2026年8月25日に発表された新しい「Mac Studio」は、M5 MaxとM5 Ultraを搭載する。映像編集、カラーグレーディング、3DCG、VFXなど、高い処理性能を必要とするクリエイティブワークを担ってきたMac Studioだが、今回の世代ではその役割がさらに広がった。
CPUやGPUがどれだけ高速になったのかはもちろん重要だ。しかし映像制作者の視点から注目したいのは、その演算能力によって「何ができるようになるのか」という部分である。M5 MaxではFinal Cut Proをはじめとするクリエイティブアプリで日常的な映像制作を高速化する一方、上位のM5 Ultraでは、CPUやGPUなどが共有する最大512GBのユニファイドメモリを搭載し、大規模なAIモデルをローカルで実行する用途まで視野に入る。
さらにM5 Ultra搭載Mac Studioでは、複数台をThunderbolt 5で接続し、RDMA(Remote Direct Memory Access:複数のコンピュータ間でメモリ上のデータを高速・低遅延にやり取りする技術)を利用してAIクラスターを構成することも可能になった。映像制作のための高性能デスクトップから、ローカルAIを動かすコンピューティング環境へ。新しいMac Studioを実際のクリエイティブワークという視点から見ていこう。
M5 MaxでFinal Cut Proの「手を動かす時間」を減らす
M5 Max搭載Mac Studioは18コアCPU、最大40コアGPU、最大128GBのユニファイドメモリを搭載する。GPUの各コアにはAI演算を高速化する専用の「Neural Accelerator」を備え、メモリ帯域幅は最大614GB/sに達する。
映像制作で重要になるのがMedia Engineだ。M5 Maxは2つのProResエンコード/デコードエンジンを備えるほか、H.264、HEVC、ProRes、ProRes RAWのハードウェアアクセラレーションとAV1デコードに対応する。高解像度素材を複数扱う編集では、こうした専用ハードウェアが処理を支える。
では、その性能を実際の編集作業でどう生かせるのか。例えば、5~6年前に制作した動画を再編集するとしよう。元のプロジェクトは残っておらず、手元にあるのは完成済みの一本の動画だけという状況である。
Final Cut Proの「編集の検出(Edit Detection)」を使えば、完成済みの動画を解析して編集点を検出し、タイムライン上で個別のクリップへ自動的に分割できる。一本につながっていた完成映像を再びショット単位で扱えるため、手作業で編集点を探して分割する工程を大幅に減らせる。
さらに「マッチカラー」を使えば、異なるカメラや照明条件で撮影されたクリップの色を解析し、基準となるクリップに色を近づけることができる。編集点の検出から色調の調整まで、従来は人が細かく手を動かしていた工程の一部を効率化できるわけだ。
動画編集の周辺作業との連携も進んでいる。Final Cut ProからフレームをPixelmator Proへ送り、背景の切り抜きや不要な要素の除去などを行い、YouTube用のサムネイルへ仕上げるといったワークフローも可能だ。
ここで注目したいのは、M5 Maxの価値が単純なレンダリング速度だけではないことである。編集点を探す、映像を分割する、色を整える、静止画を加工する。映像制作には、作品そのものを考える時間とは別に、多くの細かな作業が存在する。Final Cut Proの解析・編集支援機能とMac Studioの処理性能を組み合わせ、こうした日常的な工程に費やす時間を減らしていく。これはベンチマークの数字だけでは見えにくい進化である。
macOS 27も制作環境を底上げする
Mac Studioを制作環境として考えるなら、ハードウェアだけでなくOS側の進化も見逃せない。macOS 27ではシステム全体のレスポンス向上に加え、ネットワークファイルのブラウジングや外部ディスプレイ周りなど、制作現場に関係する部分も改善されている。
なかでも映像制作との関係が深いのがネットワークストレージだ。WindowsファイルサービスやNAS上にある数千項目を含むフォルダのブラウジングが高速化される。大量の映像素材をNASや共有ストレージに保存する制作環境では、CPUやGPUの性能とは別の部分で日常的な操作性に関わる改善である。
外部ディスプレイについても、接続環境が変わった際のウインドウ位置やSpaces、画面割り当てをより確実に復元できるようになり、高解像度・高リフレッシュレートの表示モードも拡充される。HDR対応も映像コンテンツだけでなくmacOSのシステムUIへ広がる。複数のディスプレイを使う編集環境では、こうしたOS側の改善も使い勝手を左右する。
Sidecarではタッチ操作の対応範囲が広がり、画面上のコントロールのタップや1本指でのスクロール、システムジェスチャー、Markupなどが利用可能になる。Mac Studioを中心とした制作環境にiPadを組み合わせる際にも、操作の自由度が高まった。
M5 UltraではローカルAIが現実的な用途になる
ここからM5 Ultraを見ると、Mac Studioのもう一つの方向性が見えてくる。最大36コアCPU、最大80コアGPU、最大512GBのユニファイドメモリを搭載し、メモリ帯域幅は1.2TB/sに達する。Media Engineには4つのProResエンコード/デコードエンジンを備え、最大33ストリームの30fpsの8K ProRes 422ビデオを同時再生できる。
映像編集、VFX、カラーグレーディングといった従来のMac Studioが得意としてきた領域をさらに押し広げた構成だが、今回特に注目したいのは最大512GBというユニファイドメモリである。
Appleシリコンでは、CPU、GPU、Neural Engineなどが同じユニファイドメモリを共有する。M5 Ultraでは最大512GBまで搭載でき、Appleによれば数千億パラメータ規模の大規模なLLMを完全にデバイス上で実行できる。高解像度映像や大規模なプロジェクトを扱うための大容量メモリを、ローカルAIの実行にも利用できるわけだ。
OS側でもAIの利用領域は広がっている。macOS 27では次世代のApple Intelligenceと「Siri AI」が導入され、画面上の画像やPDFについて質問できるVisual Intelligenceなどが加わった。Apple Intelligenceのすべての処理がローカルで完結するわけではなく、オンデバイス処理とサーバー側の処理を使い分ける構成だが、OSそのものがAIを日常的なワークフローへ取り込む方向へ進んでいる。
M5 Ultraの大容量ユニファイドメモリをさらに直接的に生かせるのが、ローカルAIモデルの実行である。Appleは、独自のAIモデルをAppleシリコン上で読み込み、最適化してオンデバイスで実行するための「Core AI」を提供しているほか、Appleシリコン向けのオープンソースのアレイフレームワーク「MLX」も展開している。MLXでは大規模言語モデルの実験やトレーニング、ファインチューニングに加え、RDMA over Thunderboltを利用した複数のMacによる分散処理にも対応する。
ローカルでAIモデルを実行する意味は性能だけではない。映像制作会社やポストプロダクションのように、外部へ出しにくい映像素材やプロジェクトデータを扱う現場では、データを手元に保持したままAI処理を行える。また、処理をオンデバイスで完結できる用途では、クラウドAIへの依存やトークンコストを抑えられることも利点になる。
4台のMac Studioをつなぎ、AIクラスターへ
さらにM5 Ultra搭載Mac Studioでは、Thunderbolt 5とmacOSのRDMA対応を利用して複数のシステムをクラスタ化できる。低遅延でシステム間のメモリへアクセスすることで、1台では扱いにくい大規模なオープンウェイトAIモデルを複数ノードにまたがって処理できる。
Appleによれば、4台のMac Studioでクラスターを構成した場合、AI推論性能は単体と比較して最大3倍に向上する。例えば256GBのユニファイドメモリを搭載したM5 Ultra搭載Mac Studioを4台用意すれば、各システムに搭載されたメモリの合計は1TBとなる。4台が物理的に1台の1TBメモリ搭載Macになるわけではないが、Thunderbolt 5とRDMAによって各システムを連携させ、大規模なAI処理に活用できる。
ここまで来ると、Mac Studioはクリエイティブアプリを操作するためのワークステーションに加え、大規模なAIモデルをローカルで実行し、AIエージェントによるコーディングや解析などを担わせる計算ノードとしての役割も持つようになる。
それをMac Studioのコンパクトな筐体で構築できることも興味深い。Appleによれば、4ノード構成でも一般的な家庭やオフィスの電源に直接接続でき、特別な電源設備や冷却設備を必要としないという。大がかりなデータセンター設備ではなく、デスク周辺からローカルAI環境をスケールさせられる点は、Mac Studioならではの特徴といえる。
映像制作マシンからローカルAIの計算環境へ
外観だけを見れば、新しいMac Studioもこれまでと変わらないコンパクトなデスクトップMacである。しかし今回、M5 MaxとM5 Ultraを通して見えてくるのは、そのコンパクトな筐体の用途が大きく広がったことである。
M5 Maxでは、Final Cut Proをはじめとする日常的な映像制作を高速化する。M5 Ultraでは最大512GBのユニファイドメモリを生かし、大規模なAIモデルをローカルで実行できる。さらに複数台をThunderbolt 5とRDMAで接続すれば、4ノードのAIクラスターへとスケールさせることも可能だ。
一台のMac Studioで行う映像制作から、ローカルAI、さらに複数ノードによるAI処理まで。同じMac Studioというプラットフォームを軸に、用途を段階的に広げられるようになったことが、今回の新モデルをクリエイター視点で見たときの大きな変化である。