DMPC Japanで行われた「CQ : Academy Class」第1回の講義風景
9月3日、ソニーのDigital Media Production Center Japan(DMPC Japan)で、「クリエイター支援基金」の一環で文化庁・独立行政法人日本芸術文化振興会・日本映画撮影監督協会(JSC)が主催する、映画撮影の人材育成プログラム「CQ : Academy Class」がスタートした。映画・映像分野を学ぶ学生や撮影助手、カメラアシスタントなどの若手技術者、将来撮影監督を目指す人材を対象に、映画撮影の基礎から実践までを体系的に学ぶ教育プログラムである。
母体となる「Cinematic Quantum(CQ)」は、文化庁の補助金によって独立行政法人日本芸術文化振興会に設置された「文化芸術活動基盤強化基金(Japan Creator Support Fund)」、通称「クリエイター支援基金」の事業の一つだ。映画の撮影領域で国際的に活躍できる人材育成を目的に、これまで海外の撮影監督らを招いたマスタークラスなどを実施してきた。今回のAcademy Classは対象を学生や若手技術者へ広げ、全8回で継続的に学ぶ。
第1回となる9月3日には、募集時に想定していた20名程度を上回る若い受講者が集まった。学生を中心に、すでに撮影現場でアシスタント経験を持つ参加者もいる。講座は朝から夕方まで行われ、参加費は無料。現在、「CQ : Academy Class 2026(全8回)」第3回、第4回クラスの募集を開始している。
会場のDMPC Japanは、ソニーが2026年2月にソニーグループ本社内へ開設した、クリエイターと映像制作を共創する拠点だ。米国、英国に続く世界3カ所目のDigital Media Production Centerで、実際の作品制作を想定した検証環境を備える。
撮影スタジオにはCineAltaカメラ「VENICE 2」やCinema Lineのカメラ、照明機材、日本映画テレビ美術監督協会監修の撮影美術セットを用意。マスターモニター「BVM-HX3110」を用いたカラーグレーディング環境のほか、Crystal LED VERONA、カメラトラッキングシステム「OCELLUS」、「VENICE 2」や「HDC-F5500」などのカメラ、Virtual Production Tool Setを活用したIn-Camera VFX環境を備える。さらに、空間コンテンツ制作を支援するソリューション群「XYN」による3DCGアセット制作やモーションキャプチャーまで扱う。
特徴は、機材単体ではなく、カメラ、レンズ、照明、LUT、グレーディングまでを一つの作品制作の流れとして検証できることにある。
Academy Classのカリキュラムには、露出とセンサー技術、レンズ光学とフォーカス、構図、照明、現場ワークフロー、カラーマネージメント、VFXなどが並ぶ。機材をどう選び、光をどう作り、最終的な映像へどうつなげるのか。個々の技術を結び付けて判断する力を学ぶ内容だ。
講師陣には「CQ : Master Class」の受講経験者も加わる。会場を見て感じたのは、ここが単に映画撮影を教える場所ではなく、「なぜこの画にするのか」を考える場所になっていることだった。
山本英夫氏に学ぶ、撮影監督の仕事と考え方
今回の講師を務めたのは、映画キャメラマンとして長年第一線で活動する山本英夫氏だ。数多くの映画作品で撮影を手掛けてきた。その山本氏から、撮影技術だけでなく、現場で何を見て、どう判断してきたのかをまとまった時間をかけて直接学ぶ。映画撮影を志す若い世代にとって、第一線の撮影監督から直接学べる機会となった。
この日の講義も、単なる機材や撮影手法の解説ではなく、山本氏が長年の現場で積み重ねてきた経験をもとに進んだ。最初に扱われたのは、カメラ操作ではなかった。撮影監督、チーフ、セカンド、サード、DIT、グリップなどが、現場でどのような役割を担うのか。まず「撮影現場を誰が、どう動かしているのか」が説明された。
撮影監督は企画段階から監督やプロデューサーと話を進め、撮影クルーを組み、美術、VFX、照明など各部署と連携する。撮影後も編集、CG確認、グレーディングなどに関わる。撮影助手についても、単にカメラを支える役割ではない。講義では「撮影監督のそばにいること」の意味が語られた。
講師自身も撮影助手時代、撮影監督と監督の会話を近くで聞き、そこから多くを学んだという。なぜこのレンズなのか。なぜこの構図なのか。現場で交わされる会話そのものが教材になる。重要なのは技術だけでなく、「現場のどこを見るか」だ。
日本と海外の撮影システムの違いにも話が及んだ。日本では撮影部と照明部が分かれる一方、海外ではDPが照明を含め画面設計に広く関わる場合が多い。撮影監督は美術、録音、衣装、メイク、スタント、VFX、ポストプロダクションなど、多くの専門スタッフをつなぐ役割も担う。
講師は映画の現場を「社会の縮図」と表現した。相手の専門性を理解し、自分の考えを伝える力が必要になるからだ。その流れで安全管理にも触れ、高所作業、照明機材、道路撮影、アクションなど、撮影現場に潜む危険が紹介された。良い画を撮る以前に、安全に撮影を終えることが基本となる。
続いて、フィルムからデジタルシネマへの変遷が紹介された。ARRIのフィルムカメラからALEXAシリーズ、RED、ソニーのVENICEまでを例に、フィルムスキャン、VFX、データバックアップ、グレーディング、DCP制作へと続くワークフローを解説。重要なのはフィルムかデジタルかではなく、作品に応じて撮影手段を選び、素材を最終的な映像へまとめることだ。
RAW、LOG、Cineon、LUT、カラースペース、ACESについても説明された。DMPC Japanで行ったカメラテストでは、複数のLUTを試しながら衣装や肌の発色、光の入り方を確認し、作品のトーンを探っていく過程が紹介された。
LUTは「当てればルックが完成」というものではない。一つの方向へ早く固定しすぎず、複数の選択肢を比較する。DaVinci Resolveを使ったことがあるかという問いには、多くの受講者が手を挙げた。自ら撮影した映像をグレーディングし、色やルックを試せることは、現在の若い世代の強みでもある。
午前の講義で特に印象に残ったのは、「画が見えてしまうこと」が撮影者の想像を狭める可能性についての話だった。
フィルム撮影では完成映像をその場で確認できず、撮影者はフィルムの特性、光量、絞り、現像まで踏まえて最終的な画を頭の中で組み立てていた。デジタルではモニターにすぐ画が現れるが、撮影監督に必要なのは、それを受け入れることではなく、撮る前に完成映像を想像し、その画を作る方法を考える力だという。
最新のデジタルシネマ環境を備えるDMPC Japanで、若い世代がフィルム時代に培われた「頭の中で画を作る」という考え方を学ぶ。この組み合わせが、この日の講義を象徴していた。
露出計も単にF値を決める道具ではなく、光の強さや比率を把握し、別の日やカットで同じ状態を再現するための基準になると説明された。映画は多数のカットをつないで作るため、「今きれいに見える」だけでなく、撮影条件を理解し再現できることが重要になる。
終盤には、学生から「撮影、照明スタッフの意見がまとまらない時、どう一つの方向へ導くのか」という質問が出た。答えは「なぜそうしたいのか」を説明することだった。言葉だけで伝わらなければ、写真や映像、ルックブックなどで方向性を視覚化する。
撮影現場では、自分一人だけが完成形を理解していても作品は作れない。多くのスタッフにイメージを共有する力も必要だ。また、現場で言われた作業をこなすだけになった時、どう学び続けるかという質問に対して、講師は撮影助手時代を振り返り、「今より少し先へ行きたい」という目標が学び続ける力になったと話した。
午前の講義で扱われたのは、撮影クルーの役割、安全管理、フィルム、デジタル、RAW、LOG、LUT、露出、コミュニケーションと幅広い。しかし、すべては「撮影監督は何を見て、何を考え、どう判断するのか」という一つの問いにつながっていた。画が見える前に頭の中で画を作り、そのために機材を選び、光を読み、スタッフへ伝え、安全に現場を動かす。映画撮影という仕事が、カメラという機械の外側まで広がっていることが見えてきた。
参加者は「CQ : Academy Class」に何を求めたのか
参加者にも、Academy Classに参加した理由を聞いた。
一人目は、学校を通じてプログラムを知り、最新の映像制作技術を学ぶために参加したという。大学卒業後は日本に残り、映像業界で働くことを希望している。編集を第一志望としつつ、カメラなど技術分野にも関心を持つ。
二人目は2年制の専門学校で学び、この夏に初めて長編自主映画の撮影助手を経験した。そこで、機材の知識だけでなく、次のシーンを予測して準備することや、周囲の動きを見ながら行動する難しさを実感したという。「初めての現場で、うまくできなかった」と感じたことが参加のきっかけになった。
学校でもプロの講師から学べるが、授業では学生全体の習熟度に合わせる必要があるため、専門的な内容を深く学ぶ機会は限られる。普段は本やYouTube、Web記事などから知識を得ており、第一線のプロから直接話を聞ける場は少ないという。
「次にまた撮影現場へ呼ばれた時に、工程を見ながらうまく動けるようになりたい」と話し、全8回への参加を希望している。また、参加費が無料であることにも驚き、専門学校卒業直前にこうした機会を得られたことを喜んでいた。
技術以外に、同じ方向を目指す若い参加者と出会えることにも意味を感じている。「映画のカメラマンを目指している人たちと出会える機会はなかなかない。方向性が近い若い人と触れ合えるのはすごくいいと思います」と話す。
二人の話から見えてきたのは、映像制作を学ぶ情報は増えていても、撮影現場で必要になる判断や動き方を、第一線の技術者から体系的に学ぶ機会は多くないということだ。Academy Classは、技術、実践、そして同じ道を目指す人との出会いを求める若い世代の受け皿となっている。
JSC担当者インタビュー。なぜ今、「CQ : Academy Class」なのか
初日の講義終了後、日本映画撮影監督協会(JSC)の浜田毅理事長、副理事長の山本英夫氏、谷川創平氏らに話を聞いた。浜田氏によれば、CQで実施してきたマスタークラスの知見を、撮影助手や学生など若い世代にも広げようという考えからAcademy Classが企画された。
JSCには以前、「育成塾」と呼ばれる撮影者育成の取り組みがあり、15期にわたって実施されていた。浜田氏は「もう一度、実践的なプログラムで撮影者を育てる場所を作りたいと思っていた。そのタイミングで今回の話がありました」と振り返る。
全8回のプログラム設計を担った山本氏が意識したのは、学校で学ぶ内容から一歩、二歩先へ進んだ体験だ。「学校ではなかなかできないこと、現場により近いこと、新しいものに触れることを組み込みたかった。若い人は、少し先の世界に触れないと伸びていかないと思うんです」
Academy ClassはDMPC Japanだけで完結しない。カメラや照明のレンタルハウス、特機・グリップ関連の現場にも受講者を連れて行き、実機に触れる機会を設ける。「知らなければ、将来それを使うという発想自体が生まれない。若いうちに見て、触って、知っておくことが大切です」と山本氏は話す。
受講料が無料なのは、CQが各芸術分野の育成プログラムを構築することを目的としている「クリエイター支援基金」の事業として実施され、DMPC Japanが会場として提供されていることが大きい。募集当初は20名程度を想定していたが、30名を超える応募が集まった。
谷川氏は、「学校にはなかなか来てもらえない第一線の人たちが教えてくれる。それが大きいと思います。山本英夫さんの話を一日中聞ける機会なんて、そうそうないですから」と話す。実際に作品を撮っている人が、自身の経験や判断を若い世代へ直接渡していくことが、このプログラムの核にある。
インタビューで繰り返し語られたのが「基礎」の重要性だった。山本氏は、「デジタルのカラー設計やカラーサイエンスも、フィルムがあったからこそ生まれたものです。フィルムを過去の遺物ではなく、映像文化の根本として若い人に伝える必要がある」と話す。
カメラの高機能化、小型化によって映像表現への入口は広がった。しかし山本氏は「そこで終わってはいけない」とする。「高性能な機材があることを当たり前だと思ってしまうと、その先へ行けない。基礎があって初めて、機材をどう使い倒すかを考えられるんです」
浜田氏も、「誰でも撮れるカメラで、誰でも撮れない映像をどう撮るか。プロの映像とは何なのか。それを僕ら自身が見せていかなければいけない」と語った。機材が進化するほど、撮影者が何を考え、何を選ぶのかが重要になる。
その学びを支える場所がDMPC Japanだ。浜田氏は、現在の日本では、かつての撮影所のように技術を伝えたり、機材テストを行ったりできる拠点が減っていると指摘する。「僕らはみんなフリーで仕事をしていて、技術を伝えるための場所がない。ここが未来の撮影者を育てるきっかけになる場所になってほしいと思っています」
山本氏も、カメラ、照明、ポストプロダクション、モーションキャプチャーなど、通常なら別々の場所へ行かなければならない技術がDMPC Japanに集約されている点を評価する。第一線のプロが作品制作に使う環境を、これから業界へ入る若手も使う。今回のAcademy Classは、同施設の人材育成拠点としての活用例でもある。
浜田氏は、全8回の成果や受講者の反応を見ながら、来年度以降も継続したい考えを示した。「一回やって終わりではなく、できれば継続していきたい。今回どんな結果が出るのかを見ながら、次につなげたいと思っています」
山本氏は、「この講座が若い人にとって扉を開けるきっかけや動機付けになれば、それだけでも意味がある。そこから世界につながる人が出てくるかもしれない」と話す。
第一線の撮影監督から直接話を聞き、フィルム、デジタルシネマ、レンタルハウス、照明、特機の現場に触れる。「CQ : Academy Class」が目指すのは、短期間で撮影監督を育成することではない。第一線で活動する人たちの技術、経験、考え方を次の世代へ渡し、その先に国内外の映画制作へ進む人材が生まれるための入口を作ることにある。