AdobeUpdate_toplH03cv8F

アドビ主催のセミナー「What’s New in Adobe Video 2026 — Exclusive In-Person Seminar Vol.1」に足を運んだ。4月のNAB Showを受けての開催とあって、会場内は並々ならぬ熱気に満ちている。かつては放送業界のプロフェッショナルが主役だったこの場も、Premiereの大幅な普及と定着を経て、今まさにその様相を劇的に変貌させようとしている。

今回のセッションで特に注目したのは、SNS向けの大量のコンテンツ制作を効率化するワークフローの提示だ。もはや映像制作はプロフェッショナルだけの領域ではない。来場者の内訳を聞いて意外だったのは、テレビ局やポスプロの関係者に混じり、建設会社や印刷会社、さらには自動車メーカーといった非映像業界の人々が来場者の約半数を占めていた点である。

映像を作るという行為が、特定のプロダクションの手を離れ、多様な業種の顧客へと広がっている現状がある。アドビのツールが、クリエイティブの境界線を越えてあらゆるビジネスシーンに浸透していく様子を目の当たりにし、映像制作の構造そのものが劇的に変化している現実を実感した。

本稿では、セミナーで紹介された主要なアップデートと、その背景にあるアドビの戦略をレポートする。

ポストプロダクションを再定義する:現場が直面する「分断」の解消

最初のセッションのメインテーマは「ポストプロダクションを再定義する」であった。Premiere、After Effects、そして新たに登場したFirefly Graphを軸に、編集やカラー、AIがどのように一体化していくのかが語られた。

現代のポストプロダクションには多くの分断が存在する。中規模の実写作品でもポスト工程だけで2万~8万ものメディアアセットが生成され、データ量は200~700TBに達する。CGやアニメーションを多用する案件ではさらに規模が拡大し、取り扱うフォーマットは110種類以上になるという。

    テキスト
※画像をクリックして拡大

こうした環境の中で発生する課題は大きく4つに整理できる。他社ツールとの往復によって判断の即時性が失われる「ラウンドトリップ」、特定のスタッフへ知識が集中する「属人化」、多数の形式が混在する「フォーマットの壁」、そして地理的な分散やタイムゾーンの違いによる「地理と人の分断」である。

    テキスト
※画像をクリックして拡大

地理的な制約により、VFX制作や編集スタジオ、カラーリストが各地に分散している現状がある。その結果、物理ドライブの輸送コストや、タイムゾーンの差異によるレビュー待ちが慢性化している。こうした課題や先に挙げた数値こそが、ポストプロダクションが「極めて複雑な分断構造」であると言われる所以(ゆえん)だ。

こうした状況に対し、Premiere、After Effects、Adobe Firefly、そしてFirefly Graphをはじめとする生成AIワークフロー基盤は、制作工程、ツール、フォーマット、そして人間の分断を解消する新たなソリューションとして位置づけられる。

まずPremiereで最も注目を集めたのが、新たに搭載された「カラーモード」だ。

    テキスト
※画像をクリックして拡大

編集とカラーをゼロ距離にすることを目指して開発され、完成まで約3年を要したという。400人以上のエディターやカラーリストの意見を取り入れて設計されたGUIにより、タイムライン上で編集からカラーグレーディングへ直接移行できる。

これまでのように別アプリへ書き出し、グレーディング後に再び編集環境へ戻す必要がなくなるため、編集とカラーグレーディングを同一環境内で完結でき、従来必要だったアプリケーション間の往復作業を大幅に削減できる。短納期案件が増える現在の制作現場では、編集と同時に色の判断を行えることの価値は大きい。

After Effectsでは「Object Matte」が紹介された。

    テキスト
※画像をクリックして拡大

Photoshopに近い感覚で被写体をクリックしながらマスクを作成できる新機能である。従来のロト作業では境界線を細かく追い込むことに多くの時間を費やしていたが、Object Matteではまず大まかなマスクを素早く作成し、その後に仕上がりを見ながら微調整する流れへ変化する。

さらに修正履歴も保持されるため、後から特定フレームへ戻って再調整することも容易だ。作業時間を削減するだけでなく、クリエイターが表現の判断に集中できる環境を生み出している。

三つ目に挙げるのが「Firefly Graph for enterprise」である。

    テキスト
※画像をクリックして拡大

Firefly Graphは、ノードベースのGUIを採用した制作支援ツールである。Adobe FireflyやPhotoshop、Premiere、さらには外部AIなどを視覚的につなぎ、制作プロセス全体を可視化できる。

これまで熟練クリエイターの経験やノウハウに依存していた作業手順を、一つのワークフローとして保存・共有できる点が特徴だ。組織内で再利用可能な制作フローとして蓄積できるため、属人的になりがちな業務の標準化にもつながる。

    テキスト
※画像をクリックして拡大

さらに、Firefly GraphはAdobe製品の集合体とも言える強力な連携機能を備えている。PhotoshopやPremiereといった複数のアプリケーションを横断し、外部AIとも連携しながら処理を自動実行できる。キャンバス上の各ノードをコントロールし、プロンプトの実行や修正を行うと、その後工程にもリアルタイムで変更が反映され、画像や動画が生成されていく仕組みだ。

Firefly Graphは単なる制作支援ツールではなく、組織全体で制作ノウハウを共有するためのプラットフォームとしても機能する。属人的になりやすいクリエイティブワークを可視化し、再利用可能な資産へ変換できる点が大きな特徴だ。

    テキスト
※画像をクリックして拡大

AIのオープン化と「Firefly」による戦略的ワークフロー

今回の発表において特筆すべきは、アドビが自社開発の生成AI「Firefly」に固執せず、他社のAIモデルをも積極的に取り込んでいる点である。AIが映像制作にもたらしている変革に加え、制作スタイルが従来の「作る」段階から「運用する(回す)」フェーズへと移行している現状について言及している。

その中核をなすFireflyは、商用利用における安全性を最優先に設計されている点が最大の特徴である。許諾済みのAdobe Stock等の素材のみを学習ソースとし、無断転載データを一切利用しないその手法は、他社の生成AIモデルと比較しても極めて独自性が高いといえる。

    テキスト
※画像をクリックして拡大

一方でアドビは自社モデルに限定せず、GoogleのGeminiやVeo、OpenAIのSora、さらにはRunwayやLuma AIといった他社製の生成AIモデルを、Creative Cloudの環境内で自由に利用できる体制を整えた。これはクリエイターが用途に合わせて「用途に応じて最適なAIモデルを選択できる」ように、最適なAIモデルを使い分けられるようにするためである。

    テキスト
※画像をクリックして拡大

これらのモデルを横断的に活用するための環境として用意されたのが「Firefly Board」である。画像や動画の生成履歴、利用したモデル、プロンプトなどが記録されるため、チーム内で制作プロセスを共有しやすい。

    テキスト
※画像をクリックして拡大

生成AIによる制作では、開始フレームとなる静止画の完成度が動画品質を左右する。まず静止画で方向性を固め、その後に動画モデルへ展開するワークフローが効率的な手法として紹介された。

Fireflyカスタムモデルが実現するブランド表現の継承

生成AIの浸透に伴い、高品質な画像や映像を誰もが生成可能な時代へと突入している。その一方で、企業やブランドが長年築き上げてきた独自の世界観をいかに維持・継承していくかという、新たな課題も浮き彫りとなった。

この難問に対する解決策として提示されたのが、Fireflyの「カスタムモデル」である。ブランドの「品質」と「AI活用」の両立を支える基盤としての有効性が語られた。

企業が保有する過去のアーカイブ素材を学習させることで、特定のトーンやスタイルを反映した独自モデルを構築できる。必要な学習素材は10~30枚程度で、約1時間のトレーニングによって利用可能になるという。

 

デモでは日本の朝食写真を学習させたモデルが披露された。学習したトーンを維持したまま、おにぎりに海苔を追加する編集や、さらに動画生成へ展開する流れが紹介された。

セミナーではAmazon Freshを例に、撮影済み素材を学習させたカスタムモデルを広告制作へ活用する事例も紹介された。

AIに全てを委ねるのではなく、自社が積み重ねてきた表現やブランド資産を学習させ、それを制作活動へ活用する。このアプローチは生成AIを実務へ導入する上で現実的な選択肢の一つと言えそうだ。

Frame.io Driveと3D対応で進化する制作基盤

映像制作の効率化を語る上で欠かせない存在となっているのがFrame.ioである。

映像制作の現場では、素材管理、レビュー、承認といった工程が複数のサービスや手段に分散していることが珍しくない。素材はクラウドストレージ、フィードバックはメールやチャット、承認は別システムといった形で運用されることも多く、それが制作進行の停滞を招く要因となっている。

今回のセッションでは、そうした分断を解消するためのアップデートが数多く紹介された。

中でも注目を集めたのが「Frame.io Drive」だ。

共有ストレージをローカルドライブのようにマウントできる機能で、ユーザーはブラウザを介することなく素材へアクセスできる。アップロードやダウンロードを意識せずに作業できるため、ローカル環境とクラウド環境の境界を感じさせない運用が可能になる。

また、3Dフォーマットへの対応も大きな進化と言える。

これまでは動画や静止画が中心だったレビュー環境において、3Dモデルに対しても直接コメントを書き込み、修正指示を共有できるようになった。さらに日本語GUIへの対応も進み、国内ユーザーにとっての導入ハードルも下がっている。

制作工程全体を俯瞰しながら、誰がどこで作業を止めているのかを可視化できるFrame.ioは、単なるレビューサービスではなく、制作プロセス全体を支える基盤としての役割を強めていることがうかがえた。

「作る」から「回す」へ。大量展開時代の制作自動化

続いて紹介されたのが、Firefly Creative Productionを中心とした制作自動化の取り組みである。

現在の映像制作では、一つのコンテンツを制作して終わりではない。SNS、モバイル、デジタル広告など媒体ごとに異なるフォーマットへ展開し、継続的に大量のコンテンツを供給することが求められている。

そこでアドビが提案するのが、制作工程そのものを自動化するアプローチだ。

Firefly Creative Productionは、35種類以上の機能をAPIとして利用できるプラットフォームである。画像生成や動画生成だけでなく、背景切り抜き、翻訳、リフレーム、テロップ生成などを自由に組み合わせ、自社専用の制作フローを構築できる。

例えば、After Effectsのテンプレートを利用する「ダイナミックグラフィックレンダーAPI」では、動画内のテキストやロゴを変数化し、外部データベースから情報を読み込むことで大量のバリエーション動画を自動生成できる。

さらに、ノーコードツールである「ワークフロービルダー」も紹介された。

動画を特定フォルダへアップロードすると、自動的に翻訳、字幕生成、リフレーム処理を実行し、各SNS向けフォーマットへ変換するワークフローを構築できる。プログラミング知識を必要としないため、クリエイティブ部門以外のスタッフでも運用に参加できる点も特徴だ。

大量展開が前提となる現在のコンテンツ制作では、個人のスキルだけで対応することに限界がある。制作工程そのものをシステム化し、自動化するという考え方は今後さらに重要性を増していきそうだ。

NVIDIA連携で実現する「正しさ」と生成表現の両立

生成AIの活用が広がる一方で、企業が直面する課題の一つが「正確性」である。

企業が生成AIを活用する際に課題となるのが、製品表現の正確性である。一般的な生成AIでは、製品画像の角度変更や構図変更を行う際に実物と異なる描写が発生するケースも少なくない。

従来の生成AIでは、製品の角度変更やバリエーション展開を行う際に、形状やディテールが実物と異なってしまうケースがあった。製品表現の正確性が求められる企業にとって、こうしたハルシネーションは導入の障壁となっていた。

この課題に対するアプローチとして紹介されたのが、NVIDIAとの協業である。

アドビはNVIDIAのデジタルツイン技術と連携し、CADデータを活用した正確な3Dモデルと生成AIを組み合わせる仕組みを提案している。

製品本体はCADデータに基づく正確なCGで表現し、背景やライティング、周辺環境のみを生成AIで制作する。これにより、製品の正確性を維持しながら、多様なマーケティングコンテンツを効率的に制作できる。

従来は実写撮影やCG制作が必要だった表現についても、デジタルツインを活用することで大量展開が可能になる。生成AIの表現力と製品情報の正確性を両立させる、新たな制作手法として注目される内容だった。

映像制作プロセスの構造的な変化

「作る」から「回す(運用する)」フェーズへ。この言葉が示す通り、映像制作の主戦場は「一過性の作品づくり」から「多媒体・大量展開の効率化」へと確実に移行している。来場者の半数を非映像業界が占めていたという事実は、クリエイティブがもはや専門職だけの特権ではなく、あらゆるビジネスの共通言語になったことを象徴している。

Fireflyによる安全性の担保、APIによる自動化、そしてブランドの個性を継承するカスタムモデル。これらのソリューションは、爆発的に増え続けるコンテンツ需要に対する、極めて現実的かつ強力な回答である。映像制作の構造そのものが劇的に変化する中で、アドビはその羅針盤としての役割をより確かなものにしている。