発されたのが、3種類のAIを組み合わせた検索システムである。
まずOpenAIの音声認識モデル「Whisper」が収録素材を高速に文字起こしする。続いて別のAIが台本データと照合し、認識結果を補正する。そして最後にベクトル検索技術を利用し、意味的に近いセリフを検索できる仕組みを実現した。
役者は感情表現によって台本通りではない言い回しをすることがある。従来のキーワード検索では見つけられなかったセリフも、このシステムでは意味の近さから候補として抽出可能だ。
例えば「謝る」と検索すると、「申し訳ございませんでした」といった異なる表現を含むテイクも検索結果として表示される。画面上では文字起こし結果を確認しながら、その場で音声再生も行えるため、目的の素材へ短時間でたどり着ける。
現在はプロトタイプによる試験運用段階だが、素材を探す時間を削減し、音声演出や品質確認へより多くの時間を振り向けることが期待されている。
8K時代のピント合わせを支援するフォーカスアシストシステム
映像制作の現場で課題となっているのが、高解像度化に伴うフォーカス管理である。
仙台放送局/メディア技術局が開発した「フォーカスアシストシステム」は、4Kや8K撮影におけるピント合わせを支援する技術だ。
8K映像では、ファインダー上で合っているように見えたピントが、大型モニターで確認すると背景へ抜けていたというケースも珍しくない。解像度が高くなるほど、わずかなフォーカスのズレも映像品質に大きな影響を及ぼす。
同システムでは、LiDARセンサーによる距離計測とAIによる被写体認識を組み合わせている。
画面上ではピント位置を赤色、その周辺を緑色で表示し、被写界深度を視覚的に確認できる。
さらにAIが顔などの被写体を認識し、LiDARで測定した距離情報と連携する。
カメラマンが大まかなフォーカスを合わせた後にアシストボタンを押すと、システムが正確な距離情報をもとにフォーカスリングを制御する仕組みである。
レンズごとの特性は事前にデータ化されており、多様な放送用レンズへの対応も可能だという。
現状ではGPU処理負荷の関係から毎秒7〜8フレーム程度の処理速度となっており、高速移動する被写体への追従には課題が残る。それでも静止被写体や緩やかな動きには十分な効果を発揮しており、高精細映像時代の撮影支援技術として今後の進化が期待される。
スポーツ映像制作を変えるAI編集支援ツール「TORCH」
映像素材の整理や検索という課題は、スポーツ中継の現場でも共通している。
そこで紹介されていたのが、スポーツ動画編集をAIで効率化するアプリ「TORCH」だ。スポーツ中継映像を解析し、「いつ、誰が、何をしたか」を自動的にタグ付けするシステムである。
大型スポーツイベントでの実証運用も進められており、映像制作の現場に即した機能が数多く盛り込まれている。
実際のデモでは、画面上の選手名をクリックするだけで該当シーンが瞬時に抽出された。膨大な素材の中から目的の場面を探し出す作業は、スポーツ編集において大きな負担となるが、この仕組みによって検索作業を大幅に効率化できる。
システムはテロップや実況音声を解析し、自動的にタグ付けを行う。そのため事前に選手データベースを用意していなくても、映像内の人物やプレー内容を高い精度で整理できるという。
さらに現在開発中のAIチャット機能では、「日本人選手中心の3分間ハイライトを作成して」といった自然言語による指示にも対応する。AIが映像を解析しながら構成案を作成し、編集作業を支援する仕組みだ。利用者は対話形式で内容を修正できるため、従来よりも直感的な編集環境が実現される。
また、多言語翻訳機能も搭載されている。海外選手のインタビュー映像についても、中国語やイタリア語などを日本語へ変換しながら内容を把握できるため、通訳を介さず編集作業を進めることが可能だ。
作業途中のプロジェクトはAdobe Premiereへワンクリックで引き継ぐことができ、本格的な仕上げ作業にもスムーズに移行できる。
2026年の大型スポーツイベントでのテスト運用を経て、2028年の本格運用を目指しているという。AIによる映像解析と編集支援を組み合わせることで、スポーツ映像制作のワークフローを大きく変える可能性を秘めたシステムである。
手話通訳を支援する電子カンペシステム「Sign Cue」
放送現場の効率化だけでなく、アクセシビリティ向上を目的とした展示も印象的だった。
Eテレなどで見かける手話通訳を支援するシステムとして展示されていたのが「Sign Cue」である。
これは、耳が聞こえないろう者の手話通訳者に対し、アナウンサーや司会者が話している内容をリアルタイムで伝えるための電子カンペシステムだ。
特にオリンピックやパラリンピックの開閉会式のような長時間番組では、ネイティブな表現ができるろう通訳者が重要な役割を担う。一方で、番組進行は必ずしも台本通りには進まないため、従来の紙カンペ運用では対応が難しい場面も少なくなかったという。
従来は大量の紙資料をスタッフが管理しながら必要なページを探し出していたが、進行変更が発生すると目的の情報へたどり着くまでに時間を要していた。
Sign Cueでは、WordやExcel、PDFなど様々な形式で届く資料から、自動的に電子カンペ用データを生成する。本番直前の資料修正にも柔軟に対応できるため、準備作業の負担を大幅に軽減できるという。
運用は情報提示を行うメイン担当者と検索を行う補佐担当者の二人体制で行われる。
システムは放送音声を解析してキーワードを抽出するほか、映像内の人物の顔認識にも対応している。例えば入場行進の順番が変更された場合でも、補佐担当者がキーワードや人物名を選択するだけで関連するカンペを呼び出し、即座に共有できる。
また、メイン担当者はアナウンサーの読み進めている位置を画面上で確認できるため、ろう通訳者はどの情報を優先して伝えるべきかを把握しやすくなる。
ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックでの運用実績を踏まえて改良が重ねられており、放送内容をより正確かつ迅速に伝える環境づくりが進められている。音声認識や顔認識といった技術をアクセシビリティ向上へ直結させた実践的な取り組みである。
深海という極限環境へ挑む8K深海撮影システム
今回の展示の中でも、ひときわ存在感を放っていたのがメディア技術局による「8K深海撮影システム」である。
会場には、NHKによる生きたシーラカンスの8K撮影で使用された実機が展示されていた。

このシステムは、有人潜水艇の外部に設置した8Kカメラを、潜水艇内部からフルリモートで操作するために開発されたものだ。潜水艇の内部ではカメラマンが実際にモニターを確認しながら、地上と同様の感覚で撮影を行うことができる。

技術的な特徴は、防水ハウジングと潜水艇を結ぶ1本の光ケーブルにある。

通常であれば、映像信号やレンズ制御、カメラ制御など複数の配線が必要になる。しかし同システムでは、独自開発した光変換装置によってそれらを多重化し、1本のケーブルで伝送する仕組みを実現した。

これにより、深海という特殊な環境下でもズームやフォーカスを自在に操作できる。また収録装置を潜水艇内部に配置することで、記録メディアの交換や機材トラブルにも迅速に対応できる。

さらに、水深1000メートル級の高水圧に耐えるための工夫も施されている。
ハウジング前面には圧力を均等に受ける半球状ドームポートを採用しているが、そのままでは映像に大きな歪みが発生する。そこで既存レンズの前方に独自設計の補正レンズを追加し、歪みを打ち消すことで8K画質を維持している。

このシステムはNHKスペシャル「ディープオーシャン」シリーズなどで実際に運用されている。生物との距離を約5メートルと想定して設計されており、深海生物の姿を高精細な映像で記録できる。
潜水艇という限られた空間の中で、陸上と変わらない撮影環境を実現するための工夫が随所に盛り込まれていた。放送技術の最前線が、未知の深海世界の記録にも活用されていることを示す展示であった。
現場課題から生まれる放送技術の進化
NHK TECH EXPO 2026で紹介されていた技術に共通していたのは、最先端技術そのものを見せることではなく、現場が抱える課題をどのように解決するかという視点である。
ドラマ制作における素材検索、8K撮影時のフォーカス管理、スポーツ映像編集、手話通訳支援、そして深海撮影。それぞれ対象となる分野は異なるが、いずれも実際の運用現場から生まれた課題に対する具体的な解決策であった。
NHK技研公開が未来の放送技術を示す場だとすれば、NHK TECH EXPO 2026は、その技術がどのように現場へ浸透し、番組制作や放送サービスを支えているのかを示す場であった。研究開発と現場運用の双方を俯瞰できる今回の同時開催は、放送技術が現場課題の解決とともに進化していることを強く印象付けるものとなった。
