一般的な話となるが、今の時代、動画撮影はとても手軽で極めて身近なものになった。ミラーレスやデジタル一眼レフのように静止画に軸足を置くカメラでも4Kや8Kといった高品質で美しい動画が簡単に撮れ、それはより軽量コンパクトなスマートフォンも同様だ。そのようなカメラやスマートデバイスが登場する以前のビデオカメラでも、画質はやや劣るものの、それなりに手間をかけず動画撮影を楽しむことができた。
しかしながらビデオカメラが普及する以前、つまり動画を電気信号として記録するのではなく、化学変化によるフィルムで記録することが当然だった頃は、動画を撮影する、あるいは撮影した動画を見るという行為は、静止画つまり写真にくらべ少々ハードルの高いものであった。
私自身にしても中学時代、好きだった鉄道や自宅で飼っていた猫を、写真だけでなく動画でも記録してみたいという思いはあったものの、身近に8ミリカメラを持っている人間はほとんどおらず、動画撮影が行えるという環境ではなかった。また、年齢的なものとして、新たに8ミリカメラを買うにはなけなしの小遣いしか貰えない子どもにとってどだい無理な話であった。
ところが、ある日ひょんなことから私が所属していたバレー部顧問の先生が8ミリカメラを持っていることを知る。そしてその8ミリカメラをなんと借りることができたのである。どのような経緯でそうなったかは今では定かでないが、先生も私が写真を撮っていたことを知っていたので、動画撮影をやってみたいと言い出したとき貸してやる気になったのだろう。
お借りした8ミリカメラは、「フジカ シングル-8 P1」(以下:P1)ではなかったかと記憶している。初めて触る動画撮影用のカメラは、シャッターボタンを押すとフィルムを送る音がし、とても新鮮に思えた。当時の35ミリ一眼レフは手で巻き上げするものがほとんどだったし、ワインダーやモータードライブは雲の上の憧れのアクセサリーであったので、余計にそう思ったのかもしれない。と同時に、写真撮影用のカメラは瞬間を写し止めるが、8ミリカメラは時間を記録すると生意気にも思ったものである。
早速8ミリ用のフィルムを買った。もちろんシングル-8用のフィルムである。種類は覚えていないが、おそらく日中で使うことを考え感度ASA(ISO)25でデーライトタイプの「フジクロームR25」だったと思われる。買ったフィルム本数は2本。おそらく小遣いから買えるのはこの本数がギリだったのだろう。フィルム1本で記録できる時間は、これまたどこで調べたか今となってはまったく覚えていないが、3分20秒(18コマ/秒)であると知ったとき、尺的に短いなあと思ったことは記憶している。早速その当時走っていたディーゼル機関車を撮ろうとP1をバッグに入れ近所の撮影ポイントまで自転車を走らせたのであった。
実はこの話についてはここで終わる。一応撮影後に現像には出したものの、肝心の動画を見る術、つまり映写機がなかったのである。当然編集に必要なスプライサーなどもなく、結局現像から上がったフィルムはリールから少し引き出し窓からの光を通してチラ見しただけで、当時フィルムを入れていたキャビネットに押し込んだままに。8ミリカメラで撮影し、それを編集、投映するまでのプロセスは自分にとって極めてハードルが高かったのである。
それ以来今日まで8ミリフィルムで動画を撮ることはなく、その後登場した「フジカZC1000」や「キヤノン1014XL-S」など憧れはそれなりに持っていたものの、どこか苦手意識のようなものが常につきまとい、是が非でも手に入れたいという物欲が湧くまでにはいたらなかった。
そのような私が近年出会ったのが、今回ピックアップした「フジカ シングル-8 P2」(以下:P2)である。馴染みのカメラ中古店のカウンター脇にワンコイン分の数字が書かれた値札を下げ申し訳なそうに置いてあった。
店主の許可を得て恐る恐る手に取り、純正のカバーを外してシャッターボタンを押すと、かつて聞いたことのある懐かしいフィルムを送る音が小さいながらも軽快に響く。個体としては、プラスチック製のチープなつくりながら、あたりや凹み、強いスレのようなものはなく、光学系にしてもカビ、クモリなど見当たらなかった。これは動画撮影に挑戦しきれなかった青かったあの頃を思い出すある意味よいデバイスなので、連れて帰らなければならないと勝手に決めたのである。
ただ残念なことに、帰宅し撮影してみようと思いネットを開くと肝心のフィルムがどこにも売ってない。メーカーでの製造は当然のことながらとっくに終了しており、量販店はおろかムービーカメラを専門に扱うショップなどでも手に入れることはほぼ不可能(動画に熱心なショップがオリジナルのシングル8フィルムをリリースしていると聞いたのだが、現在それも販売されてないようである)。使用期限が切れているフィルムはネットオークションやフリマサイトなどでちらほら見かけるが、設定された価格も含め買う気にまったくならない。さらにもしフィルムが手に入ったとしても現像費用は決して安くはなかったのである。
そんなこんなで我が家に来てくれたP2は、当初の思惑通り自分の若かりし頃をちょっぴりセンチに、そして懐かしく思い起こすデバイスとして仕事机の隅に鎮座し、こちらを向いている。まっ、それでもいいかな。
大浦タケシ|プロフィール
宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマン、デザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌をはじめとする紙媒体やWeb媒体、商業印刷物、セミナーなど多方面で活動を行う。
公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。
都城市公認「みやこんじょ大使」。